第8話 岩崎大河は信じたい

 魔女ハウス生活が始まってから5日ほど経過。最初は『こんな生活耐えられるか!』と、自暴自棄になっていたものの、慣れというのは恐ろしいもので、俺は今の生活にそれほど不満を持たなくなってきていた。


 しかも、沙耶が作る飯がまた超美味いんだな、コレが。


 いや、マジで最初はただエロいなーとしか思ってなかったけど、沙耶の家事スキルが半端ない。炊事、洗濯、掃除、なにもかもが完璧。魔女じゃなかったら普通に嫁に来てほしいレベル。


 しかも沙耶以外の子にも、皆それぞれ違った良さがある。


 芦屋さんは無邪気で人懐っこくて可愛い。舞華はいっつも明るく笑ってるから見てるこっちも癒される。千春さんは年上の落ち着いた雰囲気を持っている。リサは……


「あ? いきなりコッチ見んなし。漫画に集中できないじゃん」


 リサは……うん、しょっちゅう俺の部屋で漫画読んでるだけだな。ていうか今まさに漫画を読んでる真っ最中だな。なんかわざわざ自分の部屋から『人をダメにするクッション』まで持ち込んできてるし。


「って、ちがーーーう!! 何満喫してんだ俺!?」


「うわっ! いきなり大きな声出すなよ、大河! ビックリするっての!」


「あ、いや、すまん。なんかこの生活に慣れすぎたのが急に怖くなってな」


 この生活に慣れ過ぎて危うく本来の目的を見失うところだった。このままだと、うっかり4人のうちの誰かに惚れて大金払うことになってた。


「まあ言われてみれば、大河も随分と他の4人に気を許すようになったよね。最初はあんなに警戒してたのに。最近はあの子達とリビングで過ごすことも多くなってるし」


 漫画のページをめくりながらリサが言う。


「いや、せっかくシェアハウスしてるのに自分の部屋にこもってばかりってのも良くないと思って、時々皆でテレビとか見るようにしてみたんだよ。まあその結果、俺は本来の目的を忘れかけてたわけだが」


「まあ、そんなに焦って魔女を探る必要も無いんじゃないの? まだ大河の大学卒業までは1年以上あるわけだし」


「いや、それはそうなんだがな」


 確かにリサの言い分は的を射ている。まだまだ時間はたっぷりあるし、今の段階では魔女を特定するための手がかりが何も無い。まだ焦る時じゃないってのはなんとなく分かる。


 でもこのまま呑気にシェアハウス生活を続けていけば、多分俺は4人の女の子達に情を移してしまうだろう。そうなってしまえば、きっと俺は冷静に魔女を見極めることなんてできなくなってしまう。


 だからできるだけ早く魔女を特定し、誰が『あの子』なのかを見極めたいというのが俺の本音だ。まだ4人と深い関係を築いていないうちに、俺は4人の正体を暴いておきたいのである。


「つーか、リサ。お前って最近ずっと俺の部屋で漫画読んでるよな? なんだ? 暇なのか?」


「あー、まあ暇だね。今は絶賛夏休み中なわけだし。生活費がアンタの家から出るおかげでバイトに行かなくてもよくなったし」


「ほーん、なるほどな。でもさ、友達と遊びに行ったりとかしないわけ? サークル活動とか無いの?」


「外暑いから遊びに行くのはダルいし、サークルは一応入ってるけどサボってる」


「……なるほど」


 コイツ、意外とインドア派だったのか。人は見た目で判断しちゃいけないってのは分かってるが、なんとなくギャップを感じる。


「お前、もっと外でウェイウェイやってる人種だと思ってたわ」


「いやいや、全然そんなこと無いって。エアコン効いてる部屋で漫画を読むのが最高の夏の過ごし方っしょ」


 まあ、その気持ちにはすこぶる共感できる。キンキンに冷えたアイスが片手にあれば、なお良き。


「だからさ、アタシはアンタの部屋で適当に漫画読んでりゃ満足なの。分かった?」


「いや、それが俺の部屋である必要性は無い気がするんだが。つーか、よくよく考えたらリサって俺の部屋に居るばっかりで他の4人とはあんまり喋ってなくね? それってシェアハウス仲間としてどうなの?」


