第76話

 神代ハイエルフの長老の一人であるエルメルは、ひと目見てすぐにわかるほど不機嫌だった。


 最古老の一人である自分が、なぜに得体の知れない相手の所に出向かなければならないのか。


「エルメル殿。

 あまりに不機嫌な表情を表に出されては・・・。」


 そう宥めるのはもう一人の長老ヨウシア。


 正使がエルメルであり、副使がヨウシアである。


「ふん。

 そんなこと、知ったことではないわ。」


 子供じみた言い方をするエルメルに、ヨウシアは苦笑する。

 いや、苦笑しかできないと言った方が正確かもしれない。


「使者殿は、随分と不機嫌なご様子。

 そんなに行きたくないのであれば、お戻りいただいてもかまいませんよ。」


 声をかけてきたのはルヴィリアだ。


 エルメルの不機嫌な理由の一つが、この神代竜エンシェントドラゴンの存在だ。


 白エルフと黒エルフの争いなど、放っておけばよいのに何故か武力介入をしてきた。

 それも、ただ介入してきただけでなく、神代ハイエルフに争いを治めるように要求、いや正確には強要してきたのだ。


 この言葉通りに戻ろうものなら、


神代ハイエルフに対話の姿勢なし!

 よって殲滅する!!」


 となりかねないことを、エルメルは理解している。


「対話をせぬなどとは言うてはおらぬだろうが。」


 神代ハイエルフといえど、神代竜エンシェントドラゴンに勝てるなどとは自惚れてはいない。


 ただのドラゴンでさえ、理不尽ともいうべき戦闘能力を持っているのに、神代竜エンシェントドラゴンともなると理不尽どころではなくなる。


 目の前のルヴィリアと名乗る神代竜エンシェントドラゴンだけでも、この地の地形を変えるくらいはやってのける。


 エルメルを苛立たせるのは、この神代竜エンシェントドラゴンから溢れんばかりの神気を感じ取れることもある。


「神気の得られる場所などそうはあるまいに、どこでそれだけの神気を得たのか・・・」


 世界樹ユグラドシルのある神代ハイエルフの領域以外なら、神代竜エンシェントドラゴンの拠点である水晶宮も神気の残る場所ではある。だが、このルヴィリアのように神気を溢れんばかりに得られるようなことはないはずだ。

 新たに神気の得られる場所を見つけたのだろうか?

 そんなことはないはずだと、エルメルは首を振る。


「それにしても壮観ですなあ。」


 今一人の長老ヨウシアは、ずらっと居並ぶ魔法人形ゴーレムたちを見て感嘆の声をあげている。


 戦闘用の魔法人形ゴーレムだけで一五〇〇体を超えるというが、それほどの数を揃えられるような者が居たとは信じられない思いだ。


 しかも、その一体一体が神代竜エンシェントドラゴンと戦えるだけの戦闘力を有しているという。


「まるで、神々の物語に出てくるような存在ですな。」


 ヨウシアの声が、どこか興奮しているように聞こえるのは長老衆の中でも最も若い部類の者だからかもしれない。

 若いといっても、軽く一千年を超える齢なのだが。


「それにしても、迎えが来ると聞いていたのですが遅いですね。」


 ヨウシアはそんな感想を漏らすが、


「約束の刻限は正午。

 まだ二時間もあるよ。」


 ペリアが指摘する。


 そのペリアの言葉に、苦虫を噛み潰したような表情をエルメルはする。


 この神代竜エンシェントドラゴンが暴れなければ、自分たちがしたくもないエルフの争乱の仲介などしなかったのに。そんな思いからそんな表情になるのだが、ペリアの方はそんなエルメルの表情を見ても無視を決め込んでいる。


 エルメルの方はというと、自分を無視するペリアにも腹立たしい思いを抱いている。


 ペリアが暴れた時、神代ハイエルフたちは抑えようとしたのだが、どのような手段を用いても抑えることができなかった。それどころか、抑えようとした神代ハイエルフたちの部隊は壊滅させられたのだ。しかも、死者は一人も出さないという、明確な手加減をされて。


「それに、まだ白エルフたちが来てないのに、私たちを責めるのはお門違いじゃない?」


「そうでした。

 まだ白エルフたちが来ていませんでしたね。」


 ヨウシアはペリアに頭を下げる。


「まあ、いいよ。

 来なかったら、そこにいるケンシンの部隊が白エルフたちを攻撃するだけだから。」


 ペリアは事も無げに口にするが、それはそれで強烈な脅しになっている。


「いや、必ず来ますから、今暫くお待ちください。」


 慌てて弁明するのはアルヴァー。


 黒エルフとの戦いにタダカツ介入したために敗戦し、捕虜となった白エルフだ。


 アルヴァーはペリアが暴れた後、渋々ながら争乱の介入に乗り出した神代ハイエルフの案内役として参加し、同胞の説得にあたっていた。


 そうやってようやく停戦に合意し、そのための使節団を派遣させる約束をさせたのだ。


 もし、その約束を違えたら?


