第83話

 夜。


 佑樹は、この島に連れてきた者たちの代表者数人と、会食の場を設けている。


 この島に来てから治療を受け、体調も回復するのを待ってからのため、直接会うのが遅くなったのだ。


「皆の体調が回復したと聞く。

 そこで君たちに聞きたい。」


 佑樹は単刀直入に問いかける。


「この後、君たちは身の振り方をどう考えているんだ?」


 故郷に帰るのか、この島に残るのか。

 また、違う土地に旅立つのか。


 それらを考えてもらわないといけない。


 佑樹はこの場にいる代表者を見渡す。


 この島に連れてきたのは、比率的に黒エルフ>白エルフ>人族>その他の亜人種となっている。その比率そのままに、代表者も同じような比率でこの場にいる。


「私たちは、この島に残ろうと思います。」


 最初に口にしたのは人族の代表者カイ。

 名のみで姓を持たないと聞いているが、それは姓を持てないほどの下層階級出身ということだ。

 そういう下層階級出身ならば、元いた地に戻ろうとは思わないだろう。

 戻ったところで、下層階級でしかない以上はまともな仕事なく、したがってまともな暮らしもできない。

 そんな境遇に戻るくらいなら、この島に残った方がまともな職もあるし暮らしも遥かにマシになる。


「それは人族の総意でよいのか?」


 念の為の確認だが、


「はい。」


 カイははっきりと頷く。


「わかった、受け入れよう。」


 佑樹は人族の受け入れを宣言する。


 これで流れができたかと思ったのだが、そう上手くは運ばない。


 特に白黒両エルフから、


「もう少し考えさせてほしい。」


 との声が出てきたからだ。


 どちらも人族による奴隷狩りにあったのだから、人族と一緒に暮らすことへの不安を感じたのだろう。

 たとえ、同じように奴隷とされていたとしても。


「そうだな。

 決断を迫るのは早過ぎたか。

 今少し、心身を休めてからの方がよかったな。」


 佑樹はエルフたちの言い分を認める。


 亜人たちもエルフたちに倣い、返答を保留している。


 カイをはじめとする人族の処遇は、ユキモリに命じてその適性をみて仕事を与えるようにする。


「この島での暮らしに慣れると、戻れなくなるだろうけどな。」


 返答を保留した者たちを見ながら、佑樹はそう呟いていた。



 ーーー



 佑樹の呟きを、保留した者たちはすぐに実感していた。


 最初に開発を始めたキヨマサが進めていた、全島の電化はユキモリに替わってからも引き継がれており、連れて来られた者たちに宛てがわれた家もその恩恵を受けている。


 入江に設置された潮力発電設備だけで、この島の現状にとっては十分過ぎる電力を得られるのだが、大して大きくないこの島の川や掘削して作られた水路にも、アルキメディアン・スクリューを利用した水流発電装置もあちこちに設置されている。


