第64話 業火の獣〜召喚士の罠〜

「私たちには何も出来ないんですか? いや、しちゃだめなんですか?」


「だめよ」


 イリアさんが冷たく言い放つ。でもその言葉が本音ではないと言うことは分かっていた。


 唇を噛み、苦しそうな、けれどどうしようも無いのだと割り切った顔をしていたからだ。イリアさんにだって踊り子のメンバーは仲間の筈だ。それを自分で見殺しにすると言っているのだ。それがどれだけ辛いことなのか分からない事はない。


 アルマも同じだ。ミアさんやグアムさんを見殺しにしろと言われて本来なら黙っていられる筈はない。でも私たちは暗殺者。その一点が私たちの行動を抑制していた。


「顔を見られなければいいんですよね?」


「それはそうなのだけれど。本来は目立つ事自体だめなの」


「それに今日は装備を持ってきてないよ」


 イリアさんとアルマ先輩が反射的に反論をしてきた。まるで言い訳を作りたがっているように思える。


「外の仲間と連絡は取れるんですよね?」


「一応ね。ジークから渡された小型の連絡機があるから」


 イリアさんの耳には、耳の穴サイズの小さい機械がはめられていた。


「それもジークが?」


「ええ、彼が発明したものよ。同種の機械同士が魔力で繋がっていて、離れていても連絡が取れるのよ」


 アルマ先輩がツンツンと機械に触れる。


「ちょっとアルマやめなさい」


「ご、ごめん」


 イリアさんが「もぅ!」と言いながら耳に手を当て連絡を取り始めた。


「ええ、はい、そうなんですよ。エト、ジークからよ」


 イリアさんから通信機を渡され、言われるがまま耳に装着する。


「聞こえるか?」


「はい、聞こえます」


 遠くにいるというのに、すぐそばで話しているかのような声の精度だった。


「仲間を……人を助けたいのか?」


「はい」


 迷いはなかった。今、ここで市民達を見殺しにしたらあの世でカノン様達に顔向け出来ないと思ったからだ。


 いや、まだカノン様達が死んだとは決まってない。連絡が取れない状況なだけ……なんだ。


「……………………分かった」


 長い沈黙の後、ジークはそう言った。


「いつもの外套とアイテム袋を部下に届けさせる。人数は三人分でいいか?」


 私がイリアさんとアルマの方を向く。二人とも無言で頷いた。


「はい、三人分でお願いします」


「分かった用意させる。だがこれだけは注意してくれ。こちらが炎の壁に干渉出来るのはその一度きりだ。後になって助けてくれは通用しないぞ」


「分かっています」


「ならいい。今から教える場所に迎え。あぁそれと一ついい事を教えてやる。召喚士は必ず炎の壁の内側にいる筈だ。外側からじゃ魔物を思うように操れないからな」


「分かりました。必ず三人で生きて戻ります」


「あぁ、そうしてくれ。でなきゃ俺がアメリアの奴に怒られちまう」


 ジークも私と似たり寄ったりな様だ。


 ジークとの通信を終え通信機をイリアさんに返す。


「先輩は別にいいとして……イリアさんは残っていいんですか? 今なら脱出できるんですよ」


「僕は別にいいの!?」


 先輩は無視するとして、仲間が私たちの持ち物を届けに来てくれる時、炎の壁に一瞬だけ穴が出来る。そこから脱出する事だって出来るのだ。

 

「それをしないのは……仲間のためですか?」


「…………仲間ではないわ。でも少なくとも彼女達はこんな所で死んでいい人間ではないわ……あたしと違って」


 アルマ先輩と同じくイリアさんも何か抱えているのだろう。だってこの暗殺者ギルドに入っている人達はみな訳ありの者達なのだから。


「ねーねー。どうやって召喚士を探すの?? というかその前にあの変態貴族と衛兵さん達が持たなくない?」


 今も侯爵様達は必死に地獄犬ヘルハウンドから吐き出される炎息ブレスと闘っていた。だけどそれも時間の問題だ。ゴブリンやスケルトン達も迫っている。まずは周りの安全を確保しないと召喚士を探すことなんて叶わない。


「あっちにはあたしが行くわ。アルマも腕っぷしは強い方じゃないでしょ? あなたは他者のサポートにまわりつつ召喚士を固有能力で索敵しなさい」


「はーーい」


「では私は、ダークゴブリンとスケルトン達の相手をしてきます」


「ええ、お願いするわ」


 それぞれの役目を果たす為、空いた壁の向こうにいる仲間から装備を受け取る。


 「頑張れよ」と顔も知らない仲間から声をかけられる。私たちはそれに無言で頷いた。


 装備を身につけ、外套に付いているフードを深く被る。これで私たちの顔は判別できない。


 まず初めにイリアさんが侯爵様達の所へ向かい、障壁魔法を放つ。イリアさんの魔法は強力で先程まで押されていたのに今は炎息を押し返していた。


「……君は一体」


「余計な事は詮索するな。生きたいなら黙って力を貸せ」


 普段と口調をがらっと変えたイリアさんがドスの効いた声で侯爵様を一蹴する。


 周りの衛兵も含めてそれ以上イリアさんを言及する事はなかった。


 私は建物の入り口で待機していた。向かってくる魔物の群れに悠然と魔法を放つ。


「《雷撃ライトニングボルト》!」


 荒れ狂う雷が魔物の群れを襲う。しかし、奴らが止まる事はない。仲間が倒れても気にする事なく、ただ前に向かって走ってくる。


 距離もだいぶ縮まった。これ以上、遠距離魔法を放つのは得策ではない。


 私の右手が光り、魔法剣が生み出されていく。


雷剣ライトニングソード


 迫り来る、邪神の眷族達に私は白刃戦を挑んだ。


 アルマ先輩は周囲を縦横無尽に跳び回り、逃げ遅れた者がいないか捜索しながら、召喚士を捜していた。


 先輩の能力はただ人の心が読めるだけではない。悪意を感じ取る事も出来る。今先輩は召喚士の悪意を利用して位置を割り出そうとしている。


 一度屋根の上で止まり能力を発動する。だが遅かれ早かれ見つけられるだろうという甘い考えは早々に打ち砕かれる事になった。


「え、なにこれ?」


 見えてきたイメージは想像と違った。


「悪意の塊がたくさん……色んな場所にある。これじゃあどれが本命か分からない」


 会場の至る所に悪意の反応があったのだ。これも召喚士が自分の位置を悟らせないようにした工作なのだろうか? それにしては随分と用意周到だ。


 それぞれの場所で各々の戦いが始まった。

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