第9話 しましま

「ふ〜、喉乾いた。ジュース、ジュースっと」


 現在時刻は15時ジャスト。エアコンが効いている快適マイルームを後にし、階段を降りて1階の冷蔵庫へと向かう。いくら俺の部屋の冷房が効いているとはいえ、現代の空調には喉を潤す機能は付いていない。少々面倒ではあるが、水分補給をするには1階まで飲み物を取りに行かなければならないのだ。


 まったく。なんでドアはオートロックなのに部屋に冷蔵庫は無いんだ。普通はセキュリティより冷蔵庫の方を優先するだろ。しかもそのオートロックもリサの不法侵入ピッキングを許してしまう始末だ。


「あ、奇遇だね、岩崎っち。え、なに? 岩崎っちもジュース取りに来たん?」


 心の中でブツブツと文句を言いつつも冷蔵庫の前に到着すると、そこには上半身にTシャツを着ているものの、なぜか下半身は下着姿の舞華が居た。


「……なんでズボン履いてないの?」


「いやー、なんか暑くて下を履くの面倒になっちゃってね。岩崎っちは大体この時間はいつも部屋に居るからパンツのまま歩き回っても大丈夫かなーって思ってたんだけど……あはは、見つかっちゃった」


 頭を掻きつつ、照れ笑いを浮かべながら舞華が言う。


「いや、さすがに無防備過ぎるだろ。せめてスカートかズボンは履いてくれよ……」


「あはは、ゴメンゴメン。次からは気をつけるよ」


 男に下着姿を見られてるんだから、もう少し恥じらうべきではなかろうか。なんでそんなに平気そうなんですかね。


 まあ、それはそれとして下だけ履いてないというのはなかなかそそられる。


「もうっ、岩崎っちのエッチ」


「この視線移動は生理現象だ。そんな恰好で歩き回ってる方が悪い」


 目の前に縞パンが見えていたら、誰だって目線がそっちに行くだろう。


「へ、へぇー、男の子ってこういう格好が好きなんだぁー」


「嫌いと言えば嘘になる」


「あはは! 岩崎っちは正直者だね! そっかそっか! 岩崎っちはこういう無防備な服装が好きなんだね!!」


「……え? 舞華、怒ってないの? 事故とはいえ、下着姿を見てしまったんだぞ?」


 おかしいな。俺が知る限りじゃ、こういうラッキースケべイベントでは大抵『赤面したヒロインが主人公を殴る』っていうオチに落ち着くはずなんだが。


「いやー、だって元はといえばズボンを履かずに家を歩き回ってた私が悪いわけじゃん? だから別に岩崎っちに怒るとかそういうのは無いよ。まあ、まさかパンツをガン見されるとは思ってなかったけど。えっと、アレだね。意外と岩崎っちって変態だったんだね」


【いわさき は こころに15のダメージを受けた】

 

「ふふ、まあ岩崎っちがお望みなら明日の勉強会も今と同じ服装で行ってあげてもいいけどね!!」


「ん? ちょっと待て、舞華。勉強会ってなんのことだ……?」


「あっ、岩崎っちったらヒッドーい! この前ちゃんと約束したじゃん! もう忘れちゃったの!?」


「え、えーっと……」


 あ、そういえば初日の自己紹介の時に──


【いや、ウチって結構バカだからさ! 頭が良い大学に行ってる岩崎っちに勉強教えてもらおっかなって思って!! じゃあ今週末に岩崎っちの部屋で勉強会ね!】


 うん、舞華がそんなことを言ってたような気がしなくもないな。


「あー、べ、勉強会な! は、はは! も、もちろん覚えてるって! 俺の部屋でやるんだよな?」


 全てを思い出した俺は、縞パンに目線が行きそうになるのを全力で我慢しつつ、彼女の問いかけに答えた。


「そう! だから明日は朝から岩崎っちの部屋に行くからね! ちゃんと早起きするんだぞ?」


「わ、分かった分かった。オーケー、オーケー。早起きね、早起き」


 おかしい。なぜ俺は会話の主導権を舞華に握られているのだろうか。だって俺の部屋で俺が舞華に勉強を教えるんだぞ。完全に俺が舞華からお願いされてる立場だろう。なぜ俺が下手したてに出にゃならんのだ。


「ふんふふーん、 岩崎っちとお勉強〜」


「えらく上機嫌だな……」


「だって明日は岩崎っちの部屋で岩崎っちと2人きりなんだもーん! あー、早く明日にならないかなぁー!」


 ま、可愛いからいいか。


「じゃあ私はそろそろ部屋に戻るね! バイバーイ!!」


 やたらとテンションが上がった様子の舞華は、あざとく尻をフリフリしつつ、スキップしながら2階へと戻っていった。


「うーん、勉強会ねぇ。夏休みド真ん中のこの時期にやるってことは、十中八九『俺と2人きりになること』が舞華の目的だと思うが……」


 問題なのはそれが魔女の誘惑なのか、はたまた『あの子』の純粋な好意なのか、ということである。


 そう、これはあくまで魔女ハウス内の女性陣からの誘い。であれば俺はどうにかして舞華の真意を見抜き、彼女の正体に近づけるような行動をとるべきだろう。


「はぁ。切ねぇ」


 可愛い女の子から誘われても素直に喜ぶこともできず。かといって同居人の彼女たちを嫌いになるわけにもいかず。


 頭は冷静であるものの、やはり自分は彼女たちと騙し合わなければならないということを再認識し、どこか空虚な気持ちになる。


「他の4人もリサみたいに単純だったら良いのにな」


 少しセンチメンタルになった俺は、柄にも無くそんなことを呟きつつサイダーを冷蔵庫から取り出す。


 そして、この瞬間。いつも俺の部屋で漫画を読み漁っているだけのアイツも、なんだかんだで今の俺にとってはありがたい存在になっているということに、不本意ながらも気づいてしまった。

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