第9話 根本的にクレームに対処するため、ついに我が社の社長が動き出す! おい! 馬鹿! やめろ!

<問・クレームから会社を救う方法>


 さて前回お話した通り、劣悪な環境での長時間労働や徹夜が続き、僕の体調はおかしくなってきていました。途中で帰宅することも増えてきます。これなら残業しないで普通に働いた方が効率よくね?


 地獄に仏とはまさにこの事ですが、同期達はそんな僕にすごく優しかったのを覚えています。

 Aさんは普段から僕の事をすごく気にしてくれて、自分も忙しいのに仕事終わりに工場に顔を出してくれました。

 Bさんは僕が耐えきれず早退すると、僕のアパートの前にこっそり食べ物やビタミン剤を置いて行ってくれました。

 Cさんはよく息抜きにご飯をおごってくれました。

 みんなA社にはもったいない人達ばかりです。いや、本当に。


 クレーム処理開始から約一月後、電子工学部部長がタイから帰ってきます。部長も会社でのクレーム処理に参加しますが他の業務もあるので、結局、僕の独断場が続きます。まぁ、部長は一月後、再びタイへ飛び立つのですがね。


 さて、僕が作業をしている工場には【機械設計部】があって、その部署の人達と段々仲良くなっていきました。特に仲良くなったのは機械設計部部長、合気道の達人ジジイLさん、比較的年の近い先輩Kさん。


 機械部部長は五十代独身の気さくなオッサンです。

 僕が毎日、遮光カーテンを被って仕事をしているのを見て何を思ったか「よっしゃ、俺もやってみよう」と言ってから僕に「お前はソファで寝てろ」と命令。


 めっちゃいい人だぁ。と思ってソファに横になった十分後、僕は部長に起こされました。


「え、もう終わったんですか」


 と尋ねたとこと、部長は頭痛、吐き気、めまい、等々に襲われて具合が悪くなり作業を中止。隣のソファに横になりながら「よくあんな作業続けてたな!」と驚いていました。


 具合が悪くなった原因は熱中症。そして暗い中、わずかな明かりを頼りに繊細な作業をする、と言う環境は脳に異常な興奮(ストレス)を与える事になります。テレビのフラッシュの点滅などで具合が悪くなる状態に近いのかもしれません。

 とはいえこの部長のように、自分でやってみて、一緒に苦しんで、解決策を模索してくれる上司は本当に貴重です。




 次に合気道の達人ジジイLさん。

 クレーム処理の機械に関係する箇所を担当していた人です。いつも一緒に夜中まで残業していました。

 Lさんは合気道に出会う前は、和道流と言う流派の空手をやっていました。そして偶然にもボクは高校生の頃、空手部に入っていたのですが、その流派も和道流。同門の先輩だったわけです。

 ちなみにクレーム処理がひと段落した後、皆で温泉に行ったのですが定年間近なのに腹筋がバキバキに割れてて、ただ者じゃない雰囲気で風呂に入ってたのが印象的でした。

 普段から物腰が柔らかく、けれど剛の者ごうのもの特有の規律、と言いますか、芯の強さ、と言いますか、そう言ったオーラが滲み出るかっこいいジジイでした。




 最後に機械科の先輩Kさん。比較的、歳が近いという事もあり、僕の事をかまってくれた人です。毎年一回は交通事故を起こす人で、普段からの過労と、それに伴う寝不足が原因じゃないかと思います。Kさんが事故を起こした時、激怒した社長が


「あいつが死んでもかまわねぇけど、うちの会社に泥塗ったらただじゃおかねぇぞ!」


 って怒鳴ってました。ここまでくると驚きませんが、本当に人間の屑ですね(笑)


 さて、残業が続いたある日の事です。残業の合間、夜風を浴びながら休憩していた時、Kさんがやってきました。二人で雑談をしていたのですが


「納期が近いけれど、もう疲れました。帰りたい」


 と僕は愚痴をこぼしてしまいました。Kさんも気持ちは同じでしょうから困ったような顔をして

「でも、それが社会人としての責任だよ。君はその責任を無視できるのかい?」

 

