第118話 誰を選ぶ?

「ん。うぅん……ここは?」


 目を覚ますと、私は天蓋つきのベッドの上で横になっていた。


 身体を起こすと、頭の上からパサっと包帯が落ちてきた。雑に巻かれていたであろうそれは、誰がやったのかすぐに分かった。


(包帯をこんなに雑に巻けるのは、私の知ってる中では一人しかいない。きっとアルマ先輩だ)


 アルマの怒った顔が浮かび、くすっと笑いがこぼれる。


「すーすー」


「――っ!? あ、みんな……」


 誰かの寝息が聞こえ、びっくりしてそちらの方を向くと、ベッドの脇に置かれた長椅子に3人の少女が肩を並べて仲良く座っていた。


 真ん中にカノン様、その両脇にシズルとアルマという配置だ。


 全員気持ちの良い寝顔で眠っていた。


(3人とも……かわいい)


 シズルはカノン様の肩に頭を乗せ、カノン様はそんなシズルに頭を預けていた。


「昔のシズルだったら、絶対そんな事しなかったな……」


 今の二人をみていると、王女とメイドという主従関係の垣根を越え、そこに互いの遠慮は存在しないように見えた。


 同じ何かを求める、そんなライバルのような気概を感じた。


「それに比べてこっちは……」


 いつも通りのアルマに至っては、カノン様のお膝を膝枕にして、ふにゃふにゃと寝言を言いながら熟睡していた。


「……こうして3人の寝顔を見る機会が来るなんてね」


「ん。んにゃにゃ……」


 起こすのも悪いので、暫く3人の寝顔を拝見していると一番だらしのない子が目を覚ました。


「……ん、あれ? エト起きたの!?」


 勢いよく椅子から飛び上がり、アルマは目をパチクリさせる。


「おはようアルマ。よく寝てたね」


「よ、よかったーー! エト、全然起きないから僕すごく心配したんだよっ!!」


「わっと」


 アルマが私に飛び掛かり、首に手を回してダイブしてきた。


「ごめんね、心配かけた」


「……ゆるす」


 ぐりぐりぐりとアルマが頭を胸に押し付けてくる。


 その栗色の髪を優しく撫でていると、アルマが椅子を飛び上がった事による衝撃で、幼馴染が目を覚ました。


「んぅ……なにごとっ――エト!?」


「シズルもおはよ――うわっ!」



 二人分の体重を支えきれる筈もなく、私は二人に押しつぶされた。


「よかった。本当によかった」


 でも泣きながら言われたら、それを拒む事は出来なかった。

 その後、カノン様も目を覚まし、同じように、しかし上品に飛びつかれて私は「ぐえっー!」と呻くのだった。


◇◆◇◆◇


 起きてから少し時間が経ち、パンをスープにつけた軽い夜食を食べた後、3人から今どういう状況なのかを詳しく聞いた。


「えっ! ここはシュトラス王国のお城だったの!?」


「そうよ。元々はあなたがメイド時代に使っていた部屋なのだけれど、宰相が色々と手を加えていたみたいね。シズルは知っていたんでしょ?」


「はい。一応は」


「僕なんか、一瞬ここは天国なのかもって思っちゃったよ」


 たははっとアルマが快活に笑う。つられて私も笑ってしまった。


「3人も私と同じ状況だったんでしょ?」


「そうだよ!」


 3人が目を覚ましたのは魔王を倒してから一日、二日経った後で、目を覚ましたら私と同じくベッドの上にいたという。


「先に目覚めていた人達に色々話を聞いて、大体の状況は把握しているわ。聞きたい?」


 少し躊躇いのあるような言い方だった。でも私は迷わなかった。


「はい、教えてくださいカノン様! スタンピードが、みんながどうなったのかを知りたいんです!!」


「分かったわ。でもその前に一つだけ聞いてもいいかしら」


「はい。なんでしょうか?」


「あなたは魔王の?」


「名前? そんなの覚えてるに決まって……あれ、うそ……思い出せない」


「やっぱりね、シズル」


「はい。エト、よく聞いて。今この世界で魔王の名前を知っているのはウルティニア様しかいないわ。それ以外の者はみんな魔王の名を忘れてしまった。魔王が彼なのか、彼女だったのかも分からない。魔王に関する記憶、情報はこの世界から全て抹消されてしまったの」


「そう……なんだ」


「ちなみにね。今それ以外の事で記憶に異常は見られない。本当に魔王に関する記憶だけが、頭から抜け落ちちゃったみたいなんだ」


 存在そのものを無かったことにされるなんて、ちょっと可哀想だよねとアルマが続ける。


 そう、世界の誰もが、スタンピードを起こし災厄を振り撒いた魔王の名を覚えていなかった。


 思い出そうとしても、記憶に靄のようなものがかかっている。それに考えるたびに頭が痛くなった。


「大丈夫? 体調がすぐれないなら少し休んでからでも……」


「大丈夫です。お願いします。教えてください」


「……分かったわ。それじゃあ――」


 それから私は色々なことを聞いた。


 スタンピードは収まり、怪我人の救助活動が始まった事。ルシア先生とティナ様が人々をまとめ、救助の指揮をとっていること。


 メリティナとマチルダさんの助力により、奇跡的に命を取り留めたカトレアさんの事。


 ベビーモスの爆発に巻き込まれて亡くなったベルタさんの事。


 本当に色々なことを聞いた。


「もう少ししたら、救護班から貴方宛に手紙が一通届くらしいわ。防衛組の人が残した最後のメッセージが……」


 届けられる手紙は戦いで亡くなった人、行方不明になった人の手紙のみだ。つまり私に届く手紙の差出人はもう……。


「シズルには届いたの? 手紙」


「……届いたわよ。誰からかは教えないけど」


 そう言って、シズルは封が開けられた手紙を一つポケットから取り出す。


 その手紙は綺麗好きのシズルにしては、随分とくしゃくしゃになっていた。


「そっか……その手紙の差出人は」


「行方不明、だそうよ」


 行方不明。死亡ではない。つまりまだ生きている可能性がある。


「……探しには、行かないの? 私ならもう大丈夫だよ。シズルにとって、その手紙の相手がどんな人なのかは分からない。でも大切な人なら探しに行くべきだよ」


 出来るだけ、優しく、彼女の地雷を踏まないように問いかける。彼女の気持ちは私が一番よく分かってるから。私のことなんか気にしないで、早く探しに行ってあげてとは言えない。


「……今はその人よりも、優先したい人がいるから」


「ありがとう、シズル。色々と、すごく嬉しいよ」


「……エトっ!! わたしは貴方の事が――」


 何かを言おうとしたシズルの口をカノン様が抑える。


「だめよ、シズル。抜け駆けするのは。3人で決めたでしょ」


「……すみません」


「そんな不機嫌そうな顔しないの。ライバルが一人減ってるんだからいいじゃない」


「……ウルティニア第一王女様の事でしたら、それはカノン様の勘違いです。あの人はカノン様と違って、自分のメイドの事をそんな風に思ったりしません」


「あら、言うようになったわね。でも、お姉様の事だから分からないわよー」


「本当にそうだったら、今この場にいる筈です」 


「まあ、そうなのだけれどねー」


 二人だけで話が進み、置いてけぼりにされた私は勇気を振り絞って声をあげる。


「あの、話が見えてこないんですが……つまりどういう――」


「「「みんなエトが好きってこと!!」」」


「わっ、なんかごめんなさい」


 押された。すごい圧に押された。あとみんな顔近い。


「もう。エトだって本当は分かってるくせに言わせないで欲しいな。まあ僕たちはもう一回キスしちゃったけどね」


「「は?」」


 3人の睨み合いが始まる。怖い、女の人って怖いよ。


「まあいいわ。今からそれをハッキリさせるんだから。エトは私たちの事を好き? それとも嫌い?」


「え、急になに……? そりゃ好きか嫌いかで聞かれたら大好きだけど……」 


「じゃあ、恋愛的な意味では?」


「――っ、そ、そりゃまあ……3人ともそういう意味でも好きですけど……」


 恥ずかしい。自分の顔が真っ赤になるのが分かる。

 茶化して欲しい。そう思ってたら心を読んだアルマが茶化してくれた。


「あー三股宣言しようとしてる。酷い浮気魔だ」


「私は一向に構わないわ。エトの側にいられるなら」


「私はやっぱり夫婦は二人がいいね。エトが私と二人にきりになるのが嫌じゃなければ、だけど」


「いや、嫌なわけありませんよ! だって憧れていた人と一緒になれるなんて……」


「だったら私と――んぐっ」 


 私の顔に手を伸ばしたカノン様をアルマとシズルが押さえ込む。アルマは腕、シズルは口だ。


「カノン様。抜け駆けするなと言ったのはどっちでしたっけー?」


「油断も隙もない女とは、お姫様の事だね!」 


「んぐんぐんぐ」


 何か言ってるが、口を押さえられている為言葉にならないようだ。


 しばらくして「んぐんぐんーぐ!」と言ったかと思うと、二人がパッと手を離す。私には何を言ったのか分からなかったのに……。

 

「カノン様は暴走するから私から言うわ。それでねエト。話を戻すと、エトに一つだけ決めて欲しい事があるの」


「エトが寝ている間に、3人でいっぱい話し合ったんだよ!」


「それで最後は、やっぱり公平に決めてもらおうって事になったの」


「えっと……なにを?」


「「「誰をお嫁さんにするかよ!!」」」


 はわわわわわ。分かってた。分かってはいたけど言葉にされるとすごく恥ずかしい。


「えっと、その、私がお婿さんでいいの?」


「結婚するのはいいみたいよ」

「やったね!」

「ふふっ、私のエトならそう言ってくれると思ってた」


 やばい、墓穴を掘ったみたい。確かに結婚する事はいいんだけど、出来るのかな?


「あの、カノン様。でもこの国の制度じゃまだ同性同士の結婚は……」


「それなら大丈夫よ。お姉様が全部何とかしてくれるって言ってたから」


「え、あ、そうなんですか。でしたら私はもう何も言いません」


「お利口ね。それじゃあ2時間後。入浴してから、貴方が今後人生を添い遂げたい相手の部屋に来なさい。私の部屋は一階の左端」


「僕の部屋は二階の真ん中!」


「私の部屋は三階の右端よ。貴方がローラに騙されて、捕まっていた時の部屋ね」


「え、今!? もう決めなきゃいけないんですか?」


「そうでもしないと……殺し合いになっちゃいそうだから」


 髪色が銀髪に変わりつつあるカノン様。なんか気持ち周囲の温度も下がった気がする。いや気のせいだよね!?


「ええ、受けて立ちますよ」


 水剣を出し、シズルが不敵に笑う。やばい時のシズルだ。


「僕もやるなら本気でやるよ!」


 曲剣を取り出し、暗殺服に一瞬で着替えたアルマがフードを被る。これは本気だ。


「分かった。分かりましたから! みんな一回帰って部屋で待ってて下さい」


 私は3人をぐいぐい押して部屋から追い出す。その追い出す間際、3人は一人ずつ私に向けて最後のアピールタイムとばかりに言葉を紡いだ。


「来てくれないと僕泣いちゃうから! だから絶対に来てよね!! エト、愛してる!!」


「アルマ……」


 いつも通り、言いたい事だけ言って帰っていくアルマの後ろ姿はどこか震えているようだった。


 でも彼女の愛はよく伝わってきた。きっと行かなかったら本当に泣いちゃうんだろう。


「エト。私は小さい頃から貴方のことが好きだった。でもずっとずっと我慢してた。同性だから、親友だからって、でももう自分に嘘はつかない。きっと貴方を幸せにして見せる。だからエト、私を選んで……」


「シズル……」


 彼女の私に対する愛は、昔と比べて少しだけ変わった。昔は私に愛して欲しい、可愛がって欲しい、側にいて欲しい。そんな受け身の愛だった。でも今の彼女から感じるのは、『必ず幸せにしてみせる』、『選んで後悔させない!』、『エトに対する愛は誰にも負けない!』奥手だったシズルが、この数年間でだいぶ変わった。彼女は一皮剥けて強くなったんだ。


 きっと彼女を選んだら、私は幸せになれるんだと思う。


「エト。私はね選別会で初めて会った時から、ああ、この子が運命の人なんだってすぐに分かったわ。だから私はみんなの反対を押し切って、貴方を専属メイドに迎えたの。それで実際に私は貴方のことを好きになったし、貴方も私の事を心の底から好きになってくれた。とても嬉しかったわ。だから一つだけ謝らせて。あの革命の日、貴方とお姉様を逃した時、私は死ぬつもりだった。貴方たちだけでも助かればいい、そう思ってしまった。でもね、死に際にそれは違うって気付いたの。この想いを直接貴方に伝えて、幸せを勝ち取るまでは絶対に死んでなるもんかってね。だから本当にごめんなさい。貴方を専属メイドに迎えなければ、また違った未来があったかもしれないのに……私って悪い子よね。自分の幸せのために他人を巻き込んだんだから。そんな悪い子でもいいって言うなら、私を選んで欲しいな。もう一度、今度は私がお姫様抱っこをしてあげるから。ふふっ照れないの。これから家族になるかもしれないのよ。式は立派なものをあげましょうね。じゃあねエト、また後で会いましょう」


「カノン様……」


 あの日、魔王と邂逅するその少し前、ティナ様と話す機会があった。そこでティナ様は言っていた。昔のカノン様はとても臆病で、人に何かを伝えるのが苦手だったから、よく早口で喋っていたと。


 きっと今見たカノン様が、素、本来のカノン様なのだろう。


 それに私はこんな目に遭うと分かっていても、カノン様のメイドになる事を選んでいた筈だ。それくらい選別会の時に見たカノン様はとても綺麗で、かっこ良かった。


 私の初恋は間違いなくカノン様なのだから。それなら選ぶべきはカノン様なのだろう……けど。


 その時、コンコンと部屋の扉が叩かれる。誰かが忘れ物でもしたのかと思ったら、声の主からそうではない事が分かる。


「エトさん。メリティナです。お手紙持ってきました」


「あ、はい。どうぞ」


「失礼します。エトさんがお目覚めになられてよかったです」


「こちらこそ、メリティナが無事で良かった。ジークも無事なんだよね?」


「はい。片腕を失いましたが、命に別状はないそうです」


「それは良かった。でも【黒猫】は……」


「はい。ジークと強襲組のメンバーを除いて、全員死亡しました」


 メリティナの話によると、黒猫のメンバーはジークが殺されそうになった時、その身を挺して救ったのだと言う。そのおかげで援軍が間に合い、ジークは助かった。でも部下が目の前で死んでいく、その精神的負荷は計り知れないものだろう。


「あ、話が逸れました。これがエトさんに渡す手紙です。差出人はベルタさんです」


 彼女が一通の手紙を差し出し、私はそれを受け取る。


「ベルタさんから……」


「はいっ、確かに渡しました。私は次の人に手紙を渡さなければいきませんので、これで失礼します」


「うん。ありがとねメリティナ」


「はい! エトさんもアルマさんとお幸せに!」


「えっ、ちょっとなんでそこでアルマの名前が出てくるの!?」


「あれ? 付き合っていたんじゃ無かったんですか?」


 こてんと首を傾げるメリティナは、どうやら本当に私とアルマが付き合っていると勘違いしていたようだ。


「いやいや全然付き合ってないよ! どうしてそう思ったの?」


「だって、あの酒場で再会した時、エトさんの視線がずっとアルマさんを追っていたので、てっきりそうだと……すみません勘違いしてしまって。ではこれで失礼します」


「あ、うん。そっか、そうなのか……私はずっとアルマを目で追ってたのか」


 そういえば昔、シズルにも言われた事があった。カノン様の事をずっと目で追っていると。


「手紙、読もっか」


 封を開け、中を開く。薄っぺらい用紙に、短く一言だけ書かれていた。


『過去に囚われず、貴方が思う幸せを選び取ってください。貴方の母親が、カトレアよりお父様を選ばれたように』


 やっぱりベルタさんは、私を母と重ねていたのだろう。彼の手紙からは孫娘に向けたような、温かな気持ちを覚えた。


「……ありがとうベルタさん。私、決めたよ」


 彼の言葉を受けて、私は誰の部屋に行くか決めた。そして入浴を終え、きっちり2時間後に彼女が待つ部屋へと向かった。



「お待たせ――」



 自分が選ばれないと思っていたのか、彼女は部屋の中央にある天蓋ベッドの上で丸くなり俯いていた。私が声を掛けると顔を上げ、満面の笑みを浮かべて私を迎えてくれた。



「好きだよ、■■■」



 その日私は一人の少女と結ばれた。

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