第12話

「ぶったあ、佑樹が私をぶったあ!今回の作戦のMVPなのにぃ!!」


 接収した領主館にて合流した、アルファリアの大きな泣き声が周囲に響き渡る。


「なにがMVPだ!

 最高のタイミングで姿を現したのはいい。

 だが、その後のいかずちはなんだ?

 誰があんなのを放てと言った?」


 アルファリアに躙り寄る佑樹。


「え、いや、だって・・・。

 雷を落とした方が、“神の怒り“っぽくていいかなあ、なんて・・・」


 ぶたれた頭を押さえながら、そう答える。


「それが余計だっての!!

 俺は神になる気はさらさら無い!!」


「むぅ。」


 不満そうに頬を膨らませるアルファリア。


「そこまでにしておいてやればよかろう、婿殿。」


 サフィアが助け舟を出す。


「それに、ドメイコが商人たちを集めて待っておるぞ?」


「そうだった。」


 サフィアの指摘に、待たせていたことを思い出し、慌ててその場へ向かう。


 その後ろ姿を見ながら、


「神になる気は無い、か。」


 サフィアは呟く。


 この言葉からわかるのは、佑樹があの天空の城の価値を正しく理解していること。


 あの城の、佑樹の言うところの“技術力“が有れば、間違いなくこの世界の神になれるだろう。


「欲の無いことはいいことですが、無さ過ぎるのは困りものですね、姉上。」


 不意に声をかけられる。


「ルヴィリア、戻ってきておったか。」


「つい先程。」


 天空の城に残ることを決めた者たちの家族を周り、移住希望者を引き連れて来たのだ。


「なるほど。すると、お前たちが城に入るところを見た人間たちもいるのであろうな。」


 その言葉へ返答せず、ルヴィリアは笑みを浮かべている。


 わざと、その姿を見せつけるように入城したのだろう。

 特に、この国の王都へ報告に行くイグナシオらに。


「色々と楽しいことが起きていたようですね。」


「楽しいと言って良いかはともかく、婿殿の新たな一面は見れたの。」


 そう言って、ことの成り行きを話していた。



 ーーー



 佑樹はドメイコとともに、今後についての説明をしている。


 人魚族、鳥人族、そしてこの町の商人とで商会を作り、そこにガラス製品をはじめとする商品を卸すこと。


 また、創設された商会に所属する船舶の航海の安全を守ることも、併せて伝える。


「ま、待ってくれ。

 ゆ、ユウキ殿、アンタが相当な力を持っていることはわかった。

 アンタが申し出ていることが、俺たちに巨大な利益をもたらす事も理解した。

 だが、アンタがそれをしてどんな利益があるんだ?」


 この町の商人のリーダー格なのだろう、カタリーノ・タバレリという男が疑問をぶつけてくる。


「いくつかあるが、理由の一つは人魚族を助けてくれた借りを返すってのがある。

 それと、俺にとっての利益は、地上でしか手に入らないものを入手することと、地上の情報取集。

 それが大きな目的だよ。」


「・・・・。

 納得できるかはともかくとして、一応は理解できる言葉だ。

 だが、こっちとしても意見の集約をしたいし、なによりも参加するかどうか判断しかねている者もいる。」


 タバレリは仲間の商人たちを一瞥しながら、佑樹にそう答える。


「時間が欲しいと、そういう理解でいいのかな?」


「それで間違っていない。

 できれば、一〇日くらいもらえるとありがたい。」


 一〇日。


 おそらく王都からの、なんらかの反応が来るのがそれくらいの時期になると、イグナシオがそう言っていた。


 要するに、王都の反応を見定めてから決めたい、そういうことなのだろう。


「どうぞ。

 一〇日でも二十日でも待ちますよ。」


 佑樹がそう答えたところで、商人たちとの会談は終わった。



 ーーー



 翌日から佑樹は、色々と動き始めている。


 工兵ロボットを呼び寄せ、壊滅させた艦隊の再建を行う。


 船に関しては、彼らが使用していた船より先進的なガレオン船を建造。


 一隻の乗員数が増加したがその分、隻数は減少することになったのだが、それはイグナシオに確認済みである。


 むしろ、イグナシオからは当面の練習艦として三隻と、技術移転のために二隻求められている。


 練習艦に関しては、武装など一切無くしても構わないと言われている。


 そして実用艦の一隻は、この町の船大工に作らせることになっているのだ。


 そのため、佑樹が引き渡すのは合計五隻となっている。


 ただ、それだけではこの港町を守ることができないため、暫定的に佑樹たちが守る。


 この国との交渉次第では、暫定期間は伸びる可能性もあるが、それはあくまでも相手次第である。


「少し町に出てみるかな。」


 出すべき指示を出し終え、大きく伸びをしながらそう呟く。


「町に出るの!?」


 呟きを聞いたペリアが、身を乗り出してくる。


「あ、ああ。

 ちょっと、この世界のことを見てみようかと。」


「行く行く!!

