第115話 殲滅完了

 帝都の郊外では、防衛組による魔物達との戦いが続いていた。


「そっちに行ったわよ! 一匹も逃さないで!!」


「黒猫の構成員は、冒険者や兵士が取りこぼした魔物の対処にあたりなさい!!」


 現場の指揮を取るのはカトレア・シャモンズと【黒猫】のベルタ。


「怪我をして動けない人は、カトレアさんが造った運搬用ゴーレムを呼んでくださーい!!」


 救護班のリーダーを務めるメリティナは、低級魔物を蹴散らしつつ、負傷者の治療にあたる。


「少し数が多いな」

「私が前に出て一度数を減らしてくるわ。ジーク代わりに」


「ああ任せろ」


魔力回復薬ポーションは?」


「今マチルダが掻き集めてくれている」


「そう。なら心置きなくぶっ放せるわね」


 現場指揮をジークと交代し、前線に出たカトレアの魔法は並の魔法士とは桁違いの強さを誇った。


「すげぇ……あれだけの数の魔物を一気に。ドレット・アルヤスカの奴もそうだったけど、加護持ちはやっぱりつえーな」


 彼女の魔法が周囲の環境ごと破壊する。


 草木一本も残らず、ただ荒野が広がっているだけの光景に唖然とする冒険者、兵士を代表してライオットが感嘆の声を上げた。


「ほら、何をぽけっーと立ってるの! 次が来るわよ」


「は、はい!!」


 最初は所属や人種の違いで上手く連携が取れていなかった防衛組だが、カトレアとベルタが指揮官になった事でよく纏まっていた。


 帝都に合流するまでの道中、彼等が瓦解しないよう組織を上手くまとめながら、自身も前線に立っていた宰相ブラン・ガルディアは過労と過度の魔力消費のために、ここに着いた途端、死んだように眠ってしまった。


「これならいけるんじゃねえか……」


「ああ、時間を稼ぐだけじゃねえ。魔物を殲滅出来るかもしれねぇな」


 戦う彼等の中では、カトレア・シャモンズがいる限り安全。そんな雰囲気が漂い出した頃――最悪ベヒーモスはやってきた。


 戦いの中で生まれた絆を無慈悲に切り裂く漆黒の巨体。古代から存在し、現在に至るまで生き残った最強の魔物ベヒーモス。


 スタンピードの中心でもあるそれは、予定より少し遅れて到着した。


◇◆◇◆◇


 ベヒーモスの出現により、逃げ出す者も現れ、それは特に民間の者達に多く見られた。


 当然と言えば当然なのだが、その影響は小さくない。味方が逃げていく様は、前線で戦う戦士達の士気に大きな影響を与えた。


「やべぇーぞ。後方支援がないといくらなんでも……」


「ああ、それにあんなでかい魔物、どうやって倒すんだよ」


「しっかりしろ! ここが突破されればお前達の家族も犠牲になるんだぞ!!」


 ライオットを含め、数人の戦士達が声を出し、他の戦士達を振るい立たせる。


 この前線が崩壊すれば、ベヒーモスと共に一気に魔物達に押し込まれ、帝都はスタンピードに呑み込まれる。


 そうなれば世界の終わり、いやがおうでも戦うしかなかった。


「まずいわね……」


 一度前線から後方の拠点に戻ってきたカトレアが、ジークやベルタといった指揮系統を担う面々に状況を伝える。


「あの怪物が行動するたびに、いくつかの部隊が全滅する。一度部隊の展開を変える必要があるわ」


「ですが、今の編成を変えると全ての魔物を防ぎきれなくなりますぞ」


「俺が黒猫を率いて、帝都手前に陣取る。そうすれば暫くは食い止められるだろう」


「だけど、それじゃあ貴方が……」


 病に侵されているジークの身体をカトレアとベルタが心配するも、彼は静かに首を横に振った。


「急しのぎの策にしか過ぎないのは分かっている。だが俺が何もしないわけにはいかない。少しでも強襲組の時間を稼がなければ……カトレア、何か策はないのか?」


 全員の視線がカトレアに集まる中、彼女は静かに息を吐いた。


「方法はある。ひとつだけ」


「それは、なんですか?」


「私が魔力欠乏症になるのを覚悟して、全力の魔法をベヒーモス単体にぶち当てる事。つまりゴリ押しよ!」


 声高らかに宣言するカトレアに、周りの者は呆気に取られていた。


 もし今の状況で、カトレアが全力を出してもベヒーモスが倒れなかった場合、彼女の代わりは他にいない。


 一度、魔力欠乏症になったら少なくとも1日の休養は必要だ。それ以前に魔力欠乏症に陥れば、数分の内に意識が混濁するため、魔力回復薬を用いても前線の復帰は見込めない。


 それは防衛組の敗北を意味していた。


「……雑魚に邪魔されたら終わりっていうわけか」


「ええそうよ。だから私が力を溜める間、他の人には私の護衛とベヒーモスの周辺にいる魔物を殲滅してもらいたいの」


「理屈は分かるが、あの怪物の周囲にいる魔物は……」


「ええ、ブラックワイバーンや蜥蜴人リザードマン、それから海洋虫に影人。上級魔物に分類される魔物が固めているわ。おそらく生還率はゼロよ」


「決死隊を作って向かわせるしかないか……」


「…………」


「…………」


 空気が重い。自分の導き出した結論は正しい筈だ。


「――っ……」


 ジークが無言に耐えきれず、場を離れようとすると、


「それしかありませんね。今いる人員の中で精鋭達を選び出し、決死隊を編成しましょう」


「……出来るだけ生還率を上げるために私も行く。戦いには参戦できないが、的確な指示は出せる筈だ」


「曹長……曹長が行くなら俺も行きます」


 一人、また一人とジークに賛同する者の声が上がる。そしてその全員が決死隊と運命を共にするつもりだった。


 誰しも自分だけは生き残りたい、という願望、人間の生存本能が存在する。


 だが彼らは死という恐怖を団結する事で乗り越えようとしているのだ。


「――なら、私は怪物を倒す魔法の準備に移るわ。ベルタ、編成が完了次第呼びなさい」


「分かりました。カトレア、貴方は準備の前に部隊を後ろに下げてください。ベヒーモスのスピードは遅い。ならば奴の被害を決戦まで出来るだけ抑えたい。それにもうすぐ夜明けです。彼女達が間に合わなければどのみち終わりですから」


