第117話 終末の行方

 カノン様の元へ駆け寄りその身体を抱き上げる。その左胸にはユアンが放った氷の氷柱が突き刺さっていた。


 私は必死に胸を押さえるが、氷柱の隙間からとめどなく血が溢れ出てくる。


「どうしようティナ様。カノン様が……」


「カノンっ!」


「カノン様!!」


 回復魔法が得意な先生とイリアさんが、カノン様に治療を施す。


「大丈夫だ! 弱いが脈はまだある!!」


「でも、意識が戻らない……このままじゃ身体が持たないわ」


「カノン様……」


 私はだらんと下がったカノン様の左手を取り、両手でぎゅっと握りしめる。


――死んじゃだめ!


 この想いがカノン様に届くようにと、切に願った。


「エト……」


「う、うわーん! お姫様が、エトの大切なお姫様が死んじゃうよ!!」


 アルマを連れたシズルがやってくる。シズルは私が握っている反対の方の手を取ると、こちらに笑顔を向けた。


 アルマも私の手に重ねるようにして、カノン様の手を握る。


 ヨハン達も遅れて到着し、カノン様の容態を見た3人は口元を押さえて、私たちと同じくカノン様の周りにしゃがみ込む。


「……エト。あなた今不細工な顔してるわね」


「ひっど! シズルだってなんか雰囲気変わって、怖くなった癖に」


「私の場合は大人になったのよ」


 二人してカノン様の手を握っていると、カノン様の手が徐々に冷たくなっているのが分かった。


 先生とイリアさんが全力を尽くしてくれてはいるが、命を繋ぎ止めるので精一杯のようだった。


「何か、何か方法を……」


 そんな私たちを嘲笑うかのように、ユアンがゆっくりとこちらに歩みを進める。


 先の会話で、まだ完全体ではない事が分かったが、戦ったら即殺される事は容易に想像がついた。


 それほど私たちとはオーラが、圧が違った。これが魔王の覇気というものなのかもしれない。


「……カノンを助ける方法が一つだけある」


「ティナ様……?」


 ぽそりとティナ様の呟きが聞こえた。


「カノンを助けるためには、ユアンに奪われた固有能力を完全に取り戻すしかない。この氷柱はユアンがカノンから奪って使用した技。これは【不滅】による攻撃じゃない。だから可能性はある。固有能力が完全に戻れば生命力も上がって、傷が多少癒えるはず……もうそれしかない」


「ティナ様。つまりそれは……」


「――ユアンを倒す」


 確固たる意思でティナ様が言い切った。


 魔王ユアンを倒す。そう、それこそが私たちが最終的な目的。そして魔王ユアンを倒すことが可能なのはティナ様しかいない。


「僕を倒す? 力なきお前に何ができるっていうんだ?」


 彼が一歩、また一歩近づくたびに心臓がきゅっーと締め付けられる。


 並の人間なら、彼の前に立つことさえ不可能だ。


 私たちが胸を押さえる中、ティナ様だけが平然とした様子で私たちを庇うように前に出る。


「魔王ユアン。私はお前は許さない。私の妹をこんな目に合わせて、エトちゃんを泣かせて、みんなに酷いことをした。貴方だけは絶対私の手で滅ぼす」


「ははははっ。口だけは本当に威勢がいいな。君がまだ生きてることさえ奇跡なのだが、僕を滅ぼす? やれるものならやってみろ」


 オッドアイの両目が、小さき少女を睨みつけ、彼は両手を広げ、どこからでもかかってこいとアピールする。


 それでもティナ様は負けじと睨み返した。


「力がない? 笑わせないで。もしかして貴方は自分の能力なのに自覚がないの? だったら教えてあげる。貴方の固有能力の弱点。それは全てを奪いきれないこと」


「なに?」


「現にカノンが生きてるのも、彼女に“氷”の固有能力がまだ残ってるから。彼女の髪が攻撃を受けて銀髪になっているのがその証拠。だから普通なら死んでもおかしくない攻撃を受けても、まだ微かに息をしている」


