異世界にて、天空の城をもらいました

久万聖

第1話

 ふと目覚めると、そこは暗い闇の中。


 どこだ、ここは?


 軽く頭を振り、周りを見回す。


 暗闇の中では、よくわからない。


「灯りはないのか?」


 そう呟くと、パッと明るくなる。


 無機質な感じがする、大きな部屋。


 そして部屋の奥には扉が開いている。


 導かれるように、扉を抜けて歩を進める。


 その先に見えたものは、


「雲海?!」


 そう、目の前に広がるのは雲海。


「やっと目覚めたのですね。」


 後ろから声がかけられる。


 振り返ると、そこにいたのは天使としか言いようのない存在。


 その天使は自分へ向かって優雅に歩きだし・・・


 派手に転んだ。


 顔面を床に強打した天使は恥ずかしそうに、それでいて思いっきり涙目になってこっちを見ている。


「・・・見ましたね?」


「うん、はっきりと。」


「こ、こういうときは嘘でも見ていないと言うものでしょう!」


 天使は翼をはためかせてひとっ飛びで近づくと、顔を真っ赤にして抗議してくる。


“初めから飛んでくればいいのに”


 そんな当たり前すぎる感想を押し殺し、


「さすがに声をかけられてのこの距離で、それは難し過ぎるってものでしょう。」


「・・・・うぅ、初めて任せられたお仕事なのに・・・。」


 なるほど。


 初めての仕事で、格好付けようとして失敗したパターンか。


 自分も経験したなあ、三〇年近く前だけど。


 あれ?


 ちょっと待てよ?


 声が若返ってるような・・・?


「えーっと、ちょっといいかな?」


 格好付けようとして失敗し、思いっきり肩を落としている天使に話しかける。


「なによっ?」


 ジト目で見上げてくる天使に、


「いや、なんで俺はここにいるのかな?」


 そう尋ねてみると、それを聞いた天使は表情をパッと明るくして、


「いいことを聞いてくれました!」


 そう言って顔を近づける。


 床にぶつけた鼻は赤いままだが、間違いなくその整った顔は美しい。


「貴方は、主上様の手違いにより亡くなってしまわれました。」


 ん?


 主上様?


 天使が言う主上様って、要するに神様ってことだよな?


「ちょっと待て!

 手違いってどういうことだ?」


 当然すぎる疑問だが、


「えーっと・・・」


 わざとらしく視線を逸らすあたり、この天使が関わっているような気がする。


「そ、そんなことより、その、主上様よりそのお詫びとして、別の世界に転移していただいたのです。」


 転移?


「その際にですね、その主上様とお話をされたと思うのですが?」


「え?んーっ・・・」


 少し考えこむ。


「ああ、そんなことがあった気がする。」


 記憶が曖昧だが、なにかとても尊い存在と話したような?


 どこか霞がかかったような記憶の中から、幾つかの会話の断片を思い出す。


「そういえば、どんな能力が欲しいかとか、どんなものが欲しいかとか聞かれたような?」


 能力については特に求めなかったと思うが、物に関してはいくらか言った気がする。


 たしか、自給自足できる天空の城だとか、それを守る兵器だとか、かなり荒唐無稽な物を要求したような?


