第24話

 キリプエをイグナシオに任せ、佑樹は天空の城へ戻るべく、ティルトローター式垂直離着陸機を呼び寄せている。


 天空の城に行くことを、令嬢たちとその随員全員が決めている。


「一度上がれば、地上にはなかなか降りられなくなるが、それでもよいのか?」


 念押しするが、皆の意志は変わらないようだ。


「心変わりする者もいるかと思ったんだけどな。」


 そう口にする佑樹に、


「皆、行くところが無いのです。」


 そう答えたのは、同じ機体に同乗するヴィオレータ。


「私やテオフィーラのように、実家に利益をもたらせたくて来た例外はおりますが、他の者たちは言わば家から切り捨てられたようなものなのです。」


 続けた言葉に、佑樹はようやく理解する。


 身代金を払えないため、差し出されたのが彼女たちであり、そしてその随員たちなのだ。

 実家に戻ったところで、彼女たちに居場所は無い。


 また、キリプエに残ったところで、なにかできるわけでもなく、いたずらに時を浪費させてしまうだけだろう。


 それならば、天空の城に連れて行った方がマシだろう。


 令嬢たちとその随員。


 天空の城に連れて行く前に、全員の健康チェックを行うことにする。


 建前上は、『環境の変化による健康への影響調査』としているのだが、本音は病原菌を天空の城に持ち込ませないためである。


 そのために、ドクターロボットを五体と医療補助ナースロボット二〇体、医療用ポット一〇台を持ち込んで検査をしている。


「医者まで魔法人形ゴーレムかよ。」


 と、イグナシオは呆れている。


 佑樹としても、イグナシオの気持ちは理解できるのでなにも言わずにいる。


 それに、佑樹の興味は黒エルフとこの世界の人間のと間に、どこまでのDNAの違いがあるかに移っている。


「そういえば、ハーフエルフなんているのか?」


「ん?

 ああ、エルフと人間の間に子供が生まれるのかってことか?

 そんな話を聞いたことはあるが、そのハーフエルフに出会ったことはないな。」


 イグナシオの口調はかなり懐疑的である。


 そして、それには佑樹も本心では同調している。

 人間とチンパンジーのDNAの違いはわずかだというが、そのわずかな違いで交配はできない。

 人間とエルフでも、同じことがいえるのではないかと佑樹は考えている。


「オ館サマ。」


 ドクターロボットのリーダーが、佑樹に声をかける。


「どうした、リョウアン?」


「コレヲゴ覧下サイ。」


 リョウアンと呼ばれたロボットは、二枚の紙を佑樹に見せる。


「DNA鑑定の結果か。

 コレがどうかしたの・・・・、え?」


 どうかしたのかと、聞こうとして視線が一点で止まる。


「・・・間違いないんだな?」


「ハイ。間違イアリマセン。」


「領境での言動の報告は聞いていたけど、コレがその理由だったか。」


 佑樹は大きく息を吐き、そう口にする。


「なにかあったのか?」


「アレシアたちが領境で襲われたことは知っているだろう?」


 イグナシオの問いに対し、そう確認する。


「もちろん知っている。

 その後のこともな。」


 マルセロ王に対し、ペリアを派遣して圧力をかけたことを言っている。


「あの馬鹿王は、とりあえず置いておいてくれ。

 襲撃を受けたのを助け、ペリアとジェタがアレシアとエルシリアの馬車の扉を開けた時、エルシリアが『この子に手を出させない』と言ったそうだ。」


「別段、おかしいとは思わんが?」


「そうか?

 乳母兼教育係とはいえ、臣下が王女を『この子』なんて言うのか?」


「!!」


「『姫様に』とか『殿下に』と言うなら、俺も疑問には思わなかったんだけどな。」


「それじゃ、まさかエルシリアがアレシア殿下の・・・」


「そう。間違いなく母親だ。」


 DNA鑑定の結果、99%の確度でそう出ている。


 DNA鑑定のようなもので、100%というものが出ることはない。99%というのは事実上の100%である。


「ちょっと待て!

