第65話

 シュウェリーン沖海戦とは公式な記録としての名称だが、シュウェリーンの住民は“シュウェリーン沖の殲滅戦”、もしくは“シュウェリーン沖の虐殺”と呼ぶ。


 パルヌ王国海軍の大艦隊が襲来することを、ヨシタカはすでに察知しており住民には船を出さないことを厳命していた。

 とはいえ、漁師などは船を出しているが。


 パルヌ王国海軍の総指揮官はエルンスト・ヴァン・クラヴァン。王弟にして海軍総帥である。


 海軍の全戦力、五〇〇隻あまりの大艦隊であり、それだけに必勝を期してのものだ。


 佑樹が見たら、


「いくらシュウェリーンのある湾内が広いとはいえ、あれだけの数は多すぎだろう。」


 と感想を漏らしたに違いない。


 湾内を埋め尽くさんばかりの数の船が、湾内へと侵入を開始したのは夜が明ける前、早朝の三時のことだった。


 海上での夜間戦闘というのは、不期遭遇戦でもない限りは避けるものだ。この世界のように照明灯が発達していない状況では。


 それでも暗い時間から侵入開始したのは、この湾内の海流を知り尽くしており、また自分たちの操船技術への絶対の自信があってのことだ。


 地の利と数、そして奪われたシュウェリーンを奪還するのだという士気の高さ。


 敵がとてつもない兵器を所有しており、巨大な船を擁していることも知っているが、夜襲ならば勝機は高い。そう踏んでのことだ。


 だが、湾の中ほどまで入った時、大きな爆発が起こる。


 ヨシタカ隊が仕掛けた係留式機雷に、接触したために起きた爆発であり、瞬く間に数十隻の船が大破してしまう。


 想像を遥かに超える被害をいきなり出したものの、最後尾の分艦隊に生存者の救出を命じ、前進をする。


 機雷源を通過し港へと突き進む。


「敵艦影は見えません!」


 先頭を行く船の見張りから、そう声があがる。


 敵艦はどこに行ったのか?


 疑問はすぐに解ける。


 後ろから攻撃を受けたのだ。


 救出作業中の分艦隊が攻撃を受けなかったのは、敵の情けか偶然か。

 その攻撃は容赦のないものではあったが、救出作業中の船は攻撃しないという、不文律は守っているようだ。


 だが、攻撃を受けている船はそんなことを感じていられる状況にはない。


 次々と攻撃を受け沈んでいく。


 まだ暗い時間帯であるにもかかわらず、あまりにも正確な攻撃を一方的に受け続け、その数を減らしていく。


 それでもエルンストは諦めない。


「ならば、港でもどこでもいい。

 とにかく上陸せよ!!」


 上陸して立て直せばまだ戦える、そう信じての命令だ。


 だがその甘い目論見もくろみに、ヨシタカ隊のロボットたちが立ち塞がる。


 すでに艦隊の四割を失ったパルヌ王国海軍に、ヨシタカ隊のロボット一〇〇〇が襲い掛かる。


 圧倒的な戦闘力を持つロボットたちの襲撃は、パルヌ王国海軍兵に絶望を与える。


 それでも残る五〇〇体余のロボットと陸戦隊ロボット五〇〇の併せて一〇〇〇体は、陸にあがる兵たちへの備えとして待機している。逃げ延びようと陸に上がった兵たちの命を狩るために。


 襲撃に参加したロボットは、敵船に乗り込むと次々にパルヌ王国兵を薙ぎ倒していく。


 パルヌ王国軍船の船体は瞬く間に血の色に染まり、その船倉には血が溜まっていく。


「囲め!

 いくら強剛な魔法人形ゴーレムといえど、囲めば倒せるはずだ!」


 各船の船長たちは、願望を多分に含んだ指示を出す。

 水兵たちも、その指示通りであってほしいと願いながら戦っている。


 だが、現実は無慈悲だった。


 船に乗り込んできたロボットたちは、群がる水兵たちを文字通りに薙ぎ倒していく。


 まるで草を刈るように水兵たちは薙ぎ倒され、誰もまともに打ち合うことなどできない。


 いや、受けようとした者はいた。

 だがその者は持っていた得物えものごと斬られていた。


「む、無理だ!

