第95話 暗殺の行方

 屋敷の門をくぐり抜けようとした時、門番さんが何かを思い出したかのように立ち塞がった。僕は思わず顔がこわばってしまった。


 そんな僕を隠すようにクロエが一歩前に出る。クロエは流石だ。顔に出やすい僕と違って、一切表情が変わっていない。


「えっと、どうされましたか?」


「すみません。中へ入る前に簡単なボディチェックだけさせて頂きます」


 そう言って門番さんは、申し訳なさそうに頭を下げた。僕達はそれを聞いて内心ほっとした。


「ええ構わないわ。貴方達」


「はい」

「どうぞ」


 荷物を置いて手を広げる。


「では失礼します」


 マチルダさん、クロエ、僕の順にボディチェックを行っていく。その行為にいやらしさはない、むしろ申し訳なさそうにしている。


「はい、大丈夫ですよ。後はメイドの者が部屋まで案内致します」


 本当に簡単なチェックだけで、魔法で探知とかも無かったし、胸に手を突っ込まれるような事態も起きなかった。


 荷物の中身も確認される事はない。ここまでは想定通りだ。


 クロエも僕も、スカートで隠れている太腿にアイテム袋を装着している。


 そこまで触ったりして確認してこないだろうと思っていたら、殆ど触ってこなかったので逆に驚きだ。しいていえば、腰回りを確認されただけである。


 この門番さんは中々紳士的な人だった。


 過去に仕事で貴族の家に忍び込んだ時、門番の中にはこちらを好色めいた目で見てくる者もいた。まあ、エトにボコボコにされてたけど。


 やっぱり上級貴族と低級貴族では、雇っている者の質も違うという事だろう。


 今の二人の門番も僕がこの屋敷にいた頃には居なかった人だ。あいつが雇った門番としてはかなり人が出来ている。


 トルメダは目利きがいいという事なのだろう。


 本人はクソ野郎だけど、そういう才能があったからこそ僕の家をすぐに掌握出来たんだと今更ながらに思う。


「二人とも行くわよ」


 僕とクロエは、門番さんにペコリとお辞儀をすると荷物を持って小走りにマチルダさんの後を追った。


◇◇◇


「マチルダ様お待ちしておりました。旦那様のいる二階までは私がご案内させて頂きます」


 邸宅の中に入ると、アッシュブラウンの髪をしたメイドさんが綺麗な所作で礼をした。まるで貴族の令嬢を見ているような美しく整った動作だ。


 でも僕だって元貴族令嬢だしこの子よりは上手く出来る……筈。


 うん、エトの方が上手い。だったら実質僕の勝ちみたいなものだ。よし。


 僕は頭を上げたメイドさんの顔をもう一度確認する。


(全然知らない子だ……僕の知っているメイドさんはもう誰一人としていないんだな)


 ここに立つと、真っ先に出迎えてくれた私の専属メイドさんの事を思い出す。僕を庇ってトルメダに追い出された後どうなったかは知らないけど、少しでも幸せな生活を送ってくれていたら元主人としては嬉しい限りだ。


 昔の僕には、今の僕ほど余裕がなかった。自分の事に精一杯でクビにされた人達の事なんて考える暇もなかった。


「ええ、案内お願いするわ」


 メイドさんの後ろをマチルダさんが歩き、その後ろを僕とクロエがついて歩く。僕とクロエは周りの目を確認した後、こっそり荷物の下に穴を開けた。


 すると透明のガスが音もなく漏れ出す。


 これもジークが発明した道具の一つだ。


 このガスを吸えば、数時間は眠りにつく事になる。他のメイドさんや執事さん達にはこれで眠ってもらう。


 この屋敷の大きさから考えて、ガスは10分ほどで完全に回りきる計算だ。


 僕とクロエ、そしてマチルダさんは事前にカプセル型の薬を飲んで耐性をつけているため眠る事はない。


 僕は目線だけを動かして邸宅内を観察する。


 内装は昔とあまり変わっていなかった。


(あ、これ)


 二階へと上がる階段の手すりに細々とした傷跡があった。それが何かはすぐに分かった。


 自分が昔、邸宅内で遊びまわっていた時につけたものだからだ。


(この傷、まだ残ってたんだ)


 壁や装飾品などは少し色合いが変わっているものの、屋敷自体は改修工事されていないからか、こういう所はあの頃のまま残されていた。


「うわぁー」


 いつの間にか、元自分の家に夢中になってしまい目線だけでなく、僕は荷物から手を離して手すりに手を伸ばしかけていた。


(だめっ!)


「いたっ!」


 太腿にチクリとした痛みが走る。針かなんかで刺されたようだ。


 幸いな事に、僕の声は先頭を歩いていたメイドさんには聞こえなかったようで、何事もなく前を歩いている。


「アルマ、触っちゃだめ。証拠は残せない。それによそ見もだめ、これ重いから私一人じゃ持てない」


「ごめん」


 クロエが片手でプルプルとさせながら荷物を抱えていた。僕は慌てて両手で荷物を持ち直す。


 もう片方の手には僕を刺した針が指の間に挟まれていた。


「大丈夫。毒とか塗ってないから」


「塗ってたら困るからね!」



 無事に階段を登りきると、見覚えのある通路を通って、執務室へと着いた。


(お父さんが仕事をする時に使ってた部屋だ……)


「私はここで……」


 そう言って、メイドさんは先程と同じように綺麗な礼をした後、ふらっと倒れかけた。


 それをマチルダさんが支え、壁によりかからせる。


 ガスが効いてきたようだ。次は第二段階だ。


 マチルダさんが扉を叩くと、中から「入れ」と声がかかる。


 マチルダさんに続いて僕たちも中に入る。すごく煙草臭かった。


「待っていたよ。商業ギルドのギルド長、マチルダ殿」


 僕は何年かぶりにトルメダを見て、昔見た時よりも随分と丸くなった気がした。それは性格のことではない、トルメダの身体がだ。


 事前の情報通り、傍には三人の部下がいる。すごい厳つい。


「ええ、今日はとっても素晴らしい物をお持ちしました」


 僕とクロエは頭を伏せたまま無言で持ってきた荷物を置く。


「ほう、随分と大きな箱だな。中身は?」


「開けてみればお分かりになると思います」


「どれ、それは楽しみだ」


 トルメダは警戒する事なく箱に手を伸ばす。相手が信頼できるギルドのギルド長である事と、時間帯故だろう。


 そして彼が箱をあげると。


「――なっ!?」


 蒸気が上がり、トルメダに向けて煙が噴出された。煙が放たれた瞬間にマチルダさんは頭を伏せる。

 

 煙は瞬く間に充満し、一瞬で何も見えなくなる。


 この煙に毒性はない。ただの目眩しだ。


 今回の任務はトルメダの暗殺。どんな方法を使ってでも必ず殺す。


 一時期は、他の人に任せても良いと思っていた。


 でも、こいつだけは自分の手で殺さなければ気がすまなかった。


「トルメダーー!! 僕はこの時を待っていたよ!」


 隠し持っていたアイテム袋から短刀を取り出し、僕はトルメダに斬りかかった。

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