 私も一緒に行く!!」


「わ、わかった、わかったからそれ以上近づくな!!」


 そのまま抱きつきそうな勢いのペリアを抑え、同行を認める。


 なにかトラブルを起こしそうな予感がするが、ここはやむを得ない。

 認めなければ、自分の身が危うい。


 なにせ、先の諍いで出番がなかったのだ。


 ここでまた出番を奪うようなことをしたら、自分の命が危うくなりそうな予感をヒシヒシと感じてしまう。


 残りの竜娘三人と、駄天使の説得を成立させたのはその夜のこと。


 お出かけは、翌日に持ち越しになったのである。



 ーーー



 佑樹たちがのんびり過ごしているのとは対象的に、緊張感溢れる状況にある人々もいる。


 サラマンカ王国の首脳などはその最たるものだろう。


「キリプエの艦隊が壊滅、とな?」


 キリプエの艦隊の総指揮官たるイグナシオ・ピントの報告。


 早馬により、ある程度の報告は聞いていたが、本人からの説明を受けるというのは、その衝撃度はかなり違う。


 二〇隻以上の軍船を、あっという間に破壊するなどとはどんな魔法を使ったのか?


 数キロ離れた所から攻撃した?


 そんな魔法が存在するのか?


 いや、それが事実だとしたら、どのような対抗手段が取れるのか?


 そして、なによりも問題なのは、


「天空に浮かぶ島の出現、か。」


 その島は、いかずちを落としたという。


 神の住む島だとでもいうのだろうか?


「天空に浮かぶ島のことですが、城内の書物蔵を全て確認したのですが、それに関する記述は一切ありませんでした。」


 司書官長の言葉に、廷臣たちは眉を顰める。


「魔術師長殿には、その知見の中にあるのではないか?」


 廷臣の一人が、王の後方に立つ老年の人物に問いかける。


「残念ながら、私の知見にあのようなものはありません。」


 魔術師長イジマニの言葉に、廷臣たちはがっくりと項垂れる。


 どう対処すれば良いのか、その糸口の全ては断ち切られた。


「過去の記録には無い、か。」


 国王マルセロ・ミゲル・バレンスエラは、大きな溜息とともに呟く。


「戦いますか?」


 軍務大臣ネストル・レテリエルが発言するが、これは血気盛んというよりも国王への確認というものだ。


「勝算はあるのか?」


 国王の下問。


「無いでしょうな。」


 レテリエルの率直な言葉。


 その言葉に反発しようとした者もいるが、現実を思い出して不発に終わる。


 彼らの前に広げられている、大きな紙。


 それを見たら反発などできない。


「こんな、とんでもない船の設計図を惜しげも無く出してくるなど、どれほどの力を持っているのですかね?」


 工部大臣オルランド・グンケルは、呆れたように言う。


「我らの技術でギリギリ作れる、そんな船ですよ。」


 船体の大きさだけでなく、その帆を張るためのマストの大きさも、相当なものだ。


「今まで作ってきた船の、ざっと三倍から四倍の大きさ。

 こんなものが本当にできるなら、海を制する事もできような。」


 グンケルの言葉だが、


「無理でしょうな。

 あの天空の島の住人は、この船よりもはるかに巨大な船を持っておりますゆえ。」


 イグナシオがあっさりと否定する。


「帆もなく動く巨船か。

 そんなものを持つ相手に、喧嘩を売るような真似をする愚物がおったとはな。」


 ライムンド・カーニャのことだ。


「しかも、姑息な真似をしてのことだ。

 奴とその一党は、断絶が妥当だろうな、」


 宰相ウンベルト・バレーラの発言。


 その言葉に、この場の全員が頷く。


 この会議で唯一決まったことは、このライムンド・カーニャとその一党の処遇だけ。


 ユウキと名乗る者への対処は、持ち越されることになった。


 ただし、この後三日かけても結論は出なかったのだが。



 ーーー



 予想外に伸びる滞在期間に、イグナシオ・ピントは苛立ちを覚える。


 彼は、十日もあればキリプエに戻って交渉の叩き台を作れると思っていたのだ。


 それなのにもう三日以上も議論し、結論がいまだに出ていない。


 あのユウキの持つ力を理解していれば、いかに友好的な関係を作るかを考えなければならないはずなのに、なぜか戦うことへと議論が移り始めてしまっている。


「わかっておられるのか、各々がたは。

 あのユウキという人物と、そして彼が操るあの島や船と戦って、勝てるわけがないのだ。」


 苛立ちがピークに達したイグナシオは、率直すぎる言葉を吐き出す。


「な、貴様は、彼奴には勝てぬと言うか!

