第63話

 佑樹がパルヌ王国との決戦の準備を進める頃、ルヴィリアたちは黒エルフたちを纒めることに専念していた。


 それが出来るのも、工兵隊が強固な陣地を構築したことと、第二陣であるケンシン隊とカズマス隊が到着して防衛に大きな余裕ができたことによる。


『行くも滝川、退くも滝川』と謳われた滝川一益たきがわかずますがモデルとあって、カズマスはしっかりと守りを固めている。


 その一方で、接近してきた白エルフの軍に対してはタダカツ隊が対処している。


 現時点において、ケンシン隊は決戦の時のために温存されている状況である。


 強固な陣地と強力な魔法人形ゴーレムたちの存在に、白エルフたちも容易に手を出せなくなっていた。


 そんな膠着状態の中、黒エルフの糾合のためにヴァルトやヴェイニ、ハッリは走り回っている。


「ルヴィ姉。

 ヴァルトやヴェイニたちは、どこまで説得できると思う?」


 ペリアに問われたルヴィリアは、


「中小部族くらいでしょう。

 大きな部族は、自分たちの部族の力を過信していることでしょう。」


 そう答える。


 この地に来てから知ったことではあるが、これまで黒エルフたちの中でも大部族とされる部族は、ろくに戦争に参加していないのだ。


 なぜかといえば、それは簡単なことで白エルフたちの勢力圏と、黒エルフの大部族の勢力圏が接していなかったからだ。


「でも、これまでだって援軍の要請くらいはあったんじゃないの?」


 ペリアとしては当然の疑問だ。


「要請を無視してきたそうよ。

 勢力圏が接していなかったから、その脅威を感じ取れなかったのでしょう。」


 ルヴィリアはそう答えるが、脅威を感じ取れなかったという時点で、黒エルフの有力部族の怠惰な姿が透けて見える。


 彼らが脅威を感じ取れるだけの感度を持ち、危機感を持っていたなら黒エルフたちがここまで劣勢になることはなかっただろう。


 その怠惰な有力部族の目を覚まさせることが、ヴァルトやヴェイニたちにできるかどうか。

 黒エルフが纏まることができるかは、そこにかかっている。


「でも、有力部族の族長が馬鹿ばかりだったらどうするの?」


「その時は、潰すだけよ。」


 静かな口調の中にある、はっきりとした意志。


 佑樹の意に従わぬなら、躊躇ちゅうちょなく潰す。


 ペリアはルヴィリアの意志を正確に受け取った。



 ーーー



 ヴァルトとヴェイニ、ハッリは中小部族を周り、その多くを糾合することに成功していた。


 ヴァルトたちに賛同した部族は、ルヴィリアがいる要塞化された陣地へと向かう。


 そしてヴァルト、ヴェイニ、ハッリはそれぞれ、有力部族の族長と対面している。


 黒エルフの有力部族は五つ。

 それぞれが根拠地としている土地の地名から、ロヴァニエ族、ヴァーサ族、オウル族、コトカ族、ラハティ族と呼ばれている。


 ヴァルトはヴァーサ族、ヴェイニはオウル族、ハッリはラハティ族とそれぞれ対面している。


 三部族それぞれに表現こそ違うが、答えは拒絶だった。


「白エルフごとき、なにを恐れることがあろうか。」


 簡単に言ってしまえばそういうことである。

 彼らは白エルフと、それにくみする人間など脅威と思っておらず、自部族の力のみで対処できると信じている。


 それは過信でしかないのだが、聞く耳を持たぬ相手ではヴァルトたちは説得などできなかった。


 そこでルヴィリアたち、神代竜エンシェントドラゴンの名を出すも、三部族はそれも信じることなく拒絶したのだった。


 そのためヴァルトとヴェイニはその場を辞すると、ロヴァニエ、コトカの二つの部族と元へと向かった。


 そしてハッリは経過報告のため、ルヴィリアのいる陣地へと戻ったのだった。



 ーーー



「そう、ご苦労様。」


 報告を受けたルヴィリアは、ハッリにそう答えただけだった。


「どうするの?」


 ペリアの問いに、


「黒エルフを相手にすることはないわ。

