第80話

 パルヌ王国ナルヴァ平原の陣地。


 交渉が纏まったと報告を受けた佑樹は、急遽来訪していた。


 それは、テーブルを挟んで椅子に座っている人物、パルヌ王国第三王子ヴァレリーが対面での会談を求めたからだ。


 佑樹としては、もう少し時期をずらすことも考えたのだが、エルフたちの話し合いが一向に進まないため、それならばとすぐに会談の席を設けることにしたのだ。


 そして、佑樹の見たヴァレリーの第一印象は、『王族などに生まれたくなかった王子様』である。


 なぜそう感じたのか?


 ヴァレリーが纏っている雰囲気というのだろうか。

 それが明らかにアレクシアやハインリッヒとは違い、王族らしさがみられないためだ。


 立ち居振る舞いを見れば、間違いなく高貴な出自であることは明白なのだが、それも無理矢理着せられた衣服のように感じられてしまう。


「お初にお目にかかる。

 私はパルヌ王国第三王子ヴァレリー。

 以後、お見知り置きを。」


 お見知り置きをなどと言うのは、本来なら佑樹の側であり、王族であるヴァレリーではない。


「随分とへりくだるものですね、ヴァレリー殿。」


「ええ、私は敗者の側ですので。

 勝者に対してへりくだるのは当たり前では?」


「なるほど。」


 佑樹は苦笑しつつも、ヴァレリーを見る。


 自分を測っているような視線だが、相手もまた同じように考えていることだろうと思う。


 一方のヴァレリーはというと、佑樹を『掴みどころのない男』と見てとっている。


 勝者であるにも関わらず、傲慢になることなくその表情は穏やかそのもの。


 アレクシアからは苛烈な部分もあるとは聞いているが、目の前にいるこの男からはそんな一面など感じさせない。


「前王と前王太子が今少し、冷静な判断を下せていたなら、もっとマシな会談をもてたでしょう。

 それが残念でなりません。」


 ヴァレリーはそう言う。

 父と兄を殺されたことに遺恨はない、そう宣言した発言だ。


 ヴァレリーは『王族などに生まれたくなかった王子様』ではあるが、だからといって『王族の責務から逃げたい王子様』ではないと、佑樹は強く感じる。


「ヴァレリー王子。

 貴方は強いな。

 私が同じ立場なら恨み言の一つや二つ、ぶつけていただろうに。」


 ヴァレリーはヴァレリーで、この言葉から佑樹という人物を見抜く。


「ぶつけたいのはやまやまですが、そんなことを言っていられない状況ですからね。

 それに、ユウキ殿には感謝しているのですよ。」


「感謝?」


「ええ。

 この国は変革が必要な時期でした。

 貴方に敗北、いや惨敗したことでこの国は変わることができる。」


「・・・」


「本音を言いますとね、ユウキ殿。

 私はパルヌ王国などどうでもよかったのです。

 変革が必要な時期にも関わらず、そのことに気づかずにいる者たちに愛想を尽かしておりましたから。」


「・・・私が圧勝したことで、変革が必要であることに気付かぬ者たちが一掃されたと。」


「その通りです。

 これで心置きなく、変革をすることができる。」


 戦争に敗れることで変革が進む。対米戦争に敗れることで巨大な変革をしたのは、自分の前世の日本だ。

