第64話
パルヌ王国軍別働隊と、ムネシゲ隊とヨシヒロ隊の衝突は、アレクシアの最悪の予想の果てに起きた。
領主たちの供出という名の略奪の結果、逃げ出した領民たちが佑樹の元に駆け込み知らせたのだ。
その知らせを受けた佑樹は、すぐさまムネシゲ隊とヨシヒロ隊を差し向けた。
領主たちとしてもわかってはいたのだ。
特に悪徳領主たちは。
いや、悪徳領主であるからこそ、領民たちがろくに蓄えなどを持っていないことは熟知していた。
それでも手を出したのは、侵略者である佑樹が自分達の全財産を奪った挙句に、それを全て領民に分け与えたことを知ったからだった。
悪徳領主にしてみれば、自分のものを取り戻しただけという認識だろうが、領民からしたら必要以上に搾取されていたものを戻してもらったのに、再び奪われる、いや軍の力でそれ以上の物を強奪されたのだから堪らない。
領民たちも自分の生活を守るために、それこそ必死で抵抗する。
抵抗するとはいえ、軍相手にして長く戦えるわけもなく、また抵抗したがために厳罰は免れない。
そこで領民たちは佑樹に救いを求めたのだ。
このことを予測していた佑樹は、遊撃に出していたムネシゲ隊とヨシヒロ隊に救援を命じたのだった。
ーーー
光学迷彩を発動させて現場に向かった両隊は、ヨシヒロ隊を先行させて敵別働隊の背後に出現させる。
あからさまであり、単純だが効果的な作戦。
ヨシヒロ隊に敵が気を取られた隙に、ムネシゲ隊は村人の救出に動き、多くの村人を陣地まで誘導している。
そしてヨシヒロ隊は、対峙したパルヌ王国軍別働隊を鎧袖一触、あっという間に崩壊させている。
崩壊させた後は、ムネシゲ隊の村人を連れての撤退を支援するように、ゆっくり整然と撤退を始めている。
陣地へと避難してきた村人たちは、それを出迎えた佑樹に感謝の言葉を述べている。
そして、負傷者は救護棟へと運ばれていく。
救護棟では救護ロボットが忙しく動き回り、軽傷者は救護ロボットが手当てを行い、重傷者は医療ロボット“ゲンパク”と“リョウタク”が治療にあたる。
だがここで、想定外のことが起きる。
それは妊婦の存在であり、その妊婦がパルヌ王国軍の襲来と略奪行為にショックを受けたのか、急に産気づいたのだ。
そこで佑樹は天空の城に連絡し、医療ロボット“イネ”の派遣を要請した。
医療ロボット“イネ”は、すぐに妊婦の処置にあたっている。
「婿殿よ。」
ただ、イネと一緒にサフィアが来たことは想定外ではあるが。
佑樹はサフィアからルヴィリアの報告を聞くと、
「ルヴィリアが必要だと判断したのなら、それを受け入れない理由はない。」
と、ルヴィリアがやろうとしていることを承認する。
「ハイエルフとかいうのを引き摺り出したい、か。
話が通じる相手なのか?」
佑樹がそう口にしたのも、すでに黒エルフがハイエルフに状況を説明し、介入を要請している可能性を考慮したからだ。
要請があったにもかかわらず、ハイエルフは動いていないとしたら話が通じる相手であるとは思えない。
「話が通じぬなら、
その時は、佑樹を表に出さないということのようだ。
「そこまで気を使ってもらわなくてもいいんだけどな。」
その気遣いに感謝しつつそう口にする佑樹と、その様子を見て頷くサフィア。
「やはり、モニターなどを通じて見るより、直接見た方がよくわかるものじゃな。
婿殿も、顔つきが随分と精悍になったものじゃ。」
「そうか?
自分じゃわからんが。」
「覚悟を決めたからやもしれぬな。」
そう言われるも、よく理解できていない佑樹は首を傾げる。
そこに、大きな赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。
「産まれたようじゃな。」
サフィアの言葉に、
「思ったより早いな。
それだけ切羽詰まっていたってことか。」
佑樹も感想を漏らす。
「領主様!!」
佑樹の下に息を切らせながら走ってくる村人。
「産まれました!!
男の子と女の子、双子です!!」
「双子か!」
男女の双子ということに驚き、そして不安もある。
かつての日本の古い風習ではあるが、
この世界で、そういった風習があるのかどうか?
「双子だってよ。」
「そうか。
それで、その双子の父ちゃんはどこにいるんだ?
