第61話 踊り子として

「こ、これでいいですか?」


 初日から、それも館に入ってすぐ踊り子の衣装に着替えさせられた私はなんとか込み上げてくる羞恥に耐えていた。


 恥ずかしい衣装には慣れていたはずだが……仕事着とはまた違った。


 (踊り子だからある程度は覚悟していたけど……この衣装かなり恥ずかしい!)


 赤が主体の煌びやかな衣装に大小様々な装飾品の数々。一人では到底着れなかったので他の人に手伝ってもらった。


 踊り子さん達は文句一つ言わず、みんな私の面倒をみてくれた。イリアさんの権力の高さが窺える。


 テキパキと指示を出すイリアさん。私の顔も少しお化粧された。化粧をしていたお姉さんから元々顔が整っているから化粧は薄い方がいいわねと言われ少し嬉しかった。


 まぁ私のお母さん美人だからね。お父さん? そんな人知らないよ。


「まぁ大体いいわね。あとは笑顔よ」


「笑顔……ですか」


 とりあえず笑ってみる。うん、完全に作り笑いになってる。


「それじゃダメよ。そんな笑顔じゃ誰も魅了できないわ」


 (別に誰かを魅了する予定はないんだけど……)


「一人くらいはいるでしょ? この人になら自分の全部を見せれる人やその心を奪いたい人。そういう時に笑顔は武器よ。逆に笑顔が下手じゃ心なんて奪えないわ」


 私の脳裏に三人ほど人物が浮かんだ。確かに笑顔は必須かもしれない。


「イリア先輩! 私に本当の笑顔を教えて下さい!!」


「あたしの? いいわよ」


 そして一度俯き、顔を上げた。


 (あっ、素敵)


 みるもの全てを魅了させる、大人の女性ならではの艶かしい笑顔だった。でもその笑顔の中にも幼さを感じるのは何故だろう? これが本当の笑顔なのかな。


 イリアさんの笑顔は男の人なら誰でも惚れるだろうし、女の人でも惚れる人は惚れてしまうだろう。


 たぶん子供は、なんだか分からないけど良いお姉さん! 的な感じに捉える事だろう。


 まさにお手本と言える完璧な笑顔だった。私に出来るかと言われたら微妙だけど。


 周りにいた他の踊り子のお姉さん達もポケ〜となってイリアさんを見つめていた。


「どうかしら?」


 私は素直な感想を口に出す。


「とっても素敵だったと思います。私に出来るかは分かりませんが」


「そうねぇーー」


 イリアさんがまじまじと私の顔を見つめる。


「貴方はまだ幼さが残っているから、あたしのようにはできないわねー」


 ここもねと胸の辺りを指差す。


「はっ? 喧嘩売ってるんですか??」


 (無駄に年を食ったババアがぁよ!)


 心の中では突如として強気になる私。


 実際に言ったらどうなるか…………想像したくも無い。


「ふふ、怖い怖い。だめよそんな顔しちゃ。嫌われちゃうわよ」


 周りをみると他の踊り子達が私を睨みつけていた。いや、こっわ!!


「まぁ、アルマに比べたらましね」


「アルマ先輩も踊り子やったんですか?」


 みんな同じように体験するのかな?


「えぇ、あたしが直接面倒をみてたんだけどあまりにも……あれでねぇ〜」


 いま、何を呑み込んだ!


「一応、体験の締めくくりでいつも使わせてもらってる〈ヘスタ〉の会場で踊らせたんだけどまぁ失敗したわ」


 待ってそれ私も踊らされるやつ?!