 あの時もまた、国内に大きな課題を抱えていたが、敗戦によるアメリカの占領統治により大きな改革が行われている。


「その変革に手を貸せとでも?」


「ええ。

 レナルトとハインリッヒを、預かってもらいたい。」


天空の城うちに留学させたい、そう言っていたか。」


 留学の話はジェタやヴィオレータから報告を受けているが、返答は保留していた。


 保留していたのは、王族の留学となれば相当数の随員も来ることになることと、パルヌ王国に深く関わることになりかねないことへの懸念からだ。


 レナルトとハインリッヒを預かるとなると、パルヌ王国に深く関与することになるのは確実だ。


「二人の後ろ盾になれと、そういうことか。」


 パルヌ王国王家はこの度の惨敗で、大きくその権威を落としている。

 特に武力の面での凋落は激しく、数を減らしたとはいえ国内の有力貴族との武力差も縮小してしまっている。その武力を佑樹の力で補うつもりなのだ。


「この世界に介入した責任、か。」


 誰にも聞こえないほどの、小さな呟き。


「留学の件は受け入れる。

 だが、アナスタシア王女の件は・・・」


 留学は受け入れる。

 アナスタシア王女の件は拒絶しようとしたのだが、


「お待ちください、ユウキ様。」


 同席しているアレクシアが横から割り込む。


「アナスタシアは、私と違って自分の身を守るすべを知りません。

 今後、パルヌ王国王宮では大きな混乱が予想されます。

 ですから・・・」


「保護をしてくれと、そういうことか?」


 ヴァレリーの思惑は輿入れなのだが、アレクシアは妹の保護を求めて発言する。そして、ヴァレリーも自分の思惑はともかくとして、アレクシアの言葉に乗っかる。


「アナスタシアはまだ一二歳。

 こう言ってはなんだが、アレクシアのように武芸を身につけているわけでもない。

 今後の改革では、貴族たちとの抗争となることも予想される。」


 安全な場所に避難させたいということだ。


 佑樹はヴァレリーを見る。


 アレクシアの為人ひととなりは、短い期間とはいえ見てきたのである程度は理解している。王族としては優しく、裏表の無い人間だ。


 だが、ヴァレリーはどうだろうか?

『王族などに生まれたくなかった王子様』だと評しているが、同時に『王族としての教育を受けた』者でもある。

 王族とは生まれながらの政治家である、そう言っていたのは誰だっただろうか。そんな王族であり、アレクシアから“切れ者”と称されているヴァレリーが、なんの裏もなくアレクシアに同調するとは思えない。


 腹芸では勝てそうもない、そう諦めて佑樹は大きく一息吐くと、


「あくまでも“保護”という名目なら、アナスタシア王女も受け入れよう。」


 佑樹は受け入れを言明する。


「そういえば、アルフレート王子は病弱と聞いているが、大丈夫なのか?」


 ヴァレリーの思惑は、アルフレート王子が一定程度の期間、生きることができての話だ。

 大幅な国政改革を行うとなれば、一〇年は見ておかなければならないだろう。

 その間、実務はヴァレリーが行うとしても、相当な激務が予想される。病弱とされるアルフレートが一〇年も耐えられるのだろうか?


