第75話

「うーむ・・・」


 神代エルダードワーフのエルッキは唸っている。


 二の丸の迎賓館に招かれたエルッキは、そこに飾られている物を見て眉間に皺を寄せていた。


「ガラスの容器の中に船の模型・・・。」


 ボトルシップと呼ばれる代物を手に取り、じっくりと見ている。


「ガラスを継いでいるような傷はないな・・・。」


 ガラスを撫でて確認している。


「すると、やはりこの小さな口から部品を入れて作っているのか・・・。」


 信じられないような面持ちで呟くが、


「エルッキよ。

 それは婿殿が暇潰しに作ったものじゃぞ。」


 サフィアにそう言われて、エルッキの表情はますます曇る。

 ただの人間にしか見えない佑樹が、このような高度な技術を要するであろう物を作れるとは。


「エルッキ殿。

 そのようなところにいつまでも立っていないで、席に着かれてはいかがですか?

 せっかく、ユウキ様が手料理を振る舞っていただけるとのことですし。」


 そう。

 佑樹が皆を招いての食事会を催すことにしたのだ。


 神代エルダードワーフも全員、当然のように招かれているが、佑樹とともに食事をするのはエルッキのみ。

 それはヴィルヘルミーネも同じで、お付きの者は同席しない。


 同席しているのはサフィアの他には、アレシアとマリアナ、グスマンとその妻エステラ。

 また、このような場にはほとんど出席するヴィオレータはパルヌ王国との交渉のために現地に残しており、同じように出席率の高いテオフィーラはシュウェリーンにて、現地の商人たちとの折衝役を勤めている。

 そのため、家格がテオフィーラと同じ伯爵であるイザベラが参加することになったのだが、ヴィオレータとテオフィーラのように物怖じしない性格ではないためか、ひと目でわかるほど緊張している。

 そして貴族令嬢ではもう一人、ヘルミーネも参加させられている。

 ヘルミーネの場合は、神代ハイエルフのヴィルヘルミーネに名前の一部が同じということで、参加要請という名の強制参加である。


 そして、佑樹の娘としてウルリッカと、天使アルファリアも当然のように参加している。


 本来なら、この城の住人となっている鳥人族や人魚族からも出席者を募ったのだが、水が無ければ動けない人魚族や腕が翼となっている鳥人族は、それらを理由に固辞していた。



 ーーー



 佑樹は久しぶりに料理の腕を振るえることに、非常に安堵している。


 正直なところ、パルヌ王国との一連の戦いで強いられてきた緊張も、久しぶりの料理で随分とほぐれてきている。


 ちなみに、この調理場で料理をしているのは佑樹以外では、貴族令嬢たちが連れてきた料理人の一部がいる。


 貴族令嬢の料理人たちがここに詰めているのは、料理ロボットから彼らの知らない調理法や料理を学ぶためであり、今回のようなことは学んだことを佑樹の前で披露する好機でもある。


 そして、佑樹は料理人たちの上達ぶりに満足していた。



 ーーー



「お待たせ。」


 そう言って佑樹は自分の席に着く。


 そしてそれを合図に、料理が運ばれてくる。


 料理の説明を行うのは、ヴィオレータ付きの料理人ペドロ・アルマンが務めている。


「良い顔になったな、婿殿。」


 食席に着いた佑樹を見てサフィアが声をかける。


「そうか?」


気分転換リフレッシュとかいうものができたようじゃな。」


「それは否定できないな。」


 確かに、料理をすることで気分転換リフレッシュができたのは間違いない。


「それと、料理人たちの上達ぶりには、嬉しい驚きを貰ったからな。」


「ほう?

