第82話

 交渉から七日。


 遅々として進まぬ交渉。


 これが紛糾した結果として進まないのなら、『会議は躍る、されど進まず』なのだが、纏め役であるはずの神代ハイエルフのエルメルに、表向きにその気がないため、沈黙のまま時間だけが過ぎていく。


 その影で、神代ハイエルフの副使ヨウシアを使って裏工作にて纏めようと画策もしているのだが。


 もっとも、白黒両エルフはその裏工作を嫌っており、応じる気配を見せない。


「下等な者どもがさっさと応じれば、こんな不快なことなどすぐに終わるというのに。」


 神代ハイエルフに充てがわれた部屋の中で、エルメルは苛立っている。


「まったくですな。

 下等種たるエルフが、我ら神代ハイエルフに従おうとしないなど、度し難い振る舞いですぞ!」


 エルメルに同調するのは、長老衆の一人アクセリだ。


 そして、年長者たちはエルメルとアクセリの二人に同調し、


「まったくけしからん奴等だ!」


「むしろ、我らで引導を渡してやった方がよかったのではないか。」


 などと、言いたい放題だ。


 そんな年長者たちを、ヨウシアはうかぬ顔で見ている。


「ヨウシア殿、どうなされました?」


 同年代のジョムホートが声をかけてくる。


「うかぬ顔をなさっておられますが。」


 その言葉に、


「うかぬ顔にもなる。

 エルフたちの態度は、もはや我々のことなど信用しないと言っているようなものだからな。」


 そう零す。


「それほどまでに、不信感を買ってしまっていると?」


「そうだ。

 自分たちの領域に引き篭もり、幾度となく仲裁を求められたのに無視してきたんだ。

 強烈な不信感を抱かれても仕方ないだろう。」


「たしかに。」


 問題なのは、長老衆のほとんどにその危機感が無いことだ。


 神代竜エンシェントドラゴンのルヴィリアは、


『猶予期間は長くても一〇日ほどだろう。』


 と言っていたが、すでに七日を消費してしまっている。


「猶予期間は長くみてあと三日。

 まとめられる自信はないな。」


 零れ落ちるヨウシアの愚痴に、


「猶予期間が過ぎたらどうなると思われますか?」


 ジョムホートが問いかける。


「わからない。」


「わからない?」


「ああ。

 だが、神代竜エンシェントドラゴンのルヴィリア殿が言うには、あのユウキなる者は水晶宮を攻撃したそうだ。」


「水晶宮を?!」


 水晶宮は神代竜エンシェントドラゴンの根拠地であり、おいそれと攻撃できるような場所ではなく、また神代竜エンシェントドラゴンの報復も考えるなら攻撃などするべき所ではない。


「攻撃しておいて、竜王ドラゴンロードの娘を娶る。

 そんな相手の機嫌を損ねればどうなるか、簡単に予想できるだろう。」


 ヨウシアの言葉に、ジョムホートは肩をすくめる。


「その予想ができないのが、エルメル殿であると?」


「エルメル殿とは限らんさ。

 ほとんどの神代ハイエルフが当てはまるだろうからな。」


 ジョムホートはその言葉を聞いて苦笑する。


「先見の姫なら、どんな未来を見たのだろうな。」


 ヨウシアはふと、そんなことを考えていた。



 ーーー



 先見の姫ことヴィルヘルミーネは、エルフの交渉が何一つ進んでいないことを佑樹から聞かされ、ただ俯いている。


「貴女が何を見て、未来に何を望んでいるのかはわからない。

 だが、私は動くことになりそうだ。

 貴女の望む未来になるかはともかくとして。」


 佑樹はそう宣言する。


「仕方のないこと、なのでしょうね。

 私たち神代ハイエルフがしてきたことの報いなのでしょうから。」


 世界樹ユグドラシルを守ることのみが、自分たちの役目とばかりに固執し、白黒両エルフのことなど顧みなかった。

 世界樹ユグドラシルを守ることで得られる恩恵を独占し、分け与えようともしなかった。

 自分たち神代ハイエルフは特別な存在であり、ただのエルフたちとは種としての格が違うと驕っていた。


 そんな自分たちに、鉄槌が下されることになるのだろう、佑樹によって。



 ーーー



「ヴィルヘルミーネは動かない、か。」


 佑樹はランマルからの報告を受け、小さく呟く。


“天は自らを助ける者を助く。“という言葉があるが、自分で足掻こうとすらしない者を助ける意味があるのだろうかと、そう考えてしまう。


「ヴィルヘルミーネも困った者じゃな。

 ただ、助けてもらおうとするだけで、自分で動こうとせぬのじゃからな。」


 佑樹の内心を知っているわけではないだろうが、それを正確に口にするサフィア。


「自分では何もせず、助けられることだけを望む、か。

 神代ハイエルフというのも、随分と情けないものだ。」


 エルッキはよく冷えたビールの入ったピッチャーを一気にあおり、辛辣な言葉を吐く。


「ヴィルヘルミーネ様が見た未来って、どのようなものなのでしょうか?」


 テーブルに並べられた新鮮な魚介を使った料理を食べながら、ヘルミーネが疑問を口にする。


「ヴィルヘルミーネが言わないからな。

 どんな未来を見たのか、想像すらできん。」


 佑樹の口調は、匙を投げたような言い方だ。


「婿殿も、匙を投げたというわけか。」


「匙を投げるもなにも、掴ませてすらもらっていないよ。」


「頼られたなら、匙を渡しているものでは?」


 サフィアと佑樹の会話に、ヘルミーネが口を挟む。


「本当に頼っているのなら、全てとは言わないが重要なところは話すんじゃないのかな。

 だけど、肝心な先見の力で何を見たのかは言おうとしない。

 それは、頼っている相手を信用してると言えるのかな?」


 話せない理由があるのなら、そう言えば良いだけのことだし、事後でなら話せるのならそう言えばいい。

 だが、ヴィルヘルミーネはそのどちらも言わない。その態度を佑樹は、


「信を得ようという意志が見えない。」


 と断ずるのだ。


「もっとも、言わない方が望んだ未来に繋がっているのかもしれないけどな。」


 その可能性もある、程度のことでしかないが、それでも聞かされない側としては不信感が募る。


「そこまでにしてはどうかな、婿殿。

 せっかくの海鮮料理とやらが、不味くなるではないか。」


 サフィアにそう言われ、佑樹は苦笑する。


「それもそうだな。」


 そう言うと、


「小難しい話は抜きにして、楽しむとしようか。」


 そう宣言したのだった。

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