第25話

 天空の城に戻ったからといって、すぐに動き出すわけではなく、黒竜ジェタの合流を待っていた。


 令嬢たちに仮の部屋をあてがい、この城で居住する屋敷をどこにするのかは、それぞれの家中の者たちと相談して決めることになっている。


 唯一の例外は、マリアとその腹違いの姉スサナの二人。


 家人のいない二人はそのまま、佑樹たちと同じ本丸に居住させることにしている。


 ただ、その場合でも問題はある。


 二人の教育を誰が受け持つのか?


 アルファが面倒を見ることになっているのだから、彼女にやらせるのが常識的な線だろう。


 だが、


「アルファに貴族の娘を教育できるのか?」


 という大きな疑問がある。


「かといって、アルファを外して拗ねられても困るのであろう?」


 サフィアの指摘。


「その通りなんだよなぁ。

 信用していないって言ってるようなもんだからなぁ。」


「それがわかっておるなら、そのままアルファにやらせれば良かろう。

 それに、婿殿はマリアとスサナを貴族として育てたいのか?」


 サフィアの言葉にハッとさせられる。


「そうだった。あの二人を貴族にしたいってわけじゃ無かったな。」


 爵位持ちとはいえ貧乏貴族の娘たちだ。

 貴族として育てるよりも、自活できるように育てた方が本人たちのためだろう。


「マリアとスサナの二人は、アルファに任せよう。」


 二人への方針は決まった。


「他の者たちはよいのか?」


「それは、連れてきている家人を含めて、本人たちが考えればいいことだろう。」


 この城にいるという現実をどう受け止め、またこの城の存在がこの世界に与える影響をどう考えるのか。


 それは各人に任せるしかないだろう。


 求められれば、可能な限りの協力はするが。


「主様。

 ジェタが戻って参りました。」


 ルヴィリアが入室すると同時に、そう報告を入れる。


「わかった。

 リキマル、黒エルフたちを呼んできてくれ。」


 そばに控えているリキマルにそう命じる。


「ワカリマシタ、オ館様。」


 リキマルは一礼し、退室する。


「ジェタの方は・・・」


「ペリアが迎えに出ております、主様。」


「さすが、そういうことによく気がつくな、ペリアは。」


 ガサツな物言いの多いペリアだが、周囲への気遣いはよくできる。


「寒い北の海から戻るジェタたちのために、温かい飲み物の用意も手配させておりましたくらいですから。」


 ルヴィリアの言葉に佑樹は頭を掻く。


 自分が指示しようとしていたことだったのに、先回りされてしまっていたからだ。


「ならば、黒エルフを迎える準備をしておいたらどうじゃ?」


 サフィアの提案に、佑樹は素直に従うのだった。



 ーーー



 黒エルフたちが現れ、ジェタが説明を行う。


「貴方たち黒エルフを運んでいた船が沈んだと思われる海域に行ってみたけれど、残念ながら生存者どころか船の残骸すら残っていなかった。」


 残酷な現実を突きつけられ、黒エルフたちは言葉を失う。


「覚悟していたとはいえ、現実にそう突きつけられるとなかなかに、堪えるものですね。」


 黒エルフたちのリーダー格のヴェイニは、落胆を隠そうともせずにそう口にする。


 他の者たちの中には、嗚咽を洩らす者もいる。


 家族や親類縁者、もしかしたら恋人もいたのかもしれない。


「貴方たちは幸運だったのよ。」


 ジェタはそう言ってから、


「ヴェイシュト、こちらに来て。」


 そう呼んだ存在に佑樹は驚く。


 竜人ドラゴノイドのように見えるが、その気配は紛れもなくジェタに貸していたロボットのうちの一体だ。


「ジェタ、そのロボットは?」


「ヴェイシュトのこと?

