最終話 一夜明けて〜エピローグ〜

「お待たせ――」


「エ……ト……?」


 自分が選ばれないと思っていたのか、彼女は部屋の中央にある天蓋ベッドの上で丸くなり俯いていた。私が声を掛けると顔を上げ、満面の笑みを浮かべて私を迎えてくれた。


「エトっ!!」


「好きだよ、アルマ」


「僕も、僕も大好きっー!! 僕のことを選んでくれてありがとう!!」


「うん。私も大好き……」


 ベッドから飛び降りて、だだだっと駆け寄ってきたアルマを、ぎゅっと抱きしめる。彼女も抱きしめ返してくれた。


「ねぇ、つかぬことを聞いちゃうけど、なんで僕の事を選んでくれたの? エト、シズルやお姫様の事も大好きでしょ?」


「ほんとにつかぬ事を聞いちゃうね。でもいいよ、教えてあげる。私がアルマの事を選んだのはね、起きた時、まず初めに頭に浮かんだのがアルマだった。今思えばカノン様と再会してからも、ずっとアルマの事を考えていたんだって、メリティナに言われて気付いたんだ。アルマは気付いてた? 私がずっとアルマの事を見てたのを……要するに私の頭の中はアルマの事でいっぱいなんだよ。確かに昔はカノン様やシズルに好意を寄せていた。でも今は違うんだ」


 私は素直に今の感情を彼女に伝える。隠す必要もない。


「う、うん。以上に見られてるなーとは思ってたけど、そんなには気にしてなかった」


「そっか。私はいつもアルマの事を見てたんだ。いつから私はアルマを目で追ってたんだろ」


「えっとね、確か、僕が自分の過去を話した日からなんか今日はよく見られるなーって思った。それで僕もエトの事を意識するようになったのは、あのキスをした次の日から。すごく見られてるなーって思った。最初は怒ってると思ってたんだけどね、途中からあ、これは違うって気付いたんだ」


