第111話 強襲組と防衛組

「いよいよだね……」


「うん」


 決戦の日。私はアルマと2階のベランダで朝食を取っていた。


「風……いいね」


「……うん」


 風通しの良いこの場所には、気持ちの良い風が吹いており、初めて会った時からかなり伸びた栗色の髪が風に合わせて靡いていた。


 そういう私も、昔のアルマと同じくらいの長さにまで髪が伸びた。


(……そろそろ切らなきゃな)


 明後日の方向を見る私の顔をまばゆい朝日が照らす。


「シズルが作った朝ご飯おいしいね!」


「そうだね……」


 朝日を見ていたら心がポーっとなり、生返事になってしまうも、アルマは特に気にする事なく言葉を続ける。


「おかわりあるかな〜。ねえシズルって、昔からお料理とか得意だったの?」


「うん。シズルは昔から料理が得意だったし好きだったよ……」


 彼女がカノン様のメイドとして働いていた時、みんなに食べさせたいからと王宮の厨房を借りて全員分の夕食を作るくらい料理が好きだった。


 自分の料理で、誰かが笑顔になるのが嬉しいとも言っていた。


 シズルが貴族でもなんでもなかったら、今頃はどこかでお店を開いていたかもしれない。


(そういえばシズルの手料理を食べるのも、あの日以来になるのか……)


 そんな事を考えていると、アルマが不機嫌そうな顔をしていた。これは自分がいるのに、他の女の事を考えないで欲しいという顔だ。


 先にシズルの話を持ちかけたのは、そっちだというのに。


「ふーん……でも僕も料理くらい作れるよ! シズルよりずっと美味しいものを作ってあげれるよ!!」


「今まで私に朝ご飯を作らせてきたアルマが? それは楽しみ」


「あー、エトが意地悪な顔した〜!」


「ふふっ、ごめんって」


 彼女がぷくーっと子供みたいに頬を膨らませる。


 個人経営のお店で働いていた時分かった事だけど、アルマは料理を作れないわけじゃないらしい。


 私が正式に働く前、店主がアルマに野菜の下ごしらえを頼んだ事があった。


 その時の手際の良さから、店主が試しに簡単な料理を任せてみると、理想にはほど遠いが、それでもそこそこの料理は作れたという。

 

 私のためにどんな料理を作るのか、ちょっと楽しみである。

 


「――その話。私も混ぜてもらえる?」


 

 ふと、後ろから声がした。いつの間にかシズルが、下の階段から上がってきていたようだ。


「シズルも一緒に食べよっか」


「えぇー僕は反対」


「アルマの料理、私も食べてみたいわね」


 くすくすと挑発するシズルに、アルマがムキーっと癇癪を起こす。


「僕を馬鹿にするなー!!」


「子供の貴方にはエトの隣は務まらないわ」


 そんなアルマを軽く片手でいなしながら、ちゃっかり私の隣の席に座るシズルに、やれやれと嘆息をつく。


 その後、「エト、シズル。アルマさん。私も混ぜてもらえるかしら?」と会議を終え、全員分のデザートを持ってきたカノン様が現れた事により、騒がしい朝食の時間はもう少し続くのであった。



◇◆◇◆◇


 スタンピード発生から二日目の夕方。


「静かに、そおっーとだよ」


「アルマ。静かにするのもいいけど、もう少し手早く。後ろが詰まってる」


「ご、ごめん」


 私達は離反した元帝国兵やゴルゾ・マックレイの手引きを受けて、城の裏門から城内に侵入していた。


 ユアンが鎮座する帝国城に潜入するメンバーは、私、アルマ、シズル、カノン様、フリーダ、ミザリー、ヨハン、イリアさん、クロエ、それに先生だ。


 カノン様もユアンに能力を奪われたものの、完全には奪いきられておらず、短い時間なら固有能力を使えるとの事だ。それにカノン様は固有能力がなくてもお強い。


 魔力欠乏症で自由に動けないジークやライオットにメリティナ、マチルダさんといった面々は帝都に残ってベルタさん主導の元、他国から集結した兵士達を纏めて、私たちがユアンを討つ時間を稼いでくれる。


 既に前線に出ていたカトレアさんとも合流しており、スタンピードの中心にいるベヒーモスをどう攻略するか検討しているらしい。


――最古の魔物。ベヒーモス。


 現在のスタンピードの中心、核となっている存在であるこの魔物を倒せれば、より多くの時間を稼ぐ事が出来る。


 これに関しては防衛側の人達を信じるしかない。

 

(これはたぶん大丈夫。カトレアさん達がなんとかしてくれる。私は会えなかったけど、お礼くらい言いたかったな。これが最後になるかもしれないんだし……)


 先生が最後の確認というように、作戦内容を今一度全員に告げる。


「――以上が…………次に想定される敵戦力だが……」


 主な敵戦力は魔物、帝国兵、彼の腹心であるフランク・レストン。イヴ・ルナティアが想定されている。


 危険度に応じて脅威となる魔物だが、城内をうろついている形跡はなく、帝国兵も近衛兵を除いてそのほとんどがユアンに怯え逃げ出してしまった為、それほど敵の数は多くないというのが先生とジークの考えだった。


