第112話 決戦の狼煙
始まりは静寂だった。
「まさか堂々と姿を現すとはな……」
エントランスホールの前に立つ三人の人影。
先生がその姿にいち早く気付き、全員に止まれと指示を出す。私達は全員暗殺者用の黒装束を身に纏っている。
フードを目深に被っている為、近付かなければ誰かは分からない。
「カーノルド家の生き残りよ。よく来たな、歓迎するぞ」
「ユアン様の元へは行かせん。私たちが貴様らの相手をする」
「か、かかってくるッスよ!」
仮面を着けた男に、短髪の赤い髪の女、おどおどとしていて、どこか落ち着きのない様子の薄紅色の髪をした青年が階段上で待ち構えていた。
従者の二人とは一度だけ会った事がある。あの会談の日に。思えばあれが全ての始まりだった。
「ディカイオン……」
「エト、落ち着け。まずは連中の出方を窺う」
小声で呟いた私に、先生が静かに注意する。その手は微かに震えていた。
そうだ。先生にとっても、ディカイオンは大切な仲間を殺された仇だ。本当は今すぐにでも斬りかかりたい気持ちを抑えているのだろう。
ならば私も堪えるんだ。
全員がそれぞれの得物を持って、臨戦態勢を維持する。
「……ドレット。久しぶりね、まさか貴方が王国を裏切っていたとは知らなかったわ」
「これはこれはご丁寧に、元シュトラス王国の第二王女様」
そんな膠着状態を破ったのはカノン様だった。カノン様がフードを取り、ディカイオンに話しかける。
「貴方の狙いはエト? それとも世界征服?」
「どちらでもないさ。私は自分が正しいと思った方向に突き進んでいるまで。まあ、アメリア・カーノルドを狙った一連の事件は私怨ではあるがな。あの女の死に様はそれは見応えがあったぞ。だが一つ残念な事をいえば、あの時使用人を庇わなければ、娘が来るまで持ったものを……」
「……それでエトが来たら目の前で母親を殺して、彼女を絶望させようとしたの?」
「ああ、無論、逆に母親の目の前で娘を殺しても面白かったが、こうなったのも一つの運命だろう。暗殺者に身を堕としていたのは予想外であったがな――そこにいるのだろうエト・カーノルド。さあ、私を殺しに来い。そして絶望した顔を私に見せてくれ」
こちらに呼びかけるディカイオンは、一団の中から私を探し出そうとしているようだった。
私は今すぐにでも飛び出したい気持ちを抑えて、彼の挑発をぐっと堪えた。
隣に立つ先輩が黒装束の下で、優しく拳を包んでくれる。
(僕がいるから大丈夫。だから一旦落ち着こう)
(うん、分かってる。ディカイオンは危険、だから作戦通りに倒す)
事前に考えた作戦。
敵と接敵した上で一番危険なのはユアンを除くとディカイオンになる。そして彼を殺す算段を立てる上で基盤になったのは私の存在だった。
『奴はエト、お前に固執している。あのアメリアの娘だからだろうが、それを利用しない手はない』
『具体的にはどうするんですか?』
『お前の身代わりを立てる。彼女の固有能力でな、それなら暫くは誤魔化せる筈だ。彼女が奴の気を引いてる間に決めるんだ』
彼女の固有能力を使ってディカイオンの懐に忍び込み、一撃で仕留める。おそらく二度目はない。首を狙うんだ。
私は最強の暗殺者なんだから。
「……ちっ、仕方ない。あれを使うか」
彼が自分の傍に置いていた人一人分は入れそうな箱を開け始める。
「おい何をしている? その箱はなんだ?」
赤髪の女、イヴ・ルナティアもその箱の中身を知らないようだった。
「この箱にはな。お前達の大切な姫様が入っているんだよ」
そうして彼が箱から引っ張り出したのは、両手両足首を縛られ、猿ぐつわをしたティナ様だった。
「「「ティナ様っ!?」」」
ティナ様はまだ生きていた。その事実に一同が沸き立つ。
「エト・カーノルドだけついて来い。それ以外がついて来たら殺す」
涙目でもがくティナ様をお姫様抱っこしたディカイオンが、彼女の首筋にナイフを突き立て、私たちに向けて告げる。
「やめてっ! 私がいけばいいんでしょ!!」
これは奴と二人きりになれるチャンスだ。
これならあの作戦を実行に移せる。
本当はシズルやカノン様、アルマに側にいて欲しいけど、こればっかりは私が適任だ。チャンスは一度きりしかない。
「んぅっ――!! ん? んとふゃん!? むふんっ!?」
ティナ様が私やカノン様の存在に気付いたようだった。
「そこにいたかエト・カーノルド。こっちへ来い、少し話をしよう」
躍り出た私に、彼がニヤリと口角を上げた。
「アルヤスカ! 貴様、勝手は真似は許されんぞ。ユアン様は確かにお前に王女様の……」
「ああ、確かに殺害を命じられた。万が一の事を考えて処分するようにとな。だがこんなに面白い手札をわざわざ捨てるのは惜しい。最大限有効活用してやろうというだけだ」
「貴様っ!」
「おっと、身内で争うのはシュトラス王国で十分だ。残りの
「――っ、後で覚えておくんだな」
「後があればな。来い、エト・カーノルド。私の新しい自室でゆっくり話をしようじゃないか。君の両親、特に母親が私に対してどんな酷い行いをして、どういう風に死んでいったのかを教えてあげよう」
「…………」
階段を登りきった私をイヴとフランクがじろりと見てくる。が、何もしてこない。そして作戦に気付いた素振りはなかった。
「なんだ、何も言わないのか。つまらないな」
目の前に両親の仇がいる。だけどティナ様という人質を取られているため、まだ迂闊には動けない。そしてこんな至近距離でも一撃で殺せる気がしなかった。
「…………」
黙って後ろを歩いてくる私に、ディカイオンは心底つまらないと呟く。
(絶対に殺すっ!)
