第113話 復讐の果て
「……どこまで行くの?」
「ようやく喋ったな。慌てるな、もう少しだ。妙な真似をすれば姫の首が飛ぶぞ」
「ふむむーー!」
「分かってる。だからティナ様には手を出さないで」
こいつの脅しに屈してはいけない。この男のやり口はいつも一緒。私が従おうと従わまいと最後にはみんな殺すつもりだ。
相手の大切な人を人質にとって、大人しく死ぬなら人質の命は助ける。そういって何人も殺してきたんだ。
後ろから喧騒が聞こえる。向こうでも戦いが始まったのだろう。
(アルマ、シズル……カノン様。みんな生き残って。私も頑張るから)
先を歩くディカイオンが、背を向けたまま話始める。
「私の事はどこまで聞いている?」
「私の母と貴方の先祖の代から続く家同士の禍根は聞いた」
「物知りな宰相から大体のあらましは聞いているようだな。だが認識に少し誤りがある。先祖の代からではなく、そもそも王国が誕生したその日から我が家とそなたの家系は相反するものだった。元々は私の家系が立場は上だったが、権力に溺れ、堕落した隙をつかれ没落した」
「そしてアルヤスカ家は、お母様の家系を逆恨みしたって事?」
「ああそうだ。先代から渡された手記にも恨み辛みがたくさん書かれていたさ。悪であるユースティーツィア家を滅ぼし、正義であるアルヤスカ家を復興する。それこそが正しい在り方なのだと。それからさ、アルヤスカ家の跡継ぎになる子に正義の加護が発現するようになったのは。それを知った時、私はまるでアルヤスカ家に掛けられた呪いのようだと思ったよ」
「……それで貴方達は長い年月をかけて、丁度お母様の代で罠に嵌めることに成功した。お母様の父親を殺したのも貴方?」
「そうだ。これは何かの間違いだと直談判に来たところを殺してやった。証拠が残らないように魔物に食わせたから骨も残らなかったよ」
「最低ね。お母様の妹はどうなったの? 処刑台には連れていかれたけど、珍しい固有能力持ちだったから処刑せず、貴方が回収したとジークから聞いたんだけど?」
母には妹がいたと生前聞かされていた。だが妹の話をする度に悲しそうな表情をするから、あまり深くは聞けずじまいであった。
ジークもその話になると、言葉を濁し教えてくれなかった。
「母親から妹がどうなったのかは聞いていないのか。ならば教えてやろう。妹は姉、つまりアメリア自身によって殺された」
「それはどういう事?」
「簡単な話だ。私が妹を洗脳し、自分を捨てた姉に復讐させに行ったのさ。結果は残念なものに終わったがね。その後、彼女が消息を絶ったものだから、てっきり自責の念に駆られて自殺したものだと思っていたが、まさか子作りに励んでいるとは知らなかったよ」
「あなたは……本当にっ!!」
今すぐにでも飛び掛かりたいのを抑える。固有能力を発動した彼女が今はダメだと警告しているから。
彼が一つの部屋の前で立ち止まり、そのドアノブに手を掛ける。
「私は聞きたいんだよエト・カーノルド。お前の復讐に意味はあるのか? 両親は今のお前の姿を見て本当に喜ぶのか? 暗殺者に身を堕とし、復讐者になったお前を。どうなんだ? 答えてくれ」
その問いに対する答えは一つだ。
「……たとえ両親に私のやった事を非難されても絶対後悔はしない。だってそうしないと私は前に進めない。未来を歩けないから!」
「だから私を殺すか……それは自己満足だな。結局やってる事は私と変わらない」
「変わらなくない! 私の心が言っているの。きっと貴方をここで赦したら、後悔する事になるって……だから赦せない、もう赦したらいけないの! 取り返しのつかない事にならないように、だからっ!!」
感情の昂りで、右手に雷剣が発言する。いけない、相手に警戒される。作戦に気づかれる恐れがある。
「いい表情だな。だが私に刃を向けるのはよくないぞ。しまえ、大切な姫が死ぬぞ?」
「ふとひゃん! あひひのひょとは、むひひていいひゃら!!」
「そんな事できません。貴方を命に代えてもお守りすると、私は貴方にもカノン様にも誓ったんですから!」
無理矢理雷剣を収める。力を無理に戻したせいで、少しだけ身体がピリピリした。
「はははっ、そうでないとな。では選択の時だエト・カーノルド」
私の心配とは裏腹に、彼は心底楽しそうに笑っていた。何がそんなにおかしいのだ。やっぱりこいつは正真正銘の狂人だ。