 目の前にいる神代竜エンシェントドラゴンは、躊躇なく魔法人形ゴーレムの集団を差し向けるだろう。

 そしてその結末は・・・。


 そこまで考えて頭を振る。


 自分は最善と信じることを突き進むだけと、自分に言い聞かせる。


 アルヴァーの願いが通じたわけではないだろうが、白エルフの使節団もようやく姿を見せる。


「これは神代ハイエルフの皆様、お待たせいたしました。

 私がこの使節団の団長を務めますトゥオマスと申します。

 お見知り置きを。」


 トゥオマスと名乗る白エルフは、神代ハイエルフに丁寧な挨拶をするが、その丁寧過ぎる挨拶は無礼と変わりないものであることを証明するような挨拶だった。

 白エルフたちの、神代ハイエルフへの不信感を表しているのだろう。


「たしか、白エルフたちも何度か神代ハイエルフたちに訴えかけていたらしいよね。」


 小声でペリアはルヴィリアに話しかける。


「ええ、その通り。

 白エルフからも黒エルフからも、不信感しか得られぬ判断を下したというわけよ、神代ハイエルフという愚者たちは。」


 神代ハイエルフたちは中立を守ろうとしたわけではなく、自分たちの役割だと信じて疑わない世界樹のこと以外に、なんらの興味も持たなかったのだろう。


「ユウキはどうするつもりなのかな?」


「主殿のお考えは、ある程度は予想できますが、神代ハイエルフにとって愉快な選択ではないでしょうね。」


 二人のやり取りは小声であり、他の者たちには聞こえていない。


 そこに、ルヴィリアたち以外の者には聞き覚えのない轟音が空から響いてくる。


 その音はどんどん近づいてくる。


「迎えが来たようですね。」


 轟音のする方向をルヴィリアとペリアは見上げ、他の者たちもそれに倣う。


 轟音の元となったものは、ゆっくりと近づいているように見え、近づくに従ってその轟音も大きくなってくる。


 それは工兵隊が築きあげた陣地の中に作られた、四〇〇〇メートル級滑走路に着陸する。


「エンジンが四つも付いているのですね。」


 飛行機に使われている技術の詳細こそわからないが、かなり大雑把な部分ではルヴィリアたちも理解している。

 エンジンが四つもあれば、飛行機も大型化できるし運べる物資も多くなる。


「しかも、二機も送ってくるなんて豪気なものだよね。」


 ペリアは明るい声で言うが、神代ハイエルフや白エルフ、黒エルフたちにとっては笑い事ではない。


 自分たちの知らない、考えの及ばない代物が目の前にやってきたのだ。


 やってきた飛行機にタラップが取り付けられ、中から降りてくる者たち。

 総勢五〇人の神代竜エンシェントドラゴン


「なるほどね。」


 その姿を見て、ルヴィリアは佑樹の意志を察する。


「大丈夫かなあ、神代ハイエルフたち。

 こんなの見たら、卒倒しちゃうんじゃない?

 それとも、頭が茹だっちゃうかな?」


 ケラケラと笑うペリアも、佑樹の意志を理解している。


 交渉が破綻したなら、即攻撃に入れということを。



 ーーー



「これはどういうことだ!?」


 ルヴィリアに詰め寄るのは、神代ハイエルフのエルメルだ。


 彼もまた、ユウキなる存在の意志を理解した。いや、せざるを得なかった。


「どういうこととは?」


 ルヴィリアの冷ややかな声。


其方そちらの要望に従って交渉しようというのに、なぜこれほどまでに戦力を増強するのか!!」


 エルメルは声を荒げて詰め寄る。


「はて?

 エルメル殿が交渉を纏め上げられれば、それでよいだけのことではありませんか?」


 ルヴィリアはにべもなくそう言うと、


「それとも、両エルフのための仲介交渉とは名ばかりで、纏める気が無かったとでも?」


 そう畳み掛ける。


「そ、そのようなこと、あるわけないであろう!」


 エルメルは平静を装って言うが、動揺を隠しきれていない。


「そう。

 でも、時間があるとは思わない方がいいわ。

 与えられる時間は、せいぜい一〇日ほどでしょうから。」


「!?」


世界樹ユグラドシルを守りたいのなら、それくらいしなさいな。」


 ルヴィリアはそう言い残してその場を去り、エルメルはその後ろ姿を睨むことしか出来なかった。





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