早く教えてやらねえと。」
蔑むような言葉は聞こえず、ほっとするが、
「いや、俺たちも探してるんだけどよ、どこにもいないんだよ。」
この言葉に、最悪の事態を思い浮かべてゾッとする。
「婿殿。
婿殿は最善のことをしたのじゃ。
それなのに、それ以上の結果を求めるのは神にでもなった気でおったのか?」
サフィアはキツイ言葉を投げてくる。
「・・・そうだな。
できることはした。
それ以上の結果を求めるのは、人の身として傲慢だな。」
頭を振りながら、そう答えるとその場を離れて本陣へと歩き出す。
この場は、ベテラン
ーーー
本陣には、いつもならアレシアたちもいるのだが、双子の赤ちゃんが産まれたと聞いて、そちらを見に行っている。
もちろん、アルファリアは御目付役として同行している。
そんな緊張感のない様子に、
「こんなことで大丈夫なのか?」
と、窓から空を見上げて言うハンス。
ハンスの視線の先には、パルヌ王国軍が誇る有翼騎士団から出ている
二日ほど前から偵察の頻度が増えており、それは敵本隊の接近を意味している。
「別働隊だけでなく、本隊も早いお越しだな。」
とは、ファウストを相手にチェスをしているグスマンの発言だ。
「別働隊に手柄を立てさせたくないんでしょうね。」
と、ファウストが応じている。
二人ともパルヌ王国の内情など知らないし、今回の敵軍の編成などはもっと知らない。
だが、もしパルヌ王国軍の中枢にいる人間が聞けば、驚いたことは間違いない。
国王エドゥアルドにしてみれば、自分の意に沿わない第三王子ヴァレリーの発言力を削るためにも、王太子エドゥアルドや比較的従順な第四王子ハインリッヒ、王孫レナルトに武勲を立てさせたい。
王太子エドゥアルドの場合は、息子レナルトが武勲を立てることで王統を自分の系統で確立させたいという思惑がある。
そのためには、別働隊になっている貴族連合が武勲を立てるのは最小限にしてもらわなければならないのだ。
「王国軍は偵察を頻回に出してるのに、あんたは出さないのか?」
ハンスの疑問。
「出してるぞ。」
疑問に答えながら端末を操作し、モニターにパルヌ王国軍の様子を映し出す。
さらに別働隊の様子を続けて映し出し、
「現在の様子がこれだが、もっと見るか?」
そう言ってモニターにスライドショーを映し出す。
映し出された写真の数々を見て、ハンスは驚く。
映し出された写真は、空から撮影されたものだったからだ。
「どうやってこんなものを!?」
「空を使うのは、自分たちだけだとは思わないことだな。」
ハンスの驚きに、佑樹はそう答えると周りを見る。
「そういえばお姫様の姿がないが、どうかしたのか?」
「殿下なら、アレシア姫らに手を引かれて赤ん坊を見に行っているぞ。」
ハンスはそう答える。
「なるほど。
アレシアも随分と先が読めるようになってきたな。」
そう感想を口にすると、佑樹は立ち上がる。
「婿殿、どこに行くのじゃ?」
サフィアの問いだが、その表情は全て理解しているとでも言いたげな表情だ。
その一方で、ハンスはサフィアの“婿殿”という言葉に驚いている。
「なにをしていいかわからないだろうお姫様のところに、ちょっと行ってくるだけさ。」
そう答えると、さっさと歩き出している。
ーーー
『なにをしていいかわからないだろうお姫様』は、赤ん坊が産まれた病室の外ににいる。
アレシアたちは中に入っているのだが、アレクシアは気後れしてしまって入れずにいる。
気後れしている理由は、
「パルヌ王国軍が略奪したことを、気に病んでいるってところか。」
不意に声をかけられて、びっくりするアレクシア。
「驚かさないでください。」
そう抗議する。
「で、どうなんだ?」
アレクシアの抗議をスルーする佑樹。
「・・・ユウキ殿の言葉通りです。」
王族であるということは、王国軍を監督する立場でもある。
生真面目な彼女は、虜囚の身でありながら軍の蛮行に心を痛めているのだ。そして、そんな王族である自分が祝福などして良いものなのかと。
「生真面目なのは良いことだが、過ぎればただの堅物だ。
今すぐは難しくとも、考え方をもっと柔軟にしないとな。」
そう言うと、アレクシアの背中を押して室内へと押し込む。
「きゃっ。」
小さい悲鳴にすかさず、
「お姉様、こちらに。」
アレシアが声をかける。
このあたりの聡さに、アレシアの成長を感じる。
「お姉様って、アレシア嬢ちゃんのお姉さんかい?
