第5話

 滞在して三日。


 サフィアたちドラゴン族たちは戸惑うことばかりだった。


 まずこの城の設備。


 自分たちの常識では考えられない、非常識なものばかり。


 プール?


 なぜ水遊びをするための施設が?


 トイレ?


 人間のいうかわやって、こんな設備だったかしら?


 シャワー?


 なぜ温水がこんなに出てくる?

 どんな魔法を使っているの?


 出てくる料理もあり得ないくらい美味しい。


 しかもそれを作っているのが魔法人形ゴーレムってなに?


 あてがわれた部屋の窓から外を眺めながら、この城の非常識さを考えると頭が痛くなってくる。


「どう竜王ドラゴン・ロードに報告しろっていうのよ!」


 本人は呟きのつもりだったが、それはあまりに大きすぎた。


「たしかにこんな非常識な城、言葉で報告しても信じてもらえませんね。」


 ルヴィリアが呟きに反応して、そう言葉を返す。


「それだけじゃないよね。

 捕虜になってるはずなのに、みんな自由に動き回ってる。

 あり得ないよ、こんなの。」


 白竜ペリアも話に加わる。


 ペリアの言うように、捕虜となったはずのドラゴンたちは、それぞれに自由に活動をしている。


 魔法人形ゴーレムを相手に戦闘訓練をしている者。


 魔法人形ゴーレムとともに野良仕事に精を出す者。


 中には、あのユウキという人間に仕える者までいる始末。


 なにせ、滞在中の自分たちの世話をしているのは、降伏したドラゴンの女性たちなのだ。


 まさかと思い、その女性たちに確認したのだが、さすがに体の関係を持った者はいないらしい。


「それにしても、帰りたいと言う者がいないとは。」


 そう愚痴を零すサフィア。


 正確には帰ってもいいのだが、家族を連れてこの城に移住したいと言い出しているのだ。


「仕方ないよ。ジェタだって帰りたくなさそうにしてるし。」


 この場にいない黒竜の名をあげて、ペリアは指摘する。


「これだけ楽しいことがたくさんあるんだから、仕方ないのかもね。」


 そう、黒竜ジェタはその見た目の年齢通りというか、非常に好奇心の強い少女だった。


 そのせいか、この城での生活にいち早く馴染んでおり、他のドラゴンたちと一緒になって色々なことにチャレンジしている。


 それがとても楽しいらしく、帰らないと言い出しているのだ。


「本当に、なんて報告したらいいのかしらね・・・。」


 サフィアは何度目かの愚痴を零し、気分転換をしようと歩き出す。


「大浴場なるところに行ってくる。」


 その言葉に、


「姉上もお好きですね、大浴場が。

 たしかにとても気持ちの良いところですが。」


「気分転換にはもってこいの場所であろう?」


「否定はしません。」


 ルヴィリアの言葉に笑顔を向け、サフィアは気分転換を図るために大浴場へと向かった。



 ーーー



 佑樹は本丸で色々とテストをしている。


「まだ、機能を使いこなせていないな。」


 使いこなせていないどころか、どんな機能があるか手探りな状態だ。


 生活に必要な機能と、防衛機能くらいしかまだ理解できていない。


 ロボットにしても、戦闘用の者たち以外はまだまだ把握できていない。


 いや、戦闘用の者たちでも、影にあたる存在の把握がまだできてはいないのだ。


「忍者ロボットって、どこまで俺のいた世界観を持ってきてるんだよ。」


 そう愚痴を零すが、それで解決するわけではない。


 資料に目を通し、そして確認していく。


「地道にやるしかないか。」


 本人に自覚は無いが、実はこの言葉も今日だけで五回は呟いている。


「何回同じことを言ってんのよ。」


 アルファが咎めるが、


「俺のサポート役といいながら、なにも把握してないアルファに言われたくないなあ。」


 そう返されて、アルファはぐうの音も出ない。


「それよりアルファ。

 ずっと俺の傍にいるけど、ドラゴンの使者たちの相手はしてるのか?」


 アルファにはそっちを頼んでいたのだが、やっているようにはあまり見えない。


「ちゃ、ちゃんと世話役は着けたし、何かあれば報告が来るわよ。

 その時が、私の本当の出番よ。」


「ふーん。その時が来ればいいけどな。」


 アルファにそう返すと、椅子から立ち上がる。


「どうしたの?」


「気分転換に、風呂に入ってくる。」


「お風呂?」


「外の大浴場。

 陽も落ちたからな。星が綺麗に見えるだろうし。」


「ふーん。まあ、いってらっしゃい。」


 アルファは漫画を読みながら手を振り、佑樹は大浴場へと向かった。



 ーーー



 露天風呂から見上げる夜空は、とても透明度が高く瞬きすらない。


「大気汚染も無いし、かなりの上空から見てるから、ここまではっきりと見ることができるんだろうな。」


 そんな感想がでるが、見知った星々が無いのは一抹の寂しさを感じさせる。


 もっとも、そんな感傷はわずかな間のことでしかなく、浴場に浮かべたトレイの上に用意した徳利とっくりからお猪口ちょこに酒を注いで、くわっとひと息に飲み干して悦に入っている。


