第78話
エルフたちが交渉のテーブルに着いた頃、パルヌ王国でも交渉は始まっている。
「私が、パルヌ王国において全権を任せられたヴァレリーと申します。」
一見すると
「ふむ。
パルヌ王国第三王子殿だな。
アレクシアから聞いている。
兄弟で最も聡明な人物だと。」
ジェタの言葉に、
「我が妹ながら、身内贔屓の酷く過分な評価です。」
ヴァレリーはそう笑顔を向けて答えつつ、ジェタを観察している。
アレクシアから、全権大使として送られてきたのは
だが、その存在感と威圧感は今まで感じたことのないもの。
侮った対応を取れば、即座に喰い殺されるように感じられる。
恐ろしいまでの
だが、その
この、肌がヒリヒリとする場での戦いこそが。
ーーー
“なかなか面白い人間ね。”
ジェタはヴァレリーを観察している。
“私からの
並の人間ならば、気絶していてもおかしくないだけの
見ればヴァレリーも手に汗をかいているのがわかる。
それでも恐れることなく、隙あらば此方の首を食い破ろうとしているのがわかる。
「気に入った。」
小さな呟き。
気に入ったとはいえ、手加減や容赦をする気はない。
「それでは、交渉に入りましょうか。」
その言葉を合図に、ジェタとヴァレリーの武器を使わぬ戦いが始まる。
ーーー
ジェタとヴァレリーの戦い。
それを胃の痛くなる思いで見ている二人。
ヴィオレータとアレクシアは、外交交渉というものの激しさを目の当たりにして、胃の辺りに手を当てている。
「ここまで本気になる必要があるのかしら?」
ヴィオレータの疑問だ。
佑樹から全権を与えられているとはいえ、確保するべき権益は指示されている。
だが、ジェタの要求はそれを遥かに上回るもので、パルヌ王国が飲める要求ではないことはヴィオレータでも理解できる。そこまでの過大な要求をする理由がわからない。
一方のアレクシアも、その過大な要求は佑樹から出たものなのではないかと、気が気でならない。
自分が出発するまでは、佑樹の要求はシュウェリーン近郊の土地の租借だけだったはずなのだ。そして、その理由もアレクシアには納得できるもので、奴隷貿易をさせないための監視が理由であり、租借期間も一五〜二〇年となっていた。
だがジェタが出してきた要求は、シュウェリーン及びナルヴァ平原に築いた陣地とその周辺の割譲、シュウェリーンまでの通行許可とその往来の護衛のための兵力の駐屯。さらに多額の賠償金まで要求している。
しかもその賠償金額は、
「そんなに取られたら、国が傾いてしまう。」
くらいのものだ。
その要求に兄ヴァレリーは拒絶してみせ、一歩も退かない。
そんな応酬が一時間ほど続き、初めての交渉は終了した。
ーーー
第二王子アルフレートの部屋で、ヴァレリーは初めての交渉の報告を行う。
「随分と激しいやりとりをしたようだね。
ご苦労様。」
報告を受けて弟を労う。
「本来なら、私が交渉の場に臨むべきなのだけど。」
アルフレートはそう言うが、
「なにを言うか。
兄上が王宮を纏めてくれているからこそ、俺が交渉に専念できるのだ。」
ヴァレリーはそう返す。
そう、アルフレートは病床にありながら指示を出して、王宮の混乱を最小限に抑えている。
病床にあることと、妾腹であるために低くみられているが、政治能力は極めて高いのだ。
「それにしても、随分と吹っかけてきたものだね。」
「ああ。
アレクシアの報告では、ユウキなる天空の城の主は欲の無い人物とのことだったが。」
「だけど、欲の無い人物相手ほど、やり難いものだけどね。」
「確かに。」
欲が無い人間相手というのは、何をもって交渉の材料にできるかがわからないということだ。
「だが、交渉相手はそのユウキという男じゃない。
これだけの要求をしてきたということは、今回の交渉相手は功を挙げたがるタイプなのかもしれないな。」
アルフレートはそう言うが、実際に対峙しているヴァレリーの抱く印象は違う。
あのジェタと名乗る
それが事実だとしても、なぜそのようなことをするのかがわからないのだが。
「まあ、吹っかけてきた狙いも探らないとならんし、纏まるには時間がかかるだろう。」
ヴァレリーはそう言って不敵な笑みを浮かべる。
「その表情ができるなら、大丈夫だな。
こちらでも、いくらか探らせる。」
「そうしてくれると助かる。」
その後ろ姿を、アルフレートは見送った。
ーーー
「吹っかけ過ぎではありませんか、ジェタ様。」
ヴィオレータが咎めるように言う。
シュウェリーン及びナルヴァ平原に築いた陣地周辺の割譲に、軍の駐屯と多額の賠償金。
「ユウキ様からは、シュウェリーン近郊の土地の租借のみで良いと言われましたのに。」
「そんなちっぽけなことだけじゃ、かえって危ないのよ。」
「そうでしょうか?」
「欲の無さすぎる存在ってのは、より危険視されるものよ。」
ジェタはそう言うが、それも天空の城の書庫の本を読んで知ったことだったりする。
圧倒的な力を持つ
佑樹の側にいるにあたり、人間のことを知るために
「それに、欲があると思わせておいた方が、人間味ってのがあっていいでしょ。」
ジェタは笑うが、ヴィオレータの方はというと、
「確かにそうかもしれません。」
そう感想を述べる。
ヴィオレータから見ても、佑樹は欲が無さすぎる。
金銭欲も物欲も、権力欲も名誉欲も無い。
人並みに性欲はあるとは思うが、それだけだ。
こうも欲が無いと、特に権力を持った人間からは警戒されかねない。
「落とし所は考えているのですか?」
「当然よ。」
ジェタの言う落とし所。
それを聞いてヴィオレータは納得した表情を見せていた。
ーーー
交渉の両陣営に縁があるアレクシアはというと、ハインリッヒとともに別室にいる。
二人とも、佑樹の捕虜となっていたこともあり
アルフレートやヴァレリーはそんなことを考えてもいないが、廷臣たちが同じとは限らないのだ。
そのため形としては軟禁となっており、交渉の場への
「相当な要求をされていると伺いました。」
ハインリッヒの言葉に、
「ええ。
ユウキ様は、パルヌ王国にこれ以上の負担をかけるつもりはないと、そう思っていたのですが・・・」
アレクシアから見ても、佑樹という男は欲が無いように見えている。
本当に領土欲があるのならば、シュウェリーンなどは統治機構をそのままにしておくはずがないのだ。
だが、佑樹がシュウェリーンで行ったのは奴隷売買の取り締まりくらいのものでしかない。
「行動が読めませんね、あの男は。」
ハインリッヒは姉のアレクシアのように、佑樹に傾倒はしていない。むしろ、表に出さないだけで敵意すら抱いている。
その様子にアレクシアは胸を痛めるが、同時に
ふうっと一息吐き、アレクシアは窓から空を見上げる。
交渉の行方を案じながら。
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