 今なら胸を張って言いますよ。


「はい、うち帰って、風呂入って、アイスクリーム食べて寝ますわ!」


 けれども当時の僕、アホの子です。それにKさんも毎日大変な思いをして働いているのを知っていましたから、その言葉を無下には出来ませんでした。

 結局、残業を続けた僕ですが、このKさんとのやり取りは、完成したブラック企業から発生した最も恐ろしい症状の一つです。


 


 Kさんが僕に言った言葉はから出た言葉だったので、Kさんの事を悪く思った事はありません。一緒に頑張ろう、と言う思いも感じ取れましたし。

 ただ、。ブラック企業に従順になってはいけません。






《解・クレームから会社を救うために吐くほど酒を飲む》


 さて、前回、耐久試験やデータ収集に時間がかかる事は説明しましたが、そこで沸いてくる疑問があります。


『ファンクションテスターを製造している全ての企業が、同じやり方で試験をしているのだろうか?』


 当然答えはNOです。

 一度、修理した品物を届ける為、お客さんの会社へ行ったことがあります。その時に故障の原因や、修理する方法を説明し、耐久試験の方法やデータの取り方などを打ち合わせしました。その際に、A社で使っている投影機の話題になると、お客さんの顔が唖然となりました。


「え? 今時、そんな機械で測定してるの?」


 お客さんの反応は当然です。白熱球を使った旧式の投影機なんて使うわけがありません。

 当時ですら、カメラで生基板なまきばんを撮影するとパソコンのモニターに表示され、後は任意の場所をマウスでクリックするだけで距離などの必要な情報が勝手に出力される、という機械が主流です。

 それに対してA社。薄暗い投影機に映し出された画面に、その長さをメモしてデータを作っていました。こりゃ、笑うしかない。


 そして、実は僕、お客さんが言っている機械を知っていました。機械設計部の部長が少しでも効率の良い方法を探してくれていて、地域の産業センターまで行けばくだんの機械をで貸してくれる、と言う話を聞いていたのです。


 ただそこはA社です。便利な機械があるからと言って楽させてくれるわけがありません。根性、根性、ど根性。

 部長に話してみても


「へー」


 くらいのリアクションしか返ってきません。

 多分、お金かかる事はしたくなかったんだと思います。それに比べて労働者には残業代払ってないわけですし。どっちが得かなんて一目瞭然!


 とはいえ、お客さんに笑われたからか、クレーム処理終盤になってから、産業センターで機械をレンタルさせてもらえるようになりました。当然、施設はエアコン完備!

 ……これが普通のはずだよね?


 さて、こういった困難を乗り越えてクレーム処理の解決も終盤を迎えます。無間地獄とも思えた苦痛の日々の先にようやく光が見えてきました。不毛な業務ではありましたが、沢山の人に協力してもらいながら大きな問題を解決しつつある事に喜びを感じていました。


 そんなある朝、朝礼で社長バカが何やら勇ましげな声で話し始めました。

「昨日、僕は会社の進退をかけて酒を飲んでね……」


 はぁ?


 社長の話を要約すると、


今回のクレームを出してしまった企業の偉い人と飲み会を開くことになった。

その場でお客の偉い人に無理やり強い酒を注がれる。

その酒を一気飲みする事で相手に納得してもらう。

その後、飲み会が終わるまで社長は耐えた。

飲み会後に吐きまくり、内臓はボロボロ。

けど、会社を守った。俺スゴイ!


 もー、やめてー。

 ホントなに言ってんのかわかんないからさー。黙っててよー。


 ただ社長バカは真面目に、そしてあたかも辛そうに語ります。こっちは酒どころか飯食う時間まで削って働いてたっつーの! たがだか酒で進退が決まる会社なんか潰れちまえ!


 最後に余談ですが、以前『ファンクションテスターは儲けが少ない』と書きましたが、もちろんそれは企業によります。ファンクションテスターで莫大な利益を上げている会社も沢山あります。

 A社のファンクションテスターの儲けが少ない原因は、クレームの発生を別にすれば、結局のところ営業(社長)の時点で安く買い叩かれているからというわけです。

 やっぱり、社長が全ての元凶ではないか!

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