「露天の大浴場で、こんなことができるなんて贅沢なもんだなあ。」


 大きく深呼吸をして、感嘆の声を出す。


 そして再び夜空を見上げる。


「あら?先客がいらしたのね。」


 不意にサフィアの声がして、そちらを振り返る。


「!?」


 サフィアはその素晴らしい裸体を隠すこともなく、堂々と晒している。


「・・・」


「どうされました?

 女の裸を見たのは初めて、というわけでもありますまいに。」


「・・・」


「もしかして初めてであられたか?」


「あ、ああ、初めてだな、ここまで美しいのは・・・」


「そこまで褒めていただけると、嬉しいものです。」


 サフィアはそう言うと、佑樹が飲んでいるものに興味を示し、


「お一人で何かを飲まれているようですが、私も御相伴させてはいただけませんか?」


 佑樹の隣に座る。


「すぐにもう一つ持って来させます。」


 慌てる佑樹を尻目に、サフィアは佑樹の前のトレイのお猪口ちょこを取ると、佑樹に差し出す。


 佑樹は諦めてそこに酒を注ぐ。


 それをくいっと飲むサフィア。


 辛口の日本酒だが、彼女の口に合ったのだろうか?


「これはスッキリとしていて、飲み易いですね。」


 合ったようだ。


 そしてお猪口ちょこを佑樹に差し出し、佑樹は返盃を受ける。


 ここで佑樹は気づく。

 間接キスということに。


 飲むのを躊躇うというより、本来の年齢では感じることのなかっただろうドキドキ感に戸惑う。


「どうかなされましたか?」


「いや、若い頃を思い出してしまいまして。」


「若い頃を?」


「ええ。」


 サフィアはそこから先を聞きたいと思ったが、佑樹の方には話す気はないようだ。


 返盃をくいっと飲み干し、サフィアへと戻す。


 それを数回繰り返すと、


「ユウキ殿。貴方に尋ねたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「私で答えられることなら。」


 佑樹の言葉は、彼なりの誠意というものなのだろうことを、この短い時間のやりとりで感じ取っている。


「本来なら、この城のことから大量の魔法人形ゴーレムのこと、様々なことを尋ねたいと思っていたのですが・・・」


「・・・」


「それ以上に知りたいことが一つ。

 貴方は何者なのですか?」


「何者といわれても・・・」


「ただの人間だなどという戯言ざれごとはやめてください。」


 先回りして釘を刺される。


「たしかに見た目はただの人間。

 ですが、貴方に自覚は無いようですが神気が感じられる。

 それに、あの天使の存在。

 ただの人間に、天使が傍に付くなどあり得ない。」


 サフィアはピシャリと言う。


 その物言いに押されながら、佑樹は考える。


 そして、


「荒唐無稽な話、だと感じるようなことだけど、聞く気はあるかな?」


 そう口にする。


「荒唐無稽かどうかを判断するのは、貴方ではなく私です。

 ですから、どうぞお話ください。」


 荒唐無稽かどうかを判断するのは自分だ、その言葉に佑樹は笑みを零す。


「じゃあ、遠慮なく話させてもらう。

 まず、私はこの世界の人間じゃない。

 この世界とは違う発展をした世界、その世界で私は死んだ。

 神の手違いでね。」


 佑樹の話に、サフィアは頷いたり、時には首を傾げたりするが、口を挟むことなく最後まで聞いている。


 そして聞き終えてから、


「ユウキ殿。貴方は何か役割を与えられたのではないのか?」


 そう質問する。


「私も、そう思ってはいるんだ。

 そうでなければ、こんな城を与えられるわけがないからね。」


 そう佑樹は答え、


「だけど、そういう核心に至る記憶があやふやなんだ。

 霧かもやがかかったように、辿り着けなくなる。」


「なるほど。」


「もしかしたら、決まった役割なんてものはないのかもしれない。

 私の行動が起こす事態、それこそが主上様の狙いなのかもしれない。」


「それはどういう意味なのか?」


「私の持っている常識と、この世界の常識の違い、かな。

 そのぶつかり合いは、必ずなんらかの変化をもたらすことになるから。」


 それが巨大な力を持つ者との軋轢ならば、必然的に巨大な影響を与える。


「たしかにその通り。

 変化のないこの世界に、巨大な変化をもたらすことがユウキ殿の役割ということか。」


「ただね、そうだとするとわからなくなるのが、アルファリアの存在なんだ。」


 変化をもたらすだけでいいのなら、アルファリアは必要無いはずだ。


 佑樹の行動に任せておけばいいのだから。


 だが、現実にアルファリアは佑樹の傍にいる。


