第75話 集会
月が雲に隠れ、街全体を照らす光が失われる。
時刻は真夜中。ある酒場に、男女合わせて二十人以上が外套を着て、フードを目深にかぶり集まっていた。
彼等を照らす唯一の光は、ジークによって、持続性と明るさを強化された、蝋燭の火のみであった。
ゆらゆらと燃える火が、周りにいる人達の影を壁に映しだす。
その集団の中に私はいた。
今日は半年に一度の大規模な集会の日である。この日は普段顔を見せない、又は集まれない面子も集まる決まりになっている。
例によって、指定された時間より早く、私とアルマ先輩は到着していた。
「すごい人数ですね」
「これからもっと増えるよ」
小声で先輩と会話しながら、周囲を見渡し、クロエとイリアさん達を探す。
しかしみな一様にフードを目深にかぶっている為、よく顔が見えない。
「うーん。イリアさん達が、どこにいるか分からないですね」
「あんまりじろじろ見ない方がいいよ。人に顔を見られたくない人も多いから」
先輩は?と聞くと。
僕は可愛いから見ないと損だよと言ってらっしゃった。
二十分程時間が経ち、酒場内はだいぶ人でいっぱいになってきた。
「……静か」
耳を澄ませば、心臓の音まで聞こえそうなくらい酒場内は鎮まりかえっていた。
会話をしている者はおらず、みな静かにマスターの登場を持っているようだ。
異様な光景であった。
横でぺちゃくちゃ喋っている、先輩のような存在の方が珍しいのだろう。
(でもその方がいいな。私的には安心できる)
でも私は少しだけ……本当に少しだけこの雰囲気が怖いと感じた。
なんだが、自分だけ取り残されている……そんな気がしたのだ。
私にとって初めての大規模な集会という事で、自分でも気付かない内に緊張していたのだろう。
いつの間にか、私は先輩と離れ、隅へ隅へと移動し、萎縮してしまっていた。
「わ、エト、いつの間に……大丈夫、この空気にも数をこなせば慣れるよ」
先輩が私の後ろをとって、ずいずいと前に押し出す。
いやだ、いやだ。私は目立ちたくないから後ろにいたいの!
そんな心の叫びなど、いざ知らず、私と先輩はジークが入ってくるだろう扉の前の近くで陣取った。
もうやだこの人。
「もうこうしてやる!」
いやいやと暴れていると、何の前触れもなく、先輩が私を後ろから抱き締めた。
「うひゃあ!!」
先輩がギュッと私を抱き締め、先輩のぬくもりが背中を通して伝わってくる。むにゅとした感触と一緒に。
「どうどうー」
「ううー!」
悔しい事に、先輩に抱きしめられると、不思議と私の身体は落ち着いていってしまった。
どうやら私の体は、私の意思とは関係なくすっかり絆されてしまったらしい。
でも体は落ち着いたのに、私の心は鎮まってくれなかった。ずっと心臓がバクバクしている。
一体どうしたのいうのか? 頬も紅潮してきた。こんな姿、先輩に気付かれたくない。
「せ、先輩。もう大丈夫ですから離して下さい」
「そう? あれなんかさっきより顔が赤くない?」
「そ、そんな事ないですよ!」
顔が赤いのは、アルマのせいだ。 たぶん。
扉の前でギャアギャア騒ぐ、私たちを注意する者はいなかった。
(なんかアルマと同じに分類にされたようで……嫌だな)
私はここまで子供っぽくはない。
誰も近づいて来ないと思っていたのだが、おもむろに、二人の人物が座っていた席を離れ近づいてきた。
やはり顔は見えない。
まあ私たちも、顔は見えないようになっているんだけど、アルマが隣にいて、こんなに騒いでいたら誰かなんて分かっちゃうよね。
この空気感の中で、これだけ騒げるのはアルマくらいだし。
怖いのは一部のメンバーの視線だけ。
この視線は、ジークが初めて、私たちの家に訪ねてきた時の視線と同じものだ。
何を警戒されているのか、分からないが、私の事をよく思っていない事は確かだろう。
アルマの事を嫌っているのかもしれない。
「もう始まるよ、お二人さん」
