第21話

 佑樹が温泉に入れるようになったのは夕食後、しばらく経ってからだった。


 食後、ノートパソコンを開いて色々と検討をしていたら、かなりの時間が過ぎていたのだ。


「あとは、夕食の時に撮った画像のプリントアウトだな。」


 夕食の時、令嬢たちは浴衣を着ていたのだが、異国の服というものはどこかはしゃがせてしまう力を持っているのかもしれない。


 その様子をデジカメで撮影していたのだが、令嬢たちはそれに食いついてきた。


 当たり前といえば当たり前のことなのだが、デジカメの画面に写っている自分たちの姿に大騒ぎしていた。


「このシャシンというものを、手紙と一緒に実家に送っても良いでしょうか?」


 ヴィオレータの言葉への返答を、他の令嬢たちは期待の籠もった瞳で佑樹を見ていた。


 その結果、大量の写真をプリントアウトする羽目に。


「まあ、仕事の後でいいってことだから、マシだけど。」


 長時間パソコンに向かっていたため、少し硬くなったと感じられる肩を軽く動かす。


「さあ、温泉に入るか。」


 大きく伸びをした後、佑樹は呑気に温泉へと向かった。



 ーーー



 呑気に温泉へとやってきた佑樹は、目の前の光景に固まってしまう。


 その美しい裸体を惜しげもなく晒して温泉に入っている、サフィアとルヴィリア、ペリアの三姉妹はまだわかる。


 わかりたくはないが。


 だが、アレシアやヴィオレータ、テオフィーラがいるのはなぜ?


 三人とも、さすがにタオルを巻いて隠せるところは隠しているが。


 固まっている佑樹に、サフィアは御猪口おちょこで日本酒をくいっと飲みながら、


「アレシアは婿殿の新たな妻であろうが。」


 たしかにサラマンカ王国国王マルセロから、政略結婚として送られてきている。


 だが、まだ十二歳の少女をどうこうしようという気はカケラもない。


「そ、それならヴィオレータやテオフィーラはどうなんだ?」


「二人は、ユウキにお近づきになりたいからってさ。」


 ペリアは温泉の縁にある大きな岩に腰掛け、アイスクリームを食べながら答える。


 全裸を堂々と晒すのは目の毒なのでやめてほしいのだが、そこから目が離せないのも悲しい男のさが


 こういう場合、変に目を逸らすのは逆効果であることを知っている佑樹は、なるべく堂々としているように見せるために、目を逸らしたりはしない。


「主様。

 いつまでもそんなところに立っていては、アレシアが困っているではありませんか。」


 ルヴィリアの言葉に、視線をアレシアへと移す。


 アレシアは手に洗身用のタオルを手にしている。


幼妻おさなづまに、背を流させてやらんか。」


 明らかに佑樹の反応を楽しむ口調で、サフィアがそう言う。


「ユ、ユウキ様。

 そ、その、背中せなをお流しします。」


 緊張からか、その表情は硬い。


「無理にやらせておるわけではないぞ?

 アレシアが、日頃の感謝を込めてなにかしたいと言うでな、背中を流してやったらどうかと提案したまでじゃ。」


 その言葉に嘘はないだろう。


「婿殿が、あのキヨマサとかいう魔法人形ゴーレムと話しているのを聞いてな。

 これはと、そう思ったのじゃ。」


 本音を言えば有り難迷惑な話だが、


「健気なものではありませんか。」


 と、ルヴィリアに畳み込まれては、反論の余地もない。


「それに・・・。」


 不意にペリアが後ろから抱きつき、


「アレシアは、お父さんとそういう思い出がないんだって。」


 耳元でそう囁く。


「わかった。だから、お前は離れろ!」


「なんで?」


 無邪気な笑顔を見せる、邪気の塊りのペリア。


「胸が当たってる!」


「えー?

 どんなふうに当たってるの?

 ねえねえ。」


 完全に、佑樹を困らせるためにやっている。


「そこまでにしておくことじゃ。

 アレシアが目のやり場に困っておる。」


 そう言われて、ペリアはアレシアが顔を真っ赤にして困ったような表情をしていることに気づく。


「ごめんね、アレシア。」


 そうアレシアに謝りつつ、


「はい、ユウキはさっさとそこの浴用椅子バスチェアーに座って!!」


 佑樹を強引に座らせる。


「はい、アレシア。

 その洗身用のタオルをしっかり持って、そこの石鹸をつけて。」


 一つ一つ、しっかりと指導しているあたり、意外と世話焼き好きなのかもしれない。


 そんなことを考えたとき、


「痛っ!

 力入れ過ぎって、今のはペリアだろ!!」


「あれ?

 わかっちゃった?」


「俺の中で上がった評価を返せ!」


「ええーっ、私に高評価つけてくれてたんだ。

 じゃあ、サービスしないと・・・」


 再び身体を密着させ、手を前に伸ばそうとして、


「痛たたたたっ!!」


 佑樹の右手がペリアの頭を掴む。プロレスでいう『アイアンクロー』というやつだ。


「アレシアの前ではまだ早い!!」


「?」


 アレシアは小首を傾げる。


「わかったから手を離して!!」


 佑樹がペリアから手を離すと、


「別に早くはなかろう。

 人間の風習はよくは知らぬが、王族や貴族の娘ならもう教育は受けておろう。」


 サフィアがそう言う。


「たとえそういう教育を受けていても、俺は十八歳にならなければそういうことはしない!」


 はっきりと宣言する。


「なるほど。主様のおられた世界では、それが普通なのですか。」


 ルヴィリアは佑樹に関する新たな情報を得たと、軽く頷いている一方で、ヴィオレータとテオフィーラは互いの顔を見合わせている。


 二人は共通の疑問を抱いたことを確認し、口を出さずにいることを視線だけで合図し合う。


 そんな中、アレシアはその手で佑樹の背中を擦り始める。


「い、痛くはありませんか?」


「大丈夫。いい気持ちだよ。」


「本当ですか?」


「ああ、本当だ。」


 嬉しそうなアレシアの声に、やらせてよかったと感じている。


「アレシア、前に来て座りなさい。」


「は、はい。」


 なにか粗相でもしたかと、アレシアは緊張した様子になる。


「背中を向けて。」


 佑樹の言葉に従い、背中を向ける。


「目をしっかり閉じて。」


「はい、閉じました。」


 佑樹はそれを合図に、手にしたシャワーヘッドを使い、アレシアの髪をゆっくりと流していく。


「あっ。」


 たっぷりとシャンプーを手に取り、アレシアの髪を洗う。


「ほう!

