第104話 あの日

 まずはあの日の話からしよう。


 あの日、この王国で革命が起きた時、私は帝国側に立った。帝国側に立った主な理由は、現国王が『不滅』にあてられていると感じたからだ。


 あの方が狂う少し前、私は陛下に呼び出された。その席で、もしも自分が道を見失うようだったら、自分の代わりに私が国を背負う立場になって欲しいと言われていた。


 私はそんな事にはなりませんと何度もお伝えしたが、陛下の決意は固く、結局私が折れる形になった。


 『不滅』にあてられる。予兆はいくつもあった。


 そしてあの方自身もそれに気付き、まだまともな思考が出来る内に、この国を託したのだろう。


――私は考えた。


 あの方の意思を継いで、国を守る為にはどうすればいいか。自室に戻り自問自答を繰り返した。


 そして帝国との会談の日、帝国の皇子に話を持ちかけられた。


 そこで彼が、自分の父親を殺し、国を乗っ取ろうと計画している事を聞いた。実の親を殺す。その答えに驚く私に、彼は続けざまこう言った。


「この国を本当に守りたいなら、貴方が王になるべきですよ。まあ、僕はどちらでもいいんですけれどね」


 まるで私のやろうとしている事は、全て分かっているかのような物言いに、私はついカッとなって帝国の皇子である彼の胸ぐらを掴んだ。


 帝国の皇子に危害を加える。そこが公の場であったら、私は即処刑にされても文句は言えなかった。


「貴方は……私がどれほどの想いで、事を為そうとしているのか知っているとでも!?」


 彼はフッと見透かしたように笑い、片手で私の腕を軽く払う。


「君の事なんて興味ない。だから、知らない。ただ目的は一緒だろ? 僕たち協力出来ると思うんだ。無駄に行き違って、国が滅びる事になるなんて君も嫌だろう?」


「――っ、だが」


「ん? なにかな?」


 すまし顔の彼の手には、魔力が宿っていた。


 文字通り、それは攻撃態勢を示している。


(くっ……自分に歯向かう者は全て滅ぼすつもりか)


 この男の言いなりになる訳にはいかないが、私の判断で国を滅ぼす訳にもいかない……。


 幸い目的は一致していた。


 私は覚悟を決め、鋭い双眸で彼を捉えた。それが無力な私に出来る精一杯の抵抗だ。


「……分かった。貴方に協力しよう」


「さすが宰相だ。物分かりが良くて助かるよ」


 パッと魔力を霧散させた彼は、朗らかに笑うと私に握手を求めてきた。私もそれに応じ、彼と密約を交わした。


 密約の条件は一つ。

 彼の計画の手伝いをする代わりに、この国を存続させる事。


 彼もそれに納得して、握手を交わした。それから秘密裏に連絡を取り合い、全ての準備が整った上であの日、計画を実行した。


 想定外だった事は、私の知らない所でアルヤスカが同時に動いていた事だった。


 私は当然アルヤスカは国のために動き、私と殺し合う事になるものと思っていた為、拍子抜けしてしまった。


 そして本性を現したアルヤスカと初めて対話をした時、私は自分の間違いに気付いた。


 彼はとうに狂っていたのだと。


(なぜ、こんなにも身近にいて気が付かなかった……不滅にあてられていたのは陛下達だけではないという事に)


 しかしすぐに、その考えも間違いだと悟る。


 彼の持つ正義の加護が消えていないという事。それはつまり、彼が生まれた時から狂人だった事の証だ。


 彼の信じる正義は最初から歪んでいたのだ。


 アルヤスカの動向をユアンが私に教えていなかったのは、万が一、私が裏切る可能性を見越しての保険だったのだろう。


 それなら全てが納得がいく。結局、私も彼の良い駒だったのだ。


 そしてもう一つ私が知らされていなかった事。


 それは王女のメイド、ローラ・フォン・アルティーが帝国側で動いていた事だ。


 彼女の本心に気が付いたのは、毒殺事件の日だ。


 アルティーが毒を飲まされた時、私がその救護にあたった。

 彼女と部屋に二人きりになり、私のもてる全てで彼女を治療していた時、彼女は抑揚のない声でこう呟いた。


――その必要はないと。


 あれもユアンとアルヤスカの計画の内だったのだと後から知った。


 全ては奴の掌の上だったのだ。


 私とユアンが立てた元の計画では、関係ない者は誰も死なせない筈だった。その為に貴族達には薬を飲ませ、警備を手薄にさせた。しかし私が思っていた以上の抵抗を受け、双方大きな血が流れる事になった。