 こんなのを相手にするなんて!!」


 心を折られた水兵たちはまだ暗い中、船から海へと飛び込んで逃げる。


 普段なら、ロボットたちは海に逃げ込んだ者たちを追うことはなかっただろう。ただ、今回の一連の戦いの目的は勝つことではない。

 圧倒的な力を見せつけ、そして今後のために見せしめにすることだ。


 だからこそ、海に逃げ込んだ者たちは更なる惨劇の被害者となった。


 水兵たちは当然ながら、泳ぎが達者な者たちばかりだ。

 だがいくら泳ぎが達者とはいえ、人間が水の中で自由自在に動けるわけではない。


 その一方で、ヨシタカ隊は水戦特化型ロボット(陸戦隊を除く)だ。


 その動きの差はとてつもなく大きい。


 海に逃げ込んでホッとしたのも束の間、獰猛な鮫の如く水兵たちに襲いかかるロボットたち。


 そこには阿鼻叫喚の地獄が顕現している。


 海面は血で赤く染まり、肉塊となった人間だったものが浮かんでいる。


「な、なぜだ・・・。

 なぜ、こんなことに・・・。」


 エルンストは、眼前の現実を受け入れられない。


 圧倒的な数によって押し切る。

 それでいけると考えていた。

 だが、目の前の現実は・・・。


「殿下、このままでは全滅です。

 もはや撤退しかないかと。」


 進言する部下の言葉に我に帰る。


「そ、そうだな。

 残った船に伝えよ。

 回頭してこの場から撤退せよと。」


 その命令は、手旗信号、通信魔法テレパシー、発光信号などあらゆる手段で伝達される。


 だが、まだ薄暗い中での戦闘中の急回頭は、数が減ったとはいえ艦隊に混乱を招く。

 すでに船員が全滅、もしくは船内での戦闘中、人手が足りない船は回頭することができず、回頭しようとする船の邪魔になる。

 回頭できぬ船を避けようとした船同士が衝突、大破する事態まで発生している。


 そしてそんな混乱を見逃すほど、ヨシタカ隊は甘くない。


 敵の上陸に備えていた残り五〇〇体が、ここに投入されたのだ。


 それだけではない。


 敵艦隊の逃走経路に、巡洋艦クルーザーと駆逐艦が移動しており、その砲門を向けている。


 進めば巨艦の攻撃、後方からはロボットの追撃。


 エルンストは絶望感に包まれる。


 だが彼と、彼と同じ船に乗っていた者たちは幸運だったかもしれない。

 次の瞬間、巡洋艦クルーザーから放たれた二〇センチ砲の砲弾が直撃し、即死することができたのだから。


 残された者たちは、より悲惨な状況に陥る。


 降伏することができればよかったのだが、敵の魔法人形ゴーレムたちは降伏の意思表示をする間すら与えてくれないのだ。


 逃亡も降伏もできない絶望の中、パルヌ王国海軍は極一部、最初期に機雷に触れた船の船員の救助に当たっていた分艦隊を除き、壊滅したのだった。



 ーーー



 説明を受けた佑樹は、


「残った分艦隊はどうなった?」


 そう確認すると、


「当初カラ戦闘ニハ参加シテオラズ、戦意モナイタメ降伏ヲ受ケ入レマシタ。」


 ヨシタカはそう答え、


「後ノ、海軍再建ノ必要モ有ルカト愚考致シマシタ。」


 そう続けた。


 海軍の再建。


 確かにその必要はあるだろう、パルヌ王国にとって。


 その中核となる者たちも必要ではあるだろうが、残存艦隊の乗員にそれができるだろうかと考える。


「今回の戦いが、精神的外傷トラウマになっていなけりゃいいが。」


 そう呟く佑樹。

 続けてヨシタカに、


「ご苦労様。

 湾内の後片付けをしておいてくれ。」


 そう命令を出す。


 船の残骸と、何よりも人間であった肉塊を片付けなければ、交易船の安全な航行ができないし、肉や血の匂いが大海蛇シーサーペントなどの凶暴な生物を招き寄せるかもしれず、漁師たちの出漁に差し支える。


「ワカリマシタ。」


 ヨシタカがそう答えると、佑樹は通信を終えた。


「大丈夫か、婿殿。」


「顔色悪いよ。」


 サフィアとジェタが佑樹を気遣う。


「大丈夫。

 ヨシタカが戦場の様子を見せていたら、耐えられたかわからないけどね。」


 血に染まった海と、そこに浮かぶ人間だった肉塊の数々。

 想像しただけで胃から込み上げてきそうなのに、その映像など見せられたら嘔吐どころではなかっただろう。


「ヨシタカなりの気遣いなのかもな。」


 もしそうなら、ロボットたちに搭載されている人工知能AIは、感情を獲得しつつあるということになる。


「海は片付いた。

 後は地上戦だ。」


 大きく深呼吸をし、佑樹はそう口にしたのだった。

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