第2話

 天空の城に来てから七日。


 一応は一通りの視察を行ったのだが、それも表面上のもののみでしかない。


「現在居るのが本丸相当と。」


 その司令室とでも言うべき部屋で、佑樹は地図を見ながら確認している。


「広過ぎるよなあ。」


 何度目になるかわからぬぼやきが口をつく。


「食料プラントの稼働能力次第だけど、一〇〇万人いても養えそうな面積だよなあ。」


 実際に一〇〇万人も入れるつもりはないが、それでも幾らかの移住者は必要かもしれない。


 どう考えてもオーバーテクノロジーだろう、地球においてさえ。


 これを使い熟せるのかどうか・・・。


 正直言って頭が痛い。


「どうしたんですか、頭を押さえて。」


 アルファの言葉に、


「どうみても、俺の手に余る代物だなあ、と。

 そう考えてたんだよ。」


 そう答える。


 平凡なアラフィフにこんなものを与えて、主上様はなにをやらせたいのだろう?


 疑問しか出てこない。


「そんなことを言われましても、使い熟していただかないと困るのですけど。」


 アルファの立場ではそうなのだろうが、そのアルファにしても主上様から詳しいことは聞いていないというのだから、どうしようもない。


 そのアルファが佑樹の前に書類を山ほど持ってくる。


「なにコレ?」


 当然の疑問に、


「説明書ですよ、この城の。」


「・・・・・・・・・・・・は?」


「いえ、ですから説明書です。各エリアのこととか、各種プラント、城内の地下設備とかこの城の下部構造とかの。」


 その言葉を聞いて、佑樹は思わず左手を伸ばしてアルファの顔を鷲掴みにする。


「あれ?どうしました?」


「そんなものがあるなら、最初に見せろや!

 この駄天使が!!」


 顔を掴んだ左手に力を込める。


「痛い痛い痛い!!」


 アルファの苦痛は五分ほど続いた。


「まったく、早く見せてくれてりゃ、もっと効率的に視察もできたってのに。」


 激痛に沈んだアルファをそのままにして、説明書に目を通す佑樹。


 どれほどの時間が過ぎていたのか、


「オ館サマ、オ食事ノ時間デス。」


 リキマルが声をかけてくる。


「もうそんな時間か。」


「ハイ。モウ、昼食ノ時間デス。」


「メニューは何かな?

 ここで食べられるなら、こっちに持って来てもらいたいんだけど。」


「メニューハ、ハンバーガーデス。」


「ハンバーガー?」


「アルファ殿ノ希望デス。」


 アルファは人間の世界の食べ物に、非常に興味を持っていることを思い出す。


「じゃあ、ここに持って来てくれ。」


「ワカリマシタ。」


 リキマルは一礼すると、ハンバーガーを取りに厨房へ向かった。



 ーーー



 ハンバーガーを食べながら説明書を読む佑樹と、その隣で佑樹の部屋から持ち出した漫画を読みながらハンバーガーを食べるアルファ。


 これで静かに読んでいれば絵にもなるのだろうが、腹を抱えて大笑いしていたら天使の姿も台無しである。


 ちなみに、読んでいるのは昭和の有名なギャグ漫画だったりする。


「これ、知れば知るほど無茶苦茶な代物だな。」


 説明書を読みながら、思わず溜息混じりの声が出る。


「オーバーテクノロジーどころか、神にさえなれそうな代物だよな、これって。」


 使わずに済めば、それに越したことはないと結論付け、佑樹は天井を見上げる。


「平穏無事な生活には、なりそうにないよなあ。」


 佑樹の小さなぼやきは、早速的中することになる。



 ーーー



「変な城が浮いてるって、知ってるか?」


「ああ、聞いたよ。

 ヴォラスの奴が、叩き落としてやるって息巻いてたヤツだろ?」


「そうそう。

 でもよ、すでに他の奴らが失敗してんだぜ?」


「三回だっけか?