「…………」


「心当たりがあるようね。前にも何度かあったんじゃないの? 何度も時を繰り返してるって言ってたけど、賢者は世界でも最高峰の力を持っている。そんな相手からは最初の一度では完全に力を奪いきれなかったんじゃないの? だから繰り返す度に貴方は賢者から少しずつ力を奪うしかなかった。違う? そしてそれを甘くみた貴方の負け。あの革命の日、カノンから力を奪って窮地に追い込んだみたいだけど、固有能力がないならほっといても死ぬ。そう思ってわざと止めを刺さなかったんでしょう? でもそのおかげでカノンは助かった。今はまた貴方のせいで死にかけているけど」


「……たしかにそうだ。だけど、それがどうした! お前に残された力で、魔王となった僕に一体何が出来る。夜が明ければ僕は魔物を生み出し、この世界を支配する――」


「私に残された不滅の力は――! お前を倒すには十分すぎるくらいだー!!」


「ティナ様!?」


 ティナ様の身体が突然輝きだし、すざましい量の魔力の渦が周囲に湧き出る。さらに驚くべき事にティナ様は宙に浮いていた。


「――っ!?」


 魔王は先程とはまるで違う様子のティナ様に目を見開き、攻撃を仕掛けるも、全てティナ様に届く前に消滅してしまう。


「ティナ様……」


 覚醒した。

 これがティナ様の本来の力……【不滅】の能力の真価。


「な、なんだその魔力量はー!? それに浮いて――僕だってまだ御しきれていないのに」


「これが才能の違い。貴方にはこの力を操る器はなかったって事」


「そんな、そんな筈はない! 答えろ不滅、僕はお前の力を――」


 彼の想いに応えるように、ユアンの身体が黒く輝きだし宙に浮く。


 魔王ユアンは不敵に笑った。


「どうだ、みろ。これで僕も対等だ!」


 金色のオーラを身に纏うティナ様と、黒のオーラを身に纏う魔王ユアンの姿は、実に対照的なものだった。


「どうだろう? ま、やってみれば分かるよね」


 ティナ様がペロッと可愛らしく舌を見せる。

 その挑発的な態度が癪に触ったのか、こめかみに青筋を浮かべたユアンがティナ様目掛けて襲いかかる。


「存在ごと消して、残りの力を奪い尽くしてやるッ!!」


「できるものならやってみなさい!」


 それをティナ様が真っ向から迎え撃つ。


 それぞれのオーラを身に纏った二人がぶつかり、空いっぱいに光の粒が広がった。そしてそれは小雨のように帝都の街に降り注ぎ、静かに消えていった。


「はぁぁぁぁぁー!!」


「消えろっ――ウルティニア第一王女!!」


 そこからの二人の戦いは異次元だった。


 人間では知覚できないほどの速度で戦闘が行われ、時々こちらに飛んでくる攻撃が消滅するのを見て、ティナ様が助けてくれたんだなーと思う。


 不思議とティナ様が負けるという不安はなかった。


(ティナ様……)


 刻一刻とカノン様の体温は冷たくなっていた。魔力切れを起こした二人に代わり、今度はフリーダとミザリーが治療にあたる。


「はぁぁぁぁぁぁ――!」


 覚醒したティナ様は【不滅】の力を完璧に使いこなし、ユアンの放つ攻撃を全て消滅させていく。


 激しい空中戦だった。


 何もかも無に帰すその力は、本来の器であるティナ様の方がその扱いに長けていた。


 徐々に追い詰められていくユアンが、ティナ様と同じく全てを無に帰す波動を放つも、それはティナ様には届かない。


 何をやっても通じないティナ様に、ユアンは焦りを感じたのか、その動きが目に見えて崩れてくる。


 一定の速さで動いていた黒い光が、コントロールを失ったかのように蛇行し始めたのだ。


「どうしたの? もう終わり? 力をコントロールできていないように見えるわよ」


「そんな筈はない。僕の計画は完璧の筈だったんだ! どこだ! どこで狂った。君の処分をドレットに任せたことか? エトとカノンが生きていたせいで、君が完全に絶望しなかったせいか」