 あまりの電化の徹底ぶりに、


「ここに来たら、二度と帰れないんじゃないか?」


 とすら思う。

 同じことをサフィアも感じたらしく、


「保留した者どもも、すぐに残ることを決断しそうじゃな。」


 そう断言している。


 それにたいして、


「どうしてそう思われるのですか?」


 と、ヘルミーネが尋ねる。


「簡単なことじゃ。

 この島の暮らしは天空の城に及ばぬとはいえ、他の地域に比べれば遥かに快適な環境じゃからな。」


 まだピンとこない様子のヘルミーネに、ウルリッカが、


「ヘルミーネは、料理とかしないの?」


 そう問いかける。


「私はしませんが・・・」


 ここでようやく、連れてきた料理人の言葉を思い出したようである。


「火を起こすのがとても楽になったと、料理人が言っていました。」


 薪で火を起こすのはとても苦労するものだ。ましてや、料理に必要な火力となるとその労力はとてつもないものになる。

 それが天空の城ではボタン一つで可能になるのだ。

 そして、この島の住居にも同じシステムを備えている。


 それだけでなく、台所キッチンなどの水回りやトイレも同じシステムを備えられており、衛生環境は二十一世紀の日本と遜色がない。


 上下水道が完備され、電化も進んでいるとなれば、他の地域とは隔絶した快適な環境にあるといえる。


 その環境に触れた者が、それを捨てられるかというと無理だろう。


「人族の中には、農作業用機械の扱いを学んでいた者も居たそうだ。」


 佑樹の言葉に、


「もうこの地に住み込む気だったんだね。」


 ウルリッカは呆れたような、それでいてその思い切りの良さに感心するような声をあげる。


「それはそうだろう。

 水も汲みに行く必要がなく、蛇口とかいうものを捻ればいくらでも出てくる。

 使節団の中にも、ここに移住したいという者が多かったくらいだ。」


 交渉の経過報告のために合流していたヴェイニも、そう口を挟む。


「それはどのエルフたちかな?」


 佑樹の問いに、


神代ハイエルフ以外、です。」


 ヴェイニが答える。


「なるほどね。」


 佑樹はそう口にするが、神代ハイエルフのその態度こそが全てを物語っているように感じられる。


「何か感じ取ったようじゃな。」


 佑樹の様子を見て、サフィアが問いかける。


「結局、世界樹ユグドラシルなんだろうな。

 神代ハイエルフたちがそういう態度でいられる源泉は。」


 そう答え、


世界樹ユグドラシルのある環境というものが、エルフ・・・たちにとってはとても良い環境なのだろう。

 そして、神代ハイエルフはそれを独占することで、エルフの中において権威を保っている。」


 呟くように口にする。


「すいません、世界樹ユグドラシルのある環境が、なぜ権威に繋がるのでしょうか?」


 ヴェイニの問い。


「ああ、ヴェイニたちには言ってなかったか。」


 各使節団に付いている者たちには、まだ教えていなかったことを気づく。


「白も黒も神代ハイも、種としては全く同じなんだよ、エルフは。」


 そう言われてもピンとこない様子のヴェイニ。


「簡単に言うと、なんの種族差が無いってことだ。

 少なくとも遺伝子DNAの上ではね。」


 なら、どこでその差がついたのか?


 ボウマルからの報告では、少なくとも戦闘能力に白エルフと黒エルフに種族差といえるものは存在しないという。

 そう考えると環境しか考えられず、白黒両エルフと神代ハイエルフの環境差といえば世界樹ユグドラシルの存在しかない。


「やはり、世界樹ユグドラシル取り上げる・・・・・しかないな。」


 世界樹ユグドラシルを諸悪の根源とは言わないし、そう考えることもない。

 だが、その存在が神代ハイエルフの傲慢さや偏狭さを生み出すのであれば、取り除く必要もあるだろう。


「ユキモリ。」


 壁際に彫像のように立っているユキモリに声をかける。


「ロケットは発射できるのか?」


 発射場は前任のキヨマサが整備していた。

 発射させるロケットがあるなら、神代ハイエルフへの牽制に使うのもありだろう。


「可能デス。

 ドノ人工衛星ヲ積ミマスカ?」


 ユキモリの問いに、


「全部、観測衛星だ。」


 即答する。


「六機搭載デキマスガ、全テ観測衛星デ良イノデスカ?」


 ユキモリは確認する。


「かまわない。

 今、なによりも重要なのはこの星の情報だからな。

 軍事衛星はその後からでも十分だ。」


「承知致シマシタ。」


 佑樹の言葉に、ユキモリは了承するとこの場を離れる。


わらわにはよくわからぬ話じゃが、戦闘用の物でなくて良いのか?」


 ユキモリを見送りつつ、サフィアが問いかける。


「観測衛星とはいっても、軍用に使えないわけじゃない。

 専用のものに比べれば精度は落ちるけどね。」


 最優先したのは気象や海流のデータ収集と、この星そのものの概要情報の収集だ。それらの情報は、農林水産業といった第一次産業に必須なものだ。


「食料の安定供給は、地域の安定に必須だからな。」


 食糧難から他国に攻め込む事例というのは、けっこう多かったりする。逆に、食糧難に陥った挙句に、隣国に攻め込まれるというのもよくある事例である。


「現時点なら、天空の城の生産能力で賄えるが、今後もそうだとは限らない。」


 佑樹はそう口にするが、天空の城の食料生産能力は一〇〇万人を養えるだけの能力があり、そう簡単に限界に達することはない。

 達することはないが、現地での食料増産も考える必要性があるだろう。


「手を出すにしても、目の前の問題を片付けてからだな。」


 佑樹はそう呟き、


「ロケットの打ち上げが終わったら、城に戻るとしよう。」


 そう宣言する。


「城に戻る、か。」


 サフィアは佑樹を見ながらそう口にする。

 その言葉の中にある意味を、ゆっくりと確認するかのように。








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