第22話
キリプエに戻った佑樹を待っていたのは、近隣の村々から集まった女性たち。
それがずらりと港に並んで、佑樹たちがやってくるのを待っている。
それを艦橋のモニターで確認しながら、
「なにかあったのか?」
そう呟く。
そこにリキマルが、
「イグナシオ殿ヨリ通信ガ入ッテオリマス。」
そう伝えてくる。
「ユウキ殿、聞こえているか?」
回線を繋ぐと、慌ただしくイグナシオが確認してくる。
ちなみに、ユウキ側はイグナシオが通信に使用しているロボットに搭載されているカメラによって、その様子を知ることができるが、イグナシオ側からは見ることができない。
「聞こえている。
なにかあったのか?」
「大きなことが二つ。
一つは、その船からでも見えていると思うが、各村から女たちが集まってきている。」
「要求は?」
「ユウキ殿に会わせろと。
例の提案を詳しく知りたいらしい。」
「なるほど。果樹栽培や牧畜に関する提案だな。」
「そうだ。
村長たちに持たせた手土産。
たしか焼菓子とか言ったか?
アレを食べて是非とも参加したいとのことだ。」
クッキーやビスケット、日持ちのするパイなどを持たせて帰らせたのが、ここで功を奏したらしい。
「婿殿の目論見通りじゃな。」
手土産を渡したのは、実際に向かう目的地を具体的に示すため。
具体的に示されれば、必ず同意する者たちが現れると踏んでいたのだ。
ただ、同意したのが女性ばかりというのは想定外ではあったのだが。
「接岸するのにもう少し時間がかかる。
だから、女性たちは領主館に連れて行っておいてくれ。
それと、直接話をする代表者の選定も頼む。」
「了解した。」
「それと、待たせている間、菓子でも振る舞っておいてくれ。
俺が普段使っている
「それも了解した。
だが、なるべく早く来てくれよ。」
「わかった。」
“なるべく早く来てくれ”という言葉に、とてつもない哀願が込められているのを感じる。
「相当に辟易しておるようだの。」
サフィアも同じ感想を抱いたらしい。
「そんなところに飛び込まにゃならんのか・・・」
佑樹はボヤくが、佑樹でなければ収まらないことも理解している。
「立場上、俺は行かなきゃならないけど、皆はどうする?」
振り返ってアレシアらに確認する。
「おや、
サフィアが混ぜっ返すように口を挟むが、
「聞かなくても、ついてくるだろ?」
と佑樹。
「主様の言われる通りですわね、お姉様。」
ルヴィリアが微笑を浮かべながら言う。
「よくわかってるよね、ユウキは。」
ペリアもあっさりと認める。
「わ、私も行きます!」
声をあげたのはアレシア。
「
とはヴィオレータ。
「私も。」
テオフィーラも続く。
マリアも行きたそうな顔をしているのだが、
「マリアは船で待っていなさい。」
と佑樹が頭を撫でながら先に伝える。
港から女性たちが粗方退いたのを確認して、佑樹たちは下船する。
そして、港の倉庫に用意してある電気自動車に乗って領主館に向かった。
ーーー
到着するなり、すぐに裏手に回される佑樹たち。
「ありゃ、大変だわ。」
率直すぎる感想だが、そうとしか言えない。
なにせ、ぱっと見で一〇〇人を超える女性たちが門の前に集合しているのだ。
ただ、年齢層がばらけているのが気になりはする。
「本当に、あの作物を栽培できるのかと、なによりもそのことを確認したいとのことでございます。」
メイド長であるベルナルダもイグナシオと共に対応に当たっているため、次長のトニアが佑樹たちを案内しながら簡単に説明する。
「なるほど。
それなら、なぜ女性ばかりなんだ?
男たちがもっといてもおかしくはないはずだが?」
「男たちというのはこういうときに兎角、保守的になるものですから。」
トニアの返答に、
「そういうことか。」
と、納得する。
「どういうことでございましょうか?」
ヴィオレータが疑問を呈するが、
「それは、これからの話し合いでわかると思うよ。」
と、直接的な返答をしない佑樹。
正確には“しない”のではなく、会談場所として設定した職務室に着いてしまったために答える時間がないのが事実であるが。
佑樹が扉を開けて入室し、そして会談は始まる。
ーーー
村人たちの代表者の中でも、見た目四〇代くらいの恰幅の良い女性が中心人物のようで、その女性、ラケルが村人たちの要望を話している。
その物怖じしない堂々とした態度は、“領主への直訴”という危ない橋を渡っていることを微塵も感じさせないもので、佑樹は好意的に受け止めている。
だが、やはりというべきか、爵位持ち貴族令嬢のヴィオレータやテオフィーラは嫌な顔をしている。
「要望、というよりも要求をまとめると、新たな作物の栽培方法の伝授とその栽培によって出るであろう、他の作物の減収分の補填。
また、その作物の栽培が軌道に乗るまでの期間の減税。
牧畜における初期投資の全額補助を求めると、そういうことで良いか?」
「はい。領主様の言われる通りでございます。」
「ならば全て解決だ。」
「えっ?
