第15話

 王都からキリプエに続く街道を、数台の馬車が進んでいる。


 その一台には、サラマンカ王国王家の者のみが許される“一角獣と薔薇“の紋章が付けられている。


 そんな馬車に乗っているのは、“呪われた姫“と呼ばれるサラマンカ王国第一王女アレシア・セレスティーナ・バレンスエラと、教育係兼乳母のエルシリア、そして専属侍女数名。


「お疲れではありませんか、姫さま。」


 侍女の一人が声をかける。


「いえ、大丈夫です。

 初めて見る景色に、むしろ疲れなど感じている暇はありませんわ。」


 産まれてからすぐに、王宮の最奥の離れ家に隔離されており、外の世界とは無縁だった。


 アレシアと外界の数少ない接点、それは宮中行事くらいしかなかった。


 その数少ない外界との接点である宮中行事も、参加すれば“呪われた姫”と陰口を叩かれていた。


 そんな環境で彼女の心が壊れなかったのは、本人の前向きな性質となによりも、教育係兼乳母のエルシリアのおかげだろう。


「ねえ、エルシリア。」


「どうしました、アレシア様。」


「あの天空の城の方、どのようなお人なのでしょう?」


 興味と期待と好奇心から、心なしか口調が弾んでいるように感じられる。


 自分が輿入れする相手の情報を、彼女はほとんど知らない。


 知っているのは肖像画ならぬ、写真というもので見た穏やかで優しそうな表情と、DVDビデオという摩訶不思議な魔道具で見た動いている姿と、穏やかで優しそうな声。


 それが彼女が知っている全て。


「かの御仁は、数多くの魔法人形ゴーレムを自在に操れる、大魔法使いであると聞き及んでおります。」


 エルシリアも、そこまで詳しくは知らないが、それでも伝手つてを頼って情報を入手しようとしてくれている。


「それと、とても進んだ技術を持っており、人魚族や鳥人族と交流があるとか。」


「人魚族や鳥人族!?

 私も交流してみたいです。」


 瞳を輝かせるアレシアを見て、エルシリアはほっとする。


「人魚族や鳥人族と親しくおできになられるのなら、私の見た目も気になどなされないですよね?」


 疑問形ではあるが、そうあってほしいという願望が多分に込められている。


 本来なら、そうだとでも答えて安心させるべきなのだろうが、エルシリアにはそれができなかった。


 過去に、どれほどそう期待しながら裏切られてきたかを知っているから。


 だから、エルシリアはただアレシアを優しく抱きしめる。


 なにがあっても大丈夫だとの想いを込めて。



 ーーー



 領境に差し掛かり、馬車は停車する。


「なぜこんなところで?」


 エルシリアは疑問に思い、窓から外を見る。


 先頭の馬車と、護衛たちの間でなにやら騒ぎが起きている。


「どういうことだ!!」


「だから私たちはここまでだと言っている!

 これは、陛下からの王命だ!!」


「そんな馬鹿な!!

 アレシア殿下をキリプエまでお送りするのが、お前たち騎士隊の役目だろう!!」


「そんなこと知ったことか!