 婿殿が誉めるほどに上達しておるのか?」


「ああ。

 というより、サフィアは彼等の料理を食べていないのか?」


「すまぬが、婿殿の料理に慣れてしまうとな。

 なかなか他人の料理を食べようという気にならぬのじゃ。

 だから、魔法人形ゴーレムの料理で済ませておった。」


 冒険をしようという気にならなかったと、そういうことらしい。


 ペドロ・アルマンの説明を聞きながら、食事会は進んでいった。



 ーーー



 佑樹と同席したメンバーは、そのまま本丸の佑樹の私室へと招かれる。


 参加メンバーは、先の食事会よりもこちらの方が本番であることを理解している。


「アルファ。

 世界樹ユグラドシルはすでに役目を終えていると、そう言っていたよな?」


 佑樹は確認する。


「ええ、間違いないわよ。

 世界樹ユグラドシルは本来なら、一〇〇万年も経てば消滅するの。

 この世界は誕生してから、すでに一〇〇〇万年は過ぎてる。

 だから、世界樹ユグラドシルがなくなったところで、大きな影響はないわよ。」


 アルファが断言する。


「なら、俺が世界樹ユグラドシルを破壊しても、問題はないってことだな。」


 佑樹はそうはっきりと口にする。


「佑樹がそこまで悪役になる必要性は無いと思うけど。」


 佑樹の顔をじっと見据えてアルファはそう言うが、それはサフィアも同じであるようだ。


「いらぬ恨みを背負うことも無かろうに。」


 とはサフィアの言葉だが、


「とはいえ、誰かが神代ハイエルフの長老どもの目を覚まさせてやらねばならぬか。」


 とも続ける。


 本来ならこの世界の住人たちが、自身で気づくのがベストなのだろうが、頑迷固陋がんめいころう神代ハイエルフの長老たちには効果のある行為だろう。


「それしか、方法は無さそうだな。」


 エルッキはそう言って、ジョッキに注がれた冷えたビールを一気に飲み干す。


「簡単に言わないでほしいわ。」


 ヴィルヘルミーネは恨めしげに言うが、


「ならば、ほかに方法があるのか?」


 そう返されると言葉もない。


神代ハイエルフも、自らの役割を忘れているようだからな。

 それを思い出させるためには、それくらいのことも必要だろう。」


 世界樹ユグラドシルを守ることが役割だと勘違いしてしまっている、現在の神代ハイエルフの長老たちに、本来の役割を思い出させるためにはショック療法も必要だとエルッキは言う。


「そう、なのでしょうね・・・」


 ヴィルヘルミーネの口調は歯切れの悪いものになる。


「お主は、神代ハイエルフに未来を繋ぎたいのではないのか?」


 サフィアの指摘に、ヴィルヘルミーネは何も言えなくなる。


 おそらく、ヴィルヘルミーネも覚悟はしていたのだろうが、それが現実になると考えると躊躇ためらいが生まれてしまうのだろう。


神代ハイエルフの長老が来るのはいつだった?」


 話を変えるように佑樹が確認する。


「三日後、ペリアの手の者が連れてくることになっておる。」


 サフィアが答える。


「なら、リョウイチとチュウハチに大型飛行機を用意させよう。」


「ほう?

 技術力の違いを見せつけるか。」


 佑樹の言葉にサフィアは楽しそうに返す。


「技術力だけじゃない。

 科学力と、なによりも価値観の違いを示す。

 そのためには、一番わかりやすいのが飛行機だからな。」


 当たり前のように飛行機が飛んでいる世界にいると忘れがちなのだが、飛行機には非常に多くの科学力が詰まっている。

 航空力学に基づいた構造からその素材の数々。


 それらを見せつけることは、良くも悪くも頭の硬い神代ハイエルフの認識を大きく変えることになるだろう。


「それと、ペリアの元に竜族ドラゴンを送り込んでおいてくれ。」


 その指示に、サフィアの目が光ったように感じられるが、彼女サフィアは何も言わない。


 いや、この場にいる者たちのほぼ全員が佑樹の考えを理解しており、その反応は様々だ。

 ただ、佑樹が神代ハイエルフの長老との会談に甘い予測を入れていないことだけは、確かなことだった。




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