「アルマに大人の色気が無いことは初めから分かってたんだけど……踊りの才能はあったのよ。でも子供っぽ過ぎてお遊戯会みたいになったのがネックねぇー」


 子供にはうけてたけどと付け加える。


「想像できますね」


「その点、貴方は安心ね。なにせ貴族の出だもの」


 なんか妙に期待されてしまっているらしい。


「クロエの方は練習は真面目にやってたのだけれど、無表情なのと普通に下手だったのが祟ってポンコツ認定されちゃったのよ」


 そういうキャラとしてはウケてたけどこれも失敗ねと続ける。


「正直これ以上失敗を重ねたら会場を来年から使わせてもらえなくなるかもしれないのよ。あそこは新人教育にも持ってこいなのに」


 イリアさんの話によると、最近は毎年失敗続きで会場を貸してる側から今年失敗したら来年から貸さないと言われてしまったらしい。


 大なり小なりはあるものの、みんな踊り子の演舞を楽しみにしてくれているので最近は失敗続きで申し訳が立たず、会場の維持費もかかるし、一流としてのプライドが許さないのだという。


 なので今回は私の他に入った三人の少女(全員私よりは年上)はみな二流の派閥で修行してきた者達だ。


 完全初心者である私とはスタート地点から違いがある。


 今回はその三人の中で一番良かった者が正式に加入出来るようになっているらしい。


 ちなみに踊り子が使うその会場は普段は魔物の展示で使われている場所でもある。


「だから貴方には期待しているわ! さぁ練習するわよ」


「えぇ〜」


「そんな嫌な顔しない。貴方が真ん中なのよ」


「ええーー?!」


 イリアさんに手を引かれ、早速練習場へと移っていった。


◇◇◇


 横長の練習場には大きな鏡が置いてあり、自分の動きが分かるようになっていた。練習が始まると私の思った通り、他の三人の少女の私に対する態度は酷いものだった。


 明らかに軽蔑されている。それもそうだ。三人の中で誰が真ん中で踊るかを争っていたのに急に入ってきたまったく知らないど素人に場所を奪われたんだもの。


 貴族でいうと、一人のイケメン令息を三人の少女が奪いあっていたら横から急に美女が現れて横取りしたようなものだ。


 つまり私は美少女。


 そして、もう一つ彼女達が私の事をよく思わない理由にイリアと仲が良いということにあった。


 他の三人はイリアに取り入ろうと必死だった。


 (あと、私って意外に演舞の才能あるんだなぁ)


 貴族の嗜みとして社交ダンスを習ってはいたが、その時にも先生に褒められるくらいには上手かった。メイドになってからは必要なくなったが。


 なので時間が経つごとにみるみる上達し、他の三人に殆ど見劣りしなくなった。


 でも私がちょっと間違えるだけで彼女達は嫌味を言ってくる。


「貴方真ん中でしょ! 本番ではそんなミスしないで下さい。なんなら代わってあげましょうか?」


「心配して頂きありがとうございます。でも私は大丈夫ですから、ご自分の心配した方が良いと思いますよ」


「――――っこの!」


「はいはい、そこまで」


 そこでイリアさんが入ってきて彼女達を止めた。それ以降は口には出さなくなったが練習中も休憩中も終わった後も、なんでこいつが……? と目線で訴えられ続けた。



◇◇◇


 練習が終わり、帰り支度をしている所をイリアさんに話しかけられた。


「本番ではアルマが観にくるわよ」

「えっ?! まじですか?」


「まじよ」


 それは……失敗できない。


「あの子、自分がするのは嫌だけど観るのは好きなのよね」


「新しい子が入る度に観に来るんですか?」


「ええ、新人が女の子だったらね。クロエには鬱陶しいって嫌がられてたわ」


 貴方は大丈夫そうねと続ける。アルマ先輩の一端が垣間見えた気がする。


 あとそうねぇーとイリアさんが何やら思案する。


「あなたの事を妻にしたいって言ってた貴族も観にくるわよ」


「え……まじ?」


「おおまじよ」


 ジーク……あの野郎! 何が話をつけただ!!


「踊り子辞めます」


「だーーめ!」


 肩をがっしりと掴まれた私に逃げ場はなかった。

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