第116話 裏切り者の末路
ローラ率いる帝国近衛兵達と戦うのは、アルマ、シズル、イリア、ヨハン、ミザリー、フリーダの6人だ。
アルマとシズル、イリアとヨハン、ミザリーとフリーダがそれぞれ即席のツーマンセルを作り、近衛兵達の数を減らしつつあった。
「せいっ!」
「ふっ――アルマッ!!」
「あいよ!!」
近衛兵が斬り込んできたのをシズルが水剣で受け止め、アルマが曲剣でその首を捻じ刎ねる。
「それそれそれそれっー!」
「「「ぐぁぁぁぁーー!」」」
又、小柄な体躯を活かした攻撃で、素早く敵の足元を移動し、足の腱を斬りつけて回るといった強力なサポートのお陰で、二人のペアは順調に近衛兵達を撃退していった。
彼女達の周りに立つ近衛兵も残すところあと1人。全身を鎧に覆われた男であった。
「久しぶりだな。青い方のガキ」
「あの革命の日以来ね……一般兵から近衛兵とは、ずいぶん出世したのね」
「おかげさまでな」
「え? 二人はお知り合いなの?」
アルマが二人の顔を交互に見て、「え? え? 二人はどういう関係? まさか……」と反応する。
馬鹿な想像をするアルマの頭をチョップし、「いでっ」と彼女は頭を押さえる。
「そうよ。あの時ちゃんと殺しておけば良かった。エトがいなかったら殺してたのに」
「あーそれ言い訳だー!!」
「言い訳じゃないわ! 貴方もそう思っているのでしょう?」
鎧の男に同意を求めると彼も静かに頷いた。
「同感だな。あの時、最初から本気で殺しておけばよかった」
「それも言い訳ってやつだー!」
「…………」
「アルマ、いい事を言ったわね。そうやって相手を煽ってヘイトを受けてくれるのは、ナイスなサポートよ」
「え? 僕、そんなつもりじゃなかったんだけど……」
鎧の男が剣を抜き、構える。シズルもまた水剣を発現し、アルマも姿勢を低くして攻撃に備える。
「貴方は私のサポート。いいわね?」
「うん。でも、上手く隙さえ作ってくれれば、鎧越しに靭帯をぐちゃぐちゃにできるよ」
「……そんな事できるの?」
「僕の武器は曲剣。元々そういう武器だから」
にこっと笑うアルマを見て、「あぁ……この子は私より危ない奴だわ」と相棒を危険視するシズルであった。
「ゆくぞっ!!」
鎧の男との斬り合いが始まり、アルマはいつでも懐に潜り込める位置で待機する。
「はぁあー!!」
「太刀筋に迷いがなくなったな。あの時いた緑のガキがいないからか?」
剣の腕で勝るのはシズルだ。しかし頑丈な鎧に阻まれ攻撃が届かない。
「それもある。でもそれ以上に私は覚悟を決めたのよ!!」
「ぬっ!?」
突如、シズルの右手から放たれた水の弾が鎧男の顔面に当たる。それに攻撃性はない。だが効果はあった。
「目に水が……」
視界を確保するための甲冑の穴に向けて、的確に水を発射し、鎧男の目を潰したのだ。
「よしきたっ!」
「させるかっ!」
チャンスとばかりに飛びついたアルマに、鎧男が目を瞑ったまま攻撃を仕掛ける。
「えっ?」
闇雲に剣を振るうものだと思っていた鎧男が蹴りを放ったことに驚きを隠せない。
見た目の割に動きが速く、精度の良い蹴りに、アルマは焦りを覚えた。
「うぁっ!」
チィッ――と足先がアルマの鼻先に掠る。
身体を大きく後ろに逸らす事で、その直撃を躱したアルマの真上から、まだ終わらないとばかりに剣が振り下ろされる。
(あ、まずい。この体勢じゃ避けられない。死んじゃう)
自分に振り下ろされる剣に目を瞑るアルマだったが、いつまで経ってもその時はやってこなかった。
どうしてだろうと目を開けると、鎧男の剣をシズルが水剣で防いでくれていた。
「何やってるの……早く決めなさい!!」
「シズル! ごめん、ありがとう!!」
間一髪の所でシズルの水剣に救われたアルマは、曲剣で相手の急所を狙う。
「くっ!」
「逃がさないわ!」
水剣が変化し、水の腕になって鎧男に絡めつく。
「なんだこの水は――」
