第9話

 キヨマサ隊一〇〇〇体と工兵ロボット五〇〇体に島の開発と築城を任せて、佑樹は別の問題に取り組むべく本丸の管制室に籠もっていた。


「通常の建設資材なら、島にある物で賄えるだろうな。

 問題は・・・」


 呟きつつモニターと睨めっこをしている。


「現在この城にある資材で打ち上げられるロケットは、四機か。」


 資源探査衛星を最優先するべきだろうか?


 ロケット打ち上げ施設の建設も必要になるし、港湾設備も作らなければならないのだから、資材はいくらでも欲しい。


「問題ばかり増えるなあ。」


 そう愚痴るが、それでも食料などの心配が無いことだけでも恵まれているだろう。


「必要なのは鉄をはじめとする金属、あとレアメタルやレアアースもいるな。

 石油は最悪、藻類から抽出するかな。」


 オーランチオキトリウムなど、一部の藻類は石油と同等の成分を持つ物を生み出すことが出来る。


 それを使えば燃料はなんとかなるかもしれない。


 そんなことを考えていたら、


「オ館サマ、石油プラントハ稼働シテイマス。」


 とリキマル。


「・・・・、そう、みたいだね・・・。」


 リキマルがモニターに表示させた建物は、三ノ丸にある建物だった。


「なんて顔してんのよ。

 難しい顔なんて似合わないんだから。」


 アルファが佑樹の前にコーヒーを置きながら、そう毒づく。


 彼女アルファなりの気遣いなのだろうと、佑樹はアルファの言葉を受け止める。


「そうは言ってもなあ。やることが多くてな。」


「そうだよねえ。

 サフィアたちのお相手もしないといけないもんね、夜の。」


 その言葉に、盛大に咽せる佑樹。


“なぜ知ってる!”


 そう言おうとして、実はこの城のシステムを一番理解しているのはサポート役であるアルファじゃないかと、そう思い直す。


 それならば自分の私的・・な行為も、知っていてもおかしくはない。


 不快ではあるが。


 そこへ、


「オ館サマ、人魚族カラ通信ガ入ッテイマス。」


 リキマルからの報告。


「人魚族から報告?」


「ハイ。」


「要件はわかるか?」


「人魚族ノ者ガ、人間二捕ラエラレタトノコトデス。」


「!!」


 これは盟約の発動をする案件だろう。

 だがその前に、


「詳しいことを聞きたい。

 通信を繋いでくれ。」


 通信を繋ぐと、興奮した人魚族の声が聞こえてくる。


 それを宥めながら詳細を聞き出すと、佑樹は人魚族が捕らえられたという人間の街へと進路をとった。



 ーーー



「ユウキ様はまだ来ないのか?」


 人魚族のナスリは、なかば焦りにとりつかれながら、何度目かの言葉を吐き出している。


 彼らはユウキから与えられた船を使い、交易のために人間たちの港町ハドルへやってきた。


 見慣れぬ巨大な船に、港町の人間は驚き慌てる。


 二〇〇〇トンクラスの船が入港できるわけもなく、沖合に停泊して上陸用舟艇を使って交易品を運んでいた。


 人魚族が持ってくる交易品、それは当然ながら魚介類とその加工品がほとんど。


 そして時々見つかる真珠。


 それが人魚族や鳥人族が持ってくる交易品の全てだった。

 これまでは。


 だがこの日は違った。


 佑樹からもたらされた数々の食器の一部を、この日は交易品の一つとして持ってきていたのだ。


 規格が統一された、陶製食器の数々も人間たちの目を引いたが、それ以上に目を引いたのは見たこともない透明度を持つガラス製品。


「なんだ、この透明度は!?

 向こうが完全に透けて見えるぞ!!」


「それだけじゃない!

 形が全く変わらん!