「いやー、なんつーか仲良くする必要性を感じないんだよね。ぶっちゃけ、アタシと気が合いそうなヤツが1人もいない。まあ、魔女バレする前はそれなりに仲良くしてるフリはしてたんだけど」


「へ、へぇー、な、なるほど……」


 うっわ。女子って怖っ。え、女って気が合わないヤツが相手でも平気で仲が良いフリとかすんのかよ。なにそれ怖いんだけど。


「えっと、じゃあさ、リサの目から見てあの4人はどう映ってるんだ?」


「え、あの4人? そうだね……まあ、魔女だったら1番厄介なのは凪沙だな」


「なん、だと」


「いや、だって凪沙って絶対何も考えてないじゃん。アイツは何も考えずに『岩崎さーん! 岩崎さーん!』って言いながら無邪気にアンタに近づいてきてるだけなんだよ。策をろうしてどうこうしようとするタイプじゃないわけ。多分凪沙は素でアレなんだよ。あの子が魔女だったら、ある意味1番手強いんじゃない?」


「な、なるほど」


 そうか。芦屋さんは裏表が無いから、そもそも本性を暴くとか、正体を突き止めるとかそういう話にならないわけか。


「うーん、あとは見た目が子供っぽくて可愛い感じだから、仮にあの子が魔女だったらアンタの心に入るダメージがデカいんじゃない?」


「それは間違い無い」


 多分心にクリティカルヒットが入って、しばらく立ち直れなくなる。なんならその後、人間不信になるまである。


「じゃあ芦屋さん以外はどう見てるんだ?」


「うーん、舞華は凪沙と似たような感じかな。いっつもニコニコ明るく笑ってて、いかにも男子にモテそうな感じ。まあ、凪沙と違って距離感の詰め方がちょっとあざとい感じはするけど」


「あざとい?」


「いや、だって舞華って結構頻繁にボディータッチしたり、顔を近づけてきたりするじゃん? アレって結構あざとくない?」


「まあ、時々距離感が近過ぎるなーと思う時はあるが」


「でしょ? アレを天然でやってるんなら良いけどさ。狙ってやってるんだったら、かなりヤバいと思うよ。はは、ある意味魔女候補4人の中じゃ1番怪しいかもね」


 ケラケラ笑いながら言っているが、全然笑えるような内容の発言じゃない。


「あー、ちなみに沙耶と千春についてはアタシもよく分かんないから。あの子達は凪沙や舞華と違って、積極的に大河に迫ってるわけじゃないし。千春の方はちょっと大人し過ぎると思うけど」


「確かにそれはあるな。沙耶とは結構喋ったことがあるけど、千春さんはちょっと静か過ぎる感じはする」


 しかも千春さんはメシの時以外はずっと自分の部屋に篭ってるからな。今の段階じゃ謎が多過ぎる。


「まあ、4人ともアタシとは合わないってだけで別に嫌いなわけでもないよ。確かに、皆かわいいと思う」


「だよなー。やっぱそうだよなー。だから疑うのとか正直嫌なんだよな……」


 もっと分かりやすい悪女だったら疑いようもあるのに、今のところは皆良い子に見える。疑うのも辛いし、惚れないように気をつけなきゃいけないのも辛い。


「ふふ、うっかり好きにならないように気をつけなよ?」


「言われなくても分かってるっつの!! 余計なお世話じゃい!!」


 まったく。なんなんだこのギャルは。いきなりニヤニヤしながら俺の心を見透かしたかようなことを言いやがって。毎日毎日美脚を見せつけてるからって何を言ってもいいわけじゃないんだぞコノヤロウ。


「おい、大河。なんでチラチラとアタシのこと見てんだよ」


「べ、べ別に見てねぇし!?」


「ははーん、分かった。分かったぞ」


 そう言いつつ、読んでいた漫画を閉じて視線を俺の方に移してきたリサ。やたらと"したり顔"で俺を見つめてきているが、一体コイツは何が分かったというのだろうか。


 などと考えながらリサと見つめ合うこと数秒。突然人を煽るようなニヤケ顔を浮かべたギャルは、なぜか右手の人差し指を俺に向けつつ、こう言い放った。


「お前、アタシのこと好きになったんだろ?」


「それだけは無いっす」

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