第11話

 佑樹は予定通りにジェタを二体のロボットとともに、使者として送り込む。


 上陸用舟艇に地上移動用の、自動運転機能付き自動車を載せて。


 さらに佑樹が愚物と評したカルロス・バジェーホと、さすがに監視役としてイグナシオ・ピントも同行している。


 二人の同行に関してジェタは、


「居ないよりも居た方がいいよね。」


 と言って、佑樹にウインクしていた。


 佑樹の狙いを即座に読み取るあたり、本当に賢いのだと佑樹は評価している。


 ジェタたちを送り出しつつ、佑樹は撃沈した二〇隻あまりの乗員の救出を、ロボットたちに命じている。


 救助された乗組員は三番艦に収容されており、また死者は二番艦に収容されている。


 なるべく人死にが出ないよう、五〇ミリ機関砲の照準は船尾の喫水付近に集中させたのだが、それでも五〇名余の死者が出ている。


「ユウキ、お主は気にしすぎじゃ。

 一隻に五〇人乗っていたとして、千人のうちの一割前後。

 艦隊を撃滅した割には、相当に少ない人死にじゃ。」


“数じゃない”、そう言おうとして佑樹は口を噤む。


 サフィアが、自分のことを気遣っての発言だと知っているから。


「そうだな。

 後は、助けた奴らが敵に回ることのないようにしておかないと。」


「それは、私に任せてくれぬかな?」


「ん?

 いいけど、ほどほどにな。」


 サフィアはいい笑顔で、三番艦へと向かう。


 その後ろ姿を見つつ、ジェタたちがうまくやってくれることを願っている。



 ーーー



 ジェタは上陸用舟艇から降りると、同行するロボットが降ろした奇妙な乗り物の後部座席に乗り込む。


 後部座席は向かい合うように設置してされており、対面にはイグナシオ・ピントとその部下二名が座り、ジェタの隣にはフェルナンド・ドメイコが座っている。


 音も無く静かに走り出すと、イグナシオたちは大いに驚いている。


「馬が曳いているわけでもないのに、なぜ動く?」


 イグナシオが驚きのあまり、思わず口にしてしまう疑問。


「しかも、馬車より速く、それでいて揺れが少ない。」


 部下の一人が補足するように言う。


「いったい、どんな仕掛けなんでしょうなあ。」


 ドメイコは、自分の理解の範疇を遥かに超えた代物に、もはや他人事のような言葉しか出せない。


 あまりに隔絶した技術をみると、人間なんてそんなものなのかもしれない。


「太陽光発電による、電気自動車なんて言ってたわ。」


 ジェタがそう言うが、彼女とてそのことをどれほど理解しているかわからない。


 イグナシオは後続の自動車を見る。


 この自動車とは明らかに違う作りだ。


 荷台が広く取られており、どれほどの物資が運べるのか想像できない。


 もっとも、現在はカルロス・バジェーホとその取り巻きが簀巻きにされた上で乗せられているだけだが。


 だがその姿を晒されるのは、プライドだけは高いバジェーホには、相当な屈辱であろう。


 領主館に到着すると、衛兵たちが行手を遮ろうとする。


「ここをどこと心得ておる!

 この町の領主たるライムンド・カーニャ様の居館であるぞ!!」


 文字通りの上から目線での物言い。


 そこで出てきたのは、イグナシオだ。


 イグナシオは自動車から降りると、


「忠勤ご苦労。

 第一級禁制品である、阿片を所持している者を捕らえた。」


「これはイグナシオ殿。

 それならば、王国保安部隊に突き出せば良いではありせませんか。

 この領主館に来る理由にはならないと思いますが。」


 相手がこの町の艦隊指揮官イグナシオと知ると、衛兵の態度も変わる。


「通常の相手ならばそうしただろう。

 だが・・・」


 そこでイグナシオの部下が引き出してきたのはカルロス・バジェーホだった。


領主ライムンド・カーニャの側近となれば、話は変わる。」


「なっ!?」


 バジェーホの姿を見て、衛兵たちの顔色が変わる。


「これが、この男が隠し持っていたものの一部だ。」


 阿片の入った小袋を一つ渡す。


「す、すぐに、領主様にお伝えします!」


 衛兵の一人は走って報告に向かい、ジェタとイグナシオらは応接間へと通された。



 ーーー



「私の預かり知らぬことですな。」


「ほう。バジェーホが阿片を持っていたこと、それをあの船に持ち込んで罪をでっち上げようとしたことなど知らぬと、そういうことか?」


 あくまでもしらを切るライムンド・カーニャに対し、詰め寄るイグナシオ。


「その通りですな。

 そのバジェーホの言っていることの全て、私は一切関与しておりません。」


 断言するカーニャだが、


「なるほど。それならば、人魚族をさっさと解放していただきたい。

 それと、商人たちもだな。」


 ジェタが口を挟む。


「そ、それはできぬ!」


「ほう、なぜか理由を教えていただこうか。」


「き、禁制品を載せているからだ!」


「おや?バジェーホが言っていた、禁制品があの船に積まれているというのは、嘘なのであろう?