 私たちは王命にこそ従うのだ!」


 護衛である騎士隊隊長と、先頭の馬車の御者のやりとりから類推すると、どうやら護衛たちはここまでと、そう国王から厳命されているらしい。


 エルシリアは眉を顰める。


 あの国王なら、それくらいの嫌がらせをしかねない、そう思い至ったからだ。


 だが、先頭の馬車に乗っている、このアレシア姫の輿入れの責任者たるエドゥアルド・グスマンは食い下がる。


「なれど、確実に相手まで送り届けるのが、役目ではござらぬか。」


「そんなこと知ったことではない。

 我らはあくまで王命に従うのみである!」


 隊長エルマン・フォクスレイはそう宣言し、馬首をめぐらしその場を去ろうとする。


「お待ち下さい!」


 反発の声をあげたのは若い騎士たち。


「我々は護衛として、アレシア殿下をキリプエまでお届けすると、そう命を受けて参りました。

 それなのにここで帰還せよとは、如何なものでしょうか?」


 若い騎士の言葉に、エルマン・フォクスレイは舌打ちしたくなるのを堪える。


 エルマンが、若い騎士たちに根回しをしなかったのには理由がある。


 若い連中というのは、あまりにも夢見がちなのだ。

 かつての自分もそうだったが、若い時というのは正論や正義、正しいと思うことに酔いしれて判断を誤る。


 この若い騎士たちに事前に話していたら、必ずアレシア王女や侍女たちに知れてしまい、収拾がつかなくなる。

 だから若い連中に話さなかったのだが、どうやらそれが裏目に出てしまったようだ。


「これは王命である。

 あくまでも抗命するというのならば、反逆罪として処断することになる!」


 エルマンはそう言って剣の柄に手を掛ける。


「なっ!」


 それを見て若い騎士たちは絶句する。


「おやおや。

 護衛対象がいるのに、そんなことをしていいのかしら?」


 剣呑な雰囲気の中で、場違いな若い女の声。


「何処だ!?」


 エルマンが周囲を見る。


「ここよ、ここ。」


 声のする方に視線を上げる。


 そこは馬車の上。


 そこに、背中に白い蝙蝠の翼のようなものを生やした女がいる。


「誰だ!?」


 エルマンが誰何すいかする。


「一度しか言わないから、よく考えることね。

 私は竜王ドラゴンロードが三女にして、ユウキの第三夫人のペリア。」


 ペリアの名乗りに護衛の騎士たちだけでなく、聞こえていた者たちの中で騒めきが大きくなる。


竜王ドラゴンロードの三女、だと?」


「まさか、白竜ペリアなのか?」


 人間たちの騒めきを無視して、


「サラマンカ王国の王は、アレシア王女をキリプエまで確実に送り届けると言っていたけど、どういうことかしら?」


 静か過ぎるほど静かな物言いに、だからこその凄みを感じている人間たち。

 そのためか、誰も口を開けずにいる。


「それにしても、ユウキ様の予想通りだったわね。

 なにかするなら領境だって。」


 もう一人、無邪気な別の女の声が聴こえてくる。


 その声のする方を見ると、黒い翼を持った少女が二台目の馬車の上に座っている。


 その視線を受けて、


「私も名乗った方がいいのかな?」


 小首を傾げながらそう言う。


「聞きたそうだから教えるね。

 私は竜王ドラゴンロードが四女、黒竜ジェタ。

 ユウキ様の第四夫人。」


「!!」


 竜王ドラゴンロードの娘が二人、それもユウキの夫人と名乗ったことに衝撃を受ける。


 天空の城に、ドラゴンの出入りがあることは知っていたが、まさか竜王ドラゴンロードの娘がユウキに嫁いでいるなどとは思いもしなかったのだ。


「答えてくれない?

 サラマンカ王国の王は、アレシア王女をキリプエまで確実に送り届けると言っていたのに、なんで貴方達はここで去ろうとしているのかを。」


 ペリアが言葉に圧を込めて、再び問い掛ける。


 凄まじい圧力プレッシャーに思わずたじろぐエルマンたち。


 だが、ペリアはここで圧を解く。


「いいわ。

 どうせ、もう逃げられないのだから。」


 圧力プレッシャーから解放され、ほっとしたのも束の間、一団の周囲が魔法人形ゴーレムたちに包囲されていることを知る。


 それだけではない。


 眼前のペリアやジェタと同じような翼を持つ者が、上空に待機していたのだ。


「抵抗したければしてもよいぞ。」


 ペリアが煽るように言う。


「言われるまでもない。

 突破するぞ!!」


 エルマンは自分に従う者たちをまとめあげると、一点突破を図った。


「思い切りの良いものだな。」


 ペリアはその判断を称賛したが、それは成功を確約したものではない。


 エルマン達はほどなくして、全員が魔法人形ゴーレムたちによって捕縛されたのだった。



 ーーー



 ペリアとジェタは、エドゥアルド・グスマンからアレシアの乗る馬車を確認すると、その馬車な扉を開ける。


「な、何者ですか!!」


 最初に声をあげたのは教育係兼乳母のエルシリア。


この子・・・に手は出させません!」


 声こそ毅然としているが、ペリアたちに短剣を向ける手は震えている。


「失礼しました。

 私はユウキ様の第四夫人、黒竜ジェタ。

 姉である第三夫人白竜ペリアとともに、アレシア王女をお迎えにあがりました。」


 その言葉に、車内の皆は顔を見合わせる。


「車中より失礼いたします。

 お出迎え、ありがとうございます。

 ペリア様、ジェタ様。」


 一礼するアレシア。


「ここから先は、私たちが道案内いたしますゆえ、ゆるりと過ごしていただければ幸いです。」


 ジェタは礼を返し、そう話しかける。


「はい。

 白竜ペリア様と黒竜ジェタ様。

 ドラゴン族の方々に案内していただけるなんて、とても光栄に思います。」


 アレシアは物怖じすることなくそう答え、それを聞いていたペリアは笑みを浮かべる。


「気に入ったわ。

 なにかあったなら私に言いなさい、アレシア。

 その時は、この私が力になってあげるから。」


「わかりました、ペリア様。」


 ペリアとアレシアは、急速にその距離を縮めたようであった。







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