第105話 『不滅』の原点

 私が王位に着き、国が落ち着いた後、王族のみが知ることを許される文献に手をつけた。

 その王家の文献を漁った事によって、色々な事実を知る事になった。


 まず帝国の皇族と王国の王族には、血縁関係があったという事。そして神玉に頼った家系が王国を築き、神玉に頼らなかった家系が帝国を築いた事。


 元々一つだった国は、こうして東西二つに分断されたのだ。


『不滅』。


 最悪の固有能力。発現した者を必ず死に至らしめ、周りの者を多く不幸にする強大な力。


 『不滅』は人の手に余る力だ。だがそれは、神玉も同じである。


 神玉に関して私も知らなかった事。それは、神玉には初代国王の魂の一部が混在していると言うことだ。彼は神玉を製造する過程で、自分の一部を切り取り神玉へと組み込んだ。


 つまり神玉が指標となり、現世に彼の意思を留まらせているのだ。それを知った瞬間、私は思わず手を振り上げていた。


「くそっ!!」


 ガチャンと机の上に置かれていたティーカップが音を立てて揺れ、中に入っていた紅茶が溢れる。


(最初から神玉を破壊しておけば、こんな悲劇は起こらなかったのか……)


 悔やむ気持ちを抑えて、私はさらに『不滅』について調べた。

 そして王国、帝国関係なく、初代国王の血縁関係にある者に『不滅』が発現していた事が分かった。それと同時に、神玉を頼る王国の家系に、『不滅』が現れる場合が多い事も判明した。


 ――今回は王国側。第一王女のウルティニア様にその力が宿ったのだ。


 次に私が目を留めたのは、王国と帝国が一つの国だった頃の貴族の相関図だ。


 そこで興味深い資料を発見した。


 この世界の大半を支配し、金に女に、権力に溺れた初代王と有力貴族達。


 その有力貴族達の中に、アルヤスカ家の名前もあった。


 そして貴族名簿の中には、エト・カーノルドの母方の家系にあたる、ユースティーツィア家系もあり、その爵位は男爵だった。


(こんな昔から、彼女とアルヤスカは因縁があったのか……)


 後に腐敗したアルヤスカ公爵家達を打倒し、力をつけていく一族がユースティーツィア男爵家なのである。


 ユースティーツィア家を筆頭に始まった初代王派との争いは、ユースティーツィア家側の勝利に終わり、国の崩壊は免れた。


 初代王側で戦い、生き残った者有力貴族達も力を失い、何十年間も大人しくしていた。


 しかしドレット・アルヤスカが誕生した時、その力関係は逆転した。


 彼の策略により、ユースティーツィア家は没落し、娘のアメリア・ユースティーツィアを残して全ての血筋が途絶えた。


 王は知っていたのだ。裏で何が起きていたのかを。

 誰があの有名な正義の一族であるユースティーツィア家を追いやったのかを。


 これが書かれたのはウルティニア様が暴走する前だ。王はこの時から既に『不滅』の影響を受けていたか、もしくはアルヤスカを裁けない何かがあったことが推測される。


 実際、アルヤスカの手口は巧妙で非の打ち所のない作戦といえた。彼は王国の法律に則ってユースティーツィア家に関わる人物を使用人に至るまで全て処罰、処刑した。

 

 そして彼は、国に刃向かおうとする反逆者の叛逆を未然に防いだとして、その功績を讃えられ、新しい公爵の地位を得た。


 ただ一人死を免れたのは、アメリア・ユースティーツィアだけだった。今のエトと同じ年頃だった彼女を助けたのは、暗殺者のジーク・リーゼフと書かれている。


 ユースティーツィア家を助けるよう指示をしたのも、直筆のサインから陛下である事が分かる。陛下は表立ってはアルヤスカを止められないが、こういった形でユースティーツィア家を護ろうとしていたのだろう。


 しかし【黒猫】は失敗した。幾重にも仕掛けられた罠と伏兵に襲われ、処刑を執行されてしまった。


 ジークに課せられていたもう一つの任務。


 それは古くから続くアルヤスカ家とユースティーツィア家の因縁を終わらせる事だった。


 しかしドレット・アルヤスカを暗殺出来ず、ユースティーツィア家の処刑も防げなかった。


 ジークはその時の任務で、酷くプライドを傷つけられ、未だ彼の仕事は続いているのだ。全てはアルヤスカを殺し、依頼を終えるその時まで。


 今もこうして、アメリアの娘のエトがジークの力を借りて、ドレット・アルヤスカを倒そうとしているのがその証拠だ。

 

 これは天より定められた運命なのだろう。


 文献の最後にはこう記されていた。


『これを見ていると言う事は、ワシは死に、国を帝国に乗っ取られているかもしれん。どうなっているかは分からないが、これを見ているのはブランの筈だ。勝手な言い分かもしれんが、国を、世界を頼んだぞ。お前なら出来るとワシは信じておる ゼノン・シュトラス・ディスペラー』


 全ての文献を読み終えた私は、皇帝ユアンの本当の目的、その真意に辿り着いた。


 私は国を守る為に取り返しのつかない事をしてしまった。たとえこの国が無事で済んでも、他国、いや世界はユアンの手に落ちる事になるだろう。


 そんな事は許されない。たとえ自分が真っ先に死ぬことになっても、皇帝ユアンを倒さなければいけない。


 そう決めた私は、一年かけて準備を進めた。


◇◆◇◆◇


「これが私の知る全てだエト・カーノルド。ユースティーツィア家の最後の生き残りである君が、アルヤスカと争うのは初めから決まっていた事なのだ」


 最後にそう言いきった。悔やんでいる……とも感じた。

 その時の宰相は今ほどではないにしても、ディカイオンより権力はあった。


 自分が知っていれば、何かしらの対応が出来ていたと考えているのだろう。でも、それは結果論だ。


 母の一族が滅ぼされた事で、母はジークや父と出会い、私が生まれた。


 逆にそうでなければ、母は父と会う事なく別の男性と結婚して、私は、エト・カーノルドは生まれなかったんだろうから。


「あの、陛下。一つだけ気になる事があるんですがよろしいでしょうか?」


 おそるおそる手を上げたのはシズルだ。


「言ってみなさい」


「先程、王族は二人生き残ったと言っていましたが、一人はウルティニア様でしょうが、もう一人はカノン様なんですか?」


 声が少し弾んでいる。どこか期待するような、そんな言い方だった。


 宰相は、ゆっくりと口を開く。私も思わず固唾を呑んで、宰相の言葉に耳を傾けていた。


「確証があるわけではないが、おそらくジーク・リーゼフが助けだした筈だ」


「ジークが……? 本当にカノン様を?」


「ああ、確証があるわけではないがな」


 カノン様が生きていた事に、シズルは心ここにあらずの状態になる。私も同じだ。それに思い当たる節が一つあった。それは私が踊り子として、舞台で踊っていた時、聞こえてきた声だ。


 舞台袖で、仮面を被った人物が「みてるよ」と言ったあの言葉。今でも耳に残っている。


 (あの仮面の人物の正体は、やっぱりカノン様だったんだ)


 カノン様が生きている事を確信した私の元に、宰相が一つの魔道具を持ってきた。


「これは……?」


「メッセージを録音する事が出来る魔導具だ。聞いてみなさい」


 宰相に言われるがまま再生ボタンを押す。


「…………」


『『――エト』』


「――っ!? お母様!? お父様!?」


 ザザザッという雑音の後に聞こえてきたのは、懐かしい両親の声だった。

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