 わたしも婿殿にやってもらおうかの。」


「本当ですわね、姉上。」


「アレシアだけズルい!!

 私たちだってそんなことしてもらったことないのに!!」


 竜姉妹もそれぞれの言い方で、佑樹に要求する。


「わかった、わかったから。」


 そう答えつつ、シャンプーをよく流してヘアコンディショナーを丁寧に塗る。

 それを一分ほどしてから流し、今度はヘアトリートメントを丁寧に塗り込んでいく。


「髪の手入れはしっかりしないとな。」


 終わった合図とばかりに、ぽんっと頭に手を乗せる。


「あ、ありがとうございます、ユウキ様。」


「脱衣室にいる魔法人形ゴーレムに、髪を乾かしてもらいなさい。

 そして、もう夜も更けてきたからね。

 部屋に戻って休むといい。」


「わかりました。」


 アレシアは佑樹に一礼すると、脱衣室へと向かう。


「私たちも、先に上がります。」


 ヴィオレータとテオフィーラは、そう言うと二人連れ立って出て行く。


 そして、残された佑樹は竜姉妹の髪を洗うことになったのである。



 ーーー



 ヴィオレータとテオフィーラは、連れ立って歩きながら話をしている。


「何者、なんだろうね、ユウキ様って。」


 テオフィーラの疑問。


「何者かなんて関係ありません。

 私にとって、いえ、私の実家にとって利益をもたらすかどうか、重要なのはそれだけです。」


「ヴィオレータは、ずいぶんと割り切っているんだね。」


 テオフィーラの実家は伯爵の爵位を持つ貴族だ。

 だから、彼女にもヴィオレータと同じような意識はあるが、その一方で自分を差し出した父親への不満もあるし、天空の城への興味もある。


 一度出された以上、実家に戻れるなどとは思ってもいない。


 それならば、ユウキの為人ひととなりを知ることは重要なことではないか。


「それにしても、“ユウキ様のおられた世界“って、なんのことだろ?」


 テオフィーラの疑問は至極当然のものだろう。


「別の世界から来てたりしてね。」


 ヴィオレータは冗談めかして言うが、テオフィーラは考え込む。


「たしかに、そう考えると色々と辻褄が合うね。」


 自分たちの常識を遥かに超えた物の数々。


 空飛ぶ乗り物に、帆を使わずに動く船。


 なによりも言葉を喋ることのできる魔法人形ゴーレム


「まさか。」


 と言うヴィオレータも、その言葉に自信はない。

 むしろ、冗談のつもりがその可能性があることに気づき、考えを巡らしている。


 考えを巡らしているのはテオフィーラも同じだが、二人の方針は大きく違う。


 テオフィーラは、佑樹の世界の常識を知って自身の考えを近づけることによって、佑樹の元での立場を作ろうとしているのに対し、ヴィオレータは佑樹の持つ異世界の技術を少しでも得て、実家の利益にしようとしている。


「ここまでだね。」


 テオフィーラが、通路の分岐点で声をかける。


「そうね。

 それではまた明日。ご機嫌よう。」


 ヴィオレータはそう挨拶をし、テオフィーラも返礼する。


 二人とも、自身にあてがわれた部屋へと戻る道すがら、今後に向けて考え込んでいた。



 ーーー



「エルシリア、ユウキ様が髪を洗ってくださったの!」


 嬉々として報告するアレシアを、微笑ましくみているエルシリア。


「サフィア様方も、まだ誰も洗ってもらったことがないんですって。」


 こんなにはしゃいだ声、歳相応の無邪気な笑顔を見たのはいつ以来だろう。


 それだけでも、ユウキの元に来たことは正しかったと思える。


「キリプエに戻るときに、人魚族と鳥人族のところに寄るのですって。

 あの子たち、元気かな?」


 ほんの二日ほど前のことなのに、ずいぶんと懐かしがっている。


「お友達ができておられましたね。」


「うん!」


 人種ひとしゅ以外にできた友達。


 人種ひとしゅというより、アレシアにとっては初めての友達だろう。


 王宮にいた頃は、ほぼ軟禁状態で限られた人物としか会うことができなかったのだから。


 だからかもしれない。


 ずっと乳母兼教育係としてともに過ごしてきたエルシリアの目に、涙が溜まってしまったのは。


 その涙が溢れるのを辛うじて抑えながら、


「さあ、早くお休みにならないと、朝が起きれなくなってしまいますよ。」


 そう、本来なら眠っている時間なのだ。


 それに気づかされたアレシアは、小さなあくびを漏らしてしまう。


「わかりました。

 おやすみなさい、エルシリア。」


「ええ、おやすみなさい。」


 エルシリアはそう答え、退室する。


 退室し、扉を閉めると気持ちを抑えるため、大きく深呼吸をする。


「あの子の、あんなに素敵な笑顔を見られたことに感謝します。」


 エルシリアは見えざる存在に、ただ感謝の言葉を口にしたのだった。




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