◇◆◇◆◇
(僕にもっと力があったら、エトを苦しめる奴らをみんな倒せるのに……ごめんね、エトそばにいてあげられなくて)
エトが去った後、盛大なため息をついたイヴは、残りの八人を見据える。
「ユアン様に危害を加えようとする愚か者共め、ここで死ね。フランク!!」
「はいッス!」
イヴの右手、フランクの左手が突如赤く燃え上がる。燃え上がった腕からは、恐ろしいほどの魔力が溢れていた。
「なんだその腕は……?」
「ユアン様のお力を借りて、半分魔人化したッス。これなら理性を無くすことなく、力を存分に振るえるッスよ。それよりお前こそ何者っスか?――その内に秘めた魔力量、ただの凄腕冒険者ではないだろう?」
ルシア・ディクトリスの問いに毅然と答えるのは、魔人化して恐れを克服したフランク・レストンだった。
「…………俺は――」
ただのしがない冒険者。そう言おうとした彼の声を遮って発言したのはフリーダだった。
「――彼は、神玉を巡る争いでバラバラになった王家の一人です。ジェロシー家は先祖代々彼の一族に仕えていました。ですがルシア様の一世代前から一族は行方不明となり、それで少しでも情報を得るために、ジェロシー家は普通の貴族としてシュトラス王国の王族に仕えていたと実家の書物に書かれておりました。そしてようやく見つけた一族の生き残りがルシア様だったとも。私がそれを知ったのはあの事件の後の事でしたが……」
ぺこりとお辞儀するフリーダに、カノンはそういう事だったのかと一人納得する。
「そうか。ならその系譜もここで滅ぼそう」
ルシアが王族だったことに誰もが驚きを隠せない中、カノンは毅然とした態度でフリーダとルシアの隣に立つ。
「貴方達二人だけで、私たちを止めるつもりですか? 舐めてくれますね」
「そういうわけでもないッスよ」
「ええ。そろそろ時間ね」
それを合図に後ろから死臭を漂わせた女が暗闇から姿を現す。その後ろには剣から血を滴らせた帝国の近衛兵達がぞろぞろと付き従っていた。
「いやー、久しぶりに新鮮な血を浴びだぜー」
「……お前はいつも戦い方に風情がないな」
「頸動脈を切り裂くのって、癖になるぞ。お前もやってみろよ」
「やらん」
ダガーを両手に持った男の身体は全身真っ赤に染まっており、それを鎧の男は鬱陶しそうにしていた。
「――お待たせしました。少々手こずりましたわ」
「っ、貴方は!」
カノン達の前と後ろを挟むような形で現れた集団の先頭に立つ人物は、王国の裏切り者ローラ・フォン・アルティーであった。
その手には元アルフレディア公国の騎士団隊長、ゴルゾ・マックレイの生首がぶら下げられていた。
「ふふっ、カノン様。お土産です。気に入って頂けましたか?」
ぽんっと投げられたゴルゾの生首がカノンの足元に転がる。
目を見開いた形で死んだゴルゾが自分を見つめているように感じ、カノンは思わず目を逸らしてしまう。
「貴方は……」
「頑固な宰相のお陰で、お姫様になることは出来ませんでしたが、ユアン様はおっしゃいました。私を自分が作る新世界の唯一の姫にして下さると。だからそんなユアン様の邪魔をする貴方達にはここで死んで頂きます」
不敵に笑うローラに、メイド時代から彼女の事をよく知るシズル、ヨハン、ミザリー達はその変わりようにたじろぐ。
それがお前の本性のなのかと。
「これで形勢逆転ね。ローラ、フランク、邪魔者を片付けるわよ」
「はい。ルナティア様!」
「自分に任せるっスよ!!」
「来るぞお前たち! 構えろっ!!」
「「「「はいっ!」」」」
片手に魔人の力を宿したイヴとフランクが脅威の跳躍力でルシアとカノンに飛びかかり、ローラが固有能力を発動しシズル達の行動を阻害する。
(僕はまだ死ぬわけには行かないんだ。どうにか隙を見てエトの所に……)
襲いかかる近衛兵を捌きながら、アルマはエトが去っていた方向に意識を向けていた。
どうにかして、彼女の元に向かいたいが敵が多すぎるため、抜け出すチャンスを待つしかなかった。
「死になぁー! ルシア・ディクトリスー!」
「女性には手を上げたくないんだが、やむを得まい。そこをどけっ、イヴ・ルナティア!! エトの助けに行かせてもらうぞ!」
まずは様子見と魔斧は使わず、短剣を振るう。
「そんなものっ!」
「――っ、厄介な腕だな……」
彼女の右手に剣が触れると当たった箇所が溶け出した。触れられれば即死。魔人の力というのは伊達ではなかった。
「貴方と会うのは二度目ね。初めて会った時は、まさか殺し合うことになるとは思っていなかったわ」
「そうっスか? 自分は最初に会った時から、こうなるかもしれないってなんとなく思ってたっスよ」
彼の左手を固有能力“氷”で捌きながら、カノンは隙を窺っていた。
「そう。じゃあ悪いけど貴方をさっさと倒して、そこをどいてもらうわ。私の事を待ってくれている子の所へ行きたいから」
「そう簡単にはいかないっスよ!」
「王族を舐めないでちょうだい!」
魔人たちを筆頭に激動の夜が幕を開けた。
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