 もちろん、個体値の高い魔物を何体か城に常駐させている可能性もあるが、各個撃破すれば問題ないという考えだ。


 実際、魔物は群れを作らなければそこまで恐ろしい存在ではない。


 ゴブリンのような低級の魔物でも、群れればBランクの魔物一体と同等の脅威になるのだから。群れには注意が必要なのだ。


 一つだけ朗報があった。


 ユアンは魔物を操れると言っても新たに生み出す事は出来ず、現世に存在している魔物を暴走させ、帝都に呼び寄せるのが限界だという事だ。


 無論、奴が不滅の力を完全に御しきった時はその限りではないだろう。


「次に厄介なのが……」


 あの時の戦いで、帝国側に寝返ったマリウスとレヴィリオスはヨハンとライオットの活躍により死亡したが、もう一人の裏切り者のローラは未だ健在だ。


 彼女は狡猾であり、高位貴族として恥じない能力を持っている。


 黒猫の構成員を持ってしても、全く情報が手に入らない彼女だが、必ずどこかでぶつかる事になるだろう。


 そして極めつけはドレット・アルヤスカ。またの名をディカイオン。私の両親の仇だ。こいつだけはこの手で殺さなければ気が済まない。


 だけど奴はローラよりも狡猾で強い。人質を取られていたとはいえ、ジークやカトレアさんの話を聞くに私の両親はかなり強い方だった。そんな両親をあっさり殺してしまう程の実力。私一人じゃきっと勝てないだろう。


(でも今はそんな弱い私を支えてくれる人達がいる)


 隣に立つアルマ達に目を向けると、私の視線に気づいた3人はニコッと笑顔を向けた。


――僕に任せて!


――貴方がしたい事に、私は最後まで付き合うわ。


――心配をかけた分をここでしっかり返さないといけないね。


 言葉を交わさずとも、彼女達が何を言いたいのかは私に伝わった。


――絶対に生き残ろうね! それでみんなでどこかへ遊びに行こう!


 だから私も笑顔を向ける。それが彼女達に伝わると信じて。


 最後に魔王ユアン。


 正直な話、今のユアンに敵う人間はいないだろういうのが私たちの出した結論だった。


 絶大な力を得たユアンに勝てるのは、同じく絶大な力を持つ者のみだ。


(こればっかりはティナ様……ウルティニア様頼りになる。お願いだから無事でいて下さい)


 不滅の本来の力の持ち主であるティナ様に頼る以外、勝機はなかった。


(実際に対峙してみないと分からないけど、おそらく無理。どう足掻いても、私たちの、人の領域では魔王には敵わない。なんとしてでもティナ様を探さなきゃ)

 

「先に潜入していた仲間からの情報によると、魔王ユアンは半日前に自室へ入ったっきり出てきていないそうだ」


 黒猫の構成員から出発前に受け取った最新の情報を先生が口頭で伝える。


 気になる魔王の動向は、スタンピードが起きた日から全く動きがなかった。


「奴はおそらく時間を稼いでいる。まだ不滅の力が不完全だからだ。これは希望的観測に過ぎないが、完全体ではない奴なら付け入るチャンスがあるかもしれない。とにかく時間が勝負だ。気を引き締めろ」


「「「「はい!!」」」」」


「後ろは私達にお任せ下さい」


 ゴルゾ・マックレイや一部の兵士達は、裏門を固め、私たちが後ろから襲われるのを防ぐ役割を担っている。


 そして世界中の戦士達が現在ここ帝都に集結しつつあり、スタンピードの終着点もまたここ帝都と予測されている。


 強襲組は少数精鋭。


 それ以外の人員は全て防衛組にまわされた。


 それでもなおスタンピードの侵攻の勢いは衰えないのだ。


 スタンピードの侵攻は防衛組が奮闘している事で予定より遅れているものの、着実にこちらまで迫ってきていた。


 もし私たちがユアンを討つ事が出来ずに帝都が魔物に呑み込まれたら、もう二度とユアンを討つチャンスがないだろう。


 これは一度きりの勝負なのだ。


「残された時間はあと少し……」


「明日の朝、つまり夜明けまでに決着をつけないといけない」


 失敗すれば全員ここで死ぬ。


 私は強襲組を代表してゴルゾ・マックレイに声を掛けた。


「マックレイさん。首尾は任せました」


「儂に任せておけ」


 彼が豪快に自身の胸を叩く。最初あった時は老人だと思っていたが、実は60にいかないくらいだと聞いた時は流石に驚いた。


「よろしくお願いします」


 前会った時は敵であったが、今は仲間だ。彼と視線を交わし頷き合う。


「それじゃあ行くか」


「はい」


 先生を筆頭に、私達はいよいよ怪物の住まう帝国城へと足を踏み入れるのであった。

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