第73話

 翌日。


 佑樹はジェタに交渉の全権を委ねる文書を手渡すと、ティルトローター式垂直離着陸機オスプレイもどきに搭乗し、天空の城へと向かう。


 その機中にて、


「文書なんて必要だったの?」


 アルファが疑問を口にする。


「そりゃ、当然だけど必要だ。

 その身分と職責の証となるものだからね。」


 身分証明が無ければ、相手としても扱いに困ることになるだろうが、狡猾な相手なら身分証明が無いことをいいことに、別の人物をそれらしく押し立てて都合の良い発表をする可能性すらある。


神代竜エンシェントドラゴン相手に、そんなことするかな?」


 アルファの疑問だが、


神代竜エンシェントドラゴンと知っていたなら、そんなことはしないだろうな。」


 では知らなければ?


 やる者はいるだろう。

 もっとも、そんなことをされてジェタが黙っているとは思わないが。


「今回は、先にアレクシアが行っているから、そんな不埒なことをすることはないだろうけどな。」


 事実上の先触れとなっているアレクシアから、全権大使として来る者が何者かは聞かせれることになるだろうから。


印璽いんじも持たせているから、偽証することはできないけどね。」


 印璽いんじ、もしくは国璽こくじは重要な文書に使用されるものだ。

 このようなものは日本をはじめとするアジア圏特有の物と思われがちだが、実は世界各国で使用されており、グレートシールと呼ばれている。


「天空の城が近くなってきたな。」


 佑樹は久しぶりに戻る天空の城に、懐かしさを感じてしまう。


「なんか、やっと戻ってきたって感じだね。」


 アルファの言葉に思わず頷いてしまう。


 やがてティルトローター式垂直離着陸機オスプレイもどきは着陸態勢を取るのだった。



 ーーー



 佑樹たちを出迎えたのはサフィアと、佑樹と同行していた令嬢たちのお付きの者たち。


 そして、なぜか居るドワーフの一団。


 そのドワーフの一人は、遠目からでも感じられる強烈な存在感を持った女性と口論をしている。

 正確には、口論というよりもドワーフが一方的に言い募っているようであるが。


 マリアナとアレシア、グスマンとファウストはグスマンの妻エステラの出迎えを受け、一緒にこの場から離れていく。


 自分の周りから令嬢たちが姿を消したのを確認して、


「アレはなんなんだ?」


 ドワーフの一団と、なにやら騒いでいるドワーフを見ながらサフィアに問いかける。


「一方的に言い募られている方は、神代ハイエルフの先触れの者じゃ。

 ドワーフたちは・・・。

 まあ、後でイグナシオに聞くことじゃな。」


 サフィアはどこか呆れた口調で答えると、佑樹の腕に自分の腕を絡める。


「さて、まずは天守に行くとしようかの、婿殿。」


 そう言って佑樹を促し、歩き出すのだった。



 ーーー



 二の丸の一室にて、佑樹とアルファ、そしてサフィアは神代ハイエルフの女性とドワーフの代表との会談に望んでいる。


 ただ、神代ハイエルフがここに来た理由はともかく、ドワーフがここに来た理由には思わず閉口してしまった。


 会談に先立ってイグナシオから受けた報告では、このドワーフの一団は佑樹がパルヌ王国へと向かうのと入れ違いでキリプエに来たとのことだ。


 当初は少人数だったのだが、少しずつやって来て最終的には一〇〇人ほどにまで増加。


 ただ増えただけなら良いのだが、このドワーフたちは佑樹が戻るまでと領主館に居座り続けた。

 それまでなら、まだ良かった。


 そのうち、街の酒場に繰り出すようになり、その支払いを領主館にさせるようになってきたのだ。


 当然、イグナシオは支払いを拒否する。


 そこでドワーフたちとイグナシオは揉めに揉め、最終的にドワーフたちを天空の城に送ることで決着したのだった。


 ちなみに酒場の支払いだが、当面は領主館で立て替えるが、ドワーフたちが佑樹の下で働くようになったら給料から天引きする事となっている。


「ヴィルヘルミーネ、だったな。

 先にドワーフたちとの話を進めたいが、よろしいだろうか?」