「思い出してくれましたか?」


 期待するような目で、自分を見てくる天使。


「完全にじゃないけど、少しは思い出した。」


 そう答えると、天使はパァっと明るい表情になり、


「そう。私は貴方がこの世界で生きるためのサポートを任せられたアルファリア。

 アルファと呼んでくださいね。」


「ああ、アルファね。

 それで、俺は・・・」


 霞みがかった記憶の中から、自分の名前を思い出していく。


南野佑樹みなみの・ゆうき

 呼び方は、まあ姓でも名でも呼び易い方でかまわない。」


「わかりました。では、ユウキさんと呼ばせていただきます。

 早速ですが、この城の案内をいたします。」


 そう言って、このちょっとぬけたところのある天使に案内された。



 ーーー



 天空の城は予想以上に巨大であり、また広大な面積を有している。


「この面積って、江戸城や大阪城とはいかないけど、名古屋城とその城下町くらいはあるんじゃないか?」


 案内される中での感想だ。


 中央部は丘のようになっており、外周部と中央部の高低差は一〇〇メートルくらいだろうか。


 その中央部こそがこの城の中枢であり、現在いる場所でもある。


「俺以外に住んでる者は無し、か。」


 この広大な土地に一人だけというのは寂しいものがある。


 そう思っていると、


「私はもいるのですけど?」


 思いっきり頬を膨らませたアルファが抗議の声をあげる。


 こういう表情をするあたり、かなり子供っぽいように見える。


「そうだった。悪かったな。」


 そう言って頭を撫でると、アルファは顔を真っ赤にして、


「こ、子供じゃないんだから!!」


 と抗議する。


「ああ、悪い。」


 アルファの抗議は口調こそ強いが、照れていることは表情から明白だ。


 こういうことに慣れていないのだろうと思われる。


「それにしても・・・」


 外見はヨーロッパ風なくせに、その縄張りは日本風というのはなぜなのだろう?


 そして、外見に似合わない中枢の設備の数々。


 まるでどこかのコンピュータールームか、JRか空港の管制室を思わせる近代的設備。


 アルファの説明では、ここで全ての制御コントロールが可能だという。


「人がいないってことは、防御の人員はどうなってるんだ?」


 そう疑問を口にすると、アルファがコンソールを軽く叩く。


 そしてモニターに映し出される夥しい数の人型ロボット。


「一般兵ロボットが一万五千体に、指揮官ロボットが一五体いますよ。」


 えーっと、この世界の文明レベルってどのくらいだったっけ?


 たしか主上様からは、よくあるファンタジー小説のレベルだと聞いていたような気がするのだけど?


「それから、ユウキの護衛ロボットが三体。

 入って来て。」


 説明と同時に、三体のロボットを招じ入れる。


「左から、ランマル、ボウマル、リキマルです。」


 信長の小姓の森三兄弟かと、内心でツッコミを入れつつ、ふと疑問を口にする。


「指揮官ロボットって、どんな名前なんだ?」


「指揮官ロボットですか?

 ケンシンにマサムネ、タダカツ、ムネシゲ・・・」


「わかった、全員の名前は後で確認するから。」


 完全に戦国武将の名前じゃねえかと、頭を抱えたくなる。


「他に疑問はありますか?」


「今日はこれでいいかな。

 自給自足のためのシステムだかプラントだかは、明日以降に視察しよう。」


 広大過ぎる城を、一日で全て見ることは諦めた。


 日も暮れているようだし、腹も減った。


 食事はどうなっているのかと確認すると、


料理人シェフロボットがいますよ。

 希望の料理を伝えれば、作ってくれますよ。」


 とのこと。


「じゃあ、カツ丼でも頼むかな。

 あと、豚汁も。」


 そう言うと、リキマルが一礼して下がる。


 料理人シェフロボットに伝えに行くのだろう。


 通信機能が無いのかと思ったが、その疑問を読み取ったアルファが、


「形式は必要でしょう?」


 と言うが、たしかにその通りかもしれない。


 もしかしたら、この城に誰かを招くことがあるのかもしれないのだから。


「俺の私室はどこになるのかな?」


 料理ができるまで、少し考えをまとめたいと思い、そう尋ねてみる。


「そういえば、まだ案内していませんでしたね。」


 そう言うと、先に立って案内する。


 ただし、少し宙を浮いているのは転んだ失敗を繰り返さないためだろう。


 そうして案内された部屋を見て驚く。


「どこの王侯貴族の部屋だよ。」


 そう言いたくなるほど広く、そしてなによりも豪華だった。


 変更できないかと口にしかけて、思い留まる。

 部屋の本棚に、見覚えのある物が並んでいたからだ。


「ちょっと待て。俺の部屋に有ったやつじゃないか。」


 そう、生前の自分の部屋に有った本やブルーレイ・ディスク。


 もしかしてと部屋の中を見渡すと、テレビやブルーレイ・レコーダー、パソコンがある。


 さすがに地球の番組を観ることはできないだろうと、テレビをつけてみるが、やはりどのチャンネルも映らない。


 ブルーレイ・ディスクの再生のみということだろう。


 まあ、娯楽は用意してくれたということだろうか?