「……ええそうね。分かったわ。ベヒーモスから一旦距離を取らせる。こっちで決まった作戦も彼等に伝える。いいわね?」


「恨まれるのは覚悟の上ですから」


「ああ、上等だ」


「そう。私も死んだら二人を恨むから」


 二人にお別れの挨拶を済ませる。全員分かっていた。この3人が生きて会う機会はもうないと、少なくとも一人、最悪全員が死ぬ可能性がある。


「あんたは死んじゃだめよジーク。マチルダがいるんだから」


「頑張るさ、だけど寿命で先に死にそうだな」


 から笑いするジークのほっぺに、カトレアは軽く口づけをした後、ぎゅっーとベルタにハグをする。


 ベルタは少し恥ずかしそうにしながらも、背中に手を回してくれた。


「じゃあね、また会いましょう」


「ああ、必ず生きて会おう」


「ええ。そうしないとエトさん達に叱られてしまいますから」


 それから作戦が開始されたのは、1時間後、夜明けの2時間前だった。


◇◇◇


 作戦を指揮官から直接通達された直後、逃げ惑う者、覚悟を決める者、何を言われたのか分からずただ立ち尽くす者、反応はそれぞれだった。


 しかし、最後には全員が意思を一つにして戦うことを決意した。


「えっとー……これは恥ずかしいな」

「うわぁーライオット君。意外〜」


 最後の決戦を目前に、決死隊に選ばれた者達は思い思いの手紙を書いていた。もちろん、決死隊に選ばれたなかった者達も死を覚悟し、残される家族に遺書を書き綴る者もいた。


 その手紙は全てが終わった後、先に避難する救護班によって相手に届けられる事になっていた。


 決死隊の一人に選ばれたライオット・オルンの手紙には、同期であるシズル・ネルミスターに恋心を抱いていたという主旨の内容が綴られていた。


 その手紙を同期ヨハンと付き合っているメリティナに託し、彼は戦場へと向かっていった。


 他の者達も同様に、救護班に手紙を渡すと一人、また一人と戦場へと向かっていった。


 ベルタもまた、救護班に3枚の手紙を手渡すと、決死隊の指揮官として同志達の元へ駆けて行った。



終末の光雷ドミスティクアルカナムー!!!!』



 それから暫くして、夜の荒野に力強い詠唱が響き渡る。ベヒーモス単体を狙った神話級の魔法だ。


 その魔法は自分の得意な光属性の魔法とエトの母親、アメリアが得意だった雷属性を持つ魔法だった。


(私の愛……叶わなかった想いが、どれだけ重かったか知りなさーい!!)


 最強の魔法は的確にベヒーモスの魔核を破壊し、地を轟かせるほどの絶叫と雄叫びの後に、ベヒーモスは弾け飛んだ。


『ギャオオオオオオスゥッー!!』


 ベヒーモスの最後は自爆のようなものだった。崩壊する身体を一旦圧縮する事で、魔法による爆散を広範囲に放っていった。


 そのせいでベヒーモスの周囲にいた魔物と交戦していた戦士達の殆どは即死した。


 ベヒーモスが倒れるのを見届けたカトレアは、その場に倒れ込む。ベヒーモスは死んだが、魔物達はまだ何千という数が存在する。


 ベヒーモスが死んだ事で、低級魔物達は散り散りになって逃げたものの、中級、上級魔物は変わらず進軍を続けていた。


(私も、もうダメね……)


 カトレアはもう一歩を動けなかった。仲間が必死に運ぼうとするも魔物の対処に追われ、思うようにいかない。


 彼女は死を覚悟した。


(ジーク、ベルタ……私の役目は果たしたわよ)


 そこで彼女の意識は途絶えた。


 その後、防衛網を突破し、帝都に侵入した魔物との敵味方入り乱れる壮絶な混戦状況に陥りながらも人類は夜明けまで耐え凌いだ。


 帝都の郊外を舞台を決戦の地とし、スタンピードと人類の戦いはここに終結した。


 最終的にこの戦いで彼等、防衛組が蹴散らした魔物の数は3万体と称され、この地上に存在する殆どの魔物が殲滅された事になる。


 そして人類側は、スタンピードの侵攻に巻き込まれて滅びた国や街、村の人々。最後まで勇敢に戦った者達の数を総計すると、世界の人口の約3分の1が、スタンピード発生から1週間の内に亡くなった。


 後に戦いの舞台となった荒野は開拓され、慰霊碑が建てられ、その石碑にはスタンピードに巻き込まれて亡くなった人達の名前が綴られた。


 そしてその慰霊碑は、何百年経っても残り続ける物になった。


 一人の女の子が慰霊碑の前に立ち、うーんと背伸びしながら目的の人物の名前を探す。


『あ、あった。おじいちゃんの名前だ!』


 いくつかのグループ分けがなされた石碑の指揮官一覧の部分には、ベルタという名の男性の名前が記されていた。

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