 神代ハイエルフにそう断りを入れ、


「かまいませんわ、城主様。」


 ヴィルヘルミーネが受け入れる。


 それを見てから、


「ワシは神代エルダードワーフ、ケミ族族長エルッキだ。

 キリプエから来たというガラス細工を見て、その精緻さに居ても立っても居られずやってきた。」


神代エルダー?」


 気になった単語を呟くと、サフィアが耳打ちする。


「此奴らも、わらわたちと同じく神代種であるということじゃ。」


 普通のといってはおかしいのだが、普通のドワーフとは格が違う存在らしい。


「此奴ら神代エルダードワーフの作る物には、色々な魔力が備わっておる。」


「時には、強力な呪いもか?」


「その通りじゃ。」


 笑みを浮かべたサフィアを見て、北欧神話のドヴェルグのようなものかと理解する。

 北欧神話のドヴェルグが作った道具アイテムの中には、神々さえ呪いにかけるというとんでもない代物さえあるのだが、この世界の神代エルダードワーフたちはどうだろうか?


 そんな興味が湧いてくるが、さすがに試すわけにはいかない。


「そんな神代エルダードワーフが、うちのガラス細工に興味を持ってくれるとは光栄なことだな。」


 皮肉や嫌味ではなく、佑樹はそう口にする。


「うむ。

 そちらの神代竜エンシェントドラゴンの姫は、ずいぶんとワシらを買い被ってくれておるが、今のワシら神代エルダードワーフにはたいして魔力を備えた道具など作ることはできぬ。」


 エルッキの言葉は事実なのか謙遜なのか、佑樹には判断がつかない。


「だから、徹底的に造形であったり品質の向上で食っているのが現状なのだよ。」


 エルッキは自嘲気味にそう言う。


「確かに、お主らからは神気を感じられぬな。

 少し前のわらわたちのように。」


 サフィアはエルッキだけでなく、ヴィルヘルミーネをも一瞥しながら言い、ヴィルヘルミーネはその視線に苦笑を浮かべている。


「わかった。

 貴方方神代エルダードワーフを、この城に迎えよう。」


 佑樹は少し考えるとそう決断する。


「リキマル、ギエモンとゲンナイを呼んでくれ。」


 背後に控えるリキマルに命じると、リキマルはすぐに両者に通信を送って呼び寄せる。


「ギエモン、ゲンナイ、主人あるじノ命ニヨリ参上致シマシタ。」


 二体のロボットは、異口同音に口上を述べる。


「只今より、この城に神代エルダードワーフが加わる。

 彼らは技術集団ゆえ、お前たちに預ける。」


 佑樹はギエモンとゲンナイにそう告げ、エルッキに、


魔法人形ゴーレムに預けられるのは不満だとは思う。

 だが、その不満もすぐに無くなることは保証する。」


 呆気に取られた様子のエルッキは、ただ首を縦に振ることしかできなかった。

 そして佑樹に促されるまま、二体のロボットに従って退室して行くのだった。



 ーーー



 エルッキを見送り、佑樹はヴィルヘルミーネに改めて向き合う。

 ヴィルヘルミーネの見た目は二〇代前半くらいだろうか?

 だが、エルフは長命の種族と聞いているし、その上位種とされる神代ハイエルフなら、見た目を遥かに超える年齢だろう。


「長老が話をしたいと言ってきたとは聞いているが、貴女あなたがその長老というわけではないのだろう?」


 問いというよりも確認である。


「なぜ、そうお思いになられましたか?」


随員おともが少なすぎる。

 貴女あなたに付いてきたのは五人と聞くが、長老などという存在ものが得体の知れない相手のところに出向くなら、少なくともその一〇倍は連れてくるだろう。」


 その返答にヴィルヘルミーネは穏やかな笑みを浮かべる。


神代ハイエルフも一枚岩ではないと、そういうことなのだろう。

 革新派と守旧派で分裂している、そんなところかな。」


「御明察の通りにございます。」


 ならば、佑樹がヴィルヘルミーネに問うことは一つ。


貴女あなたはなにを望んでいるのだ?」


 これだけである。

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