 彼女はえへへっと笑い、それがすごく嬉しかったんだよと続ける。


 聞いてるこっちも、自分の事なのになんだかとても恥ずかしかった。


「私、そんな前からアルマの事を想ってたんだ。でも私にはカノン様がシズルがいるからって、今まで気付かない振りをしていたんだ……」


「エト?」


「……でも私は決めた。過去の想いより、今の自分の気持ちを優先するって!」


「うむっ!?」


 片手で彼女の頭を、もう片方の手で彼女の腰に手を回し抱き寄せ、彼女の柔らかい唇に自分の唇を重ねてキスをした。


 一度目のキスはお互い寝ぼけていた。だからこれが実質初めてのキスになる。


「んっ……んん」


「ん……ふぅ……」


 あの時は短かかったけど、今回は長い。息をすることも忘れていた。部屋の中で聞こえる音は、時計の音と私とアルマのキス音だけだった。


 お互いに、ほぼ同時に唇を離した時には、私もアルマも息が荒くなっていた。


 離れた唇と唇からはお互いの唾液が一本の橋を作っていた。


「嬉しいけど、これは卑怯だよ……」


「ごめん。アルマの事がすごく愛おしくなって……でも後半、私が余裕を持って離そうとしたら、一気に奥まで入れてきたのはそっちじゃん」


「だって、どうせやるなら限界までやっとこうって思ったんだもん!!」


「あははっ。アルマらしいね――じゃあ、いこ?」


「うん」


 彼女を軽く促して、ベッドへと向かう。


 天井の灯りを消して、二人でベッドにダイブする。天蓋ベッドのカーテンを閉めようとしたら、閉めなくていい、ここには二人しかいないんだからって言われた。


「いいの? もし誰か来たら……」


「来るとしたら、二人だけだよ。もし雰囲気を考えないで見に来たら、見に来た事を後悔させてやるんだ」


「まあ、二人ともそんな事しないと思うけどね」


「わかんないよー。女って怖いから」


「そうだね」


 じっと二人で見つめ合う。私が上、彼女が下だ。


「……優しく、してね」


「うん……」


 彼女が静かに目を閉じる。それが合図だった。


「んっ――」


 私は彼女の唇を貪るように味わい、互いの手を重ね、ぎゅっと握る。


「……んうっ」


 くぐもった声を出してアルマが身を捩る。


 私は彼女の股に太ももを入れ、一旦キスをやめる。


「いい?」


 その問いかけに、アルマが顔を手で隠しながら頷いた。


 私は彼女の白いネグリジェを脱がす。


「アルマ、綺麗……」


 そこに広がっている光景はまさに神秘的なものだった。


「もう恥ずかしいよ。エトも脱いで」


「うん」


 身体を半分起こしたアルマに、服を脱がせられる。互いに生まれたままの姿になった後、私は彼女に覆い被さった。


「アルマぁ……」


「エト……好きだよ、ずっと愛してる」


 何度目か分からない口付けを交わす。


 この日、私とアルマは結ばれた。お互いはじめての事だったので、色々と大変だったけどなんとか初夜を乗り越えた。


 その夜、選ばれなかった者の反応はさまざまだった。


 一晩中部屋で啜り泣き、翌朝になって、目の下が涙でぐちゃぐちゃになったまま、泣き疲れて眠ってしまった者。


 静かにその現実を受け止め、翌朝になって、二人に「おめでとう」と祝福の言葉を述べる者、反応はそれぞれ異なった。


 逆に選ばれた者は好きな人と、一晩中、愛を確かめ合うのだった。


 そして夜が明けた――。


◇◆◇◆◇


 アルマと結ばれた日から丁度5年後。


 世界から魔物は駆逐され、魔物を完全に根絶したという趣旨の声明が政府から発表された。


 ルシア先生とティナ様が帝都を拠点に立ち上げた新政府のお陰で、国や街の治安は著しく向上し、スタンピードが起こる前と比べでずいぶんと平和な世の中になった。


 各国との関係も回復し、現在は協力してスタンピードによって被害を被った街や村の復興作業に重きをおいているのだと言う。


 だが魔物がいなくなった事で、共通の敵がいなくなり、各国がお互いの利益のために、睨み合う時代がまた来るかもしれないと先生は言っていた。


 人の欲望は際限を知らない。いつまた、第二、第三の魔王が生まれるやもしれないのだ。


 宰相も政府に身を置き、国の復興に力を貸してくれているが、最近は特に忙しいようで、前にも増して目に隈が出来ているので、少し心配だ。


 イリアさんとクロエは二人の懐刀として、政府の暗部として身を置き、反乱を起こそうとしている者の暗殺に向かった。


 二人もなんだかんだで、上手くやっているようだ。結婚の報告を受ける日も近いかもしれない。


 一度、ルシア先生とティナ様の縁談の話が持ち上がったが、二人とも結婚する意思はないとハッキリと公表し、その後も二人は独身を貫いた。


「アルマ。今日はどこへ行こうか?」


「んっとね、カノンが治めている国へ遊びに行きたい。あそこの街で売られているクッキーがすごく美味しいから!」


「いいね。あの国に流通しているお菓子や料理のほとんどはシズルが考案したものだから、どれも美味しい」


 そんな情勢でも、私たちは変わらない。もう危ない事には関わらないって二人で相談して決めたから。みんなもそれでいいって言ってくれた。


 今は二人だけの生活を楽しんでいる。


 あれから5年が経ち、アルマの身長もぐんぐんと伸びて、今では私より少しだけ高いくらいまで成長した。そのせいで、キスしようとするたびに私がちょっぴり背伸びしないといけなくなったのだ。