「そのことなのだが、そちらの医者を派遣してもらえないだろうか?」


 天空の城の医学が、自分たちより遥かに進んでいることはアレクシアから聞いている。


「なるほど。

 本当の狙いはこちらでしたか。」


 今までの会話は重要でなかったわけではないが、それ以上に重要になるのはアルフレートの寿命だ。

 それを少しでも伸ばすことが、ヴァレリーのやろうとしている改革には必要になる。


「ええ。

 兄アルフレートがいないと、私はやり過ぎてしまいかねない。

 それでは改革が頓挫してしいますからね。」


 やり過ぎないためのブレーキ役としてアルフレートが必要であり、改革を軌道に乗せるための時間を得たいということだ。


 そして、『頓挫するのは貴方にとっても本意ではないでしょう?』と言外に含めている。


「わかった。

 リョウタクがまだこの地に残っていたはずだ。

 リョウタクをそのまま派遣しよう。」


 リョウタクの名を聞いて、ヴァレリーはアレクシアに視線を送ると、アレクシアは小さく頷く。


 リョウタクの能力を確認したのだろう。


 ただ、リョウタクを出すとこの地の住民の健康問題に対応する者がいなくなる。

“イネ”を残してもよいのだが、イネには出産に対応できる人材の育成を優先してほしい。


 ここで問題になるのが、ただ優秀な医者を派遣すれば良いというものではないことだ。

 なにせ、この世界は現代世界と違って『衛生』というものへの関心が低い。優秀な医者であると同時に、衛生教育ができる者を派遣する必要がある。


「リョウジュンを出すか。」


 佑樹はそう呟く。


 その後もいくつかのやりとりを行い、三ヶ月後に佑樹がパルヌ王国王都ヴァルカを訪問することも決められた。



 ーーー



「如何でしたか、ユウキ様の為人ひととなりは?」


 アレクシアがヴァレリーに感想を求める。


「寛容で話がわかる男だな。

 だが、いくら寛容だからといって甘えていては見放されそうだが。」


 本質的には甘い男だろうが、甘いだけではない。

 必要とみればいくらでも厳しい態度を取れる男だ。


「味方に留められるなら、留めなければならん男だよ。」


 敵に回したらなどとは言わない。言わなくても、すでに見せつけられているのだから。


「世界は変わる。

 ユウキと関わった所から、大きな変革のうねりが始まる。」


 そのことはアレクシアも予感している。


「随分と楽しそうですね、ヴァレリー兄様は。」


「楽しそう、か。

 それは否定できないな。」


 惰性のような現状維持などは、ヴァレリーにとって退屈で仕方がない。だが、ユウキと関わったことで生じる世界の変革のうねりは、これまでの停滞して澱んだ世界を一新してしまうだろう。


「変革のうねり、その中心の一つにいられるのだからな。

 こんなに心躍ることもないだろう。」


「本当は、兄様が行きたかったのではありませんか、天空の城に。」


「その通りだ。」


 ヴァレリーは即答する。


「レナルトやハインリッヒに後事を託したら、是非とも行きたいものだ。」


 子供のような表情かおを見せるヴァレリー。


「私も、天空の城に行きたいのですけれど。」


「それは無理というものだ。

 お前には、ナルヴァ平原の統治をしてもらわねばならんからな。」


 返還される陣地周辺の領民たち。

 彼らの上に立てるのは、現在のパルヌ王国にあってはアレクシアしかいない。

 佑樹の統治法方は、この世界においてはあまりに先進的すぎており、それをわずかな期間といえど直に見た人間でなければならない。


 住民たちに教育を施し、手に職をつけさせる。

 それは職業の流動性を生み、この世界にある身分制度そのものを破壊することになるだろう。


 だが逆に考えるなら、王族であっても好きな職に就くことができるということでもある。

 ヴァレリーにとって望む未来だろう。


「私にも、大きな目標ができました。」


「目標か。

 聞いてもよいか?」


「あの空を飛ぶ乗り物。

 あれを自分で動かしたいというのが、私の今の目標です。」


 目を輝かせる妹を見て、


「お転婆なのは昔と変わらんな。


 そうヴァレリーは苦笑していた。



 ーーー



「どう?

 あのヴァレリーって面白い人間だと思うけど。」


 ジェタの言葉に、


「王族らしくないところは、興味深いな。

 王族らしくないのに、王族としての義務に縛られているのはかわいそうではあるが。」


 王族としての義務。

 パルヌ王国の存続とその未来を守ること。


「そんなヴァレリー殿下が、どのように舵取りするのか見守っていきたいね。」


 王族として生まれたくなどなかったであろうヴァレリーが、王族としての義務を遂行する。


 物語の中の王子様は、『自分は王族になど生まれたくなかった』とよく言うが、同じ王子様であるヴァレリーにはそんな甘さはない。そこが一番好感を持てるところだ。

 もっとも、魏晋南北朝時代の劉宋の皇子劉子鸞りゅう・しらんのように、わずか一〇歳で血生臭い後継者争いに巻き込まれ、処刑された人物の発言ならば認めもするが。


「パルヌ王国とは、長い付き合いになりそうだ。」


 佑樹はそう言って、急遽行われたヴァレリーとの会談を締めくくった。


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