第26話
サラマンカ王国の上空を、のんびりと動いている天空の城。
それを見上げて不愉快になる者もいれば、魔王の城の如く畏敬の念を持つ者、自分には関係ないと無視する者、反応はそれぞれである。
そして、実際に佑樹がやっていることは、スパイ活動である。
というのも、ドローンを飛ばして地上を空撮するだけでなく、城から超音波を発して詳細な高低差を読み取り、詳細な立体地図を作成しているのだから、スパイ活動と非難されても仕方がない行為である。
もっとも、サラマンカ王国からのクレームはないのだが。
ただし、クレームは意外なところから来た。
「婿殿。
周辺空域を巡視している者たちからなのじゃが、城からとても耳障りな音が聞こえる時があると報告があった。
婿殿がなにかしておるのではないかと、そう言われておるのじゃが、どうなのかな?」
人間には害のない音域で設定していたのだが、竜族には不快感を与える音域だったらしい。
「ごめん。
竜族に不快感を与える音域だとは思わなかった。」
佑樹は素直に謝罪し、音の反響を利用しての地形調査をしていたことを説明する。
「音にそのような使い方があるとはな。」
説明を聞いたサフィアは、音の使い方に驚いている。
「じゃあ、私にもそれができるってことか。」
とは、一緒に来ていたペリア。
「そりゃそうだろう。
風も音も、大気の動きと考えれば同質のものだからな。」
「よし!
色々と試してみよう!」
ペリアは、自分の能力を一層磨き上げることにしたようだ。
「でもさあ。
なんでユウキの方が私たちの力を理解してるのか、不思議だよね。
だいたい、ユウキの世界には私たち竜族はいないし、そもそも魔法だって無いんでしょ?」
ペリアの言葉は、サフィアらの思いを代弁している。
「魔法は無いけど、代わりに科学が発達しているからね。
この世界でその科学と魔法の両立、あわよくば融合ができたらとは思っているんだけど。」
両立は可能かもしれないが、融合は難しいだろうと思っているのが本心である。
だが、融合までいけたとしたら、どれほどのことができるのか興味があるのも本心だ。
「婿殿は、なにかとてつもないことを考えておるようじゃな。」
サフィアの問いに、佑樹は答えない。
答えないが、その表情からサフィアは佑樹の考えを読み取る。
「楽しいことが起きそうじゃな、婿殿と居ると。」
サフィアは笑みを浮かべる。
そこへ、ランマルから昼食の用意ができたとの報告が入った。
ーーー
この日の昼食は二の丸の広場にて、
天空の城に移ってから、マリアを除く令嬢たちはそれぞれの生活基盤を築くために忙しい。
そのため、佑樹と令嬢たちが顔を会わせる機会が減少していたのだが、それではいけないのではないかとアレシアから言われたのだ。
上下関係をはっきりさせておくべき、というのがその理由のようだが、そのあたりはやはり王族としての考えなのかもしれない。
コミュニケーションをとるという意味では、佑樹として反対する理由もないため受け入れている。
ただ、アレシアを含めてなのだが、この世界においては昼食を摂るという習慣が無いらしく、そのため佑樹と竜四姉妹以外はサンドイッチ等の軽食となっている。
「このような柔らかな食感のパンなんて、初めて食しますわ。」
とはヴィオレータの感想だが、サンドイッチに使用されているパンは、佑樹のいた日本ではありきたりな食パンである。
それにハムや焼いた卵、レタスやベーコンを挟んだシンプルなものばかりだ。
「それに、中に入っているマヨネーズというソースも、美味しいですわ。」
テオフィーラも同調するように口にする。
「そのマヨネーズなら、卵と油と酢があれば作れるよ。
あとは、それに塩を入れたりして味を整えれば良い。」
使用する油も、オリーブオイルだったり菜種油や大豆油などに変えることで、風味を変えることができる。
そんな説明を受けると、
「なるほど。
それでしたら、我が家でも作れますわね。」
ヴィオレータはそう頷き、
「材料を少し変えるだけで、それぞれの地域の特産品のようにできる・・・」
テオフィーラはその形の良い指先を下唇に当てて、なにやら考え込んでいる。
どうやらテオフィーラは、ドメイコと同種の人間のようだ。
マヨネーズに商機を見出しているらしい。
「実家に広めるのもいいが、卵は新鮮なものを使わないといけないぞ。」
佑樹は一言、注意を入れておく。
酢によってある程度の殺菌はされるが、攪拌が不十分だったりすると、生き残った菌が食中毒の原因となったりする。
だから、使用する卵はなるべく新鮮な物が望ましいのだ。
転生・転移系のライトノベルでよく、転移者・転生者がマヨネーズを布教しているが、そのあたりのことはどう考えているのだろうか?