じゃあ、そんな隅っこにいないでこの子たちを祝福してやっとくれよ。」
恰幅の良い、見るからに農婦といった感じの女性が、アレクシアの手を引っ張り双子を両脇に置いた女性の元に連れて行く。
そこにはすでにアルファが双子への祝福の言葉をかけている。
その光景はまさに天使といったところである、本当に天使ではあるのだが。
「領主様もそんなところに突っ立ってないで、この子たちをみてやりなよ。」
アレクシアを引っ張って行ったご婦人とよく似たご婦人が、佑樹の腕を掴むと引っ張っていく。とても抵抗できる力ではないが、
「産後のご婦人に、男が会うのは良くないのではないか?」
思ったことを口にするのだが、
「領主様が父親みたいなもんさ。」
その言葉で察する。
最悪の想定が起きていたことに。
「あっ、領主様。」
双子の母親は、佑樹の顔を見ると起きあがろうとするが、佑樹がそれを制する。
「そのままでいい。
貴女は大きな事を成した後なんだ。
ゆっくりと休んでいなさい。」
そう言うとさらに、
「ここには、そんじょそこらの男どもより頼りになるご婦人方がいる。
遠慮なく頼るといい。」
そう母親に話しかけ、先ほどの女性たちに、
「すまないがよろしく頼む。
なにか必要な物があれば、
そう声をかけてから退室する。
その佑樹について来たのはアレシア。
「誰かの入れ知恵かい?」
佑樹は歩きながらそう問いかける。
「なんのことでしょう?」
アレシアは小首を傾げている。
「さすが王女というべきなのだろうな。
しっかりと政治的な意味合いを理解している。」
その言葉にアレシアはクスッと笑う。
「入れ知恵なら良かったんだけどな。
そうじゃないとなると、アレシアの近くでは政治的な話は出来なくなる。」
「あら、それは残念です。」
さして残念そうに思えない口調のアレシア。
「だけど、おかげでアレクシアを戦後のこの地の領主にし易くなった。」
“お姉様”とアレシアが呼んだことで、村人たちからアレクシアは佑樹の身内という認識が刷り込まれた。
アレクシアをこの地の領主とするには、非常に好都合なことである。
戦後の交渉相手が、アレクシアの価値に気づくかという問題もあるが。
佑樹はアレシアの頭を撫で、
「あまり能力をひけらかすようなことはしないように。」
そう注意を与える。
「わかりました、ユウキ様。」
アレシアは笑顔で応じると、
「この後は何かあるのでしょうか?」
そう尋ねてくる。
「そろそろ、ヨシタカから報告が入る頃合いなんだ。」
ヨシタカからの報告と聞き、
「シュウェリーン、ですね?」
そう確認する。
「そう。
パルヌ王国海軍との海戦だ。」
佑樹はそう答え、
「いい作戦だと思うよ。
相手が私でなければ、だけどね。」
「良い作戦、ですか?」
「私たちは海から来ただろう?
その海を抑えられたら、通常の軍なら補給が続かなくなる。
そうなったら、侵略者はなにをするかな?」
アレシアは少し考え、答える。
「領民からの略奪でしょうか?」
「そう。
そうすると、侵略者は占領地の住人たちをも敵に回すことになる。
周囲の全てが敵になるというのは、心身の消耗を招くことになるから、後は一方的に叩かれることになって、消滅していく。」
「では、なぜ私たちにそれが当てはまらないのでしょうか?」
佑樹の説明に納得しつつ、新たな疑問をぶつける。
「私たちはそもそもの数が少ない、食糧を必要としている者の数がね。」
佑樹やアレシアをはじめ、総数では一〇〇人に満たない。
「それと、空が補給路として使えるのも大きいな。」
元々が天空の城を根拠地としているのだから、空を使えるのは当たり前と言うべきではあるが、それが大きな利点となっているというのは、アレシアとしては盲点だった。
「そうでした、空も使えるのでした。」
「まあ、海にしても、
それもまた、佑樹だからこそではあるのだが。
二人が話しながら歩いているうちに、本陣に到着する。
「ユウキ様、シュウェリーンから報告が入っています。」
そうマリアナから報告をうけ、佑樹はヨシタカからの通信を開く。
そして、この日の午前に起きた“シュウェリーン沖海戦”についての報告を受けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます