第23話

 ラケルら、近隣の村々の女性たちが退室すると、佑樹はイグナシオに向き合う。


「もう一つの懸案があると言っていたが、それはなんだ?」


「ああ、それなんだが、ガレオン船の三番艦が処女航海に出たんだ。

 そこで漂流船を見つけてな。」


「保護したのなら、それで良いのではないのか?」


 佑樹としては当たり前の言葉。


「いや、その漂流船に乗っていたのがエルフでな。

 しかも、肌の黒い。」


 むこうの世界でいうところのダークエルフってことかと、佑樹は判断するが、


「肌が黒いくらいで、どうかしたのか?」


 そうとしか言いようがない。


 保護されて、その恩を仇で返すようならそれなりの“お仕置き“は必要だろうが、そのあたりは詳報がなければ判断のしようがない。


 だが、その言葉を聞いたイグナシオは苦笑している。


「そうだったな。

 ユウキ殿はそういう御仁だった。」


 先日の晩餐会に各村々の村長を招いたのも、自分の前では等しくあるという宣言に他ならないし、女たちの直訴を聞いたのも同じ意識からなのだから。


「では、そのままこのキリプエに連れてきて良いのだな。」


 念のための確認。


「肌が黒いってだけで、なんでそんなに神経質になるんだ?」


 佑樹の素直な疑問。


「いや、単純な話なんだがな。

 エルフには白い種もいてな。

 白いエルフは神の使いとか、黒いエルフは邪悪な存在とか迷信ってやつが根強くあるんだ。

 しかも、エルフたちも白と黒で争いをしているって事情もある。」


「迷信はともかく、争いに巻き込まれたくないってわけか。」


「まあな。」


「それで、そのエルフたちの争いの状況はどうなってるんだ?」


「6対4で、白いのが優勢ってところだ。

 例の迷信のせいで、白いのに肩入れする人間たちもいるからな。」


 肩入れした結果が、白いエルフの優勢ということなのだろう。


「ようするに、黒いエルフを保護すると白いエルフに肩入れしている連中に睨まれるぞ、と。

 そういうことか。」


「簡単に言うと、そうなる。」


 佑樹は大きな溜息を吐く。


「どこの世界、種族にも、肌の色で差別するバカどもがいるんだな。」


 佑樹は嫌悪感丸出しで、吐き捨てるように言う。


「ほう?婿殿のいた世界にも、そのようなことがあったのか?」


 サフィアが興味深そうに問いかける。


「あったよ。あったというか、今でも進行中だ。

 情けないことに、かつて差別されてた連中が、今じゃ差別する側に回ってたりするけどな。」


 そんなことをしても、差別されたことに対する憎しみの連鎖は止まらない。


 いつか、手痛い反撃を受けることになるだけだ。相手を全滅させない限りは。


 そんなことは不可能なのだから、新たな道に踏み出さなければならないのに、やっていることは変わらない。


 いや、成功した同人種が仲間のために事業を始めると、それに対立するグループが潰しにかかるなど、足の引っ張り合いも酷い常態にあるなど、むしろ劣化していると言うべきだろう。


「その保護した黒エルフは、大人しくしているのか?」


「ああ。

 本人たちには申し訳ないが、港の倉庫に匿っている。」


「連れて来れるか?」


 佑樹の言葉に、


「明るいうちは避けたい。

 商人の中には、白エルフと取引している者もいるからな。」


 その商人たちが口を挟んでくる可能性を、イグナシオは示唆している。


「だが、ユウキ殿が早急に連れて来いって言うのなら、従うぞ。」


 どこかけしかける風を感じさせる、イグナシオの口調。


「その決断の前に確認したい。

 そのエルフ同士の戦いに、こちらが巻き込まれる可能性はあるのか?」


「絶対とは言わんが、まず無いな。

 エルフたちが争っているのは、この大陸の北部だ。

 このキリプエからは、遥か彼方と言っていい距離だからな。」


「すると、問題になるのは白エルフに肩入れする連中か。

 それなら、なんとでもできそうだけどな。」


 力で黙らせるか、利益によって押さえ込むか。

 大きくはその二つになる。


「じゃあ、連れてきて問題はないな。」


 イグナシオはニヤリと笑みを浮かべ、黒エルフたちをここに呼ぶための手筈を整えるべく行動に移る。


「介入したくないと言うが、婿殿の元には介入するネタばかり集まるものじゃな。」


 サフィアの素直な感想に、思わず天井を見上げる佑樹だった。



 ーーー



 黒エルフたちが佑樹の前に現れたのは、約二時間後のこと。


 人数は男六人に女三人だ。


 そして全員が、どこかおどおどとしたように見えるのは、先入観からくる穿った見方だろうか?