 パソコンは、ネットが使えないだろうが、この城のネットワークに繋げることは可能だろうか?


 繋げられれば、この部屋で出来ることも増えそうなのだけど。


 そんなことを考えていると、リキマルがやって来る。


「オ食事ノ容易ガデキマシタ。」


 どこか合成音声のようでいて、人のようにも感じられる不思議な音声だ。


「わかった。食堂まで案内してくれ。」


 そう言うと、リキマルは先を歩き始める。


 その後を佑樹とアルファは着いていった。



 ーーー



 置かれたカツ丼と豚汁は、向かい合わせの関で二人前。


 なぜ二人前?


 佑樹がそう思っていると、アルファも食席に着いている。


 カツ丼を食べる天使を見て、何かシュールな感じがしてしまう。


「なにか?」


「いや、天使もカツ丼を食べるんだなあ、と。」


「そ、それはサポートする身ですから、ユウキさんと同じような生活をするために必要なんです!」


 そんなものなのだろうかと、妙な納得をする。


 そんなことよりも、自分も腹が減っているためカツ丼に箸をつける。


「美味い!」


 思わず声が出るほど、このカツ丼は美味い。


 豚汁も、具沢山で美味い。


 それにしても、この食堂を見回すとこれまた非常に広い。


 テーブルを片付けたら、舞踏会が開催できそうだ。


 そして、召使いメイドタイプのロボットが一〇体ほど並んでいる。


 自分一人、いやアルファを入れて二人しかいないのに、過剰な数の召使いメイドロボット。


 一応、アルファに確認すると全部で一〇〇体いるらしい。


 二人には過剰な数だが、これだけの広さの城では必要な数なのかもしれない。


 だけど、召使いメイドとして人に仕えさせるには、やはり誰かを迎えなければならないのだろうか。


 カツ丼をかき込みながら、そんなことを考える。


 誰かを招き入れるとしても、その人柄とかが問題になる。


 それに、佑樹の予想ではこの世界の技術力と、この城の技術力では相当に隔絶していると思われる。その技術格差を受け入れられ、それでいて変な揉め事を持ち込まない人物でないと困る。


「ご馳走さま。」


 食べ終わると、佑樹は立ち上がり、


「今日は疲れたから、もう休むことにするよ。」


 そう言うと私室へ戻った。



 ーーー



 大きなベッドに身を任せ、天井を見る。


 なぜこの世界に送られたのか、所々記憶に霞みがかっていてよく思い出せない。


 そもそも、主上様の手違いで死んだというが、どうやって死んだのかが思い出せない。


 それだけではない。


 主上様との会話で、なにか重要なことを聞いた気がするのだが、それが思い出せない。この世界に送られた理由に関する、最重要な内容だった気がするのだけど。


 大きく息を吐くと、目を閉じる。


 目を閉じると急速に眠気が襲ってきて、そのまま眠りに入っていく。



 ーーー



 身体の左側に何かの重みを感じ、眠りから目覚める。


 左腕に感じる柔らかな感触と、鼻腔をくすぐるような甘くて心地良い香り。


 顔を動かして左側を見ると、アルファの寝顔がそこにある。


「なにしてんだ、この堕天使ならぬ駄天使が!!」


「なによぉ。」


 寝ぼけまなこを擦りながら起き上がるアルファに、


「男のベッドに入り込んでくる天使があるかあ!!」


「えぇ〜、だって一人で寝るの寂しかったんだもん。」


 そう言ってそのまま眠りにつくアルファ。


「この駄天使め!」


 そう口にすると、ソファーに行きそこで横になる。


「柔らかい感触が残って眠れん!」


 結果、朝まで悶々とした煩悩に支配され、眠れなくなってしまった佑樹なのであった。|

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