もう普通の人間には戻れない。
「――なっ!?」
「――んんっ!?」
部屋の中心には大きな穴が口を開けていた。
「こっち来てよく見てごらん」
穴の下には無数の影が蠢いていた。
「これは……」
『『『『キィシャァァァァァー!!』』』』
「私が飼っている魔物達だよ。この中にはアメリア・ユースティーツィアの父親を喰った魔物もいる。あの日から大切に育ててきたんだ。そして今日はまだ何もあげてないから、彼らはすごくお腹を減らしている。君か姫様、どちらかが餌になってくれないかな?」
「そうしたら片方は助けると?」
「ああ、約束するさ。ユアン皇帝に掛け合って、命は助けてあげるし、その友人も見逃すように口添えしてあげよう」
彼の事を何も知らない人が見たら、きっとこの甘い誘いに騙されるんだろう。でも私はドレット・アルヤスカという人間をよく知っている。
だから
「……分かった。私が餌になる」
「えひょひゃん! やめー!!」
「君ならそう決断してくれると思ったよ。こちらにおいで、最後にウルティニア様とお話しさせてあげよう。もちろん疑われるような事をしたら、姫を穴の中に落とす」
「そうして姫を落とした後はわたし?」
「まさか。私が見たいのは絶望した時の君の表情だよ。そんな事はしないさ、安心しろ」
「ええ、私も安心した。貴方に人の心が無くて」
それがプランaとすると、私が餌として飛び込んだ場合はプランb。
その場合は私が飛んだ後、すぐに姫を落として絶望させるつもりなんだろう。
「ようやくだ。私の、アルヤスカ家の正義はここに完遂される」
彼の身体からまばゆい光が漏れ出す。おそらくユースティーツィア家を滅ぼすという役目が終わりかけている為、彼の正義の加護も消えかかっているのだろう。
(チャンスはここしかない……)
結局こいつは最後まで自分の正義――ユースティーツィア家の最後の血筋である私を滅ぼす事しか考えていないのだろう。
ティナ様を間に挟んで、ディカイオンとの距離は手の届く距離にあった。
縦に並んだ事で、私とディカイオンの影が重なる。
「さあ、お別れの挨拶だ」
ディカイオンが姫様の猿ぐつわを取る。自由になったティナ様が矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
「エトちゃんだめ! こいつはみんな殺すつもり。だから私ごと雷剣で刺してっ! お願い、彼の言う事は聞かないでエトちゃん! 目を覚まして!!」
洗脳されている私だったら、きっと彼女の声は届かなかった。でも今の私は洗脳されていない。
それはアルマやシズル、カノン様など私を支えてくれる存在がいたから起きた奇跡だ。
全てから目を逸らして、一人で挑んでいたら絶対に起こり得なかった事だ。彼女達との出会いが私を変えたのだ。
「大丈夫ですよ姫様。もう私の目は覚めてますから。それと何度繰り返してもティナ様の身体を貫く事はできませんよ」
「エトちゃん……?」
何かに気付いたティナ様がハッとなる。私も今、全部思い出した。
この状況は一度経験した事がある。
でも前は洗脳されていた上、彼女もいなかった。
「飛べっ! エト・カーノルド。自らの運命に終止符を打つのだ!」
その言葉を聞いたのも、これで二度目だ。
「終止符は打つよ。でも終わるのはお前だっ! ドレット・アルヤスカ!!」
「なにをっ――」
彼の名前を合図に彼女が私の影を経由し、ディカイオンの影から飛び出す。
「誰だ貴様は! どこから――」
「黙って、大人しくする」
固有能力“影”。対象に気付かれず相手の影に潜み、闇討ちすることが出来る。協力者の影に潜る事も可能。
急に背後に現れたクロエに驚き、アルヤスカは対処が遅れた。
クロエが後ろからアルヤスカの動きを封じ、私は雷を付与した短刀に持ち替え、彼の喉元目掛けて短刀を投げる。
(雷剣だと、ティナ様を傷つける恐れがあった。でもアルマに教わったこの方法なら)
「貴様、離せっ。やめろ――がっ!?」
私の刃はアルヤスカに届いた。
「ぐぁぁぁぁっー!!」
彼は血を噴き出す首元を押さえながら、部屋の隅へごろごろと転がった。
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