 名前がないと不便だなあって。

 そう思って名前をつけたら変化しちゃった。」


 悪びれることなく言うジェタだが、佑樹が思わず考え込んだことに少なからず驚いている。


 佑樹の方はというと、ロボットたちに名前をつけるという発想があまりなかった自分に戸惑い、何故なのかを考え込んでいる。


「婿殿。

 考え込むのは後にされよ。

 黒エルフたちのことの方が先であろう。」


 サフィアに指摘され、顔を上げる佑樹。


「すまない。

 ジェタ、続きを。」


 続きを促されたジェタは、


「ヴェイシュト、お願い。」


 そう竜人ドラゴノイド型になったロボットに声をかけ、そしてヴェイシュトはプロジェクターをセットする。

 そして、そのプロジェクターに自身の身体から出てきたコードを繋げる。


 そしてスクリーンに映し出される映像。


「運が良いって、そういうことか。」


 大海蛇シーサーペントの群れがウヨウヨと泳ぎまわっており、さらにその外側には巨大な鮫が群れを成している。


「貴方たちが乗っていた船が、沈んだと思われる海域の様子よ。」


 この映像が本当にその海域ならば、ヴェイニら助かった黒エルフはジェタの言う通り幸運だったのだろう。


 こんな中で漂流などしていたら、幾つ命があっても足りない。


「あ、あの・・・」


 黒エルフの女性、たしかティニヤという名前だったが疑問を口に仕掛けるが、それを佑樹が遮るように、


「よく海域を特定できたな。」


 代わりに疑問を口にする。


 これは、下手に黒エルフたちにその疑問を口に出させると、竜姉妹たちが威圧しかねないとの思いからだ。


 この世界に疎い自分の問いならば、彼女たちも臍を曲げるようなことはないだろう。


「そりゃ、海は私たち竜の領域だもん、空と同様にね。」


 ジェタは胸を張ってそう言う。


「補足するならば、ジェタは特に海の領域に強い適性を持っておるでな。」


 サフィアがそう簡単な説明をする。


 黒竜ジェタが海の適性があると聞き、少し考える。


「なるほど。

 ということは、サフィアは地の適性かな?」


「ほう?!

 婿殿にはわかるのか?」


「まあね。

 俺のいた世界の神話になぞらえただけだけどね。」


 佑樹が擬えたのは、中国神話の四海竜王だ。


 陰陽五行説に従ってそれぞれの能力を読み解くなら、青竜サフィアは大地の力。

 赤竜ルヴィリアは火。

 白竜ペリアは風となり、黒竜ジェタは水となる。


「なるほど。

 婿殿の世界では、我らは神話の存在であったか。」


 どこか苦笑が混じったような口調。


「そっちの追及は、また今度にしてくれ。

 今は黒エルフたちが先だ。」


「そうであるな。」


 佑樹の言葉に、サフィアも同意する。


「君たちはどうしたい?」


 佑樹は黒エルフたちに向き合い、そう尋ねる。


「どうしたいかと、そう問われましても・・・」


 ヴェイニはそう答える。


 急に問われても、彼らとしてはそうとしか言えないだろう。


「しばらくは、サラマンカ王国を彷徨うろついているから、ゆっくり考えるといい。」


 佑樹はそう言い、


「キリプエでの仕込みの結果が現れるのは、ひと月くらい後になるだろうから、それまでに答えを聞かせてくれるとありがたいけどね。」


 そう続けた。



 ーーー



 あてがわれた部屋に戻ったヴェイニたちは、ただ沈黙している。


 同じ船に乗っていた同胞が見つからなかった現実は、彼らの心に大きくのしかかっている。


「予想はしていた。

 だが、現実に突きつけられると重いな・・・」


 ヴェイニの言葉に項垂れる黒エルフたち。


「そうね・・・。

 でも、これからどうするの?」


 ティニヤが絞り出すように言う。


 自分たちは生きている。

 なら、その生をどう活かすべきなのか。


「故郷に帰るとしても、そこでまた戦いに巻き込まれたくないな。」


 この場にいる中で最年少のウルリッカの発言。


 最年少の彼女の言葉は、この場にいる者たち全員の思いでもある。


「あんな思いをするくらいなら、私はここに居たい。」


 故郷から焼け出され、家族は散り散りに離散。

 奴隷狩りに追い回された挙句に、物として扱われる。


 ティニヤやウルリッカ、そしてもう一人の女性であるパイヴァは、凌辱という女性として最大級の屈辱も経験させられている。


「あの、ユウキっていう人間は、まだ他の人間たちに比べたらマシだろうし。」


“他の人間たちよりマシ“、それは間違いないだろう。

 なにせ、この城での行動は制限されていないだけでなく、他の人間たちと同じように扱っている。

 それだけでなく、鳥人族や人魚族とも親しく交わっている。


「人間たちにありがちな、偏見や他種族を下に見るようなことは無さそうではあるな。」


 ヴェイニの佑樹評は、皆の共通認識でもある。


「だが、どうする?

 今はあのユウキもマシな人間かもしれないが、いつ変貌するかわからんぞ?」


 ハッリという名の黒エルフの発言に、皆が黙り込む。


 今でこそいい顔を見せていても、自分の立場が強くなれば豹変する者はどこにでもいる。黒エルフの中にでも。


「その可能性は低いと思う。」


 そう口にしたのはミエス。


「なぜそう思う?」


 ヴェイニの問いに、


「力なら、圧倒的にユウキの方が上だろ?

