第73話 アルマのお迎え
傷も癒えた
「いやー、エトちゃんよく働くねぇー。入ってすぐにうちの看板娘に加わったよ」
「本当よねー、やっぱり若くて可愛い子が二人もいるとお店の雰囲気も良くなるわー」
「そう言って頂けると嬉しいです」
私は老夫婦が営む、個人経営のお店で働いていた。もちろん、職業体験の一環である。
ここで体験を終えたのち、表向きの仕事として何をするか決める。体験をした所でもいいし、他の職種でもいいとジークは言った。
(まぁ、もう決まっている様なもんだけど)
隣では、テーブルを隅々まで拭いているクロエがいた。クロエはとても楽しそうだ。
女将さんがクロエが拭いたテーブルの上に、エビの入ったスープや肉野菜炒めなど、様々な料理を並べていく。
裏からも、他の従業員が続々と集まってきた。
午後10時で閉店となり、片付けが終わり次第、女将さんの賄いにありつけるのだ。
(節約は大事!)
「さぁ、今日もたらふく食っとくれよ」
毎日これだけの豪勢な料理を食べていると、先輩に「あれちょっとお肉ついた?」と言われてしまった。
女の子として元貴族令嬢として、恥ずかしくなり私はダイエットを決意した。
「今日は、おかわりしないのかい?」
いつもご飯を3杯おかわりする私が、今日は1杯しか食べないのを見て、女将さんが心配そうに声を掛けてくれた。
「ちょっと今日は……そういう日……ですので」
しどろもどろに答える私に、「ああ……そういう事ね」と女将さんは何かを理解する。
「頑張りなさいよ、あんたは可愛いんだから相手もいちころよ」
「は、はぁ……」
どうやら女将さんは、変な勘違いをしてしまったようだ。
「エト、いつも一緒にいる」
「あら、そうなのかい? それは野暮な事を言ったねえー。忘れとくれ」
クロエが会話に加わり、話がどんどんよからぬ方へと拗れていく。
「え、エトちゃん恋人いるのー!? 俺狙ってたんだけどな」
お前狙ってたのかよと笑いが起こる。
渦中の私はただただ恥ずかしい。
何これ新手の拷問かな?
「まぁ可愛いし、いても不思議ではないよなー」
勘違いされたまま、話を終わらせてはなるものかと私の悪い癖が働き、つい声を荒げてしまった。
「違います! 恋人なんかじゃありません。ただ一緒に住んでいるだけのルームメイトです!」
言った後に、これは失言だと気付いた。
一緒に住んでいるなどもう認めているようなものではないか。
「もう、同棲してるんだ……」
「じゃあ早く帰った方がいいんじゃないか?」
「恋人とはどこまでいった?」
男衆が私をからかい、女将さんがそれを注意する。彼等も冗談のつもりで言っていたので、私も特に気を悪くする事はなかった。
「あ、今日は確か……」
脳裏に先輩がお腹を空かして待っている光景が浮かんだ。
最近は忙しくて一緒に夕飯を囲んでいない。来る前に夕飯は作り置きしておいた筈なのだが……朝、先輩とした約束を思い出し、冷や汗をかく。
その時、ドバーンと店の扉が大きな音を立てて開き、襲撃かと一瞬身構える。
クロエが平然としていたので、襲撃ではないらしい。
では一体誰が……。
クロエが分かってないなと言うように答えを告げる。
「襲撃じゃない、エトの彼女」
巻き起こった煙が晴れると、見えてきたのは膨れっ面のアルマ先輩であった。
「せ、先輩?」
ズンズンと近づいてくると、私の腕を強引に掴み、そのまま店の外へと連れ出した。
外まで出ると一度振り返り、「後輩がお世話になりました」とだけ告げ、家の方向へと転回する。
「ちょっ先輩! 強引過ぎです。どうしたんですか?」
私が先輩の手を優しくほどく。手形はついていなかったが、掴まれた感覚が残っているほど、強い力であった。
「約束忘れてたの?」
先輩が顔を近づける。お互いの鼻先がぶつかり合う距離だ。
今日は一緒に食事をとろうと約束していたので、お怒りの様子だ。
単純に私を待っていたせいでご飯を食べ損ねたのもあるんだろうけど。
「あ、いや忘れてたわけではなく……」
「言い訳禁止! 今日は許すけど今度から一緒に食べる日は早く帰ってきてよね」
「はい、すみません」
素直に謝罪の言葉を述べる。
やっぱり先輩は優しい。
二人で並んで帰路につく。少し歩いた所で先輩が私の手の甲をちょんと触ってきた。
「はいはい」
これは手を繋いで欲しい時の合図だ。
まぁ私も悪い事したし、これくらいは応えてあげよう。
「えっへへー」
ドアを壊した修繕費、請求されるんだろうなーと気分が落ちていたが、抱きつきたくなる可愛い笑顔を見せる先輩を見れば、些細な事など、どうでもよくなってしまった。
◇◆◇◆◇
「ベルタ、また失敗か?」
「はい、面目ありません」
ベルタと呼ばれた黒の外套を着た男はジークの前に膝をつく。彼はヘルハウンドの事件の時に、エト達に装備を届けた男である。
彼はジークの右腕であった。
「これで何度目だ?」
「四度目です」
「派遣した者は?」
「全員死んだようです。我がギルドの中でも指折りの精鋭達でした」
ベルタは淡々と答えていく。そこに仲間に対する感情の類は一切無く、終始無表情であった。
「……分かった」
「どう致しますか? 依頼人に私が頭を下げにいきましょうか?」
ジークは少し考える素振りを見せる。
「いや……金はもう貰っちまってる事だし、あいつが金を返した所で依頼を無かった事にしてくれるとは思えない。だからもう一度だけ派遣する。次で失敗すればもうチャンスはないだろうが」
「……では、次は誰に」
ジークはメンバー表を見ながら誰を送り込むか、頭の中で何度もシミュレーションする。
任務に適当だと思った者を送り込んだが、全員死んだ。
向こうの護衛は余程、強敵らしい。
「……次の集会の時に募集を募る」
「四度も失敗した任務に名乗りを上げるものがいるでしょうか?」
ジークが見ていた黒猫の名簿表は、ある構成員が載っているページで止まっていた。
「ああ、一人必ず手を挙げる奴がいるさ」
ではそのようにとだけ告げると、ベルタは最初からそこに存在していなかったとでも言うように、姿を掻き消した。
「げほっ! 俺が生きている間に出来る限りの事はしてやらないとな……そうだろうアメリア」
月を見上げるジークの口端からは、赤い液体が漏れていた。
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