 相手にするのは、今だに動こうとしない愚か者たちよ。

 次に白エルフたちが攻めて来たら、ペリアは竜族ドラゴンを率いて暴れ回りなさい。

 遠慮なくね。」


 そう答え、ペリアははその答えに大きく頷く。


「わかったよ。

 遠慮なく、見せつけるように暴れ回る。」


 ペリアはそう宣言したのだった。



 ーーー



 ペリアに遠慮なく暴れ回るように伝えたルヴィリアは、ボウマルを通じて姉サフィアに連絡を入れて状況を説明する。


 全権を佑樹から委ねられているとはいえ、報告を省いてよいわけではないのだ。


「なるほど。

 黒エルフの有力部族を相手にするのではなく、本来のエルフどものまとめ役の尻を蹴り飛ばすか。」


 サフィアは楽しそうに言う。


「わかった。

 婿殿にはわたしの方から伝えよう。

 婿殿も、いなとは言うまいて。」


 ルヴィリアの報告はここで終わり、今度はサフィアが佑樹の近況を伝える。


「主様も、今回のことには覚悟を決めておられるようですね。」


「そのようじゃ。

 今度の戦い、戦いと呼べるものにはなるまい。

 それこそ、一方的な虐殺となろう。」


「汚名を被る覚悟を決められましたか。」


「いずれはそうなっていたであろう。

 ただ、早いか遅いかの違いだけじゃ。」


「そうですわね。

 主様と、この世界の者たちではその常識があまりに違い過ぎます。」


「そうじゃ。

 婿殿は、このことを“文明の衝突“と言うておったな。」


 天空の城は佑樹による、一つの文明と呼べるだろう。

 そしてそれは、この世界においては異質なもの。


 異質なものが接触したら、必ずなんらかの影響があるものだ、大小問わずに。


「言い得て妙な言葉です。

 主様はそんな中でも、影響を最小限にしようとしているようですが・・・」


「婿殿にも絶対に譲れぬところがある、そういうことじゃ。

 今後も、同様のことが起こるであろうな。」


 その言葉にルヴィリアは頷き、そこで二人の会話は終わった。



 ーーー



 白エルフたちも、黒エルフに魔法人形ゴーレムが加担してから手をこまねいていたわけではない。


 白エルフの指導者たちは、魔法人形ゴーレムには魔法人形ゴーレムとばかりに、魔法人形ゴーレムの製造に注力している。


 だが、それで勝てるのか疑問を抱く者もいる。


 先の戦いで、タダカツ隊の参戦によって敗走した者たちだ。


「勝てると思うか?」


「無理だろうな。

 あれは魔法人形ゴーレムというには異質すぎる。」


 魔法人形ゴーレムというには異質。

 それが実際に戦った者たちの感想なのだが、指導者たちはその言葉に耳を傾けようとしない。


 だからこそ、末端の者たちは一層の不安に駆られることになる。


「今まで勝ってきたけど、これからも勝ち続けられるのか?」


 と。


 だが、そんな声は極一部でしかなく、白エルフたちのほとんどは勝利して黒エルフたちを駆逐することに、些かの疑問も抱いていない。


「黒エルフに捕らえられ、売り飛ばされた同胞の仇打ちがついに叶う。」


 と、意気軒昂な白エルフたち。


 そう、彼らにとっては黒エルフによって売り飛ばされた同胞のための戦いなのだ。


 彼らにとって正義の戦い。


 正義の戦いである以上、負けるわけのない戦い。


 熱気に溢れる同胞の輪から離れ、ヤンネは冷めた目で同胞たちを見ている。


 ヤンネは先の戦いに参加した者たちから、敵の魔法人形ゴーレムのことを聞いている。


 眉唾物としか思えない性能だったが、複数の証言があることから間違ってはいないのだと判断している。

 だが、指導者である長老衆はそれらの証言に耳を貸すことはない。


「黒エルフに加担する者・・・。

 その戦力を見誤っていなければよいのだが・・・。」


 ヤンネはそう呟いていた。


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