 なにせ、竜王ドラゴンロードの娘をめとっているんだから。」


 そう指摘する。


「それだけじゃない。

 あの魔法人形ゴーレムの数をみろよ。

 聞いた話じゃ、万を超えてるっていうぜ?

 そんな力を持った奴が、今更豹変するのかよ?」


 ミエスの指摘は的を得ているように思える。


 その気になれば、黒も白も関係なくエルフの領域を簡単に征服できるだろう。


「むしろ、俺はユウキって奴に食い込むことを考えた方がいいと思うぜ。」


 強力過ぎる力を持つユウキを警戒するのではなく、いかに味方につけるかを考える方が得策だと、ミエスは言っている。


「たしかにそれもそうだが、長老たちがそれを受け入れるかどうか・・・」


 ヴェイニはそう指摘する。


 自分たちがそう考えて行動したとして、故郷の長老をはじめとする守旧派が受け入れるとは思えない。


「そんなの、この城に来たら頭の硬さなんて無くなるさ。」


 そう言って部屋の中を見回し、


「調度品一つ取ってみたって、とんでもない代物ばかりなんだからな。」


 当たり前のように置かれたクリスタルグラスのコップに、指で弾くととても良い音がする白磁のカップ。

 装飾の施された薄いレース編みのカーテン。

 仕組みなど理解できない光を発する魔道具。

 お湯が当たり前のように出てくる不思議な魔道具。

 各部屋に備え付けられた浴室に、不可思議な機能を備えた便所トイレも、彼らに技術力の隔絶を感じさせる。


「別に、答えをすぐに出さないといけないわけじゃないでしょ?」


 それまで沈黙を守っていたパイヴァが、そう口を開く。


「ひと月の猶予があると、そう言っていたな。」


 ヴェイニがそう応じる。


「だったら、それまであのユウキって人間を見極める方が先じゃないかしら?」


 たしかにその通りだろう。


 パイヴァの言葉に、黒エルフたちの方針は定まる。



 ーーー



 その頃、佑樹はロボットたちのことで頭を悩ませている。


「アルファ。

 お前はロボットたちが名前を与えられると、姿形が変わることを知っていたのか?」


 質問されたアルファは、ソファに横になって缶ビール片手にポテチをつまみながらコメディ映画を観ている。


「ギャハハ!!」


 と馬鹿笑いしている様に、どこのオッサンだと言いたくなる。


「知ってたっていうか、主上様からの説明を忘れたの?」


 顔だけ佑樹に向けて答えると、再び映画に視線を戻す。


「主上様の説明?」


「そう。

 その時に、試しとして軍の指揮官ロボットとかに名前をつけたでしょ。」


 今度は向きを変えることなく答える。


「そんなことあったっ・・・・・・な。」


 もやがかかったような記憶から、僅かにその時のことがこぼれ落ちる。


「その様子だと主上様、必要なところまですぐに思い出せなくしちゃったのかな?」


 アルファの言葉に、


「そう、かもしれないな。」


 そう答えると同時に、必要なことがあれば靄がかかっている記憶も蘇るのだろうかと、新たな疑問も浮かぶ。


 もしそうならば、全ての記憶を取り戻すような状況というのは、果たしていいことなのだろうか?


「そんなに気にしなくてもいいんじゃない?

 どんな記憶を取り戻そうと、佑樹は佑樹なんだから。」


 佑樹の内心を知ってか知らずか。


 アルファはコメディ映画から視線を外すことなくそう言って、映画のギャグシーンに大笑いしている。


 緊張感のカケラもないアルファの様子に苦笑しつつ、


「そうだ、アルファ。」


「なに?」


「マリアとスサナの教育係も、しっかり頼むぞ。」


 アルファはゆっくりと身体を起こし、佑樹に向ける。


「ふっふーん。

 あの二人を私のように、高貴で優雅な教養あふれる存在にしたいのね。」


「それは違う。」


 あっさり否定され、アルファは渋い顔をする。


「天使のようだとか、貴族らしくなんてなくていい。

 明るさと、自活できるような力を持たせてくれればいい。」


 その言葉で、アルファには佑樹が求めることがわかったようだ。


「任しといて!

 二人が、ちゃんと生活できるようにするから。」


「期待しているよ。」


 佑樹の言葉に、張り切るアルファだった。



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