水の腕を無理やり離そうと、剣を落とした鎧男の隙を狙ってアルマが突っ込む。
「うおりゃぁぁぁー!!」
「ぐっ、ぐぉああああああー!」
鎧の隙間を縫って、アルマの曲剣がその鎧の中に隠れる柔らかい肉を斬り裂く。
「内臓まで届いたよ!」
「よくやったわ!!」
アルマがぴょーんとシズルに飛びつき、シズルも思わず抱き返してしまう。
鎧男の鎧から大量の血液が漏れ出す。確実に致命傷だった。
「あ、あぁ……あ」
鎧男は大量の血を流しながら、よろよろと数歩歩いた所で事切れた。
「……これで終わりね」
「うん――あ!」
自分たちがハグしている状況にようやく気付いた二人は、顔を赤らめた後、バッと離れた。
「今のこと、エトには内緒ね」
「ええ、もちろんよ」
二人が熱い握手を交わす。
シズルとアルマ、二人だけの秘密が生まれた日だった。
◇◇◇
イリアとヨハンは息のあったコンビネーションで近衛兵達を蹴散らし、その筆頭であろうダガーの男を追い詰めていた。
「そっちにいるのが本物よ!」
「わかった!」
ダガー男が生み出した幻影、分身に目も暮れず、ヨハンはイリアに指示された方向に剣を振ると、本物のダガー男が姿を現す。
「ちょ、さっきからなんでバレるんだよ! というか、お前ら息合いすぎだろ」
ヨハンの攻撃をギリギリで躱すも、息つく暇もなくイリアの魔法が彼を追従する。
「私は誰とコンビを組んでも平気なように、昔から努力してたから……要するに私は相方に合わせるのが得意なのよ。まあ、今までコンビを組んだ中で一番大変だったのはアルマだったけど……貴方の位置が分かるのはそうね、女の勘かしら?」
「なんだよそれ……うわっ!」
「そこだ!」
――すごくやりやすい。
自分の動きを先読みして的確な指示をくれる。魔法で援護してもらいたい時は、それを口に出さずとも先に動いてくれる。
コンビを組む相手としては、これ以上ない相手だとヨハンは思った。
(それに綺麗だ……――はっ、いけない。メリティナに怒られる)
「くっそ! お前達は俺の獲物なんだ!! これでも喰らいやがれっ!!」
ダガー男がナイフを投げつけてくるも、それが自分に届く前に、イリアが全て精密な魔法で撃ち落としてくれた。
「なっ!?」
「これで終わりだっ!!」
軽快な動きでヨハンとイリアの攻撃を躱し続けていたダガー男に、とうとうヨハンの刃が届く。
「あぐあっ――」
圧倒的なイリアのサポート力に慄いた所をヨハンが鋭い剣技を放ち、その身体を斜めに斬り落とす。
スピードを重視していた為か、防具を何一つ身につけていなかったダガー男は一瞬の内に絶命した。
「やった……」
荒い息を整え、額から滴る汗を拭っているとイリアがタオルを持ってこちらに向かってきた。
「いい動きだったわよ青年。どう? 全部終わったらお茶でもしない?」
魅惑の笑顔で自分に一歩、また一歩近づいてくるイリアに、ヨハンは身の危険を感じでジリジリと後ろに後退する。
「えっ!? あ、と、とても光栄な事ですが彼女が待っているのでご遠慮しておきます」
「そう残念ね。でも良い心がけ。彼女の事は好き?」
「は、はい。とても!!」
「なら彼女を大切にするのよ」
「は、はい!」
壁際まで追い詰められたが、どうやら諦めてくれたみたいだとヨハンはふっと息を吐く。
「ふふっ、可愛い」
「え……あっ」
肩の力を抜いた瞬間、ポンポンと肩を叩かれ、首にタオルを巻かれる。ヨハンは自分がイリアにからかわれていた事実に気付き、耳まで真っ赤になるのだった。
◇◇◇
圧倒的な火力でローラ以外の近衛兵を片付けた二人が、裏切り者の筆頭と対峙する。
「貴方の始末は同期の私達がつけるわ」
「ん。少し本気でぶっ飛ばす」
黒いドレス姿のローラの前に立つのは、復讐の鬼姫フリーダ・ジェロシーとその恋人であるミザリー・クエスタだ。
「お二人に私を倒せるのかしら――《竜血樹》!」
「いきなりっ!!」