 頭を抱えた彼の身体から、狂ったように黒い閃光が放たれる。それはティナ様には当たらないが、一撃で街を半壊させるほどの威力を誇っていた。


「街を……反省はあの世でしなさい。あ、消滅しちゃうから魂もなんも残らないか」


 ティナ様が不敵な笑みを浮かべる。そのティナ様らしくない笑みに、魔王ユアンは底知れぬ恐怖を感じた。


「ひっ、ま、待て。話をしよう」


「待たないよ。私は貴方の事を絶対に許さないって決めた。覚悟はいい? やめてって言ってもやめないよ。貴方は私の大切な人達を何度も傷つけたんだからー!!」


「やめろっ!! いやだ、消えたくない! その力で殺されたら、僕はこの世に存在した事さえ――」


 空中で行われていた会話がティナ様によって打ち切られ、その両腕から金色の光の波動が放たれる。


 ユアンもティナ様の真似をするように黒色の波動を放つも、その威力はティナ様の足元にも及ばなかった。


 黒色の波動を打ち破った金色の光は、魔王ユアンの身体を包み込むようにして討ち滅ぼしていく。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」


 彼の身体が少しずつ消滅していく。ティナ様はやり遂げたのだ。その残された半分の力だけでユアンを完封した。


「いやだぁ、いやだぁー! 消えたくない。消えたくない……」


「……貴方は人を巻き込み過ぎた。同情はしない。でも、もし貴方に来世があるのなら、今度は部下を大事にすることね」


「あ、あぁ……イヴ、フランク……すまない。今まで……ありが……とう」


 最後に残った頭部が消滅し、魔王ユアンはこの世から完全に消滅した。


 そしてユアンが消滅したことで、彼に奪われた力が、元の持ち主の元に戻っていく。


「けほっ! ごほっごほっ!!」

「カノン様っ!!」


 瀕死状態になっていたカノン様が息を吹き返す。固有能力が完全に戻った事で、生命力が上がったのだ。彼女の横では魔力を使い切った先生、イリアさん、クロエ、ミザリー、フリーダ、シズルが倒れ込んでいた。

 

「カノン、エト大丈夫!?」


「ティナ様!! カノン様が息を吹き返しました」


「よ、よかったぁー」


 へなへなへなーと空中から舞い降りてきた天使もといティナ様が、地上に膝を下ろす。


「やりましたね、ティナ様! 魔王■■■を倒しました!!」


 あれ? 自分で言って、何か妙な違和感を感じる。


「魔王の名前って何でしたっけ?」


「あはは、エトちゃん忘れちゃったの? 彼の名前は■■■だよ」


 ティナ様の声が、その誰かを言っている部分だけ上手く聞き取れない。


「もう一度お願いします」


「え、魔王■■■だよ」


 やっぱり聞き取れない。


「すみませんもう一度っ……あれ、?」


「エトちゃん!?」


 くらっと私の身体が倒れるのをティナ様に抱き止められる。


 それは他のみんなも同じだった。


「う、あたま、痛い」


 頭を押さえて蹲るクロエ。


「なに、これ? 耳がキンキンする」


 私の隣で耳を必死に抑えるアルマ。


「何が起きて……」


 気を失うシズル。


「うっ、うう……」


 カノン様も隣で呻いていた。


 だけどただ一人、ティナ様だけは平気な様子だった。


「あ、そうか。私が■■■の存在ごと消したから、その■■を直すために世界が■■を■■してるんだ……つまりこれは――」


 ティナ様が何かを言っている。でも上手く聞き取れない。耳鳴りがする。頭の奥が痛い。


「てぃ……な……さま」


「大丈夫だよエト。もう全部おわったから。起きたらまた会おう。そしたら悪い夢はもう覚めてる」


「……な……さま……」


「初めましてはもう無しだから。おやすみ、エト」


 額にキスをされた事は分かった。でもそれ以上意識を保ち続ける事は叶わなかった。


「ぁ……」


 ティナ様に抱かれたまま、私の意識は電源が落ちたみたいにぷつりと切れた。


――私が意識を取り戻したのは、それから三日後の夜だった。



 

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