第10話

 夜明け。


 二番艦、三番艦を離れたところに停泊させ、領主ライムンド・カーニャの動きを待つ。


 動きを待ちつつ、リキマル配下のロボットたちによる港町の探索マッピングと、捜索結果をモニターで確認する。


「なにかわかったの?」


 無邪気なジェタの質問に、


「この町の道路図から地形までね。」


 そう答え、プリントアウトしたものを手渡す。


「なにこれ!?

 こんなに細かくわかるものなの!?」


 ペリアが、事細かく書かれた地図を見て驚く。


「こんなものを作られたら、守る側は大変じゃな。」


 サフィアが感心したように言うが、


「まだ未完成なんだよ、その地図。

 なにせ、地下水路がまだ調査中だから。」


「なるほど。やるからには徹底するということじゃな。」


 半ば呆れてサフィアが言う。


「そりゃそうだ。

 そこまでやらないと、今後にも問題が出て来るかもしれないからな。」


“今後”という言葉に引っかかりを覚え、問い質そうとするが警報音アラームが鳴り響く。


「敵さんが来たみたいだな。」


 外部の様子をモニターに映し出す。


 それなりの大きさの帆船が二〇隻あまり、この船を取り囲もうと大きく広がって進んでいる。


「この港町の、全海軍戦力かな?」


 そう呟く佑樹。


「思ったより小さいな。」


 日本の帆船「日本丸」や「海王丸」には到底及ばない。


 テレビで観た、復元されたマゼラン艦隊で唯一残ったビクトリア号より、ひとまわりは小さいように見える。


「あの帆船で外洋航海するのか。

 とんでもない勇気の持ち主だな、この世界の船乗りってのは。」


 しかも、この世界の海には怪物も潜んでいるのだから、大航海時代の船乗りよりも命知らずなのだろう。


 ビクトリア号が約八十五トン。

 それよりひとまわり小さいなら七〇トン前後だろうか。


「うーん、なんか玩具みたいに見えるな。」


 いま乗船している船が二〇〇〇トンクラス。


 単純な比較だが、三〇分の一となれば玩具に見えるのも無理ないことかもしれない。


 そのうちの一隻から、短艇カッターボートが降ろされるのがモニター越しに確認できる。


 こちらへの接触を図るつもりなのだろうが、その接触の目的次第で行動は決まる。


「それにしても、短艇カッターボートはあちらでは十八世紀あたりから出てきたはず。

 こっちの文明・文化レベルは俺が思っているより高いのかもしれないな。」


 そう呟く。


 そんなことを考えている間に、短艇カッターボートは船に近づいてくる。


「ドメイコを呼んでくれ。」


 ロボットの一体が、その言葉に反応してドメイコを連れてくる。


 佑樹はドメイコにモニターを指し示すと、


「知っている顔はあるか?」


 そう確認する。


 フェルナンド・ドメイコは不思議そうにモニターを見ると、


「真ん中で偉そうに踏ん反り返っているのが、領主の側近のカルロス・バジェーホです。

 多分、こいつが使者なんでしょうな。」


 ドメイコの言葉に、


「どんな奴なんだ?」


 そう問いかける。


「見た目通りの、こすっからい小物ですよ。

 本人は大物ぶってますが、領主の権威が無けりゃなにもできない小悪党です。」


 ドメイコの返答に、時代劇によく出てくる悪代官の取り巻きを連想する。


「虎の威を借る狐ってヤツだな。」


「いい言葉を知ってますね、旦那。」


 自分に対して敵意がないことを理解して、ドメイコの口調は砕けたものになっている。


「それと、そのカルロスの野郎の後ろに立っているのが、イグナシオ・ピント。

 この町の海軍提督です。」


「ん?この町の領主は独自に海軍を持っているのか?」


 海軍というのはその維持に金がかかる。