地面から生えてきた触手が二人に迫る。それは同期であるエリオを殺した“花”の固有能力によって生まれたものだ。
その触手に捕まるわけにはいかないと、二人は咄嗟に地面を蹴り攻撃を躱す。
「逃しませんわっ!」
彼女の黒いドレスは元々白いドレスだった。だがここに来るまでに、白のドレスは返り血を吸い上げ続けて赤黒く変化したのだ。
「――っ、私の炎を舐めるなぁー!」
どこまでも追い続けてくる触手に、嫌気が差したフリーダは得意の炎魔法を繰り出し、触手を焼き払う。
「やはり貴方は私の天敵ですわね。共倒れを狙って貴方をエトにけしかけたのに、まさか両方生き残るとは思わなかったですわ」
「ええ、私はあなたに騙されて良いように利用された。でもエトは私を許し、殺さなかった。だからこそ、その恩に報いたい」
右手に炎剣を発現したフリーダの隣に、ミザリーがグッと拳を構える。彼女の武器は拳法だ。
「エトは、優しいから」
「あら、聞きましたよミザリーさん。現在フリーダさんと交際中なんでしたわよね?」
「なんで知ってるの? その事はまだおおやけには……」
していないと言おうとしたミザリーに、ローラが一輪の花を見せる。
「植物の声を聞いただけですよ。私の力は一定の距離にある植物の声を聞くことが出来ますから」
「……それって」
その花には見覚えがあった。確か入口のすぐそばに生えていた花だ。
「私の聞き間違いじゃなければ、私たちの作戦は全部貴方に聞かれていたってこと?」
「そうですわ。なので私は貴方達を挟みうちにできるように、事前に隠れていたんですの」
「……そういう事だったのね。でも残念ね。貴方の作戦は失敗よ。周りを見なさい。もう貴方以外残っていないわ」
既に彼女が連れていた近衛兵達は全滅し、頼みの綱であったろう魔人2名も消滅していた。自分が追い詰められている事は自覚しているのであろう。
「…………そう、みたいですわね」
ローラの周りを取り囲むようにして、それぞれの相手を倒し終えた強襲組のメンバーが立って、睨みを効かせていた。こうなれば逃げることもできない。
「貴方に逃げ場はないわ。ここで終わりよ」
「行くっ!」
「……やるしかないようですわね!」
ローラの能力は中〜遠距離に強い。なら接近戦に持ち込めば勝てる。そう踏んだフリーダ達が息の合ったコンビネーションで、地面から襲ってくる触手を薙ぎ払いながら攻め入る。
「くっ、ミザリーを狙いなさい!!」
炎剣には勝ち目がないと判断したローラが、ミザリーに狙いを変えるも、彼女に迫る触手は全てフリーダに斬られてしまう。
「私の恋人に手を出すとはいい度胸ね!」
「ん。ぶっ飛ばす!!」
「――っ、花よ舞え! 私を守れ!!」
赤、緑、ピンク、色とりどりの葉が彼女の周りに落ちていく。するとローラの姿は徐々に徐々に消えかかっていった。
「逃がさないっ!!」
そこは既にミザリーの射程圏内だ。彼女はローラに向けて神速の拳を繰り出す。
その拳は、見事消えかかっていたローラに炸裂した。
「ぐはっ、あぐぅ……」
顔、肩、胸とミザリーの神速の鉄拳を喰らったローラは吐血する。
その様子を見てフリーダは確信した。彼女の固有能力は戦闘向きではなく、諜報、暗殺に向いた能力だと。
戦闘向きの能力者と、このように真っ向勝負をすれば、彼女が負ける事は目に見えていた。
だから彼女は策略を張り、部下を連れてやってきたのだ。
彼女に唯一の誤算があったとすれば、あまりにも兵士の数が少なかった事だ。元々は100人を想定していたが、皇帝ユアンに怯え、その半数以上が逃げ出してしまった。
(どいつもこいつもユアン、ユアンと。私の事はみんな眼中にない……だからここで死ぬわけにはいかないわ。まだわたくしは王女になれていないのですもの)
肋、徐骨も折れ、少し動くたびに激痛が起こる。だがローラは折れた左腕を押さえつつ、最後の力を振り絞って立ち上がった。
「カノン様……シズル。どうかわたくしに最後のチャンスを与えてくださいませ」