 夜襲をかけて、城に近づくことすらできなかったってな。」


「ああ。

 なんか、凄い魔法障壁があって、それを突き破ることができなかったってな。」


「だから、今度は昼間に大挙して襲撃しようってさ。

 三日も夜襲を受けたなら、その魔法障壁を展開した魔法使いたちも、さすがに疲れて眠っているだろうからってな。」


「たしかにそれはあり得る。

 魔法障壁さえ無ければ、俺たちは天空の覇者たるドラゴンなんだからな。」


 そう、この世界で最強の種族であるドラゴン、それもその中で最も強大な力を持つ神代竜エンシェント・ドラゴンが、その眷属たちを動員して襲撃しようとしていたのだ。


「ヴォラスから参加するように言われているけど、お前たちはどうする?」


「もちろん行くさ。

 ヴォラスにデカい顔されたくはないが、あの家系は敵に回せないからな。」


 ヴォラスは、竜族の中でも屈指の一族の出身なのだ。


 屈指の一族の出身ならば、その一族の長老たちはもっとヴォラスの教育に力を傾けてくれればいいのに、そう思う者も多い。


 それほどにヴォラスは暴れ者として知られ、煙たがられている。


「おい。ヴォラスが、襲撃に参加するヤツはすぐに集まれってさ。」


「はあ、やれやれだな。」


「小さな勢力に生まれたことを恨むぜ。」


 ドラゴンたちは、愚痴を零しながらも集まっていく。


 天空の城を攻撃するために。



 ーーー



 その時、佑樹は中央管制室にて、外の様子をモニター越しに見ていた。


 敵襲を知って見ていたわけではなく、管制室の機器の扱いの実践をしており、その扱いの結果をモニター越しに確認していただけである。


 このあたり、佑樹は慎重だったのだが、大きなことが抜けていたことには、未だに気付いていない。


「ん?なにか近づいてくる。」


 モニターをズームアップさせて確認する。


ドラゴン?」


「ハイ。ドラゴント、見受ケラレマス。」


 佑樹の疑問に答えたのはボウマル。


 最近になってようやく理解したところなのだが、ランマル、ボウマル、リキマルの三体は、それぞれに役割があるようだ。


 例えば、リキマルは佑樹の身の回りの世話。


 そしてボウマルは、情報とこの城の膨大ななシステムサポート役。


 ランマルは、戦闘におけるサポート役というふうに。


「だけど、初手からこんな大軍で来るものなのか?」


 モニター越しに見えるドラゴンは、ざっと数百はいるだろう。


「イエ、初手デハアリマセン。」


「は?」


「昨夜マデノ三日、夜襲ヲ受ケテイマス。」


 クエスチョンマークが頭上に乱れ飛ぶ。


「オ館サマハ、警報システムヲ起動シテイマセン。」


「え?」


「防御システムノミ起動サレ、他ノシステムハ手付カズデス。」


 だからドラゴンの夜襲に気づかなかったと。

 三日も。


 無事だからよかったものの、自分の迂闊さに頭を抱えたくなる。


 強引に思考を眼前のドラゴンの大軍に向ける。


「夜襲の被害は?」


「一切アリマセン。」


 防御システムは完璧に働いていたようだ。


 だけどそれは、ドラゴンたちの矜恃プライドをいたく傷つけた可能性がある。


 それが現在の状況を招いた、そういうところなのだろう。


 思考を巡らしていると、一〇頭ほどのドラゴン速度スピードを上げて突入しようとしてくる。


 だが、城の外三〇〇メートルほどのところで張り巡らされた防御障壁により、突入は防がれる。


「あの突入を防げるって、凄えな。」


 他人事のように呟く佑樹だが、反撃のための算段を始めている。


「ボウマル、ドラゴンに関する情報は出せるか?

 出せるなら、サブモニタに出してくれ。」


「了解シマシタ。」


 佑樹が特に意識したデータは二つ。

 ドラゴンの知能と、その性格。


 性格はマイナスの部分を中心に確認している。


“復讐心が強い”


 この一文が特に目を引く。


 下手に殺したりすると、種族として報復してくる可能性が高いということかと、そう思案する。


 殺さず、それでいてドラゴンたちの心を圧し折る。


 それを成す方法は・・・


「リキマル。

 指揮官たちを集めてくれ。」


「ワカリマシタ。」


 リキマルは一礼して下り、その間に佑樹はランマルに幾つかの指示を与える。


 ドラゴンたちへの反撃の準備を、急速に進めていく。


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