 この、敗北主義者めが!!」


 老臣の一人が、罵倒の言葉をあげる。


「私が敗北主義者なら、貴方は破滅主義者ですな。

 しかも、皆を道連れにしようとする最悪の!」


「なんじゃと!!」


 老臣との口論が白熱しかけたとき、


「海上では確かに勝てぬだろうが、陸上ならどうだ?」


 軍務大臣ネストル・レテリエルが確認するために、そう質問する。


「無理でしょうな。」


 あっさりと断言するイグナシオに、先ほどの老臣が声を荒げようとするのをとどめ、レテリエルがその理由を問う。


「私が乗船した船には、戦闘用魔法人形ゴーレムが少なくとも五〇体はいました。

 それが同型の船が他に二隻いるのです。」


「最低でも一五〇体はいる計算になるな。」


 レテリエルが唸る。


「ふん!数だけいたところで、負けるとは限らん!」


 老臣が馬鹿にしたように言う。


「いい加減にせよ、ブンステール。

 お前が意気軒昂なのはよくわかった。

 だが、正確な敵の情報を知らねば勝つことはできぬぞ。」


 イグナシオは王と老臣のやりとりに、途方もない疲労感を感じる。


「勝つ、ですか。

 どうやって?

 遥かに離れた場所から攻撃できる相手に!

 そして、ドラゴンが出入りするような島の持ち主を相手に!!」


 もはやどうにもならないと、イグナシオは諦めにも似た感情とともに怒りをぶつける。


「なに?

 ドラゴンが出入りしているだと?」


 レテリエルが声をあげる。


「ええ。

 ですが、王やそこの老いぼれ殿は戦う気満々のようですからね。

 私はさっさとこの国をおいとまさせていただきますよ。」


 イグナシオは立ち上がり、そのまま部屋を出て行こうとする。


「待て!ピント提督!!」


 レテリエルが止めようと声をかける。


「ああ、一つしておかなくてはならないことがありました。」


 イグナシオは懐から小さな何かを取り出す。


「申し訳ない、ユウキ殿。

 ・・・そうだ。

 それから、貴殿に止められていたドラゴンの出入りを伝えてしまった。

 申し訳ない。」


 何者かと会話をしているように見える。


「そう言ってもらえるとありがたい。

 ・・・わかった。

 こうすればいいのだな?」


 イグナシオは小さな何かを王とその廷臣達に向ける。


「まったく、せめてライムンド・カーニャの仕出かしたことへの謝罪くらいもらえるかと思ったんだがなあ。」


 そこから流れる若い男の声に、王や廷臣たちは驚く。


「謝罪は無し。それどころか、そこを水に流して技術提供をしてやろうって相手に喧嘩を売る算段をしようとはね。」


 呆れ果てたような声。


「ふん。そのことはライムンド・カーニャなる愚物が勝手にやらかしたこと。

 我らにはなんら関係などないわ!!」


 ブンステールはそう言い返す。


「わかった。その言葉をもって、宣戦布告を受けたものとする。」


 冷酷な声。


「なに?」


「ふん、何が宣戦布告を受けたものとするじゃ。

 街道を塞いでしまえば、近寄ることすらできまい。」


 キリプエから王都ワルペンの間には大河が流れており、そこを防衛すれば近寄ることなど出来ないであろう。


 通常の相手ならば。


「そうなるとよいですな。」


 ブンステールを一瞥し、イグナシオはさっさと部屋を出て行く。


 そこに後を引く嫌な音が聞こえて来る。


「な、なんの音だ?」


 廷臣の一人が口にした、その次の瞬間に聞いたことのない轟音が響き渡り、凄まじい衝撃波と大地の揺らぎが起こる。


 王宮内を響き渡る、侍女たちの泣き叫ぶ声。


 廷臣たちのほとんどは、腰を抜かして座り込んでしまっている。

 廷臣だけでなく、国王すらも腰を抜かして椅子から転げ落ちている。


「な、なにが起きたのだ?!」


 この場にイグナシオが残っていたならば、天空に浮かぶ島からの攻撃だとわかっただろう。


 そして、戦うことの無意味さを強調して主張したに違いない。


「あ、あれは?!」


 レテリエルが外を見て、その存在に気づく。


「天空に浮かぶ島、か。」


 呆然と、その威容を見上げるしかできない。


「なにかが落ちて来るぞ!!」


 誰かがそう叫ぶ。


 正確には降りて来ているのだが、初めて見る者には落ちて来るかのように見えたのかもしれない。


「あれは、魔法人形ゴーレム!?」


 落ちて来たものの正体に気づき、王宮内は恐慌パニックに陥る。


 こうなると、もはや戦うどころの騒ぎではない。


 勇ましいことを言っていたブンステールすらも、逃げ惑う有様なのだ。

 他の廷臣たちは、腰を抜かして動かずにいる国王を見捨て、我先にと逃げ出している。


 こうして、サラマンカ王国の王宮は陥落したのだった。






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