「俺の言葉は通じるか?」


 種族的なものから、言葉が通じない可能性を考えての発言。


「は、はい。人間の言葉は、理解できます。」


 代表者らしい黒エルフの返答だが、自信の無さがその口調から読み取れる。


 黒エルフとはいうものの、実際には黒というよりも褐色といった方が正確だ。


「どのような経緯で漂流者になったのか、教えてもらえないか?」


 その言葉に黒エルフたちは互いの顔を見合わせ、おずおずと話し始める。


 その話をまとめると、彼らの故郷は白エルフとの戦いの戦場になったらしい。


 そこで劣勢になった黒エルフたちは逃亡したものの、その逃亡先で奴隷狩りに遭ってしまう。


 奴隷狩りによって集められた黒エルフたちは、船にすし詰めにされて北の港を出発したが途中で嵐に遭遇して難破。


 かろうじて生き残った彼らは、乗っていた船の端切れをかき集めて粗末な船を作って漂流していた。


 そこをキリプエのガレオン船の処女航海にかちあい、救出されたということだ。


「他に生存者はいなかったのか?」


 これはイグナシオへの問い。


「残念だが、彼ら以外の漂流者は居なかったと報告を受けている。

 彼らの証言では、漂流してから七日以上経っているというからな。

 生存者は絶望的だろう。」


 海流と風によって流されており、難破した正確な海域もわからないとあっては、絶望的というのは正しい認識だろう。


 現に、当の黒エルフたちも唇を噛み締めて俯いている。


 認めたくはないが、認めなくてはならないというところなのだろう。


「サフィア。」


「了解した、婿殿。」


「俺はまだ何も言っていないんだが?」


「言わずともわかる。

 空から捜索せよと言いたいのであろう?」


「ま、まあ、その通りだ。」


「生存は絶望的とはいえ、最善を尽くしたいと婿殿ならそう考えるであろうからな。」


 サフィアはジェタに命じて、捜索隊の編成をさせる。


「ここ数日、遊んでおったのじゃからしっかりと働くがよい。」


 そう言われては、ジェタとしてはその指揮を取るために出動せざるを得ない。


「はーい。」


 不服さは間延びした返事に現れているが、だからといって仕事を疎かになどしない。


「頼むぞ、ジェタ。

 生存者は無くとも、なにか一つでも遺品があれば回収してくれ。

 せめてもの弔いはしてやりたい。」


 おっとに頼むと言われ、


「任せておいて!