 どれだけの技術でこれを作ったんだ!?」


「とんでもない技術を持った職人がいるのだな。」


 口々に称賛と驚愕の言葉が飛び交う。


 ここまでは良かったのだ。


 問題は人魚族が持ち込んだ陶製食器やガラス製品の話が、この港町の領主の耳に入ってしまったことだった。


 いつもならば、領主の耳に届く前に終わらせていた取引が、特にガラス製品の取引がなかなか進まず、時間がかかってしまったのだ。


「凄すぎて値段がつけられない。」


 それが人間の商人の言葉だった。


「どれだけの高値がつくことやら。」


 商人たちはそう言って、値付けに頭を悩ませており、


「必ず高値で買うから少し時間が欲しい。」


 と言われたのだ。


 そこで人魚族は船に戻って一夜を明かし、その間に商人たちはこの町で一番金を出せそうな人物のもとに話を持って行った。


 その人物こそが、この町の領主だったのだ。


 領主ライムンド・カーニャは、商人が見本サンプルとして人魚族から預かったというガラスの器を見せられ、大きな衝撃を受けると同時にそれによって得られる利益を計算する。


「これだけの透明度を持ったガラス製品、王家に献上したらさぞかし喜ばれることであろうな。」


 これを独占できれば、莫大な利益を生み出し得るだろう。


 それに、沖合に停泊しているあの巨大な船も気になる。

 帆もないのに動く巨大な船。


 あれも手に入れることができれば、それこそ莫大な富を得られるに違いない。


 そう考えると、あのような船を人魚族なんぞが持っていることがおかしい、そう思える。

 いや、思えるのではない。そう確信したのだ。


 ならば、人魚族たちからあの船を取り上げるのも、当然の権利ではないか!


 ライムンド・カーニャは、


「明日、人魚族と直接交渉したいが、どうだろうか?」


 そう商人たちに提案する。


 商人たちにしてみれば、中間マージンは惜しいが、それを捨てることで領主とより強い結びつきを得られ、将来の利益に繋がるならと了承した。


 それが当日、商人たちはライムンド・カーニャの物々しい様子に驚愕する。


 完全武装した領兵二〇〇人を引き連れ、交渉の場に訪れたのだ。


 さすがに商人たちは領主の狙いを読み取ったが、それは彼ら商人にとって容認しかねるものだった。


 彼らとしては、今回は利鞘を含めて全てを譲るが、だからといって領主による寡占を認めたものではない。


 ガラス製品をはじめとした交易品は、今後の自分たちに大きな利益を与えてくれるものなのだから。


 だから商人たちはライムンド・カーニャに抗議する。


「商売の、交渉の場にこのような物々しい装いで現れるのは、マナー違反です。

 すぐに兵を帰してください!」


 最低でも圧迫、最悪なら脅迫強要。


 商談はご破算になるのが目に見えている。


 それこそ、金の卵を生む鶏を殺すようなものだ。


 だが、ライムンド・カーニャは動じない。

 それどころか、


「私の邪魔をするというのか!

 全員、ひっ捕らえよ!!」


 そう兵たちに命じ、商人たちを排除しようとしたのだ。


 この騒ぎがなければ、人魚族は全員捕らえられていたかもしれない。


 だが、抵抗し兵から逃げてきた商人の一人が、


「お前たちも逃げろ!

