第97話 危機

「ふっ――」


 浅い。


 雷剣が地獄犬の前足を斬り裂くも、血は少量しか流れない。


『ガウッ!』


 今度は相手の反撃だ。鋭い爪で私に迫り、その鋭い牙で、首元を抉ろうと向かってくる。


 爪牙を二本の雷剣で防ぐも、刃は地獄犬の爪牙を破れない。それは相手も同じ。ガチガチと歯を鳴らすだけで、その牙は私に届かない。


「ぐぅ……負けないッ!」


『ガゥッ!!』


 魔力で編み出した雷剣は、そんじょそこらの剣より丈夫だ。


 魔力の消費を抑えつつ、この強度を維持できれば折れる事はない。


 折れる事はないが……。


「――たとえそうだとしても、これじゃ埒があかない!」


 グッと雷剣に力を込めて、地獄犬を勢いよく押し飛ばす。


『ガウゥ!?』


 まさかこの体重差で、自分の方が飛ばされるとは思っていなかったのか、地獄犬が体勢を崩す。


 今が好機だ。


「うぁぁぁぁぁあぁぁあ!!」


 何度も雷剣で地獄犬の身体を斬り裂く……が、手傷は負わせられたものの、致命傷には至らない。


『ガウ!』


「しまっ――」


 右肩に噛みつかれた。


「くっ、これでもくらえー!」


 地獄犬の首あたりに雷剣突き刺すと、地獄犬は『グガァ!?』と言って離れた。


「ううっ……痛い」


 傷の具合は酷い。肉の一部を噛みちぎられたのだろう。血がとめどなく溢れてくる。


(これじゃあ、綺麗に治るか分からない。先輩には怒られちゃうな)


 私は固有能力を含め、攻撃タイプだ。


 身体強化魔法を付与すれば、さらに威力が倍になる。


 その分、魔力消費が激しい為、長くは戦えない。短期決戦向きだ。


(一度は倒した事のある相手。同じ事をもう一度するだけだ)


 そうだ落ち着け。

 前と同じ。まずは足の動きを封じる。


 地面を蹴って、地獄犬の懐に飛び込もうとした時、奴の尾から何かが伸びた。


 それは白いモヤのようなもので、なんだかとてもふにゃふにゃと不規則な軌道をしていた。



「うそ……あれは喰われた仲間の魂?」



 それが時より、人の形をとった事でようやく白いモヤが何か分かった。


 あれは地獄犬の犠牲者だ。


 つまり私たちの仲間だ。


 その事に気付いた私に向けて、その鋭い牙が見えるよう地獄犬はニタァーと笑った。


 そして白いモヤを一気に飛ばしてきた。広範囲だ。避けられない。


「まずっ――」


 これこそが地獄犬と呼ばれる所以。死者の魂を喰らった駄犬だ。


◇◇◇


 金属音が鳴り響く。僕の短刀とトルメダの剣が交差する。


 曲剣があったら……なんて言えない。あったとしても勝負はついていない筈だ。


「くっ……!!」


「どうした? 口だけか?」


「くぅっ……!」


 トルメダの突きに対し、短剣で軌道を逸らすも剣が左肩を掠め、表面の皮膚を削いでいく。


 血飛沫が飛び、トルメダの剣の先端には赤い血が付着していた。


「アルマ!?」


 慌てて駆け寄ろうとするクロエを手で制す。


「僕は大丈夫だから、クロエは自分の相手に集中して」


 心配そうにこちらを見てきたクロエに声を返し、傷の具合を確認する。


(このくらいの傷ならまだ……でも、トルメダにはまだ一度も手傷を負わせられてない)


 片手剣と短剣では圧倒的に不利だ。


 リーチの差は大きい。相手の懐に入らなければ、致命傷を負わせる事は難しいだろう。


(でも、僕はジークから教わったんだ。どうすればいいか……)


 エトと比べても、僕は身長が低い方だ。


 男の人と並べは、頭一個分小さい。


 でも小さいからこそ、出来る戦法がある。


「ちぃ、ちょこまかと」


 ひたすらトルメダの周りで、めちゃくちゃに動き回る。


 体が小さい分、攻撃は当たりにくい。こういう動きをしてれば相手は次第にイラつき、技の精度が落ちてくる。


「この――」


 振りが乱暴になった。今までとは違い、かなり大振りだ。


――いける。


 一気に懐に飛び込み、脇腹に短剣を差し込む。そのまま横へ流し、内臓を斬り裂く。


「ぐぅ……」


 苦しそうに表情を歪ませたトルメダが、振り上げていた右手を下ろしてきた。


「くそっ! 離せよー!!」


 短剣を持つ手をトルメダに掴まれ、動けない。


「死ぬならお前も道連れだ。安心しろ、親のいる所にしっかり送ってやる」


 そのまま僕に向かって、トルメダは剣を振り下ろした。

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