 かのアレクサンダー大王も、資金が足りずに海軍を解散したこともあるほどだ。


 それを、ひとつの港町で賄えるとは思えないのだが。


「いや、海軍は王国の管轄でさあ。

 有事の際には、一時的に指揮権が貸与されるってわけさ。」


「なるほど。」


 すると、この港町の海運の交易による税収の、いくらかは海軍に流れることになっているのだろう。


 そういう利権の縄張り争いも、この人選には透けて見える。


「ドメイコ、君には彼らとの対談に同席してもらいたいのだが、よいだろうか?」


 問われたドメイコは一瞬だけ返答に詰まったようだが、


「わ、わかりました。同席させて頂きましょう。」


 腹を括ったように返答した。



 ーーー



「近くになると、よりその巨大さに驚かされるな。」


 イグナシオ・ピントは、海軍提督らしい感想を漏らす。


 自分の乗る船の全長が三〇メートル足らず。


 だが眼前の船はその三倍はある。


 そしてなによりも、見たことのない形状であることに、いっそうの興味を惹かれる。


「ふん。そんなことどうでもいいわい。」


 カルロス・バジェーホは興味無さそうに吐き捨てる。


 カルロス・バジェーホ、彼はたいして有能な人物ではない。

 それがなぜ、領主の側近にまで成り上がることができたのか?


 それは簡単な話で、かれの唯一といっていい類稀な能力、上司の意に徹底的に寄り添うことで成り上がったのだ。


 だから現在も、いかに領主が望むようにこの船を接収するかを考えていた。


 船上に人影らしきものを見つけ、カルロスは声を張り上げる。


「私たちはこの町の領主、ライムンド・カーニャ様よりこの船の臨検をするように命ぜられてきた。

 応じれば良し。

 応じぬ場合は・・・」


「応じぬ場合はどうなるというのだ?」


 スピーカーを通しての声は、彼らの予想以上に大きく響く。


 だが、それ以上に驚愕させたのは聞いたこともない破裂音が連続して響き渡ったことだ。


 そして、その破裂音がもたらした結果は、彼らが想像すらし得なかったものだった。


 この船を包囲しようとしていた全ての船が破壊され、海の藻屑と成り果てようとしていたのだから。


 突然の出来事に、海に放り出された海兵たち。


 当然、彼らは泳ぐことができるが、だからといって想定外の出来事に恐慌をきたしており、泳ぐための手足の動かし方を忘れたようにジタバタしている。


「ば、馬鹿な・・・。

 この船は、いったい・・・?」


 神の船かそれとも悪魔の船か?

 イグナシオは呻くように言う。


 カルロスはただただ、呆然と現出された光景を見ている。


 一方的な蹂躙。


 あまりにも隔絶した戦闘力に、短艇カッターボートに乗っている者たちは言葉もない。


 そこに、突如として短艇カッターボートが大きく揺れる。


「く、鯨でも出てきたのか?!」


 港湾部に鯨が入ってくるなど、滅多にあることではない。

 だが、その滅多にないことを考えねばならないほど、彼らの判断力は低下していた。


「うわあっ!!」


 短艇カッターボートの乗員の一人が、情けない叫び声をあげながら転落しかけ、それをイグナシオが腕を掴んで転落をなんとか免れる。


 だが、その乗員が転落しかけて見た物。


魔法人形ゴーレム!!」


「なに?!」


「提督、下に魔法人形ゴーレムが!!

 魔法人形ゴーレムが、短艇カッターボートを持ち上げています!!」


「なんだと!?」


 大きく揺れて不安定な短艇カッターボートのへりに捕まり、下を覗き込む。


 そこにはたしかに二体の魔法人形ゴーレムがおり、短艇カッターボートを持ち上げ上昇している。


「馬鹿な!魔法人形ゴーレムが飛ぶだと!?」


 イグナシオは驚愕する。


 この船の持ち主は、いったい何者なのか?


