第62話 優雅な踊り手

「いってきまーふ」


 元貴族の令嬢とは思えない、ふしだらな声で同居している住人に挨拶をする。


「いってらっしゃい」


 リビングのソファーから可愛らしく、聞いているだけで癒されるような声が返ってきた。しかしそれは声だけであって性格はまったく伴っていない。


 ソファーから「うーん」と腕を伸ばすと彼女はこちらにとてとてとやってくる。


 (黙ってれば可愛いんだけど)


 小動物のようなアルマ先輩はいつになくニコニコと笑みを浮かべていた。


「今日楽しみにしてるね!」


 弾けるような笑顔で私の手を取る。


「先輩は来なくていいよ」


 気恥ずかしかったので強引に手を払う。


 二人だけの時は敬語は使わない事にしており、第三者がいればその人に応じた対応を取る。


 同年代なのに敬語は怪しまれるからと基本的に一般人の前では敬語は使わない。逆に他のギルドメンバーと行動する時は敬語を使う。


 二人で決めたルールだ。


 任務によっては色々な役割を演じる。基本的に私が年上役を担う事が多い。先輩も一度やりたいといったので、やらせてみたのだが……ただの大人ぶった子供になったのですぐにやめさせた。


「イリアから聞いたよー。僕の為に頑張ってるんだって?」


「あの人は何を勝手に……」


「あっ、否定しないって事は本当の事なんだね!」


「――――っ!」


 今日はイリアさんの所で働く最後の日だ。働くといっても基本一日練習したり、招待された踊り子のお姉さんについて行って準備を手伝っていたりしていただけだが。


 全く関係ないがイリアさんにはいい男の見分け方を伝授させられた。


「いい、今あたしが説明したような男がいたらすぐに捕まえて夜を共にしなさい。そうすれば男ってすぐ堕ちてなんでも言う事を聞いてくれるわ」


 イリアさんの力強い言葉がまだ耳に残っている。男の誑し込み方を教えてあげようかと言われたが丁寧にお断りした。


 詳しくは知らないがイリアさんの固有能力は人から好意を得やすい、又は籠絡させやすくする能力だと聞いた。


 その能力と自分の技量を使ってギルドのサポートを担っている。潜入、情報系の任務では彼女の右に出るものはいない。


「まっ、本当かどうかは心を読めばすぐ分かるんだけどね」


 また目の前にいる少女も規格外の能力を持っている。人の心を読めるのだ。


 ティナ様も似たような能力を持っていたがそれとはまた系統が違う。


「いやー嬉しいよ。後輩が僕の為に頑張ってくれているなんて」


「そんなわけありません」


「はいはい、そう言う事にしておくよ」


 余計な勘違いをされて癪に障ったので、少しいじわるをしてみる事にした。


「先輩の能力なら、男なんて楽に御せるんじゃないの?」


 するとアルマは身体全体で嫌だと体現した。


「一度潜入任務の時イリアと一緒に行動してたんだけど、その時イリアが籠絡した男の思考を軽い気持ちで読み取ったら、気持ち悪い事ばっかり考えてたんだ。だからあんまり男には使いたくない」


 アルマが「うえ〜」と舌を出して嫌悪感をあらわにする。


 イリアさんは男の夢を叶えさせ、その見返りを貰うのが彼女の暗殺の仕方なのだから。


 今では門番や一部の貴族や役人、さまざまな階級、職業の者が彼女の手足となっている。


 そのお陰でこの間のお店の騒ぎも大事に至らなかったんだよね。


「別に来なくてもいいから。親友でもないんだし」


「でも、友達ではあるでしょ?」


 首をこてんと傾げる先輩……そんな顔されたら何も言えない。


「それは…………とにかくもう行きますから」


 家から逃げるように走り出す。後ろから、答えてよー!! という声が聞こえてきたような気がするが気のせいだろう。


 たぶん今の私の顔は見せられない。


◇◇◇


 その日の夕方。私はイリアさん達と中心街ヘスタにある会場までやってきた。


 会場の周りは一時間前だというのに人という人が集まっていた。


 一般客が殆だが、ちらほら貴族の方も見える。


 そこで見知った顔を見つけた。


 パンケーキ屋のみなさんがきていたのだ。アルマもその輪の中にいて何やら興奮気味に話している。


「今日ねエトが踊るんだよ!! すっごい頑張ってたみたいだからみんなもしっかりみてあげて」


 同僚のミアさんやグアムさんや他の従業員さん達に私の事をこれでもかというほど語っていた。


 アルマが熱弁するのをミアさん達従業員は微笑ましく聞いている。


 そこでアルマが、かなり距離があるというのに私と目が合った。


「エトーーー!! 頑張ってぇぇーーーーーー!!」


 そして大きな声で私の事を応援してくれた。


 (恥ずかし過ぎる!!)


