第3話 ドキッ! 新卒だらけの社員研修。トラップもあるよ!

<問・研修期間の新卒たちが、気付ける罠と、気付けない罠の違い>


 学生時代はあっという間に過ぎ、季節は春。

 新卒学生たちの社会人デビューです。


 A社では入社直後に都内へ二泊三日くらい出張して、他の企業の新人たちと一緒に基本的なビジネスマナーを学びます。

 社外研修が終わるとOJT(会社の上司や先輩による社内講習)が始まります。社内や社外にある工場を見て回ったり、各部署の部長クラスが部署での仕事内容を説明したり、社長、専務からありがたいお言葉を拝聴するのですが、正直あんまり内容は覚えてないです。

 ただ一つ、しっかり覚えていることもあって、それは社長の講義が始まった時です。新人社員5人の前に立った途端、掌で机を


 バァン!

 と殴りつけ


「挨拶はねぇんかい!」


 突然の怒号。あっけにとられる新人たち。

 一応、講義が始まる前に新人社員が順番に


「起立、礼、お願いします!」(超大声)


 と号令をかけるのですが、一瞬、間が遅れた。その一瞬の間でキレる社長。

 面接から今まで穏やかに取り繕っていた社長の豹変(外面が良いだけなんですがね)に、僕だけでなく同期達も恐怖を覚えます。

 それは単純に怒られた事に対する恐怖ではなく。


(こんな事で豹変する大人がいるんだ!)


 という、今まで見た事のない、意味不明なモノとの未知との遭遇が根源にありました。

 講習後、同期達と放した結果「上司に対する態度、言動には注意が必要」という事でまとまり、警戒心を強めたわけですが、これは序の口。

 警戒した程度で見つけられるような物をブラック企業では罠とは言いません。




《解・研修期間の新卒たちが気付けない罠》


 ※注

 今回の《解》編は僕の憶測が混じります。ただ、当時の出来事のタイミングや理屈を踏まえると僕の予想は当たっている、という確信があります。


【ケース1】

 OJTが始まったばかりの頃です。A社では出社すると、まずは社内の掃除をします。

 その日、僕は応接間の掃除を担当していたと思います。掃除の終り頃、トイレの方から何を言っているのか聞き取れないレベルの怒鳴り声が炸裂しました。怒鳴り声の主はもちろん社長。

 遠巻きに様子を見ると、トイレ掃除を担当していた同期のAさんが社長に怒鳴られていました。


「おめぇの親がそうやれって教えたんか!」


 みたいな事を怒鳴っています。

(おいおい、親がどうこう、とか言っちゃいかんだろ)

 と、さすがの僕もドン引き。


 後になってAさんに聞いてみるとトイレの掃除の仕方に対する叱責だったらしいですが、話を聞くうちにに落ちない点がありました。

 Aさんいわく。

「手洗い場を掃除するクレンザーがなかったんだよね。探そうと思ったけど朝礼に間に合わなくなるし、仕方ないからハンドソープを使って掃除をしてたら、それを怒られてさ」

 そして、そのときAさんが言っていた言葉がどうも僕は引っかかっていました。

「クレンザー、昨日はあったはずなんだけどね……」


 自分にも落ち度があったと反省するAさんでしたが、僕を含め他の同期達は思います。

「でも、あんなに怒鳴る事はないじゃん」

 あの怒鳴り方、完全に”叱る”ではなく”怒る”と言うヤツです……とその時は思っていました……


【ケース2】


 こちらもOJTが始まったばかりの頃。

 その日、僕は同期達より少し早く会社に着いたのですが、門の前に落ちているゴミに気づきました。どこぞのマナーのなっていない輩がポイ捨てしたのかな? そう思ってゴミを拾い上げた時です。タイミングを見計らっていたかのように


 ガチャ


 会社の入り口ドアが開き、社長が出てきました。


「あ、お、おはようございます」

 突然の社長登場に思わずキョドる。

「おう、おはよう。信じらんねぇよな! 人の会社の前にゴミ捨てる奴がいるんだ」


 そう言って社長、自然に手を伸ばして僕の拾ったゴミを持って行くのですが、あまりにもタイミングが良すぎる。しかも社長の性格からして


 ふと思い出したのが、昔、テレビで見たオーディション企画です。

 オーディション参加者が落ちているゴミにどう反応するか、その様子を監視カメラで観察するんですが、もしかして、社長はわざわざ新入社員を怒鳴りつけるために罠を張り巡らせているのではなかろうか……


 残念ながら推測の域は出ません。同期達にも会社の前に落ちていたゴミについて話しましたが、やはり証拠がない以上、罠だと断定することはできませんでした。

 ただ同期を含め、僕らは確信していました。手洗い場のクレンザーの件も踏まえて、と。

(当時はまだ、統合失調症は発病していません。妄想ではない、はず!)


 今思えば、社長の目的はでもでもなく、することだったんじゃないかと思います。


 自衛隊や警察官など過酷な環境で仕事する方々は訓練で心身をギリギリまで追い詰め、理不尽に打ち勝つ屈強な精神をつちかうそうですが、反面、メンタルブレイクを予防する専門的なケアも訓練として行うそうです(それでもメンタルブレイクする人はいるらしい。彼らの職業意識には感服させられます)。

 彼らの場合、ではなくでありなわけです。そりゃ刑務所じゃないんだから当然だよね。


 あ、もちろんA社刑務所にメンタルをケアする、なんて概念はありません。

 なので僕らが入社してから最初の冬ごろから、で心身を壊していく社員が続発します。そのきっかけというのは僕なんですが、詳細はまた後程という事で。

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