 先程、お主は自分の口でそう言っていたではないか。」


「そ、それは・・・」


「これは最後通告だ。

 即時、捕らえている人魚と商人たちを解放せよ。」


「それはできん!

 禁制品が・・・」


「ならばその禁制品が何か、言うてみよ!」


「っ!」


 なにも言えず、黙りこくるカーニャ。


「解放はせぬか。仕方ないな。」


 ジェタの言葉に、不穏なものを感じ取ると、


「な、なにをするつもりだ、この小娘!」


 思わずそう口にする。


「小娘、か。

 まさか人間如きにそんなことを言われるとは思いもしなかったけど、まあいいわ。

 いいわよね、イグナシオ。

 穏便にしたかったようだけど、肝心の愚物ライムンド・カーニャが認めない、解放しないんだから。」


「仕方、ありませんな。」


 イグナシオは疲れたような声を出して、ジェタの行動を認める。


 次の瞬間、キュルル〜という、語尾の長い音が聞こえて来る。


 そして、雷でも落ちたのかと思うような耳をつんざく轟音と、館を揺るがすような振動が遅れてやって来る。


「な、なんだ、なにがあった?!」


 カーニャの慌てふためく姿を横目に、ジェタは平然としている。


「これが、あの船にあった鉄の筒から発射された物の威力・・・」


 イグナシオは呆然として呟く。


 だが、それを耳にしたカーニャは、


「な、こ、小娘!!

 わかっているのか!

 ここには人魚や商人たちが捕らえられているのだぞ!

 私の胸一つで・・・」


 そう脅すが、


「いつの話をしているのかしら。

 彼らなら、とっくに救助されてる。」


 ジェタはそう言って、窓の外に視線を動かす。


 そこには、多数のロボットに連れられた商人たちと、ロボットに抱えられた人魚がいる。


「ば、馬鹿な!!

 な、なんで、外に出ている?!」


 唖然として窓外を見るカーニャ。


「馬鹿な領主がここにいる間に、魔法人形ゴーレムたちが助けただけ。

 簡単なことでしょ。」


 カーニャはその言葉にワナワナと身体を震わす。


 そしてあることに気づくと、大声で衛兵を呼ぶ。


 轟音と振動にも逃げなかった衛兵たちが、応接間に殺到する。


此奴こやつらを捕らえよ!」


 そう、ここにはジェタとかいう小娘と、イグナシオとその側近の四人しかいない。

 それに対して、この館に衛兵たちは一〇〇人以上は詰めている。


 この四人を捕らえるなど、造作もないことだ。


「あーあ。最悪の選択をしたね。」


 ジェタは全く動じた様子を見せない。


 衛兵たちがジェタたちを捕らえようと押し寄せるが、その前に立ちはだかったものがある。


 光学迷彩を解いた二体のロボットだ。


「叩きのめしてやりなさい。なるべく殺さないように。」


 殺さないようにと、一応の注意を入れる。


「ワカリマシタ、ジェタ様。」


 二体のロボットは、押し寄せる衛兵たちを難なく叩きのめしていく。


「馬鹿な・・・」


 圧倒的な力の前に、ライムンド・カーニャが呆然と立ち尽くす。


 そして、イグナシオとその側近二人が、ライムンド・カーニャ捕縛に動き出す。


「観念しろ、カーニャ!!」


 その言葉に我にかえるが、もう遅い。


 三人の屈強な男たちによって、捕縛される。


「お前の裁きは、国王陛下によってなされるであろう!」


 イグナシオの宣言。


 これで終わるかと思いきや、今度はライムンド・カーニャの身柄を巡る争奪戦が始まる。


 忠実な領兵たちが、その職責を全うしようとしたのだ。


 だが、それもすぐに終わりを告げる。


 突如として館の周囲が暗くなり、そのことに気付いた領兵の一人が空を見上げる。


「な、なんだ、ありゃ?」


 その言葉に釣られるように、空を見上げていく領兵たち。


「空に浮かぶ、島?」


 下から見たら、まさに島に見えただろう。


「アルファリア、狙ってたわね。」


 一番効果的なタイミングを狙っていたであろう、駄天使の名前を口にする。


「だけど、これだけで終わりってことはないよね、アルファリアだから。」


 何をやらかすかわからない、そう思っていたら、再び館に轟音が響き渡る。


 そして、ライムンド・カーニャの居たはずの領主館が崩れ落ちていく。


 どうやらアルファリアは、雷を発生させて落としたようである。


 こうして領主館は、完全に破砕された。

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