第74話 荒くれ者
「エト、そっちのテーブルの片付けお願い」
「おっけー。あ、あそこの家族連れ、そろそろ水が無くなりそうだから注いできてあげて」
「分かった」
クロエとは一度しっかりと話をして、同い年であり、ギルドに加入した時期も近いという事から名前で呼び合う事になった。
アルマ先輩は不服そうにしていたが、イリアさんに宥められ、渋々了承してくれた。
クロエが貴族に憧れていたのは、平民の出という事もあり、美しい男女が集まる社交界で悪役令嬢の妨害にあいながらも運命の相手を見つけ、添い遂げる。
などという庶民の間で人気の官能小説の影響を受けての事だという。
一度でもいいから社交界に出てみたいのだそうだ。
(貴族社会に憧れを持つ事はいいんだけど……ちょっと美化しすぎかな)
というのが私の本音であった。
実際は、もっとどろどろしていて、自分達の事しか考えない奴等が跳梁跋扈する世界なのだが。
「いらっしゃいませー!」
「ありがとうございましたー!」
私たちの真心こもった接客に、お客さん達は気前よく料理を注文し、最後は私たちの笑顔に満足して帰っていく。
そして私たちの評判が、お客さんからお客さんへと伝わり、新規のお客さんをたくさん呼び込んだ。
私が来てからお店は大繁盛となった。
もちろん、クロエが入りたての時も、人気に火がついたらしいのだが、基本、無口無表情のクロエはみてくれが良いだけで、数日で元通りになってしまったという。
だけど今はどうだろう。表情筋がよく動き、年相応のあどけない笑顔を見せているのではないか。
これも全て私の教育のお陰である。
母から習った、老若男女をいちころにする笑顔のふりまき方を伝授してあげたら見違えるようだった。
最初は嫌がっていたクロエも、『貴族』という魔法の言葉を出せば、目を輝かせて教えてくれとせがんできた。
「貴族はどんな時もニコニコと笑顔を保つのが大事なんだよ。じゃあ、まずは笑ってみせて」
そういうと彼女は可愛らしく笑ってみせた。
妖精のように可憐な笑顔に私は思わず息を呑んでしまう。
(いけない、いけない。ここに先輩がいたら怒られていただろう)
「どう?」
「うん、可愛かったよ。普段からそうしていればいいのに」
クロエの笑顔は貴族風ではなくなっていたが、それは言わずもがなだ。
クロエが赤面して、首を横に振るい、視線を下げもじもじする。
「それは……エトお姉様だけにですから」
妙な丁寧口調で私の事をお姉様……ん、お姉様って言われた? 私たち同い年なのに?
「クロエ? えっと今なんて」
「何も言ってない」
「えっ、でも……」
「言ってない」
あ、ムスッとした無愛想な顔に戻っちゃった。
まあクールな方のクロエも可愛いからいいんだけどね。
◇◇◇
お昼時になり、店内も混雑してきた。
席が少ないこの店では入れ代わり、立ち代わりに客が入ってくる。
「エトちゃん、クロエちゃーん、そっちのテーブルの片付けお願い」
「「はーい」」
同僚のお姉さんに促され、私は空の食器を片付ける。クロエがテーブルを拭き終わるとすぐに新しいお客さんが座った。
三十前後のいかつい男性三人組だ。
彼等の視線は私たちに留まった。こうなるといつものパターンだ。
「お、いい尻してるね嬢ちゃんたち。俺達この後暇なんだ、夜にでも遊ばねぇ?」
三人は下卑た笑い声を上げる。こうゆう奴等の対処法は決まっている。
「すみません。ここはそういう所ではないので、出会いを求めるなら酒場にでも行って下さい」
私は言いたい事だけ伝え、颯爽と男達の元から去る。しかし、しつこい男達は大人しそうなクロエに目をつける。
「なぁなぁ、もうちょっとこっちに……」
「無理、近寄らないで」
言うが早いか、私が止める暇もなくクロエは自分に手を伸ばした男を容赦なくぶっ飛ばした。
え、そんな派手にやっちゃっていいの?
いいわけがなかった。
「おい、ふさげんなよ。こんな古臭い店潰してやったっていいんだぞ」
「そうだ、そうだ。料理も食えたもんじゃないしな」
仲間がやられた事で二人が怒りをあらわにする。
いや、食べてもいないのにそれはないだろ。
どんどんお店の雰囲気を悪くしていく男達。
他のお客さん達もいたたまれなくなり、席を立ち始める人がちらほら出てきた。
これは不味い。
その時。クロエからブチッと何かがキレる音がした。
「ウチの店を馬鹿にする奴は出て行って」
考えるより先に手の方が出るらしいクロエは、そのまま三人を店の外へと放り出した。
それもボコボコにして。
「クソ野郎! 後で覚えとけよ」
派手に顔を腫らした男が、三下の台詞を吐きながら、お互いを支えあってよろよろと去っていた。
「派手にやったね。イリアさんに怒られるんじゃない?」
「うん。スッキリしたからいい」
「クロエがいいならいいんだけど」
イリアさんが頭を悩ます未来が見え、不覚にも笑ってしまう。
(アルマ先輩の次はクロエか……あの人も大変だな)
店内に戻るとクロエは拍手で迎えられた。
それに戸惑うクロエ。
私はそうなる事は分かっていたので、拍手する側に加わる。
クロエの元に女将さんが歩み寄る。
「クロエ。店を守ってくれてありがとうね。あたしたちもスッキリしたよ、そうだろうお前たち!」
とても五十を過ぎたと感じさせない程、溌剌とした声を出す女将さん。
そして女将さんに便乗する、お客さんや他の従業員。
「そうだぜ、クロエちゃんカッコ良かったよ」
「あんな奴ら、クロエちゃんにボッコボッコにされて当然だよ」
「そうだ、そうだ!」
ジークによると女将さんは、若い頃、凄腕の冒険者だったらしい。
働いてる従業員さんの何人かは、その頃からの連れらしい。
「今日は気分がいいから、私の奢りだよ! ほら食った食った」
すっかり場を呑み込んだ女将さんが、大盤振る舞いをする。
それにお客さん達は大盛り上がり。
それで経営大丈夫なんだろうか?
私の視線に気付いた女将さんが、親指を上げる。
なるようになるさ! と言っているようであった。
「まあ、女将さんがいいならいいんですけど」
私も食べる側に加わった。
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