 じゃあなんだ?

 エルシリアは、本来なら王后となるべき女性にょしょうだというのか?」


 驚きで口調がぞんざいになるが、佑樹はそのことを気にしてはいない。


「そこなんだよ、わからんのは。」


 幾つかのケースを考えはするが、どれも決定打に欠けるように感じるのだ。


「一番考えやすいのは、同時期に愛妾あいしょうを妊娠させていて、御后おきさきが母子ともに亡くなったケース。」


 母子ともに入れ替え、さらに白子アルビノであるアレシアを衆目の前に出さないのだから、一見するとバレないようにみえる。


「だが、公的行事に王妃が出ないわけにはいかないだろう。」


 イグナシオの指摘だが、佑樹もそのことには気づいている。


 だが、公的行事になど出したらすぐにバレてしまう。


 それだけではない。


 あの愚王たるマルセロ王といえど、たかが愛妾を王妃になど据えるわけがなく、その娘が白子アルビノであることを嫌悪している様子からして、母子ともに生かしておくとも思えない。


 そうなると、やはり殺したことが発覚した時のことを恐れるだけの理由がある、大貴族の娘だったという正妃だと考えるのが理にかなっているように思えるのだ。


「だが、正妃をその娘の乳母にするかね?」


「隠しやすくはなるよな。」


 イグナシオの感想に、佑樹はそう指摘する。


 アレシアとエルシリアを別々にかくりする必要がなく、監視、幽閉するには都合がいい。


「それと、あの馬鹿王の子供たちって、何人いるんだ?」


「たしか、息子が三人居たはずだ。

 上が十一歳で、下は六歳だったかな。」


 イグナシオの返答に、


「そういうことか。」


「今のでなにかわかったのか?」


「なにがって、正妃が妊娠しているときに他の女に手を出して、孕ませてたってことだよ。

 そうじゃなきゃ、王子サマとアレシアの年齢差に説明がつかない。」


 十ヶ月以上、月日が開いていれば別だろうが、そんなことはないだろうと佑樹は踏んでいる。


「よくある話だな。

 愛妾を気に入り、正妃の廃位を目論む。

 そのための口実に使われたんだろうな、アレシアが白子アルビノであることは。」


「じゃあ、“呪い”は嘘だってことか。」


「完全に嘘だとは限らんよ。

 王家にとって、なにかいわくがあるのかもしれないしな。」


 佑樹はそう言い、イグナシオは腕を組んで考え込む。


「考え込んでもなにもならんよ。

 まあ、エルシリアに話は聞こうとは思うが、話すとは限らないからな。」


「そりゃそうだな。」


「それよりも黒エルフの件、適当に噂を流しておいてくれよ。」


「ああ、それならドメイコを通じて流す手筈になっている。」


 漂流していた黒エルフを救助したことを噂として流し、彼らを売り捌こうとしていた奴隷商人を釣り出す。


 それを糸口にして、奴隷商人のネットワークを潰す。


 そして、白エルフと黒エルフの争いに介入する。


 必要な資源確保のためには、仕方ないことなのである。


「いつまで話し込んでおるのじゃ?

 婿殿がいつまでも来ぬので、出発できぬではないか。」


 サフィアが扉を開けるなり、そう口にする。


 怒っているというより、楽しそうにしているのは話が聞こえたからであろうか。


「もうそんな時間か。」


「ええ、主様が最後でございます。」


 ルヴィリアもいる。


「地上じゃあまりできなかったもんね。

 城に戻ったらいっぱいするよ。」


 舌舐めずりしているペリア。


「ま、頑張ってくれや、佑樹殿。」


 肩を軽く叩きながら、イグナシオはそう言って立ち去る。


 その後ろ姿を恨めしそうに見やり、


「ほどほどに頼むよ。」


 佑樹の言葉は、すでに全てを搾り取られたかのように力のないものだった。

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