第14話
サラマンカ王国との講和から三ヶ月。
その圧倒的な武力差から、全面的な降伏を選択せざるを得なかった国王マルセロ・ミゲル・バレンスエラは、港町キリプエとその周辺の一〇の村々の割譲及び、賠償金として金貨一万枚の支払いに応じることになった。
さらに捕縛した首脳たち、ほとんどが大貴族だったこともあり、その身代金として合計で一万枚もの金貨を得ることになった。
また、金銭を支払えない者は、その娘を差し出している。
娘を差し出してきたのは貴族だけではない。国王マルセロ・ミゲル・バレンスエラも娘、第一王女アレシアの輿入れを提案してきたのだ。
自分を味方につけたいという下心が見え見えだったことと、その時の表情が気になって返答を渋っていたのだが、サフィアが、
「受け入れてやればよかろう。」
と言ったため、受け入れることになった。
ただ、そう返答した時のマルセロ王の表情の嫌らしさは、今後忘れることはないだろう。
「そういえば、アルファはどうしているんだ?
ここ何日か、姿を見ていないが?」
嫌なことを振り払うため、別のことを考えるように意識を変える。
「アルファなら、主上様に報告に行くって言ってたよ。」
ジェタの返答。
「主上様のところに報告?」
「うん。定期報告とか言ってた気がするけど。」
天空の城をもらってから、半年になるかどうかだったと思う。半年に一度、報告に戻ることになっていたのだろうか?
そんな疑問を抱きながら、
「それじゃ、仕方ないな。」
「ん?アルファになにかさせるつもりだったの?」
「例のお姫様、そろそろ来る頃合いだろうから、その準備をさせようかってね。」
「そういえばそうだね。
私がやろうか?」
「ジェタに任せようか。
なにかあれば、侍女長のベルナルダに尋ねればいい。」
侍女長のベルナルダは、元々はライムンド・カーニャの元で働いていた侍女である。
だが、ライムンド・カーニャの悪事に関わっていないことと、この領主館のことをよく知っていること。
また、この国の儀礼にも通じていることから、雇用を継続している。
彼女を中心にして、二〇名の侍女がこの領主館で働いている。
二〇名というのは多いのではないかと思うのだが、
「格式や形式を保つために必要です。」
と言われ、それを受け入れている。
彼女の口ぶりからすると、これでも少ないようなのではあるのだが。
「ユウキ様。
イグナシオ殿がお越しになられています。」
ベルナルダがそう報告する。
イグナシオもまた、佑樹がこの町の総督として雇い入れた人材だ。
この町の人々からの人望もあり、また部下からの信頼厚い男であり、野に埋れさせるのはもったいないと感じ、スカウトした。
普段、天空の城に居る自分の代官として登用。
見事にその任を果たしている。
「ユウキ殿。
三番艦が完成した。」
「ほう。
ついに、この町の船大工が自力でガレオン船を作り上げるのに成功したか。
じゃあ、今日は船大工たちに酒を振る舞ってやるといい。」
「無論、そのつもりだ。」
「報告はそれだけか?」
「いや、練習艦での訓練もひと段落ついたからな。
その報告もある。」
「船の評価はどうだ?」
「概ね好評だ。
船が大きくなったから、その分の配置を変更しているからな。
慣れるまで時間はかかるが、不満点はその程度だ。
船そのものに関しては、早くなっただけでなく、復元性能も高く安定性も高いし走波性も高い。
なによりほぼ無風の状態でも動かせるのが、最大の評価だな。」
ほぼ絶賛というところのようだ。
「そりゃなによりだ。」
戦力化にはもう少し時間がかかるだろうが、それまでは
新たに船を貸し出すことはしないが、その代わりということではないが
それだけでも人間相手なら過剰戦力になるはずだ。
そして話は都市計画に及ぶ。
「絶対に必要と言われた、学校と病院の用地は準備できました。
ですが、本当に作るんですか?」
懐疑的なイグナシオの言葉だが、無理もないだろう。
学校などというのは本来、貴族などの上流階級のものだ。
それを佑樹は一般に開放して、子供たちの教育を行おうというのだから。
さらには病院もそうだ。
まともな医者にかかれるのは、金持ちくらいのもの。
一般のものは医療とは呼べない、
「もちろん作る。
どちらも一〇〇年、千年先を考えるなら絶対に必要だからね。」
佑樹は事もなげにそう答えるが、イグナシオは懐疑的である。
「そうそう。
どちらも無償で開くから、そのつもりで。」
佑樹のさらりとした物言い。
「は?
無償ですか?!」
イグナシオが受けた衝撃は、かなり巨大なもののようである。
「そう。
初等教育は、読み書きと四則演算。
中等教育は広く浅く、様々な分野を体験させて適性を見る。
高等教育で専門教育を行う。」
「!!」
「気付いたようだな。
だが、それだけじゃないぞ、目的は。」
「どういうことですか?」
イグナシオの言葉が変わる。
「農村地帯じゃ、口減らしなんて事もやってるんだろ?」
口減らしとは、養えない子供や老人を捨てることだ。
「聞いたことはあります。
そのようなことをするというのは。」
ここでもう一つの狙いに気づく。
「そういう子供たちを引き取って、教育を施すと、そういうことですね!!」
ニヤリと笑う佑樹の表情を見て、イグナシオは確信する。
佑樹が学校を作るのは、子供たちを死なせないための政策だ。
そして、教育を受けた子供たちは産業の担い手となって、この町に利益をもたらす。
「それともう一つ、作っておきたいものがある。」
「それはなんでしょうか?」
「職業訓練施設。
手に職のないものや、犯罪者に職業訓練をして、
「手に職のない者はわかりますが、犯罪者というのは・・・」
「なぜ、罪を犯したと思う?