 彼女にもなんらかの役割がある、そう考えるのが自然なことだと思うが、これもまた当の本人すら知らないのだ。


「わからないことだらけってことさ。

 結局はね。」


 そう言って佑樹は立ち上がり、湯から出ようとする。


「おや?ユウキ殿は絶世の美女が裸で隣にいるというのに、素通りするつもりなのですか?」


 自分のことを絶世の美女と言えるのは大したものだが、実際にそうなのだから佑樹としては反応に困る。


「い、いや、それは、いくらなんでも使者殿にそんなことをするわけには・・・」


 最後まで口に出すことなくサフィアに押し倒され、その唇で唇を塞がれる。


「使者はあくまでもルヴィリアです。

 私は助言者アドバイザーでしかありませんよ。」


 豊満な胸を押しつけ、サフィアはその手で佑樹の股間を弄る。


「ちょっ、ちょっと待て!」


「いや、待たぬ。」


 神気があろうと所詮は人間の佑樹では、人型になっているとはいえドラゴンの力に敵うはずもなく。


 佑樹はサフィアに美味しくいただかれたのだった。



 ーーー



 精を搾り取られ、佑樹がリキマルに抱えられて大浴場を去った後。


「良かったのですか、姉上。」


「なにがかな?」


「姉上も初めてでしたでしょうに。

 ドラゴン族の女にとって、純潔を与えるということの重みを知らぬわけではありますまいに。」


 その言葉に、サフィアは笑みを浮かべる。


「それに、竜王ちちうえがお認めになると思っているのですか?」


「認めるよ、間違いなく。」


「え?」


「むしろ、私の行動を褒めるだろう。」


「なぜ?」


「簡単なこと。

 それが我ら神代竜エンシェント・ドラゴンにとって、大きな利益になるからだ。」


「!!」


神代竜エンシェント・ドラゴンなどといっても、すでに神気を失って久しい。

 それを、あの者は取り戻す鍵となりうるやもしれぬ。

 それだけではない。

 ルヴィリアよ、其方はこの城と戦って勝てると思うか?」


「勝てたとして、我らにも甚大な被害が出ましょう。」


「勝てたとして、か。」


 その言葉は、本音の部分でルヴィリアが勝てないと判断したということだろう。


 そして、それは正しいとサフィアも考えている。


 こちらが視認できない、超長距離からの攻撃。


 三度の夜襲に、破綻を見せない防衛力。


 一六〇人のドラゴンを、全て生かして捕虜としている戦闘力。


 その気になれば、容赦なく殺すことができたはずなのだ。


「殺さずに生かして捕らえたということは、ユウキ殿には少なくとも敵対する意思がないということを示している。」


 サフィアの言葉にルヴィリアは頷く。


 佑樹が敵対する意思がないのは事実だろうが、そこには忘れてはいけない事実もある。


 それは、今後も敵対しないという前提条件があるということだ。


 それを忘れれば、佑樹は容赦なくその牙を向けることだろう。


「だから、姉上がユウキ殿に嫁ぐことで前提条件が生きていると、そう認識させる必要があると。」


「そうじゃ。だが、もう一つの狙いもある。」


「もう一つの狙い?」


「捕虜となった者どものことよ。

 帰りたくないなどと言っていたであろう。」


「あっ!」


 ルヴィリアがここで気づく。


「本人が帰りたくないなどと言っても、その出身部族の者たちはそうは捉えない。」


 サフィアが頷く。


 洗脳されているとか、脅されていると考える者も出てくるだろう。

 その時、彼らがどういう行動に出るのか?


 短絡的に攻撃しようとする者が現れる可能性がある。


 そうなると、全面戦争になりかねない。


 そこでサフィアが嫁いだことになれば、彼らはその護衛という名目が得られることになる。


 無論、時には帰す必要もあるだろうが、その時までに良好な関係に発展させておけば、自由な往来も可能になるだろう。


「姉上の狙いはわかりました。」


 ルヴィリアはサフィアにそう答える。


「それからじゃかな、ルヴィリア。」


「なんでございましょうか?」


「ユウキ殿に嫁ぐのは、私一人だけでなくとも良いのだぞ?」


「・・・・・・・・は?」


 サフィアの言葉の真意を図りかねているといった様子だ。


「ジェタは残るであろうし、ペリアもどう考えるかな?」


「ま、まさか、私たちにもユウキ殿に嫁げと・・・?!」


「子ができれば一番良いのだが、私一人だけで子ができるとは限らぬからな。

 情で縛るには、それくらいせねばなるまい。」


 絶句する妹の顔を見て、サフィアは愉快そうな笑みを浮かべていた。

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