「ん、始まる。どこにいても二人仲良し」
私たちの両隣にやってきたのは、イリアさんとクロエであった。
どこにいても仲良し……ちょっと恥ずかしい。
そこで、ギィと扉が音を立てて開いた。
ジークだ。
このギルドのギルマスがやって来ると、アルマとイリアさんが咄嗟に跪き、私とクロエもそれに倣う。
他の者も同様だ。
「……………」
その顔は、随分とやつれていた。寝ていないのかも知れない。
ジークがその重い口を開く。
「さて……今回の定例会なのだが、その前に一つ伝えなければならない」
その場にいる全員が息を呑み、ジークの言葉を待つ。それが良くない事である事は明白だ。
「我ら【黒猫】の上位5名の暗殺者がある依頼に挑み、全員命を落とした。同行した、中級の者達も同様に帰って来なかった。死んだのだろう」
重苦しい空気が場を支配する。
誰も彼もが黙りこくる中、一人の男が声を振り絞る。
「……その任務とは一体?」
一拍置いてジークは答えた。
「――帝国に寄生し、奴隷売買を行う巨悪の権化、トルメダ・レイスフォード侯爵の暗殺」
隣にいたアルマがその名前を聞いた途端ビクッと肩を揺らせた。
アルマの過去に関係するのかもしれない。
「この依頼はすでに金を渡されている事もあり、断る事は出来ない。名前は明かせないが、依頼人はこの街の権力者でもある。無闇に断れば、こちらの立場が危うい」
そこまで言って、ジークは全員を見渡す。私は次にジークが何を言おうとしているのか、予想はついた。
「誰でもいい、自分なら暗殺出来るという者がいれば、手を挙げろ。階級は関係ない、俺も全力でサポートすると誓おう」
勿論、手を挙げる者は誰もいない。
当たり前だ、自分より技量が高い者が5人も失敗した任務を成功させるなど不可能に等しい。
クロエとイリアさんを見る。二人も手を挙げるつもりはないようだ。
「報酬はたんまりだすぞ。本当にいないのか?」
このまま誰も手を挙げないのだと思った。みんな、静かに立ちすくんでる。
その時、ジークの視線が目の前にいる私たちを捉えた気がした。
まさかそんな筈はない。いくらジークでも、この人数の中から私たちを見つけ出せる筈がない。
一番前だけど。
アルマは静かに下を向いていた。だが意を決したように顔を上げる。
「……これは必然、か。エト、ごめん」
「え? 先輩」
横にいた筈のアルマは、瞬時に立ち上がり、ジークの前に歩み出ていた。
「僕にやらせてください」
ジークが驚く事はなかった。ただ一度、笑った。
「……こういっちゃなんだが、アルマお前に出来るのか?」
それは、任務を遂行出来るか、出来ないかを聞いているのではないだろう。
「……出来ます。もう迷いません」
「そうか……なら俺も全力で手助けしよう。罪滅ぼしと共にな」
無謀な戦いに挑もうとしているアルマを止めようとする者はいなかった。それが何故かは分からない、だが、アルマの事に関しては何か、暗黙の了解があるのだろう。
アルマはジークといくつか会話すると、私の元に戻ってきた。
「ごめんねエト。エトは来なくても大丈夫なようにジークに言っといたから」
アルマが私の事を気にかけてくれている。それは嬉しい。でも蚊帳の外に出されるのは嫌いだ。
「何言ってるんですか? 私も行きますよ、その任務」
その言葉に先輩は驚く。ばかアルマ。
「どうして……死んじゃうかもしんないんだよ。死んだら復讐も出来ないんだよ」
「たとえそうなったとしても、私は先輩の後輩ですから当然ですよ」
「え、エトー!!」
「ああもう、こんな所でくっつかないで下さい」
熟練の暗殺者が全員返り討ちにされた。
技術も経験も未熟な私では、アルマの言う通り死ぬかもしれない。
でも後悔だけはしたくなかった。
だから私はついて行く。アルマが行く所ならどこへでも。
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