どういう意味でございましょうか?」
「村長たちを返すとき、すでに提示した条件だからだ。」
「そんなことは一言も聞いてないよ?」
代表者の一人が素っ頓狂な口調で口にする。
「やはり、村長たちは全てを話したわけではないか。」
「やはりということは、予想されていたということでしょうか?」
「皆が集まったことから、もしかしたらと察する程度だけどね。」
はっきりと言ってしまうと、男たちは自分を信用していないということだ。
そして、現在の収入を維持することを最優先に考えており、それが村人たちの意識に染み込んでいる。
保守的というよりも、
そしてその意識を作り上げたのは、ライムンド・カーニャをはじめとする過去の領主たち。
キリプエという港町から上がる税収にのみ敏感で、周辺の村落のことなどろくに考えてこなかったということだ。
いや、それだけで十分な税収を得られる貿易の旨味の方が強かったというべきか。
ヴィオレータもここでようやく、先の自分の問いの答えに気づいた。
「気づいたようだね。」
「はい。」
「男ってのは、窮地になればなるほど守りに入る傾向が強い。
家族を守らなければ、飢えさせないようにしなければと、その思いばかりが強くなる。」
「では女は?」
「窮地にあると、時に大胆な行動をとる。
今回の領主への直訴なんて、本来なら斬首されてもおかしくはない行為だ。」
それを取るということが、どれほど大胆な行動かわかるだろう。
そして、それを聞いて青ざめる代表者たち。
ただ、ラケルだけは表情を変えることなく静かに佑樹を見ている。
「ユウキ様は、女たちがこのような行動を取ることを期待して、あのような手土産を?」
「男たちに発破をかけるくらいは期待したけど、ここまでの行動を取るのは予想外だよ。」
佑樹とヴィオレータのやりとりを聞き、ラケルの表情がわずかに変化する。
“賭けに勝った“、そんな表情だ。
「さて、改めて細かいところまで話をしようか。」
「はい、よろしくお願いします。」
こうして、代表者たちと植える果樹の種類や作物の品種、家畜の種類の説明とそれぞれの村が受け持つ担当を決めていく。
さらに、農業指導にあたるロボット「ソントク」とその部下の紹介を済ます。
さすがに、
紹介されたソントクは、
「五年以内ニ、軌道ニ乗セテミセマス。」
そう高らかに宣言する。
「そういえばイグナシオ。
治安維持は村々にまで手を回せるのか?」
不意に話を振られたイグナシオだが、
「残念ながら人手不足で、なかなかに手が回らない状況です。」
そう答える。
これは佑樹としては想定内の返答である。
そうでなければ、アレシアの輿入れ時に夜盗と繋がるなどという策略など立てられない。
「治安維持用にヘイジとヘイゾウ、そしてその部下二〇〇を出す。
指揮はナリマサに任せるがいいか?」
「承知致しました。」
本来ならイグナシオに任せたいのだが、彼は彼で多くの仕事を抱えている。
これ以上の負担増は、さすがに不味いだろうという判断であり、イグナシオもそれを理解している。
「さてと。
そちらの要望はほとんど聞き入れた。」
「はい。」
ラケルは弱冠の緊張を覚える。
「直訴の罰を受けてもらうが、文句はないな?」
「!?」
平静なラケルと違い、他の代表者たちは不安げにそわそわし始める。
「これから、各村に子供たちのための学校を建設することになる。
その学校に子供たちを通わせるよう、村人たちの説得をすることがお前たちに与える罰だ。」
実のところ、学校を建てるよりも学校に子供たちを通わせることの方が、はるかに大変なのだ。
日本においても、先人たちが通わせるためにどれほどの苦労をしたか。
現代でも、発展途上国の教育で最初に打ち当たる問題であると同時に、解消がされ難い問題でもある。
それを各村の女性たちに任せるのだ。
「なお、学校の開校予定は三年後だ。
それまでに、全ての子供達を学校に通わせるために説得するように。」
相当な無理難題だが、
「わかりました。」
佑樹の意図を理解しているのかどうか、ラケルは了承する。
そして、それに釣られるように他の代表者も了承の返事をする。
こうして、各村の女性たちとの会談は終わり、代表者は退室しようとするなか、
「そうだ、ラケル。」
と呼び止める。
「どうかいたしましたか?」
ラケルはそう振り返る。
「今後も色々と力を借りることになると思うが、その時はよろしく頼む。」
佑樹の言葉に対し、
「なんのことか存じませんが、私たちの利益になるというのなら頼まれることは吝かではありません。」
そう言って一礼すると、そのまま退室する。
その後ろ姿を見送り、
「あのラケル、只者じゃないな。」
そう呟く。
「ユウキ殿も気付かれましたか。」
イグナシオがそう言うと、
「ありゃあ、女傑ってやつだな。
それとあの雰囲気。
元は武人じゃないかな?」
「ほう?
なぜそう思われる?」
「足の運び方だよ。
うまく言えないんだが、カルロス・フィゲロアのそれに似ているように感じた。」
「よく見てるな。」
それは、イグナシオも同様に感じられたということだ。
「そういえばもう一つ、大きなことがあると言ってなかったか?」
「ああ。訓練航海中の部下からなんだが、漂流者を見つけたそうなんだ。」
「漂流者?
それはそんなに珍しいことなのか?」
「珍しいわけじゃないさ。
その漂流者が人間ならな。」
どうやら、難問を拾ってしまったようである。
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