 領主が、お前たちを捕らえようとしているぞ!!」


 そう叫ぶ。


 その言葉に驚き、人魚族は慌てて逃げようとしたのだが、いくら海辺の町とはいえ陸に上がっていてはその動きは鈍い。


 逃げ遅れてしまった一人が、領兵に捕らえられてしまったのだ。


「ユウキ様が来られました!!」


 待望のその言葉を聞き、ナスリは大きく安堵の息を吐く。


「待たせて申し訳ない。」


 それが佑樹の最初の言葉だった。


 そして、


「現場にいた商人を保護していると聞いた。

 その商人と話がしたい。」


「そ、それはかまいませんが、ですが・・・」


 仲間を助けてくれないのか、そう続けようとして口をつぐむ。


 佑樹もナスリがそう言いたいことを理解しており、


「領主の住んでいる所の情報を聞きたいからね。」


 そうあえて口にする。


 ナスリもその言葉を聞いて、ユウキがこの町のことを知らないだけでなく、自分たちも領主の住んでいる所を知らないことを思い出す。


 気が急くあまり、自分たちが港周辺しか来たことがないことを失念していたのだ。


「すぐに連れて来させます。」


 ナスリはそう言うと、船に乗り後ではいたが上陸しなかった鳥人族のパルムに視線を移す。


「わかった。すぐに連れてくる。」


 パルムは翼を大きく動かして、文字通りにひとっ飛びしたのだった。



 ーーー



 港町キリプエの商人、フェルナンド・ドメイコは鳥人族によって引き出された先にいる人影を見て、少しだけほっとしている。


 それは、普通の人間のように見えたから。


 だが、その思いはすぐに打ち砕かれることになる。


 中央に立っているのは普通の人間に見えるので、それは良しとしよう。


 だが、その後ろに立っている三人の長身の女性たち。


「な、なんだ?あの威圧感のあり過ぎる女たちは?」


 そして、さらにその後ろに立っている人影に見えたものの正体に気づいた時、膝から崩れ落ちそうになる。


「な・・・、魔法人形ゴーレム!?」


 そこにいたのはリキマル以下、二〇体の魔法人形ゴーレム


 これだけの数の魔法人形ゴーレムが、一つ所に集まっていることなど戦争以外に見たことがない。


 戦争が起こるのだろうかと、そんな思いが背中に冷たいものが流れるのを自覚させる。


「私の名はユウキ。貴方の名前は?」


 中央に立っている人間が、穏やかな声で問いかける。


 なぜだろうか?


 とても心地よく聞こえる。


「フェルナンド・ドメイコ。」


 そのせいだろうか?

