第96話 再会と再戦

「――ぐぅっ!?」


 短刀がトルメダの喉元を斬り裂く間際、トルメダが自分の右手を犠牲にしてをそれを防ぐ。


 必要な犠牲だと判断したのだろう。


 不意打ちが失敗した。絶好のチャンスを逃した。この短刀には毒も塗っていない。だけど、それがなんだ。


「まだ行け――っ!?」


 何か、鋭いものが頬を掠めていった。


「旦那様!」


 トルメダの部下が側にきて彼を支える。


 それは長剣の切先だった。こんな狭い部屋の中で抜くなんて……でも、この煙幕の中、正確に僕を狙ってくるって事は相当腕がいい。


 思わず後ろに下がると、ガッと何かが足にぶつかった。マチルダさんだった。


「マチルダさん立って!」


 へっぴり腰になっているマチルダさんをなんとか立ち上がらせている間に、煙が霧散していく。


「――っ!」


 誰かが地面に倒れていた。一瞬、クロエかと思ったが違った。


 トルメダの部下の一人だ。見事に首を刈り取られている。クロエがやったものだろう。


「アルマ! どうする?」


「わっ! クロエ」


 後ろからクロエに叩かれ、指示を仰がれる。今は僕とエトがリーダーだ。しっかりしないと。


 それにしても、びっくりするほど気配がなかった。


「……マチルダさんの事も考えてここで終わらせないとまずい」


「分かった」


 クロエとお互いの意思を確認して、短刀を構える。


 今日はお気に入りの曲剣を持ってきていない。軽さ重視のアイテム袋だから、エトに不必要だと判断されたものは抜き取られている。


 あんまり重くなりすぎると、バレる可能性もあったからね。


「ちっ、右手は使えんか」


 応急処置で止血を終えたトルメダが、右手を押さえながら立ち上がる。


 3対2。


 数では不利だ。こっちにはマチルダさんもいる。人質に取られたら僕たちの負けだ。


 短刀を握る手に力がこもる。僕の手汗で、短刀を落とさないか心配だ。


 額の汗を拭いながら、相手の動きを待つ。下手に動けない。マチルダさんが捕まっても負けだし、僕とクロエのどちらかが死んでも負けだからだ。


 トルメダが動いた。死体となった部下の元に行き、腰の剣を引き抜く。


 片手で剣を振りながら、僕の方を向いた。


「……アルマと言ったか?」


「…………」


「そうか。しぶとく生きていたか……これはお前の家族を奪った復讐か?」


 もう一度、僕の顔を見て納得がいったようだ。先程までは顔を伏せていた為、バレなかったようだが、トルメダは僕の事を忘れてはいなかった。


「違うよ。これは依頼。任務だよ」


「……なるほど。黒猫に入っていたというわけか。ふん、いいだろうお前は私が殺してやろう!」


 

「――あんまり僕を舐めるなよ!」



 そうだ。僕はもう弱くない。あの頃の僕じゃないんだ!


 短刀と片手剣が火花を散らす。


 それと同時に、クロエは他の二人と相対していた。


(早くトルメダを殺して、クロエの応援に行かないと……それにエトも)

 

 しかし、目の前の相手もまた手練れであった。エトのように強いわけではない。だが、並の貴族よりは遥かに戦えた。


「くそぅ〜!」


「ふんッ!!」


 トルメダの剣が宙を斬る。

 片手一つ分、僕の方が有利だ。ゆっくり焦らず戦えば勝てる。そうだ、ここで負ける事だけは許されないんだ!


 今、ここでコイツを殺す!


◇◆◇◆◇


 私は邸宅の庭で召喚士とお見合いをしていた。隠れている場所は分からなかったけど、ちょうど先輩達が、襲撃を開始した頃、魔力反応を感知できた。


「やっと姿を拝める事が出来た。あなたがあの時の召喚士さん?」


「…………」


 問いかけるも、召喚士は何も答えない。これでは一生女性にモテないだろう。


「まっ、答えないならそれでいい。捕まえて吐かせればいいだけだから」


「…………」


 召喚士が無言で地面に手を添える。すると魔法陣が現れた。


 魔法陣から黒い炎を周囲に撒き散らしながら、現れた魔物は、地獄犬ヘルハウンドであった。


「あービンゴ……だけど、やっぱり一人で勝てるかなぁ〜」


 おそらく前の地獄犬よりも強い。魔力の反応が前よりも桁違いに高い。そのせいか、召喚士本人は激しい息切れを起こしている。


「私も強くなった……これくらい切り抜けなきゃ!」


 先輩も頑張っている事だしね。


 召喚士は私の相手を地獄犬に任せて、この場から立ち去ろうとするが、そうはいかない。


 周りには他のみんなが囲んでいるのだから。


「なっ!?」


 イリアさんによって、あっさりと捕まれられる。


「あとはエト。あなたが全部やるのね?」


「はい、任して下さい」


「……分かったわ」


 イリアさんが召喚士を連れて去ると、地獄犬が周りに火を吐いて私の逃げ道を塞いだ。


 フリーダと戦った時の事を彷彿とさせる戦場だ。


「さあ、やろうかヘルハウンド」


『ガウッ!』


 奴はその牙を出して笑った。いや顔を歪めたと言っていい。前足で器用に先輩達のいる部屋を指差す。


 なんとなく言いたい事は分かった。私を殺したら次のターゲットは先輩達だと。


「そんなこと、させない!」


 最初から、両手に雷剣ライトニングソードを装備して私はヘルハウンドに向かって走った。


(今度は一人で勝つんだ!)

 

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