 周囲の観客も何事かと一斉に私の方を向く。間が悪い事に第二声も聞こえてきた。


「ボクの婚約者フィアンセよーー! 美しい演舞を期待しているぞーー!!」


 妻から婚約者フィアンセに変わっただけで殆ど変化のない貴族様が馬車の中から大声を出してきた。


 いま、会場に着いたばかりなのだろう。


 そして最悪の二人が横に並んだ。


「「エトーーーー! 頑張れーーーー!!」」


 もう限界だった。私は急いで準備室に逃げ込む。


 アルマと侯爵様は「僕の方がエトの事……」「いや、ボクの方が彼女の事を……」と言い合っていた。


 その後イリアさんに慰めてもらい、衣装に着替え髪を整えて全ての最終確認を終えた。


 そして私たち四人の踊り子はいよいよ大舞台に立つ。


「必ず成功させなさい」


「「「「はい!!」」」」


 そしていよいよ踊り子達による演舞が始まった。


 私が中心となり、曲に合わせて右へ左へとステップを踏みながら踊っていく。


 流れるように、しなやかに美しく舞う。身体全体を使って美しさを表現する。


 演舞の中盤、私が前に他の三人が後ろに下がり別々に踊る。ここが私の一番の役どころだ。


「綺麗……」


「さすがはボクの婚約者だ……美しい」


 アルマと侯爵様が一番前の席でこそばゆい台詞をつらつらと吐き出すがこの時ばかりは嬉しかった。


 (ん? 侯爵様はとにかく、なんでアルマも一番前の席に座れてるんだ? 前の方は取りにくい筈なのに)


 踊りながら観客の様子を観察していると観客の中に黒髪の青年がいた。私が気づいた事に気づくと青年は手をひらひらとさせた。


 (ジークも来てくれてたんだ)


 だけど次の瞬間にはすでに姿はなく、他の観客に溶け込んだようで所在は分からなくなった。


「シズルや……カノン様。他のみんなにも見せたかったなぁ」


 小さな声で呟いた。踊りの最中なのでこみ上げてくる涙をなんとか堪える。


 ()


「えっ?」


 頭の中に声が直接響いた。


 (こっち)


 辺りを見渡すと舞台袖に仮面をかぶった人物が二人立っていた。


 だれ? イリアさんが許可しないと裏には入れない筈なのに……。


 小柄な方の人物が前を向け、こっちを見るなと指で合図していた。私は踊りの最中だった事を思い出し、一旦思考を切り替え踊りに集中した。


 でも頭の隅にはあの仮面の人物の事が気になって仕方なかった。


 (あとでイリアさんに聞いてみよう)


 二人一組になり、手を合わせながら最後の舞を踊る。そして曲が終わる一分間は自由に踊る事が出来る。


 他の三人は多彩な演舞を披露するが私は習った事しか出来ない。だから私は初めに踊った演舞をもう一度最初から踊った。


 自身の最高の笑顔を加えて。


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「ねぇママ。なんであの緑髪のお姉さんには投票出来ないの?」


「リクそれはね。彼女はお手伝いさんだからよ」


「お手伝いさん?」

「そうよ、リクが見るのは初めてだけどお母さんは小さい頃からみているの。お母さんがあの舞台に立った事もあるのよ」


「へっーそうなんだ。お母さんもお手伝い?」


「……ええ、そうよ」


 あの時の親子もいた。遠くからだと会話は聞こえないけどとても仲睦まじそうだった。


 本当に大事に至らなくて良かったと思う。


 会場には投票箱があり、その投票で一番になった踊り子が正式に加入できる。私は踊り子になるつもりは無いので私に投票は出来ない。


 ラスト一分が終わり、全員で優雅に礼をした。そしてたくさんの歓声、たくさんの拍手を頂いた。


「「「「ありがとうございましたーー!」」」」


 見て頂いた観客に感謝の言葉を述べ舞台袖へと退場する。イリアさんの顔を見ると今年は成功に終わったようだ。


「あの人達は……」


 辺りをくまなく探したが、仮面をした人物はどこにもいなかった。こうなればここの責任者に聞いた方が早い。


「あのイリアさ……」


 ズドーーン! 大きな音を立てて会場の周りが爆発した。そして会場全体に火の手が上がる。


 あっという間に強くなった炎が会場を円状に囲み観客を閉じ込めた。もちろん、私たちも含めて。


 そして地の底から響くような唸り声が聞こえてきた。

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