「シズル。すごいよね、王族専属料理人でありながら、街で自分のお店を開いて大盛況。シズルが考案した料理はどれも絶品で外れなしって評判だもん」


「噂によれば、シズルの後ろにマチルダさんっていう強力なアドバイザーがいるみたいだよ。シズルはそこからインスピレーションをもらっているみたい」


「うん。それにあの店では、ライオット君が働いてるんでしょ?」


「そうだね。スタンピードで一度行方不明になったんだけど、その1ヶ月後に見つかったんだから」


「不思議な事もあるもんだよねぇー」


「シズルが最後まで、ライオットの無事を信じて諦めず捜索を続けたからだよ。そうじゃなければきっと見つからなかった」


「今、付き合って一年だっけ?」


「こないだ会ったときに、付き合い始めたって言ってたから、そうなんだと思う」


 ライオットはシズルに自分の想いを伝え、シズルも4年という時間をかけて、彼と絆を育み、彼を受け入れる事を決めたという。


 ヨハンもメリティナと交際を続け、今年の冬に結婚してくださいとプロポーズするつもりのようだった。


「まあ、結婚した僕たちからすれば、どちらもまだまだだけどね」


「そうだね。シズルの所にも顔を出して、二人の恋を応援しに行ってあげようか」

「うん、そうしようー!」


 私とアルマは付き合って2年後の春に結婚した。アルマはもっと早く結婚式を挙げたかったらしいけど、ティナ様が同性婚を法律で認めさせるのに思ったより手間取ってしまったらしく、2年も掛かってしまったと謝られた。


 一般的には同性同士で結婚することは珍しいのだ。


 でも私は恋人期間もすごく楽しかった。だから全然気にしていないと伝えた。


「そういえば、ジークとマチルダさんに第二子が誕生したのは聞いた?」


「え、なにそれ!? 聞いてない、男の子? 女の子?」


「女の子らしいよ」


「うわぁー。ねね、今度会いに行こうよ!」


「もちろんそのつもりだよ。でも今日はカノンの国へ行くんでしょ? ジーク達の家がある国とは反対だから、また今度ね」


「うん!」


 あの後ジークはマチルダさんと結婚し、子供を産んだ。長女はもう二人のことをパパ、ママと呼んでいるらしい。


 私が会った時は、まだ足元もおぼつかなかったのに、子供の成長は早いんだなって実感させられる。私たちも出会ってからもう6年が経ち、お互い20歳になる。


 この間、ミザリーとフリーダが二人の子供を産んだと聞いて、アルマが早く子供を作ろうって聞かない。


 女同士で子供を作るのは不可能とされていたが、カトレアさんが同性同士でも子供を作れる薬を発明して、最近とても話題になっていた。


 カトレアさんの長年の研究が、身を結んだ瞬間だった。


 それを一番最初に試したのが、ミザリーとフリーダで、二人は立派な女の子を産んだ。


 産んだのはフリーダという事だから、夜の攻めはミザリーで、受けがフリーダなのだろう。ちょっと意外だ。


「あ、今フリーダから赤ちゃんの写真送られてきた! ピースサインなんかしちゃってぇ……ぐぬぬ、ねぇ、僕たちも早く子供を作ろうよ!」


 ジークが考案した携帯型、連絡機器により遠くにいても連絡を取り合うことが簡単になった。


 あの二人のアイディアには本当に驚かされる。まるで別の世界から来たのかと思わせるほど、革新的なアイディアを二人は提供し続けた。


 お陰で日常生活は大分過ごしやすくなった。


「まだ早いよ。それに私はもう少しアルマと二人っきりの生活を楽しみたいな、だめ……?」


 うるうるとした瞳を受けると、うぐっとアルマが押し黙る。


 この瞳うるうる攻撃は、元々アルマの受け売りみたいな技だ。彼女より身長の低くなった今の私がやれば、効果覿面だった。


 ふふ、昔の私の気持ちを思い知れっ!


「ううっ。僕のお嫁さんが、すっごく可愛い過ぎてむり。エトがそういうならいいよ! 僕もエトと二人っきりの生活をもっと、もーっと楽しみたいもん!!」


「じゃあ決まりだね! さ、まずはカノンの所へ行こう。きっと職務続きで癒しを欲しがってると思うから」


「うん。いこうーいこうー!!」


 彼女と手を繋ぎ、指を絡める。


「アルマは今幸せ?」


「うん。幸せ!」


「よかった。これからもずっと一緒にいようね」


「うん。一緒にいようねー!!」


 私は幸せ者だ。好きな人とこれから先、ずっと一緒に人生を歩めるんだから。


 私たちの薬指には、二人で決めた結婚指輪がきらりと輝いていた。

 

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