そんなことを佑樹はふと考えてしまう。
ちなみに、マヨネーズが世界的に広がるのは電動ミキサーが発明されて以降だったりする。
電動ミキサーによってムラなく攪拌できるようになり、安価に生産できるようになったからだ。
それまでは、マヨネーズは高価な代物だったのである。
「新鮮な卵・・・。」
テオフィーラは考え込んでいる。
この新鮮な卵を入手するというのも、実はなかなかに難しいのだ。
「養鶏も産業になりうるかもな。」
大きな街の近くなら、卵の持つ“割れやすい“という輸送問題もクリアできるだろう。
もっとも、それこそが最大の問題でもあるのだが。
卵を安定的に供給できたとして、安定的に消費してくれるとは限らない。
「卵料理を同時に広めるなりしないと、産業として成り立たせるのは難しい。」
大量消費を同時に成り立たせないと、養鶏も産業としては成り立ちにくい。
「ユウキ様の世界では、それをどのようにして両立させておられたのでしょうか?」
疑問を口にしたのはロシータ。
父親は
その家系を遡ると、元々は商家の出であり五代ほど前に
叙勲された理由というのも、当時の当主が出入りしていた“詩のサロン“で知り合った王族を支援したことによるのだとか。
その支援というのが借金の肩代わりであり、その王族が働きかけて
そのためか、“騎士の位を金で買った一族“と非難されているらしいのだ。
“らしい“ばかりなのは、ドメイコの調査によるものだから。
「産業として成り立っているのは、一年中卵を産み続けられる鶏の存在と、その栄養価の高さからなんにでも使える食材としての多用性。そしてそれらを消費できるだけの人口があればこそだな。」
ロシータの疑問にそう答える。
「卵を使用した料理とは、それほどまでに多いのですか?」
「多いというより、汎用性が高いからね。
たいていの料理に使える。
それと、君たちが食べているサンドイッチのパンにも、卵は使われているよ。
マリアの食べているパンケーキにもね。」
それ以外にも、この城で供される食事に卵がどれだけ使われているかを説明する。
「それほどまでに使われているのですか!?」
ロシータの驚きの声。
「新鮮な卵は、とても貴重ですのに。」
と、控えめに驚くのはイザベラ。
佑樹の元に送られた貴族令嬢たちの中で、もっとも佑樹のイメージする貴族令嬢に近い容姿と立居振る舞いをしている。
ちなみに実家の爵位は伯爵と、送られてきた令嬢たちの中ではヴィオレータに次ぎ、テオフィーラと同格である。
ただ、送られてきた理由は前者二人とは異なり、完全に政治的な理由からである。
イザベラの実家の持つ領地はサラマンカ王国東部国境にあり、紛争が絶えない地域なのだ。
そのため、王家にたいして支援を求めて王都に来訪したときに、佑樹とのいざこざに巻き込まれたのである。
佑樹の持つ武力を目の当たりにして、王家よりも佑樹と結ぼうと判断したのは見事な判断力と言えるかもしれない。
もっとも、当のイザベラは得体の知れない佑樹の元に送り込まれるのは不本意であっただろうが。
その不満を一切表面に出さないのは、貴族としての教育を受けていたからなのかも知れない。
「新鮮な卵をふんだんに使えるというのは、相当な贅沢なのか。」
感心したような佑樹の言葉。
一〇個入り一パックが一二〇円から一五〇円位の日本で生活していると、あまりその実感が湧かない。
「はい。
先程のお話にもありましたが、輸送の問題もありますし、ユウキさまの仰られたような毎日卵を産む鶏もおりませんので。」
なるほどと、佑樹は頷く。
「それなら、明日は卵を使用した料理ばかりを並べて、パーティーでもしようか。」
それを聞いて、令嬢たちは驚きの声をあげる。
「料理だけでなく、お菓子も用意しよう。
それと、皆の家に仕える者たちも呼んでおいてくれないか。」
「それはなぜでしょうか?」
佑樹の提案に、ヴィオレータが代表して疑問を口にする。
「なに、出した料理やお菓子のレシピも渡したいと思ってね。
それぞれの家で再現できるようになれば、それを実家に持ち帰ることもできるだろう。」
「そうすれば、卵の生産も産業になるし新しい名物料理もできる、そういう訳ですね?」
佑樹の言葉を引き継ぐように、貴族令嬢でありながら商人気質の強いテオフィーラが言う。
「そういうこと。」
佑樹は苦笑しながらテオフィーラの言葉を肯定する。
「それでしたら、各々の家に伝わる卵を使った料理を持ち寄ってもよいかもしれませんね。」
ロシータが提案する。
それは面白いと、ヴィオレータが話に乗り、それに続くように皆が賛同する。
こうして、卵パーティとでもいうべきイベントが開催されることになった。
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