犯罪者が罪を犯す理由のほとんどが、経済的困窮だ。
だから、そういう者たちに職業訓練をしたらどうなると思う?」
「犯罪が減少する、ということですか。」
「そう。治安が良くなれば、来訪者は増えることになる。
大きな利益だろう?」
「たしかに。」
増えた来訪者はこの町の宿に泊まり、この町に金を落としていく。
「ドメイコがこの場にいたら、すぐにでも商会に行って大騒ぎすることでしょうな。」
たしかに、あの生粋の商人がこの場にいたら、絶好の商機と捉えただろう。
話はさらに、上下水道の敷設工事や皆との拡張工事についてのやりとりがされる。
そちらについては、佑樹の工兵ロボットが請負うことになり、それによってできた余剰人員は、城壁の拡張工事に回されることになった。
そうして打ち合わせが終わり、イグナシオが思い出したように確認する。
「アレシア王女の輿入れ、そろそろ到着される頃合いではありませんか?」
「予定では、五日後に到着することになっている。
領境付近に、ボウマルを送っているし、
「それは、人によっては過剰とも言われる配備ですな。」
「そうだろうな。
だけど、あの時のマルセロ王の
「どんなふうに見えましたか?」
興味深そうに佑樹を見る、イグナシオ。
「厄介払いできた、そんな表情が一番近いかな。」
自分の娘を、それこそどこの馬の骨と知らぬ相手に嫁がせるのに、そんな表情ができるものなのだろうか?
だから、謀略の可能性も考えて、過剰な配置をしたのだ。
「謀略の可能性があると、そう考えられましたか。」
イグナシオは頷きながら呟き、
「厄介払いというのは、あの王にとって明らかな本心でしょう。」
「どういうことだ?」
「アレシア王女は、“呪われた姫“とも呼ばれています。」
「呪われた姫?
まだ十二歳の女の子に付ける呼び名じゃないな。」
怒りの感情を隠そうともしない物言いに、イグナシオは苦笑する。
「先月に送られてきた肖像画を見たが、肌が白くて赤い瞳をしているだけだろう。
たったそれだけで、なにが呪われた姫だよ。
なにか、呪われたエピソードでもあるのか?」
「いや、そんな話は聞いたことがないな。
唯一、そう言えることがあるとしたら、誕生された時に、母君が亡くなられたことだけだな。」
「ふん。そんなこと、よくあることだろう。
産後の肥立ちが悪かったり、難産で力尽きることは。」
医療レベルがはるかに高い現代日本でも、出産は命がけなのだ。
それがよくいって近世レベルのこの世界なら、母子ともに健康な状態で出産される確率は低いだろう。
すると、やはりその容姿が“呪われた姫“として蔑まれる理由だろう。
「待てよ。もし、その容姿から“呪われた姫“なんて言われていたのだとしたら、その母親は本当に出産で死んだのか?」
そういう“奇形“を産んだことの責任を取らされ、殺害されたのではないのか?
言外に含まれた意味を読み取ったイグナシオが、
「まさか。
アレシア王女の生母の実家は、有力な大貴族だぞ。
それを殺害するなど、事が露見したら離叛を招きかねん。」
たしかに、イグナシオの言葉は間違ってはいないだろう。
だが、それでも佑樹はあのマルセロ王の表情が、全てを物語っているように思える。
「どこかに追放したか、幽閉したか。
どちらにせよ、あの王様は信用できないってことだけは確かなようだ。」
そう結論づける佑樹に、イグナシオは頷く。
「
食っていくんだろ、夕食。」
「そうさせてもらおうか。
ユウキ殿が来てから、領主館の食事が格段に旨くなっているからな。
舌が肥えて仕方がないんだ。」
その答えが合図だったかのように、侍女たちはテーブルを片付け、代わりに料理を並べていくのだった。
ーーー
「主上様、報告に参りました。」
佑樹の前での姿からは想像もできない、完璧な礼と口調で口上を述べるアルファリア。
「よく戻りました。
詳しい報告をお願いします。」
主上様と呼ばれた存在は、穏やかな口調で尋ねる。
「はい、承知いたしました。」
そして語られる、佑樹があの世界に転移してからの言動。
半年間のそれは、とても長い報告になるが主上様は黙って聞いている。
「・・・以上でございます。」
長い時間をかけての報告を済ますと、アルファリアは一礼して半歩ほど下がる。
「そうですか。“神になるつもりはない“と、そう口にしていたのですね?」
「はい。
あれだけの力を持つ城を手にしながら、そこまで断言できる者はそうは居ないと存じます。
また、異種族への偏見もみられません。
まだ先はわかりませんが、少なくとも今までの様子を見て主上様の慧眼は確かなものと、そう感じさせていただきました。」
「それは、佑樹の過ごした環境によるものでしょう。
佑樹の過ごした国、日本ではそういう差別的な人間はかなり少ないようですから。」
それだけではなく、ここ数年の日本では異世界転生・転移を描いた本が多数出版されており、佑樹もまたそういった本を愛読していることも影響している。
そのことを、アルファリアは佑樹の本棚に並んでいる本を読んで知っている。
「ではアルファリア。
今後も佑樹の様子を報告してくださいね。」
「わかりました、主上様。」
主の頼みをNOとは言えない。
アルファリアは深々と一礼し、佑樹の元へと戻って行くのだった。
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