第106話 両親の遺言

「――っ!? お母様!? お父様!?」


「わっ!」


「あ、ごめんアルマ」


 急に声を荒げたせいで、すぐ隣にいた先輩がビクッと驚いた。一度再生を止めて、先輩に謝る。


「ごめんごめん」


 私は謝りながら、先輩の頭を撫でた。


「もう、いいけどさ」


 照れ隠しのようにプイッとそっぽを向く先輩。……中々に可愛い。もう少し愛でていたいが、今はそれよりも宰相に確かめなければいけない事があった。


「あのこれって……」


 私は視線で彼に問う。

 

 宰相は私の目をしっかり見据えて、静かに頷いた。


「ああ、そうだ。それには君宛に録音された両親の最後の言葉が記録されている。両親の事は本当に残念だった。これは部下が領民を埋葬している時に、邸宅の瓦礫の下から発見されたものだ。おそらく両親のどちらかが、壊れないように魔法を掛けていたんだろう。傷一つなかったよ」


「そう……なんですか」


 視線で続きを再生するように促される。私はもう一度再生ボタンを押した。


『エト。これを聞いているという事は、お母さんとお父さんはもうこの世にはいない筈よ』

『愛しのエトに、このメッセージを残した。ちゃんと届いているといいけど……』


 それは事前に録音されていたと思われる内容だった。二人の話しぶりから、ディカイオンが屋敷に襲撃する少し前の時間帯だろう。


『もうお父さん滅多な事言わないの! ええっと、どこから話そうかしら、たぶんこれを聞く頃にはある程度の事情は知っていると思うの。そして貴方が知った情報は全て真実よ。それはお母さんが保証する。お母さんは昔、公爵家の娘で反逆の罪を着せられ処刑されそうになった。その時ジークに助けられたの。それから色々な事を経験して、暗殺者という仕事を辞めた後、当時冒険者だったお父さんと出会って結婚した。お父さんもお母さんも、昔の事は共有してたけど、まさか彼が、今でも私に固執しているとは思わなかったわ。そして貴方が私の娘だとばれた後、その矛先が娘にまでいくなんて……ほんと親失格よね。私たちより先に情報を得たルシアの助けが間に合ったかどうか……』


『アメリア……』


『ごめんなさい、こんな話しちゃって。録音出来る時間も限られてるから、お父さんとお母さんからの最後のお願いしっかり聞いてね』


 お母さんが人差し指をビシッと立てて、ウインクする姿が目に浮かぶ。


『後の事はジークに頼んであるから仲良くしてね、ってこれを聞く頃には、とっくに会っているんでしょうがね』

『お父さんは、ジークがエトに手を出さないか心配だよ』


『それはないわよお父さん。あの人はエトが生まれた時、本当の孫のように可愛がってたから、間違っても変な気はおこさないわ。それに、エトに手を出そうとしたら、私が幽霊になって出て行くもの』

『そりゃ安心だ。もちろんお父さんも出て行くがね』


 楽しそうな両親の笑い声。こっちまで思わず頬が緩んでしまう。


『おっとアメリア。そろそろ来たようだよ』


 少し焦ったような父さんの声。たとえ映像が映らなくても、お父さんが武器を手に取ったのが音で分かる。


『あら予想より少し早いわね。エト、たとえ言葉を交わせなくなっても、私たちは貴方の事をずっと愛しているわ……幸せになってね、私の可愛い娘』


『お父さんもお母さんと同じ想いだ。良い人を見つけて幸せになるんだよ――』


 直後爆発音が響く。そこで録音は途切れていた。


「…………」


 魔道具越しに聞いた両親の声は、とてもとても穏やかで、優しい声だった。思わず、声に何か魔法を乗せているのではないかと感じるほど温かかった。久しぶりに両親の肉声を聞いたからかもしれない。



「……エト・カーノルド」



 暫くして座っていた宰相が立ち上がると、自らが持っていた剣の持ち手をこちらに向け、剣を差し出すようにして跪いた。


「え? どういう事」


 突然の事に戸惑う私に、シズルが宰相の行動を補足する。


「宰相はあなたに殺される事がせめてもの報い、贖罪だと常日頃から言っていたわ。エトと会う数時間前も、今日殺されても何も文句は言えないって」


「…………そうなんだ」


 私の前に跪いた宰相は、ひどく小さい存在に見えた。どうすればいいか考えていると、宰相が震える声で言葉を発した。


「もし、もしあと少しだけ時間をくれるというなら、私に最後の役目を果たさせて欲しい」


 正直、話を聞いた後だと、この人を恨む気にはあまりなれなかった。だから私は彼の言葉の先を促した。


「……それは?」


「皇帝ユアンを倒す事だ」


 彼がユアンに恨みを持っているのは、話を聞いて理解できた。ユアンに恨みを持つのは私も同じだ。


 彼は右手に剣を持ち替え、左手を私に差し出した。


 つまり彼はこう言っているのだ。今殺すか、後で殺すかを決めてほしいと。後悔に苛まれた彼には、もはや生きようという選択肢がないのかもしれない。


 帝国と戦って生き残れるとは限らない。むしろ死ぬ可能性の方が高いはずだ。


 ユアン達に勝つには、宰相の集めた戦力は必ず必要になる。それに、この国にはまだ彼は必要だ。


「……いいよ」


「――!」


 だから私は宰相の左手を取った。この選択が間違っているのかどうかは分からない。でも私は、今の自分の気持ちを信じる事にした。もう、自分に嘘はつかない。


 私が斬るとでも思ってたのか、彼は驚いたような顔をした。


「お母様やお父様、皆の無念を晴らすためにも皇帝ユアンを倒しましょう。それで、みんなが笑って過ごせる世界を作るんです……」


「ああ……必ず作ろう」


「エト……」


 何かが私の頬を伝った。


「あれ、やだな。なんだか涙が止まらないや」


 きっと今の私は酷い顔をしている。両親の墓参りに行った時よりも……。たとえ録音であっても、両親の最後の言葉は私の心に――。



「う、うぁぁぁぁぁぁーん」



「――っ!!」


「え、エトッ!?」


 周囲には宰相やシズルがいるから恥ずかしかったけど、我慢できなかった。シズルが一歩前に出るより先に、横にいた先輩が私を抱きしめた。


「う、アルマぁー」


「泣いていいよエト。僕はここにいるから」


 私は赤子のように、背中をよしよしと優しくさすられながら、柔らかい先輩の胸の中で泣いた。


 この感情が収まるまで、この気持ちが落ち着くまで、先輩に抱きしめてもらった。途中、「ちっちゃい子供みたい」って言われた気がしないでもないけど、今日の所は聞かなかった事にする。


 しばらく泣いた後、顔を上げた。


「目、真っ赤だよ」


「うるさい」


「スッキリしたみたいだね」


「うん……スッキリした」


 彼女には、もう十分慰められた。

 ぐしぐしと目を擦り、自分の両頬を叩いて気合いを入れ、シズルと宰相に向けて右手を出す。


「……? あ」


 私の意図を察したシズルがまず手を重ね、その上にアルマ、そして最後に宰相が続く。


「必ず倒そう、皇帝ユアンを! そしてディカイオンを!!」


「ええ」


「うん!」


「ああ」


 全員が力強く頷く。想いは一緒だ。『不滅』と共にあるこの国の因果を終わらせ、ディカイオンとの関係に終止符をうつ。



必ず勝つ!!」



 それは、口から自然に出た言葉だった。


――私の、私たちの復讐リベンジが今、始まった。

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