第3話:サルのマスターベーション
僕はその頃から自慰行為を始めた。布団やカーペットに股間を擦りつける行為を繰り返すというものだったが、もちろん幼稚園児なので大人のように液体を飛ばして終わりということはない。ただただ持久力が続く限り腰を振るわけなので、終わった時には長距離を走り終えたかの如く息が切れる。ただ終わった時の激しい胸の鼓動は明らかに運動からだけのものではなかった。ハーハーと荒い息を吐きながら、抑えきれない興奮におぼれている自分がいた。だがなぜか「悪いことをしている」という背徳感を抱いていたため、親の目の届かないところで行為に及んでいた。理由は分からないが、褒められることではないと自覚していたのだ。
初めて発見されたのは、5歳の誕生日を迎える直前のある日。当時2番目の姉と部屋を共有しており、2段ベッドの下が僕の寝床だった。その日も昼間に誰もいないのを見計らってさっそくいつもの「マラソン」を始めた。あまりにも熱中していたのだろう。被っていた布団をいきなりはがされた時には、何が起こったのか分からなかった。はっと顔を上げた僕の前には、目を真ん丸に見開いた姉が立ちすくんでおり、2秒後には「ギャー」と叫びながら階下に駆け下りていった。何を思ったのか、僕はその後も少しの間行為を続けた。部屋に近づいてくる足音にも気が付いたが、どうせ姉だろうと無視していると、また布団をはがされたので、そこにいる人間を睨みつけた。立っていたのは父だった。4歳の息子のフル勃起を目撃したのだから無理もない。父の驚愕と困惑が混ざったような何とも表現しづらい表情は今でも鮮明に覚えている。僕は叱られると思い咄嗟に中腰になり謝る準備を整えたが、先に少々落ち着きを取り戻した父は、「ばい菌が入るから擦り付けてはダメだ」とだけ言うと、そのまま階下に去っていった。僕は茫然としながら、抱いていた背徳感がさらに強くなるのを感じていた。その夜には家族みんなに知られたことを何となく肌身に感じたが、誰もそのことについて話そうとしないため、居心地が悪いものの羞恥心はあまりなかった。
数日後の誕生日に祝いに訪れた母方の祖父母に対し、父から突如この出来事が僕の目の前で暴露された。どう感じていいか分からない状態で黙っていると、祖母が「そういう年頃なんやね~」と言いながら高らかに笑ったのを見た瞬間、初めて「恥ずかしい」と感じたのを覚えている。「年頃?」と今思うとおかしな話ではあるが、祖母もきっと驚きをどのように隠していいか分からなかったのではないだろうか。しかしその後の人生でこの話が家族間で持ち出されたことはないので、父や母、祖母をはじめ他の人間が覚えているのかは定かではない。ただ、自分自身の事細かな記憶を考えれば、小さな僕の心には何かが残されたのかもしれない。
サルに「自慰行為を教えると死ぬまで続ける」ということを聞いたことはあるだろうか。悪いこととは分かっていても、僕もサル並みに行為を止めることはできなかった。また、擦り付けている最中に頭に浮かんでいる妄想もはっきり意識できるようになっていた。閉じた目の奥に現れるのは決まって、堺先生をはじめとする大人やテレビで見る俳優。『西部警察』の舘ひろしや『太陽にほえろ』の神田正輝にはよくお世話になったので、今でもテレビで見かけると条件反射なのか、少しハッとしてしまう。
さらに、何となく「ドキッ」と興奮するシチュエーションに出会うと、それに関わった人の顔を覚え、妄想の中で何度も何度もそのシチュエーションを繰り返し再生し、数えきれないほどのマラソンを走り切った。
次第に僕の生活の大部分に、「シチュエーション→果てることのない自慰行為」という一連の流れが影響し始めることになる。幼稚園を卒園し、小学校に進む頃には、シチュエーションに「出会って」から行為を進めるだけでは満足できなくなり、シチュエーションを「作る」ようになっていた。そのほとんどはスーパーやデパート、駅などの「公衆」トイレが舞台となった。隣で用を足す男の股間をのぞき込んでから、その形状と持ち主の顔をしっかりと記憶し、帰宅後に妄想と興奮に身を任せる。当時の僕は、この行為が自らのアダルトライフを狂わせるほどの中毒性を持っているなんて知る由もなかった。
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