 必ず何かを持ってくるから。」


 張り切って出動して行く。


 佑樹とサフィアらのやりとりを見て、黒エルフたちは少し安堵したようだ。


「君たちの処遇だが、とりあえずは客人待遇とさせてもらう。

 ベルナルダたちは、ラケルたちへの対処で忙しいか。」


 そう呟くと、


「アルファ、彼らの部屋を用意してやってくれ。

 この人数なら、東家あずまやの方で十分なはずだ。」


「わかった。メイドロボットを呼ぶけどいいよね?」


「ああ、任せる。

 それと、廚士長に用意する料理を増やすように伝えてくれ。」


「了解!」


 アルファはなぜかビシッと敬礼して、それから言われたことを果たすために動き出している。


「そうそう、食べられないものがあるか確認するのを忘れるなよ。」


 アレルギーであったり、種族的に禁忌タブーとなっている物があるなら、それを除去するのは当たり前だろう。


 ただ、


「助けてもらっておいて、食事に文句を言うようなやからなら切り捨ててよいかと思いますが。」


 というルヴィリアの意見もある。あるというより、この世界ではそれが主流だろう。


「まあ、それはその時に考えればいいだろう。」


 そう答え、


「そういえば、この地キリプエには奴隷はいるのか?」


 イグナシオに確認する。


「いや、サラマンカ王国に奴隷制はなかったからな。

 当然、このキリプエにもいない。

 表向きには、だが。」


 制度、法的には存在しないが、慣習として存在するのか、それとも他国から持ち込まれるのか。

 もしくは闇で取引されているのだろうか。


「明確に、亜人や獣人を含めた人身売買禁止を布告する必要があるな。」


「本格的に領地経営に乗り出すのか?」


 イグナシオがチャチャを入れる。


「そんな気はないんだがなあ。

 俺は、気楽に過ごしたいだけなんだ。」


 キリプエとその周辺の統治なんてものは、イグナシオに丸投げしたいのが本音だ。


「そうは言っても、色々と手を出してしまったからな。

 その分の責任は負わないと。」


 佑樹の言葉を聞き、イグナシオは笑う。


「統治者の心構えができているではないか。」


 と。


 それに対して、佑樹は頭を掻いて誤魔化すしかできなかった。



 ーーー



 食事を挟み、佑樹は黒エルフから聞き取りを行う。


 この場には、アレシアやヴィオレータ、テオフィーラたちはいない。


 これからの内容は、とても彼女たちに聞かせられるものではないとの判断からだ。


「聞きたいのは、君たちのいた地域で取れる資源だ。

 鉄や金、銀、銅その他の金属だったり、なにかあるんじゃないのか?」


 佑樹の言葉に、黒エルフたちは顔を見合わせている。


 話すべきか隠し通すべきか。


 その判断に逡巡しているようにみえる。


「のう、婿殿。なぜそのようなことを聞くのじゃ?」


 不思議そうなサフィアの言葉。


「簡単だよ。

 白エルフを人間たちが支援しているんだろ?

 人間ってのは、なんらかの利益がなければそんなことをしない。

 特に、他種族に支援できるような金持ちならね。」


 彼らはタダで支援などしない、絶対に。


 必ず、なんらかの利益と引き換えだ。


「なるほど。

 だから、なんらかの鉱物なりがあると、そう踏んだわけか。」


 サフィアは感心している。


「支援する代わりに、どこぞの鉱山なり土地なりの採掘権や使用権を受け取る、そんなところじゃないか、イグナシオ。」


 地球において、欧州列強が世界各地に利権を拡大していったやり方だ。


「まあ、そんなところですな。」


 イグナシオは苦笑しつつ答える。


 だが、内心で佑樹の推察に舌を巻いている。


 この男はどこまで見通しているのだろうか、と。


「お金持ちになれば、満足するものだとばかり思いましたけど、そうではないのですね。」


 皆のカップにお代わりのお茶を注ぎつつ、ベルナルダが感想を漏らす。


 公的な場であれば発言権の無い彼女だが、今は私的な場となっているために発言できたのだ。


 私的な場とはいえ、彼女が発言するようになるまで時間がかかったものではあるが。


「逆だよ。

 金持ちになって、それで満足を知る人間なんて少数派だ。

 大多数の金持ちは、より貪欲に富を集めようとするものだ。」


 グローバル企業の起業者たち。


 大企業のCEOたちもそうだ。


 貪欲に利益を自分の懐に溜め込むばかりで、従業員へ還元させているとは言い難い。


「それで、話す気にはなってくれないかな、ヴェイ二。」


 この黒エルフたちのリーダー格の男に、佑樹は話しかける。


「・・・」


「この先の展開も、予測できるんだよ。

 君たち黒エルフを駆逐した後、人間たちは白エルフたちの排除に向かう。」


「!!」


「そして白も黒も、エルフたちは人間たちの奴隷か家畜として生き存えるようになる。

 人間たちの慈悲・・に縋ってね。」


 誇張した部分はあるが、これはかつてアフリカや中南米で起きたこと。


「どうする?

 俺ならば、それを抑えることができる。

 君たちが故郷を失うことのない未来を守ることが、ね。」


「・・・・・」


 黒エルフたちの返答はない。

 だが、その表情には微かな変化がある。


「俺にその力があるかどうかは、これからの出来事を見て判断するといい。」


 佑樹はそう言って席を立つ。


 それがこの会談の終わりの合図だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る