その足でゆっくりと二人の元に近づき、地べたに座り込んで話しかける。
口内は出血し、歯も何本か折れていた。ローラは出来るだけ痛いたしげに話す事で、相手から同情心を買おうとしていた。
彼女が最後にした選択は命乞い、泣き落としだった。
そして今の彼女達に、そんなものが通用する筈もなかった。
「…………ばかなの?」
アルマがそれだけは絶対にありえないでしょと言った顔をしていた。
案の定、味方を裏切り、仲間を殺し、挙げ句の果てには命乞いをする彼女に向けられる視線は冷たいものだった。
「あ……」
彼女のことをもう一度信じてみようと思う人間は、この場には存在しなかった。
「凍れ」
カノンに足を凍らされ、身動きが取れなくなる。
「最後は私が……」
「やめ、やめなさいフリーダ! 謝る、謝るわ!! 貴方を騙した事、他のことも全部、全部罪を償うから、だから――」
「――うそだよ。この人、また悪い事考えてる」
相手の心が読めるアルマがそう断言した。これは終わったなっとヨハンが思わず目を逸らす。他の者も同様の反応を示した。
「だと思った」
もうこれで心置きなく殺せる。フリーダは彼女に向けて両手を構える。
「なんで、なんで私の心を……あ、待って今のはうそ、そんなこと考えてない、本当よ! だからやめてっ」
「あの世で罪を償って下さい。ローラ・フォン・アルティー!!」
フリーダから放たれた炎が、ローラの全身を包み込む。彼女はすぐに火だるまと化し、カノンの氷が熱で溶けた事で床を転げ回る。
「いややぁぁぁぁぁーー! あつい、あついぃぃいぃぃーー!!」
燃える彼女を見てフリーダは童話に出てきたある一人の魔女を思い出す。
魔女はとてつもない嘘つきで、毎日のように町民を騙し、巨大な富を築いていたが、ある日嘘がバレ、町中の人に追われた。その魔女はやがて捕まり拷問を受けた後、地獄の業火に焼かれ、焼け死んだという。
(ローラ、貴方は童話に出てくる魔女そっくりね)
彼女の断末魔はホール中に響き渡り、丸焦げになるまで声を上げ続けた。
「無駄に固有能力を持っていると、生命力が上がっちゃうから死ににくかっただろうな。誰も介錯しないし」
彼女のことをあまりよく知らないアルマは、ちょっとかわいそうと言って手を合わせていた。
「裏切り者にはお似合いの結末よ。アルマ行きましょう。エトが待っているわ」
「うん!」
シズルはアルマを引き連れてカノンの元へ向かった。
後ろをてくてくとついてくるアルマに、エトが小動物みたいと言っていたのが分かった気がした。
「先生、カノン様」
「ああ」
「ええ、行きましょう。エト達が待つ魔王ユアンの部屋へ――」
◇◇◇
ユアンが誰かと喋っている声が聞こえる。彼の腹心はここにくるまでに片付けた。だからおのずとそこにいるのは誰か分かってくる。
(そこにいるの? エト、ティナお姉様。今行きます!!)
二人に早く会いたいが為に駆け出したカノンが真っ先に扉を開ける。扉を開けた先にいたのは、魔王ユアンと対峙するエト、ティナ、クロエの3人だった。
そして3人がユアンと戦った事で出来た物なのか、部屋の壁は大きく破壊され、外に剥き出しになっている。
まだ薄暗いが、遠くの方から陽が昇りかけているのが分かった。
タイムリミットは近い。
「エト、ティナお姉様っ!!」
「ほら、僕の言った通りだったろ? 彼女はいつも早いんだ」
「――っ、カノン様、来ちゃだめーー!!」
「え?」
「死ね」
後からやってきたカノンに向けて、ユアンの攻撃が放たれる。彼女の後ろにいたルシア達はもちろん、エト達も助けに入るが間に合わなかった。
「カノンっ!!」
氷の
「あ……おねえ、さま……」
ユアンの攻撃を受けたカノンは、ウルティニアを呼びながら、ゆっくりと仰向けに倒れていった。
「カノンさまぁっーー!!」
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