 その答えは程なく出る。


 魔法人形ゴーレムたちは甲板に到達すると、短艇カッターボートを置く。


 甲板に置かれた短艇カッターボートから、周囲を見渡す。


 すると、大きな鉄の筒のようなものの近くに、テーブルを囲んでいる者たちがいる。


 カルロス・バジェーホとイグナシオ・ピントは、魔法人形ゴーレムに促されるようにその者たちの場まで歩き始めた。



 ーーー



「さて、言い訳を聞こうか。」


 佑樹は冷ややかな目で、カルロス・バジェーホらを一瞥すると、その視線同様の冷ややかな口調で言葉を投げかける。


「い、言い訳などとは心外ですな。」


 カルロス・バジェーホが抗弁しようとするが、


「ああ、お前がこの船を臨検するなどとほざいた愚物か。

 臨検という言葉が意味することくらい、理解しているのだろうな?」


 こちらが重大な犯罪行為を行なっていない限り、相手に臨検を行う権利などない。


 それにもかかわらず臨検しようとするなど、明確な敵対行為でしかない。


「そ、それは、この船が禁制品を積んでいると、そういう情報が・・・」


「その禁制品とはなんだ?」


 佑樹はカルロスに最後まで言わせない。


「い、いや、ですからそれを確認するために・・・」


「次は無い。

 その禁制品とはなんだ?」


 佑樹の言葉に強い圧迫感を感じ取り、カルロスは思うように舌を動かせない。


「ふん。お前の懐にあるのが、その禁制品ではないのか?」


 これは完全な“鎌かけ“である。


 だが、カルロス・バジェーホには効果的面だったようである。


「ま、まさかそんなことを、す、するわけが・・・」


「捕えろ!」


 佑樹は背後に控えるロボットに命じる。


「な、なにをする!」


 慌て、抵抗することカルロスだが、ロボットの力に抗することなどできず、あっという間に捕縛される。


 そして、その上着の中より幾つかの袋がこぼれ落ちる。


 イグナシオはその一つを拾い上げると、それを破って開けようとする。


「な、ならんぞ!それを開けては!!」


 カルロスがそう叫ぶが、それこそ“それは禁制品です“も言っているようなものだ。


 当然のようにイグナシオは袋を破り、中身を確認する。


「白い粉?」


 佑樹の方も、それをひとつ手にとり一体のロボット渡す。

 受け取ったロボットは袋を開けると、すぐに解析を始める。


「解析完了致シマシタ。」


「それでなんだった?」


「高純度ノ阿片アヘンデス。」


「ほう、阿片か。

 イグナシオ・ピントと言ったな?

 この国での阿片の取り扱いはどうなっている?」


 この時、イグナシオは非常に難しい顔をしていたが、


「文字通りの、禁制品です。

 製造や使用はもちろん、所持しているだけで罰せられる第一級禁制品が、阿片です。」


 呻くように言葉を絞り出している。


「阿片をこの船から見つかったかのように装い、この船を奪おうとしたわけか。」


 佑樹は呟き、イグナシオは憮然としている。


 イグナシオの表情から読み取れるのは、禁制品が運び込まれた可能性を示唆して海軍を巻き込んだのだろうということ。


「ところでイグナシオ殿。

 今回のこと、この国はどう落とし前をつけられるおつもりで?」


 佑樹は交渉相手をイグナシオに定める。


 たとえ騙されてのこととはいえ、海軍が動いたのは国の意思とみなされても仕方ないことなのだ。


 それだけにイグナシオは、その発言に慎重にならざるを得ない。


「こちらから要求したいことはいくらでもあるが、まずは捕らえられた人魚族の解放が最優先だ。

 奪還作戦を発動させるが、邪魔をしないでいただこうか。」


「・・・わかった。」


 相手が国であるかどうかはわからない。だが、自国で他者による軍事行動を黙認せざるを得ないのは、軍人としては屈辱以外の何者でもないだろう。


 佑樹はイグナシオの心情を理解しつつも、あえて無視して行動を開始する。

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