 それが予め分かっていたように、ユアンは計画を別のプランに切り替えた。私に計画の変更を伝えることなく。


 私たちの、正確に言えば私の計画に綻びが生じたのは、間違いなくアルヤスカの単独行動が原因だ。彼が独自に動き回ったせいで、余計な血が流れる事になった。


 アルヤスカの命令で動いたローラに、焚きつけられたフリーダがエトを襲い、そのローラと帝国兵によって大勢の者が殺された。


 その他にもアルヤスカは執拗にエトを狙い、そのせいで周りにいた者達も巻き込まれた。エトの両親も……その領民達も……。


 これらの話は全て、後日、ネルミスターから報告を受けて知った。


 私は何も知らなかった。いや、知らされていなかった。


 料理人のミシェラが被害に遭ったのもそうだ。


 彼が、ルシア・ディクトリスと名乗る冒険者が助けに来ていなければ、あの乱戦の中、ミシェラは命を落としていた筈だ。


 彼とフリーダが、逃げ遅れた多くの人達を助けた事で犠牲者は減ったが、彼等のその後の消息は掴めていない。


 もし彼が死んでいなければ、私はブラン・ガルディアという一人の人間として礼を言いたい。


 王族で生き残ったのは、おそらくだけだ。


 アレン様……神玉さえ持ち出さなければ、ユアンは命を奪うまではしないと約束してくれていた。


 しかしアレン様は神玉を持ち出した。だけど、本当はアレン様が正しかったのだ。ユアンにだけは神玉もティナ様も渡してはならなかった。


 アレン様はもう、立派な大人だった。


 私が守ってやらねばいけない、弱い少年はもうどこにも居ない。


 カノン様もいつの間にか立派になられていた。


 この悲劇を招いたのは全て私の責任だ。

 私がアレン様でもカノン様でもいい。一度でも誰かに相談をしていれば、結果は変わっていたのかもしれない。


 だけど全てを知ったのは、全てが終わった後。どんなに悔やんでも、もう何も変えられない。


 彼の本当の狙いは神玉と王国のウルティニア様で、それ以外は必要なかった。


 だから自分の邪魔をしてくるアレン様を殺し、カノン様を襲った。


 アレン様の最期を看取った者はいたのだろうか? いいや、いない筈だ。


 彼の黒焦げになった手は、最後までユアンが去った方向に向けられていたのだから。




 私はあの日、大切な物を多く失った。今の私にはもう誇りも何もない。あるのは国を守り切ったという事実だけ。

 ユアンは王女と神玉を手に入れると、この国に対する関心を失ったようだった。


 あれから一度も連絡を受けた事はない。



 カノン様付きの従者達とローラ達との攻防。私が出た事で被害は最小限に抑えられた。


 しかし彼女達の中で、死人が一人出てしまった。私の力不足だ。私の立ち回りでは、あれが限界だった。


 彼女達の中には、酷く精神を病んだ者もおり、心の休養が必要だと判断し、彼女達を国から逃した。


 革命の後、私の元へ一人尋ねてきたシズル・ネルミスター除いて。


 私は彼女に舞台裏を全て伝えた。


 孤独に苛まれていた私は、誰でもいいから伝えたかったのだろうなと今になって思う。


 全てを聞き終えた後、彼女はこう言った。


――貴方は道化師ですね。


 と、全く持ってその通りだった。私は舞台で踊り狂う滑稽な道化師にしか過ぎない。


 そして、そういう事なら最初から言ってくださいとネルミスターは私に最後まで力を貸してくれると言った。


 それがとても嬉しかった……。


 あの日勤務していたメイドや護衛騎士、その他、心に傷を負った者達は、全てユアンが干渉しない安住の地へと移らせた。


 彼等には一生暮らしていけるお金も渡した。もう、ここに戻って来なくてもいいように。


 今、この宮殿で働いているのは新規に募集した者達と自らの意思で残ってくれたごく少数の者達だけだ。


 全員ネルミスターが面倒を見ており、その実力もめきめきと育ってきている。使用人としても、優秀な戦力としても。



――全てはもう一度、運命に抗うために。



 結局、この革命の戦果はなんだったのかと問われれば、私は間違いなくこう答えるだろう。


 ローラが姫になるという事態は防げたと。


 これはその約束をしたアルヤスカが国を纏める立場を望まなかった為、私が国を纏める事になったからだ。私と彼女は直接繋がりがあったわけではない。なので彼女が、あからさまに媚を売りながら、この国の新しい姫になりたいと言っても断る理由は十分あった。


 それだけはとても清々しかった。


 その後、権力が欲しいならついて来いと言われ、浮き足立ちでユアンについて行ったっきりその行方は知らない。


 これが、あの日起きた事件の全貌だ。細かい内容は、後で個々に伝えよう。


◇◆◇◆◇


「…………次に私が話さなければならないのは、ディカイオン……もう正体は分かったと思うが、ドレット・アルヤスカと母親との関係性についてだ」


 長い回想を話し終えた彼は、一拍間を置いて、そう切り出した。


 彼の言葉が全員に向けられたものではなく、私に向けられているものだと気付くのには、そう時間は掛からなかった。


「お、母様……」

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