 すんなりと答えてしまう。


「あの港町でなにが起きたのか、知っている限りのことを教えてくれないか?」


 ドメイコはユウキと名乗る人物に問われるまま、返答を返していく。


 その様子を見て、ユウキの後ろにいる長身の美女が面白そうに見ていたが、そんなことはドメイコには関係のないことだった。



 ーーー



 聞き取りが終わったユウキは、城に残っているアルファに幾つかの指示を出して、サフィアたちと人魚族、鳥人族と向き合う。


「あのドメイコという商人の話を聞く限り、捕らえられた人魚ものが危害を加えられることは少ないだろう。

 なんらかの行動を起こすとしたら、明日だろうな。」


 領主にしてみれば予想外だったであろう、商人たちの抵抗により余計な時間を取られ、即座に行動が取れなかったのだろう。


 それはユウキたちにとって、助かったことではあるが。


「領主の要求はこの船の積荷、ドメイコの話を前提にするならガラス製品だろうな。」


「それだけかな?」


 サフィアが口を挟む。


「そうだな。この船そのものも要求してくるだろうな。」


 二〇〇〇トン級の船。


 佑樹の認識ではさほど大きな船というわけではないが、この世界ではかなりの大型船となるだろう。


 そして、それだけ大きな船ならば積荷も多くできるし、それによる利益も相当なものになる。


「身の程知らずにはそれ相応の鉄槌を下すとして、捕らえられた人魚と商人たちを助けないとな。」


「商人たちもか?」


「彼らが抵抗してくれたから、多くの人魚族は逃げられた。

 その借りは返さないとね。

 それに、彼らとは良い関係を作っておきたい。」


「今後のためか?」


「そう。今後のためだ。」


 そう答えると、佑樹はこれからの作戦をみんなに伝える。


 それを聞き終えると、


「すぐに行動するんだね。」


 ペリアが感想を口にする。


「そのあたりは、リキマルの部下にやってもらう。」


 佑樹はリキマルの肩を軽く叩く。


「オ任セクダサイ、オ館サマ。」


 リキマルは一礼すると、同行させている部下のロボットに色々と命じている。


「夜明け前には、与えていた残りの二隻も合流する。

 むこうがどういう接触をしてくるかにもよるが、基本は叩き潰す方向で考えている。」


 あくまでも、敵対行動を取ってくることが前提であることを強調する。


 人魚を捕らえたことは、佑樹からしてみれば敵対行動なのだから、当たり前の前提である。


「我らにも、なにかできることはないのか?」


 サフィアとしては、自分たちドラゴン族の力を示しておきたいという気持ちがある。

 ユウキの役に立つことを示すことで、立場を確立しておきたいのだ。


「出来ること、かあ。」


 佑樹は考える。


 佑樹としては、あまりドラゴンの力は借りたくはないのだ。

 これは侮っているのではなく、その力を理解しているからである。


 あの城の力の前には、ドラゴンの力は無力だった。

 だが、この世界の住人としては最強クラスの力の持ち主であることは間違いない。


 それをいきなり使うことは、なるべくなら波風を立てたくない自分の考えに反してしまう。


 ドラゴンすら従える存在となってしまうと、それこそ神と同一視されてしまいうかねない。


 とはいえ、なにもさせないのも問題があるかもしれない。


「使者くらいかな、やってもらうことがあるとしたら。」


「使者とな?」


「正確には、領主を逃がさないというのが役割だね。

 それと、ロボットも二体連れて行ってくれるとありがたい。」


「領主を逃がさないというのは理解できるけど、なんで魔法人形ゴーレムを?」


 ペリアが疑問を口にするが、その答えを出したのはジェタだった。


「偽装するんだね?

 魔法人形ゴーレム竜族わたしたちが操っていると。」


「そういうこと。

 そのためには、あくまでも人型でいてもらわないと困る。」


 あまりに過剰な戦力を、佑樹個人だけが所有していると取らせないためだ。


 場合によっては、彼女たちにロボットを率いてもらう時もあるかもしれないのだから。


「ということで、使者にはジェタに行ってもらおう。」


「その理由は?」


「サフィアは俺のそばにいて、助言をしてほしい。

 ペリアは、いざという時の予備戦力として手元に置いておきたい。」


「それで、ジェタになったと?」


「無論、そんな消去法でジェタにしたわけじゃない。

 ジェタは賢いからね。

 領主を逃がさないって聞いて、やることを理解してくれているようだからね。」


 佑樹の言葉に、ジェタは笑顔を見せる。


「なるほど、良くわかった。

 ならば、明日に備えて休むとするかの。」


 サフィアの言葉が、解散の合図となる。



 ーーー



 佑樹とサフィアは、一緒に艦橋ブリッジにいる。


「使者ならば、私でもよかったのではないかな?」


 なぜ自分を残したのか、その真意を聞かせろと言外に言っている。


「俺にとって、初めての戦いになるからね。」


「初めて、とな?」


 ヴォラスたちと戦っているではないか、そう言いかけて止める。


「人が死ぬことになる、初めての戦いなんだよ。」


 ヴォラスたちの場合、ドラゴンの耐久力もあって死なせるようなことはなかった。


 だが、今度は違う。


 確実に人死にが出る。


「人が死ぬのを目の当たりにして、判断が甘くならないために、サフィアにいて欲しかったんだよ。」


 サフィアは優しく佑樹を抱きしめる。


「そういうことじゃったか。」


「遅かれ早かれ、そういう時は来るとは思っていたけど、実際にその時がくるとね。」


「私がそばにいることで心の荷が軽くなるのなら、いくらでもそばにいてやるぞ。

 その時は、いくらでも私に甘えるが良い。」


「ああ、そうさせてもらうよ。」


 神気を持つとはいえ、元来がただの人間なのだから仕方のないことかもしれない。


 ただ今は、サフィアとしては弱さを見せてくれる佑樹を、優しく抱きしめている。

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